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第二章前半【いざ東方へ】

2-8.温泉の街サライボスナ(2)

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 宿に戻ってきた彼女たちの肌はツヤツヤと輝いていて、さすがのアルベルトも驚いたものである。ただでさえ彼女たちはみんな瑞々しい若さと美しさに溢れていて、ともすれば凝視してしまいかねなくて普段から気を付けているのだが、さすがにこの時ばかりは見つめたまま固まってしまった。
 なお彼女たちは全員がガウンのようなゆったりと羽織って前で合わせ、腰紐で結んで留めるだけの丈の長い、薄青い衣服を纏っている。道行く他の観光客たちも男女とも同じものを着ている人が多いところを見ると、風呂上がりに羽織るのが定番なのだろう。

「なあに?私たちの顔、なんかついてるのかしら?」

 ニコニコと上機嫌のレギーナはまじまじと見られたことを咎めるでもなく、それどころか「ついてるんでしょ」とでも言いたげに満足そうである。よほど“美容の湯”がお気に召したようだ。
 そんな彼女の上気した肌にかすかに浮かぶ汗が艷やかで、その汗ばんだ頬やうなじにしっとりとまとわり付く蒼髪が何とも艶めかしい。普段からレギーナの美しさは色っぽさというよりも造形美や躍動美と表現する方が相応しいが、今こうしてはんなりと微笑わらう彼女は色気までも手に入れていて、もはや暴力的だ。

「いやあ、良かもん教えてもらいましたわアルベルトさん」

 普段は「おいちゃん」としか呼ばないミカエラが、アルベルトをわざわざ名前で呼んでいる。依頼交渉の席などある程度公式な場でこそ名前呼びするもののそれ以外は極めてフレンドリーな彼女なのだが、お礼がわりに敬意でも表しているのだろうか。
 もっとも、彼女に「おいちゃん」と呼ばれるのは親しみが込められていてアルベルトは嫌いではないのだが。
 そんなフレンドリーで普段は美しさよりも親しみやすさが上回る彼女だが、今この時ばかりはレギーナに匹敵する美貌と艶やかさが遺憾なく発揮されていて、おまけにフレンドリーさはそのままだから却って困る。

「5歳は若返った気がするわあ」

 ひとりだけ年齢が高いヴィオレまでその言葉通りにキラキラ輝いていて、どこで買ってきたのか折りたたみ式の扇を手に、口許を隠しつつはんなりと煽いでいるのがまた様になっている。聞けば彼女は今年29歳になるそうで、本人は頑なに年齢を明かそうとしなかったがミカエラがこっそり教えてくれた。
 なおそのミカエラは今年19歳で、レギーナと同い年だという。20歳前後といえば女性がもっとも美しくなる年代であるから彼女やレギーナの美しさもある意味で当然と言えたが、今のヴィオレはそれに迫るものがある。もしかすると彼女が19歳だった頃には、今のミカエラやレギーナが足元にも及ばないほどの恐るべき美貌を誇っていたのではないだろうか。
 そう思わせるほど、今の彼女は若々しく瑞々しかった。いやもちろん普段の彼女も充分美しいのだが。

「気持ち…良かった…」

 そして最年少のクレアである。
 ただでさえ13歳という若さ、瑞々しさを通り越して青い果実のような彼女までその輝きを増しているではないか。というかほんのり上気した肌と潤んだ瞳、それにほう、とため息をつくその様まで、普段はほとんど感じない色気を帯びていて逆に大人っぽくなった気さえする。
 しかも今の彼女はレギーナたちと同様のガウン姿ではなく私服のワンピース姿である。それも純白のノースリーブで丈が短めで、ただでさえ絹のように真っ白な手足もうなじも外気に、そしてアルベルトの目に晒されていた。しかもそれがほんのりピンクに染まっていて、普段よりも明らかに生気に溢れている。
 温泉で上気した肌とその年齢と、持ち前の年齢不相応に発育した肢体が合わされば、そこにあるのはもはや破壊兵器である。とても「数年後が楽しみだ」などと言ってはおられない。それどころか今抱きついて来られたら我慢できる自信がアルベルトにはない。

「い、いやあ、喜んでもらえたようで良かったよ」

 内心の焦りと動悸を必死に隠しつつ愛想笑いのアルベルト。美女4人はそんな男1人の狼狽など気付きもしないで、次はどの湯を試すかマップを囲んできゃいきゃいやっている。そしてその姿がまた輝いているのだから始末に負えない。

「あ、そうそう。ウチらここでもう一泊しますけん」

 振り返ったミカエラが、ヒョイっと気安いいつもの感じで爆弾を放り投げてきた。
 ということは何か、明日は一日中この責め苦に耐えねばならんのか、と今から憔悴するアルベルトである。黒一点の辛さももう少し解ってもらえないだろうか。

 まあ無理だよね。うん分かってる。
 分かってるけども、ねえ?


 結局、晩食の後でひとり外出したアルベルトは、公衆浴場を使うだけでなく娼館にも行ってきてしまった。思えばただでさえここ一年ほど利用してなくて精気が溜まっていたのだから、女性4人と旅をすると決まった時点で行っておくべきだったのだ。
 この先の旅の長さを考えれば、今行っておかないと後々取り返しがつかなくなる気がするので、多分これで正解である。

 なお晩食の際の彼女たちは、入浴から時間が経って汗が引いている分だけ若い女性特有の香気が増していて、目のやり場だけでなく鼻のやり場にも困ったことを追記しておく。
 それを宿備え付けの食堂ではなく彼女たちの泊まっているスイートルームで同席して、独り集中砲火を浴びまくったのだから、娼館で発散するぐらいは勘弁して欲しいと真剣に言い訳するアルベルトである。
 一体誰に言い訳してるんだかよく分からないが、まあそういうもんである。

「おいちゃんえらい長湯やったねえ。もしかしてハシゴしてきたん?」

 遅くに戻ってきたアルベルトを見て、彼が自分たちと違う意味でツヤツヤしているのをミカエラは勘違いしているようだが、別に訂正する必要性を全く感じないのでアルベルトは曖昧に笑って誤魔化しておいた。
 そしてそのまま自分の部屋に戻って早々に寝てしまったのだった。


 そして次の日。
 彼女たちは朝食もそこそこに連れ立って浴場へと出かけて行った。浴場の方も観光客や湯治客目当てに朝から開いている所が多く、また少しでも多くの浴場を巡ってお金を落としてほしいのか「浴場パスポート」なる手形を用意していて、彼女たちがそれを手にウキウキしながら出かけていくのをただ見送るしかないアルベルトであった。
 ちなみに浴場パスポートは、三場回ると各一割引き、六場回ると一ヶ所無料というサービスで、浴場ごとにスタンプを台紙に押してもらって、最後にそれを温泉ギルドの事務局に持っていけば精算されるらしい。アルベルトは一度にそんなに入った事もなかったので知らなかった。

 というわけで彼女たちは朝の間に二場、昼食に戻ってきてから昼に三場回り、昨夜のと合わせて見事六場達成してホクホク顔のツヤツヤ肌で帰ってきた。

「いや~、あっこあそこの“炭酸泉”ちゅうとていうのは良かったねえ。シュワシュワして泡が肌にひっついて。あげんあんなに気持ちの良かお湯は初めてばい!」
「私はあの乳白色の、お湯の中に花が舞っているようなあれが良かったわ。美しくて華やかで」
「真っ赤なの…鉄の匂いのとこ…」

 いやそんなにバラエティ豊かなんですかここのお湯。

「私はやっぱり最初の“美容の湯”ね!もう見た目で分かるくらいしっとりモチモチのツヤツヤになって!もう毎日通いたいくらい!」

 いやお役目あるんで。毎日は勘弁してやって下さい。

「そういえば、あなたも昨日ハシゴしたんでしょ?どこのお湯に浸かってきたの?」

 あ、ハシゴしたって誤解されたままだわ。

「うん?いや、手近な所で済ませただけだけど。確か『慢性疲労に効果がある』って書いてあったかな」

「慢性疲労って…」
「さすがにそこは“おいちゃん”やったばいね…」

 若いレギーナやミカエラはアルベルトの答えにドン引いている。そりゃあなた方みたいな若い子にはまだ分からんでしょうね。むしろ分かられちゃ困ります、ええ。

(…私もそろそろ気を付けないとダメかしら…)

 あのヴィオレさん?考えてることが顔に出てますよ?

「おとうさん…肩、揉む?」

 そしてクレアの若すぎるがゆえの気遣いが一番痛い!



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