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第一章【出立まで】

1-13.逆恨みのその果てに【R15】

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【注意】
R15回です。
人の死を描写するシーンが出てきます。苦手な人はご注意下さい。見たくない場合は読み飛ばして頂いても構いません。その場合、次回冒頭に「前回のあらすじ」を挟みますので、そちらをお読み下さい。




  ー ー ー ー ー ー ー ー ー





 結局、その後も慎重に黒狼を避けながら2種ほど薬草を採取して、この日は早めに切り上げようということになった。
 なったのだが。

「アルさん、ちょっとヤバいかも」
「うん?」

 声をかけてきたファーナの顔色が曇っている。アルベルトが何かを察して[感知]をかけると、人間大の魔力がひとつ、結構な勢いでこちらに近付いてくるのが分かった。

「ちょっと、ここで待とうか」

 アルベルトは何か覚悟を決めたような表情で全員に告げる。その顔が普段見せたこともないような決意と覚悟、それに諦めに満ちていて、ファーナは思わず息を呑んだ。


 しばらく待っていると、藪をかき分けて現れたものがいる。

 現れたのは、なんと防衛隊詰所の地下牢で処刑を待つばかりのはずのガンヅだ。それも全身傷だらけで、服にも髪にも魔術で攻撃された痕が生々しい。どう見ても力づくで牢を破って逃げ出してきた直後だ。

「テメエ…“薬草殺し”、テメエ…」
 
 血走った目でうわ言のようにガンヅが口走る。その異様な姿にミックもアリアも怯え、ファーナでさえ気圧されている。

「本当に君も執念深いねガンヅ」

 ため息を吐きながら、アルベルトが低い声で言った。

「そんなに俺と戦いたいんなら、最期に叶えてあげるよ」

 そして、諦めたように腰の片手剣ショートソードを鞘ごと外して、ガンヅの方に投げ渡した。

「ちょ、ちょっとアルさん!?」
「ファーナはミックたちを守ってて。
ミック、君のショートソードを借りるよ」

 言うが早いか、アルベルトはミックの腰から片手剣ショートソードを抜き取る。

「へえ、戦えんのかい臆病者が」

 投げ渡された片手剣を拾って抜き放ちつつ、ガンヅが殺意に満ちた目を剥く。自分の勝ちを確信している目だ。

「君は俺のことを『目的も向上心もない腑抜け』だと言ってたけれど、じゃあ君自身はどうなんだい?」

 今にも襲いかかって来そうなガンヅに、アルベルトが語りかける。

「あァ?」
「セルペンスみたいな冒険者の本分も忘れたような奴の後ろにくっついて、そのおこぼれにあずかるためにプライドなんて捨ててただろう?そんなんで人のことなんて言えるのかい?」

 それまで言われたこともないような非難をはっきりと口にされたのが分かったのか、ガンヅのこめかみに青筋が走る。
 セルペンスは冒険者として真っ当に稼ぐことをとうに辞め、他人を脅したり騙したりして金を巻き上げる犯罪者に成り果てていた。奴こそが本当の意味で「落第冒険者」だったのだ。
 そしてその手下に成り下がったガンヅも同じだと、アルベルトはそう言っているのだ。

「テメェ…」
「挙げ句の果てに自分のことを棚に上げ、つまらないプライドを拗らせて他人の生き方を変えさせようだなんて、いつから君はそんなに偉くなったのかな?」
「この…」
「だいたい君、自分より明らかに強い相手に立ち向かって死を覚悟した経験とかないだろ?」
「言わせておけば…!!」

「俺はね、あるんだよ」

 アルベルトはそう言って、静かにミックの片手剣ショートソードを構えた。

「だから言っちゃ何だけど、君みたいな雑魚には負けないよ」
「んだと!?今なんつったテメェ!?」
「君程度の雑魚なら“薬草を殺る”より簡単だと、そう言ったのさ」

 聞いたこともない冷たい声音と、想像もしなかった強い口調。目の前にいるのは本当にアルベルトなのだろうか。
 ファーナには目の前で起こっている光景が信じられない。ファーナに信じられないのだから、ミックやアリアには尚更だ。そして、ガンヅにも。

「ほら、どこからでも斬りかかっておいでよ」

 ミックやアリアたちから少しずつ距離を取りながら、アルベルトが両手を広げてさらに挑発してみせる。
 これも普段のアルベルトでは考えられない態度だった。

「っざけやがって!今すぐ後悔させてやらァ!」

 怒りを爆発させ、そう吠えて突進したガンヅは───


  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 つぎの瞬間、袈裟斬りに斬り落とされていた。


「な…!?」

 不意に襲った、胸を切り裂く強烈な痛みに思考が追い付かない。憎い“薬草殺し”の姿はどこにも見えない。
 たった今まで奴は目の前に立っていたはずなのに。目線など切らした覚えもないのに。

「相手の力量も見抜けないなんて、本当に冒険者としては三流だよ、君」

 顔のすぐ横で声がして、振り向こうとしたら今度は心臓付近が熱くなる。
 不意に喉が灼けるような感覚があって、せせり上がってきたものが口から溢れる。

 血、だった。
 どす黒く、濁った、熱い血。

 ガンヅは未だに何が起こっているのか把握できない。

 が、そこでようやく気付く。
 自分の胸から剣の柄がいる。それを握っている拳があった。

「な…、な…」

 何故、こんなものが。
 こんなところに刺さっているのか。

「これで、終わりだよ」

 その声とともに、心臓に激しい痛みを感じて、それで───


  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 目の前で起こったことを、一部始終見ていたのにファーナには理解ができなかった。
 突進してきたガンヅに対して、一瞬で間合いを詰めたアルベルトが袈裟斬りに斬って落とし、さらに崩れ落ちるガンヅの身体を巧みに避けながらその心臓を一突きにしたのだ。しかもひと息に根本まで突き込んだ片手剣を間髪入れずに捻る。心臓を破壊し傷口を抉って致命傷に変える決定的な一撃だ。
 いつものアルベルトからは想像も出来ない体捌きと剣技。それに非情なまでの冷徹さ。

 あそこまで冷徹に人を殺めることが、今の自分に出来るだろうか。
 それを考えると、背筋に冷たいものが走った。


「すまないね、大丈夫だったかい?」

 何事もなかったかのように剣の血糊を布で拭き取って戻ってきたアルベルトは、もうすっかりいつもの彼だ。だから尚更、今見たものが信じられなくなる。
 だがすぐそこに、すでにピクリとも動かなくなったガンヅが転がっていて、その身体の下には血の海が拡がり始めている。

「ありがとうミック。助かったよ」

 アルベルトは片手剣をミックに差し出すが、あまりのことに動揺したミックは受け取れない。

「ごめんな、やっぱり怖がらせてしまったね」

 苦笑しながら、アルベルトはミックの片手剣を地面に突き立てた。

「おっと、ようやく“お迎え”が来たみたいだね」

 アルベルトが振り返り、つられて残りの3人もそちらを向く。しばらく待つと鎧の金属音が聞こえてきて、藪をかき分けて出てきたのは防衛隊を引き連れたザンディスだった。

「ほ、もう片付けておったか。さすがの手際じゃの」

 立っているアルベルトと転がっているガンヅを見て、ガンヅの屍体を足で転がして仰向けにしつつ、さも当然といった風なザンディス。
 ガンヅの屍体は防衛隊の面々が検分を始め、“通信鏡”でどこかに連絡しつつ指示を仰いでいる。

「え、ザンディスさん、何言って…?」
「見とったんじゃろ、ファーナ。アルベルトは本来このくらいは戦える男なんじゃよ。何しろ勇者パーティで魔王とも戦ったぐらいなんじゃからの」
「えっじゃあ、あの噂って本当に!?」
「無論じゃ、わしら古株なら全員知っとるわい」

「いやあ、蛇王と戦った時の恐怖と絶望に比べたら、ガンヅ程度なんて正直居ないも同然っていうかね…」
「ほっほ、言いよるわい。あの世でガンヅが泣いとるぞい」

 唖然とするファーナ。
 苦笑しつつサラリと暴言を吐くアルベルト。
 当たり前のようにザンディスがウケている。

「ぼ、冒険者って怖い…」
「ホ、ホントだね…」

 その後ろで、へたり込んだミックとアリアが手を取り合って涙目になって震えていた。


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