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第一章【出立まで】

1-18.特注脚竜車の最終確認(1)

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 それからさらに10日ほど経った。

 今日は特注脚竜車の仕上げ前の最終確認のため、蒼薔薇騎士団は朝から商工ギルドに出向くことになっている。商工ギルドとしてはここで勇者パーティクライアントに見せてリテイクが出なければ、そのまま最終仕上げにかかって完成となるわけだ。
 なので今日は蒼薔薇騎士団が勢揃いする予定で、そこにアルベルトも呼ばれていた。本来はアルベルトには決定権限がないので呼ばれる必要はないのだが、中間進捗に呼ばれたことと主な仕様に関してアルベルトの意見を採用したことで、この日も呼ばれることになったわけだ。
 というか、

『おいちゃーん!明日来るっちゃろ?』
「来るって、どこに?」
『どこにて。そげなんそんなの脚竜車の最終確認に決まっとろうもんてるでしょ!』
「え、今度もお邪魔していいのかい?」
なーんば言いよっと何言ってるのよ!仕様の半分以上はおいちゃんの発案なんっちゃけんなんだからおらな居なきゃつまらんダメめーもんでしょ
そやけん明日!朝三やけんね!遅れたらつまらんばい!』
(以上、通信鏡での通話記録より)

 …てな具合である。

 ちなみに「朝三」とは、特大砂振り子の夜明け計時開始から三回目の経時の約1時間のことである。この世界ではほとんどの人が陽神が姿を現すと、つまり夜明けと同時に鳴く“朝鳴鳥”の鳴き声で目を覚まし、それと同時に計時を開始する特大砂振り子の一回目(朝一)のうちに簡単な朝食と朝の支度を済ませて、朝二のうちには家を出る。
 「朝三で待ち合わせ」というと、通常は「朝三に入る時間に待ち合わせる」という意味になる。

 この世界の人々は子供の頃から微小砂振り子に合わせて数を60数える練習をして、時間感覚を身につける訓練をする。微小砂振り子の落ちきる時間が身につくと、同様に小砂振り子、中砂振り子、大砂振り子と順に落ちきる時間を体感として身につけていく。
 なので大人であれば手元に砂振り子がなくとも、砂振り子を見ずとも今がどの時間なのかおおよそ把握ができているのが普通だ。

 なのにその当日。
 もうとっくに待ち合わせ時間など過ぎている。

 アルベルトは〈虹鳥の渓谷〉亭の正面玄関前で、ひとり待ちぼうけを食らっていた。

 と、そこへ出てきたのはクレアである。
 いつもの漆黒の外衣ローブを纏って、今時古めかしいつば広の三角帽子を被り、その下の杏色の鮮やかなショートボブの髪を揺らしながら出てきた少女はアルベルトを見つけると近付いてきて、これまたいつものボソボソした小声で言ったのだ。

「ミカが…寝坊したから、待ってて…」

「えっ?」

 思わず聞き返す。
 少なくともアルベルトの中にはミカエラに時間にルーズな印象はない。

「ミカ…朝弱いの…」

「そ、そうなのかい…?」

「そう。だからもう少し…待ってて…」

 そう言ってクレアはまた宿の中に入ってしまった。そしてアルベルトは、そのまま大一30分くらいはたっぷり待たされたのだった。


「おはよぉ~」
「おはよぉ、じゃないでしょ、もう。もうそろそろ朝四なんだから、遅刻もいいところよ!?」
「彼もギルドも待たせてるんだから、いい加減シャキッとしなさいな」

 ようやく出てきた蒼薔薇騎士団。ミカエラの目はまだ半分閉じていて、法衣も無理やり着せられたのかあちこち着崩れてやや不恰好になっている。こないだの中間進捗の時は待ち合わせが朝四だったからもう少し経てば彼女もスッキリ目覚めるのかも知れないが、それにしてもずいぶん朝に弱そうだ。

「いやぁ、月末も近かけん帳簿ば確認しよって…そやけんだから寝るとが遅うなってからくさ…ふあぁ…」

 ああ、なるほど、そういうパーティの裏方仕事は彼女ミカエラが全部やってそうだよな、と得心するアルベルトである。
 ちなみに月末は決算があるので、ツケの支払いや貸し借りの清算などでお金が大きく動くことが多い。

「と、とりあえず行こうか」
「…そうね。もう遅刻確定だけど、今さらジタバタしたって始まらないし、とりあえず歩きましょ」

 アルベルトにそう答えて、レギーナはミカエラの手を引っ張りながら歩き出すのであった。


  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「お待ちしておりました勇者様。なかなかお着きになりませんので何かあったのかと心配申し上げておりました」
「私たちだってそんなに暇じゃないの。朝から色々立て込んでるのよ」

 揉み手しかねないほど露骨な愛想笑いを浮かべて、商工ギルドの支部長が出迎える。それにレギーナが素っ気なさを通り越してやや冷淡な返事をする。
 いや、その言い訳は社会人としてかなりダメなやつだと思うんですけど。
 まあ、立て込んでたのは間違いないけれど。

「…これは大変失礼致しました。
ささ、こちらでございます」

 ちょっとだけ目を細めた支部長は、だが何も言わずに脚竜車の元へ一行を案内する。さすがに人の上に立つだけあって大人の対応である。
 そうして案内された先にあったのは、真っ白に塗装された大型の脚竜車。低床ロングタイプの箱型の、前部と後部がゆるくラウンドしていて側壁に華美な装飾の施された、見たこともないような立派な車体だった。
 横幅が約2.5ニフ4m、長さはおよそ6ニフ9.6mほど。長距離旅行用の脚竜車の車体としても一回り大型で、かなり目立つ。

「んー、まあまあね」

 レギーナは素っ気ないが、これでもかなり気に入った旨の発言である。

「あー、見るからに高級そうなんはちょっとどげんやろか」
「そうねえ、お目立ち度は抜群だけれどね」

 ギルドまでの道中でようやく七割方目覚めたミカエラはやや不満そう。確かにこれではいかにも金持ちが乗ってそうである。ヴィオレも同意見のようだ。

「なによ、これじゃ不満なわけ?」
「いやそういう訳やないばってんが、特に夜中やら、なんも知らん賊やらが群がって来そうやない?そげんとそんなのいちいち追い払うとも面倒くさかろ?」
「…そう言われれば、そうねえ…」

「そうですか。では塗り直させましょう」

 内心どう思っているかは分からないが、支部長は眉一つ動かさずにリテイクに応じる。
 色をどうするかでアルベルトも交えてひとしきり議論した結果、車体の下半分を黒くして窓まわりを白く、そして屋根は蒼く、ということで落ち着いた。
 下半分を黒、というのは弾樹脂グム製の特別な車輪が黒かったからで、それに合わせたほうが落ち着きと重厚感が出るということ、一方で窓まわりは白いままで開放感と清潔感を求めたわけだ。ついでに御者台と室内の連絡ドアや車体左前部のメイン乗降口ドアも白くし、車体後部の荷物室周りと最後部の荷物搬入口は黒にして目立たないようにもした。

 屋根の蒼は「空が青いから青にしましょ」とレギーナが言い出して、「ほんなら姫ちゃんの髪の色にしてもらおうや」とミカエラが言ってそのまま決定された。その流れでついでに全員の瞳の色をどこかに使おう、ということになり、窓枠にはレギーナの黄色を、ドアノブにはクレアの赤みの強いピンクを、四本の角柱にはミカエラの青紫が採用された。ヴィオレの瞳は黒なので採用済みだ。

 支部長と一緒に立ち会っている職長たちが絵図面にザッと調合した色を乗せていき、それを見て彼女たちはそれぞれイメージを膨らませて満足したようである。
 ただまあ実際に色を塗らされる職人たちには災難だったろう。車体の大部分は木製で、それに色を乗せるだけでもひと仕事なのに、使ったこともない色を調合指定されるわけだから。しかもそれぞれクライアントの思い入れの強い色だから、発色を間違ったりすると大問題だ。
 
 装飾に関して、すでに変更の利かなそうな側壁面の彫刻はそのまま仕上げるしかなさそうだが、後付で取り付ける立体彫像のタイプのものは全て撤去させることにした。魔術で防護措置を取るにしても取り付けるのならば取り外せるわけで、下手に盗難されても面倒だというミカエラの主張がそのまま容れられた。
 ただ彫刻の図案として採用されていたのはパーティ名にもなっている薔薇の花で、これはレギーナが気に入ったので職長たちもホッとしていた。そのホッとしていたところに「本物と同じ色に塗りましょ♪私たち4人の髪色と同じ色の花を並べたら映えるわよ♪」とレギーナが言い出したものだから、どうやら職人たちは今夜から徹夜仕事になりそうである。
 なお、4人の髪色はレギーナがアプローズ、ミカエラが緋色スカーレット、クレアが杏色アプリコット、そしてヴィオレが銀紫スターリングシルバーである。


 ちなみに、この世界にも「薔薇」はある。というか細かいところの違いこそあれ、基本的な生態系は不思議なことに地球とよく似ていたりする。主な動植物はもちろん虫や細菌などに至るまで何故かそうであった。
 薔薇に関して言えば、青い花色が長らく存在しないと考えられていたのも地球と同じで、近年になって、それこそレギーナが生まれたあたりで初めて「青い薔薇」が見つかって話題になったものだ。ゆえに青い薔薇の花には「奇跡」「不可能を成し遂げる」などの意味があったりする。
 ついでに言えば薔薇は観賞用として人気が高い花で、品種改良が盛んに行われており無数と言っていいほどの種類がある。彼女たち4人の髪色の薔薇はそれぞれ全部きちんとあるのだ。


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