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第一章【出立まで】

1-22.出立の日(1)

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 そうしてさらに数日後。
 内装の仕上げも牽引支柱の取り付けも全て済ませた特注脚竜車はついに完成披露となった。

「いやー、月末までに何とか間にうたばいね。良かった良かった」

 ひと安心、といった様子のミカエラ。
 その場ですぐに受け渡しと支払いのできないような大きな買い物の代金は、慣例として月末にまとめて支払いがなされる。脚竜車の完成が月内に間に合ったので、彼女たちは代金を支払った上でなんの後顧の憂いもなく旅立てるのだ。
 もしこれが完成が遅れて月頭までずれ込んでいたら、支払いは完成し受け取った月の月末までずれ込むことになる。そうなるとまさか出立を1ヶ月延ばすわけにもいかないので、東方へ出発した後に道中で誰か代理を立てて、支払いのためだけにラグの商工ギルドを訪ねさせなければならないところだった。
 そして安堵したのは商工ギルドも同様である。最新技術の粋を集めた高額な特注脚竜車の代金を翌月末まで受け取れないとなれば、1ヶ月だけとはいえ赤字に転落するところだったので、それを回避できただけで上出来であった。

 折しも季節は花季の終わり。明日からは雨季に入る。


 西方世界の季節は比較的はっきりしている。
 新年とともに迎えるのは「花季かき」。暖かくなり木々や草の花が咲き始め、虫たちや動物たちの活動も活発になってくる季節だ。
 おおむね2ヶ月間あり、上月じょうげつ下月かげつとに分かれている。上月の下週は教育機関の進級や卒業のシーズンで、下月の上週にはより上級の教育機関への入学が待っている。進級や進学のための試験は一般的に上月の中週に行われることが多く、だから学生は年が明けるとしばらくは大忙しになる。

 ちなみに1ヶ月は30日と決まっていて、10日ごとに区切られてそれを「週」という。上週、中週、下週げしゅうと呼び習わしていて、大半の仕事では各週につき1日ないし2日の完全休養日がある。まあ冒険者には休みなどないが。

 花季の次に来るのは「雨季うき」だ。この時期はとにかく西方世界のほぼ全域で雨が多くなり、それを受けて野山も川も海も潤ってゆく。特に植物はこの時期に大きく成長し、新芽を出し青々とした葉を茂らせて生命力に満ち溢れてゆく。これもおおむね2ヶ月で、やはり上月と下月に分かれている。
 ただし、時には雨が降りすぎることもあり、それで川の氾濫などを招くこともある。そうなると流域に被害が出て、場合によっては多くの人命が失われる。

 雨季が過ぎると一気に気温が高くなり暑い季節がやってくる。「暑季しょき」と呼ばれて、これは約3ヶ月続く。陽神の活動がもっとも活発な時期で、つられるように動植物も全て活性化する。人類には暑さが辛い時期だが、雨季とは打って変わって湿気がほぼなくなるため意外と過ごしやすい。
 3ヶ月あるので上月、中月ちゅうげつ、下月と呼び習わされる。

 暑季が過ぎれば実りの季節、「稔季ねんき」だ。雨季に水分を、暑季に陽神の光と大地の養分をたっぷり蓄えた木々や農作物がいっせいに稔り始め、人はそれを慌ただしく収穫して回る。動物たちもそれらの野山の幸を食べて蓄え、きたる休眠に備えていく。
 稔季は約2ヶ月、上月と下月だ。

 そして稔季が過ぎれば世界は雪と寒さに閉ざされる。「寒季かんき」という一年の最後に訪れる季節は陽神の活動が衰え、気温が下がって草花は枯れ果て、動物たちは休眠して大半が姿を見せなくなる。人類でも北の方の住民たちの中には家から出てこなくなる地域もあるという。
 寒季は暑季と並んで長い季節で、暑季と同じく中月がある。

 これを総称して「五季」という。
 便宜上、各季節は2ヶ月ないし3ヶ月で区切られているが、体感的に季節と月がズレることがままある。そうしたズレがある程度酷くなると「閏月」が挟まれてその年だけ13ヶ月になる。
 閏月をいつどこで挟むかは神教の巫女に神託が降るため、人が決められるものではないという。が、今のところは概ね6年ごとに閏月が挟まれている。どの季節に挟まれるかはその時々でまちまちだ。
 そのほか、基本的に南に行けば行くほど体感として暑季が長く、北に行けば行くほど寒季が長くなる。東方世界は西方世界よりやや南に位置するようで、あちらは西方世界よりも暑季が長い。また西方世界ではほとんど交流がなく馴染みがないが、南方にも大陸があり、そちらは灼熱の大地であるという。

 そして繰り返すがこの日は花季下月の下週の最終日。明日からは雨季上月の上週に入る。


 完成した“蒼薔薇騎士団”専用車は、目隠し布を被せた状態でアロサウル種に牽かせて一旦東門から市外に出し、そこで布を取り払った上でティレクス種のスズにバトンタッチする。スズは育てられる傍ら隊商ギルドで馴致も調教も済ませてあって、牽引用の装具ハーネスや鎖なども嫌がらなかった。
 スズはさすがに車体よりは一回り小さかったものの、車体も脚竜スズも通常サイズより明らかに大きくて迫力がある。おまけに車体の両サイドには見事に咲き誇る大小四輪の薔薇の彫刻が目を惹いて、これはあっという間に西方世界全体で話題を独占するだろう。
 結局のところ派手で高級感たっぷりなのは解消できなかったが、蒼薔薇騎士団の専用車だと知れ渡れば道中で襲われることもないだろう。問題なのは東方世界に入ってからだが、そんな先のことは今まだ誰も気にしていなかった。
 ちなみに彼女たちがラグまで乗ってきた脚竜車は、レギーナがあらかじめエトルリア王宮に連絡しておいたので引き取りの人員がやって来ている。

 アルベルトはあのあともスズに近付いては吹っ飛ばされてを繰り返し、見かねたレギーナが彼の肩に手を置いて「いい?この人は私の代わりにあなたの世話をするの。だからこの人の言うことは私の命令だと思って従いなさい!」とスズに言いつけて、それでスズはやっとアルベルトにも従順になった。
 なので今も御者台に座って手綱を引くアルベルトの指示に彼女は大人しく従っている。まあその後にアルベルトがいくつか肉片を与えたことで、「餌をくれる人=いい人」という認識になったようだったが。

 商工ギルドではあらかじめ商談して購入を済ませていた各種の備品や調度品、日用品のほか食料や水、寝具や衣類、化粧品などを積み込み、その間に特に買うものもないアルベルトは一旦自宅に戻って用意していた荷物を取ってくる。
 それがずいぶん大きめの背嚢バックパックと旅行鞄を持ってきたのでレギーナたちは驚いたが、全て私物だと言うし特にそれ以上追及はしなかった。
 
 隊商ギルドでスズを譲り受ける代金を、商工ギルドで積み込んだ物資や脚竜車の代金を支払い、最後に念のための噛み付き防止用口輪をスズに嵌めてから、スズに車体を牽かせて一行は〈虹鳥の渓谷〉亭に戻る。そこでチェックアウトを済ませて宿に置いていた荷物も引き取り、それから出立の挨拶のために領主公邸を訪れる。
 これはちょっとしたパレードみたいになって、ひと目見ようと黒山の人だかりが集まっていた。

 うん、いやだから皆さん仕事は?


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