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第一章【出立まで】
1-8.勇者様御一行の社会見学(3)
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「今日採るのは50株分だけだから、それ以上は触ったらダメだよ」
荒らされる前にアルベルトが釘を刺す。
「あら貴方、自分用に取り分けたりはしないのかしら?」
「しないよ。欲しければ神殿で精製済みの錠剤を買えばいいからね」
「なんねえらい律儀なもんやねえ」
「自分だけで独占していいものじゃないからね。だけどこの群生地を知ってるのはラグでも多分俺だけなんだ。他人には群生地があることさえ言ってないし」
とはいえ神殿でステラリアの錠剤が売られている以上、近郊のどこかでステラリアが咲いているのは誰にでも分かることだ。アルベルトの強みは、それが群生していること、そしてその群生地の場所を正確に知っていることである。
現に今までにも多くの冒険者仲間に咲いている場所を尋ねられたが、アルベルトは一切明かそうとしなかった。時には剣で脅されもしたが、自分が死ねば永遠に見つけられなくなる、と強気に出て切り抜けたこともあった。
「なんでよ、こんなのひと財産じゃないの。大儲けできるわよ?」
「そりゃあ一時的には儲かるだろうけど、それで採り尽くしてしまったら終わりだからね」
「すごい…無欲…」
「ああでも、今ここで個人的に吸う分までは止めないよ。ひと口ふた口吸えば効果が出るし、そのくらいなら減ったうちに入らないからね」
そう言われてミカエラが早速足元の一輪を手折る。
「ほんなら、お言葉に甘えて」
彼女は手折った花を直接唇に当てて息を吸い込む。
ヒュッと小さく、そして勢い良く。
「んん~甘かぁ~!」
そして至福の笑顔になる。
それを見てレギーナも真似をして吸ってみる。
「ホントだ、ステラリア蜜の味がする!」
ステラリア蜜を実際に食べていた人の感想が出た。
「ミカ、どうやるの…?」
「あーこげんして花の根本ば持って、口さいつけて。そうそう、そんで口ばすぼめてちかっぱい息ば吸い込みんしゃい」
クレアがミカエラに指導されつつ吸ってみる。
言われたとおりにやってみて、そして目を見開いて感動している。
「美味しい…!」
「やろ?」
それを見てミカエラも満面の笑みだ。
アルベルトは花を潰さないように慎重に位置を決めて座り込み、腰の道具袋から空の細いガラス小瓶を取り出して、木栓の蓋を開けた。
その小瓶の口にステラリアの小さな花を入れて、そして花の根本を慎重に指で叩く。そうすると、小瓶の中に金色の花粉がパラパラと落ちていくのが見えた。
「えっまさか、そんな風に花粉だけ取るの!?」
「そうだよ。こうしておけば花の方はまた花粉を付けてくれるからね」
「うわ面倒くさっ。株ごと抜いちゃえばいいのに」
「あんなあ姫ちゃん。そげんことしたら二度と花粉の採れんごとなるやん?」
「株ごと抜いても、欲しいのは花粉だけだから残りは捨てるしかないしね。それに持ち帰る途中で花粉だけ落ちても気付かないし」
「レギーナ。下々の仕事っていうのは地道で面倒くさくて労力に見合わないものなのよ」
ミカエラとアルベルトとヴィオレに口々に諭されて、レギーナが言い返せなくて押し黙る。
なんかヴィオレだけが変な言い方をしていたが、レギーナもミカエラもそれには突っ込まないのでアルベルトもスルーした。
宣言通り50株分だけ花粉を小瓶に採ると、アルベルトは木栓をしっかり閉めて小瓶を密封する。その小瓶の中には、あるのか無いのか分からないくらいに少量の金色の花粉しか採れていない。
「そんな少なくて大丈夫なの?もっと取った方がよくない?」
「これで錠剤200粒分だから、これでいいよ」
「そんなに作れるの!?」
ステラリアの錠剤は10粒単位で売られている。値段はそれで1銀貨だ。日本円換算で説明すれば約2000円というところなので、やはり結構な高級品ということになる。
200粒分、つまり商品20箱分になるので、神殿で1日に売り出す分はこれで充分確保できるのだ。
「ねえ、これだけ咲いてるんだから、もっと取ればもっとたくさん錠剤にして売れるんじゃないの?ステラリア錠剤なんていくらでも売れるんだから、その方が神殿も喜ぶんじゃない?」
レギーナはやはり今ひとつ納得がいかないようだ。それもそのはずで、見渡す限り数え切れないほどステラリアが咲いているのに、その中からわずか50株だけというのはどうにも遠慮し過ぎに思えるのだ。
「そりゃあ200株300株と採ればその分たくさん作れると思うけどね」
「でしょ?だったらもっと──」
「そんなにたくさん採って行ったら、山のどこかに群生地があるって誰にでも分かっちゃうじゃないか」
「あ…」
アルベルトの至極もっともな反論にレギーナは二の句が継げなくなった。
毎日最大50株、というのはアルベルトが神殿と協議して決めた採取限度数である。その程度なら山中を駆け巡ってかき集めたと言っても納得してもらえる株数で、だからこそそんな手間をかけてまでステラリアを盗もうとする輩も出てこないのだ。
それに高価なステラリアをたくさん集めればアルベルトの報酬額も跳ね上がる。薬草だけでもいい稼ぎになると知れ渡れば、依頼がなくとも我先にと山に入る者が増えるだろう。
そういう問題を見越した上で、それを防ぐための「50株」なのだ。
「ふうん。案外しっかり考えているのね」
「ほんなこっちゃ。『群生地ば管理しよる』て言われるわけたい」
「まあ、なくなったらみんなが困るものだからね。だから神殿とも協議して取り決めてあるんだ。
さて、それじゃ次の群生地に行こうか」
それ以上反論も質問も出ないのを確認してから、アルベルトがそう言って立ち上がり、また薮を分け入って獣道へと入っていく。レギーナたちも大人しくその後に続いた。
荒らされる前にアルベルトが釘を刺す。
「あら貴方、自分用に取り分けたりはしないのかしら?」
「しないよ。欲しければ神殿で精製済みの錠剤を買えばいいからね」
「なんねえらい律儀なもんやねえ」
「自分だけで独占していいものじゃないからね。だけどこの群生地を知ってるのはラグでも多分俺だけなんだ。他人には群生地があることさえ言ってないし」
とはいえ神殿でステラリアの錠剤が売られている以上、近郊のどこかでステラリアが咲いているのは誰にでも分かることだ。アルベルトの強みは、それが群生していること、そしてその群生地の場所を正確に知っていることである。
現に今までにも多くの冒険者仲間に咲いている場所を尋ねられたが、アルベルトは一切明かそうとしなかった。時には剣で脅されもしたが、自分が死ねば永遠に見つけられなくなる、と強気に出て切り抜けたこともあった。
「なんでよ、こんなのひと財産じゃないの。大儲けできるわよ?」
「そりゃあ一時的には儲かるだろうけど、それで採り尽くしてしまったら終わりだからね」
「すごい…無欲…」
「ああでも、今ここで個人的に吸う分までは止めないよ。ひと口ふた口吸えば効果が出るし、そのくらいなら減ったうちに入らないからね」
そう言われてミカエラが早速足元の一輪を手折る。
「ほんなら、お言葉に甘えて」
彼女は手折った花を直接唇に当てて息を吸い込む。
ヒュッと小さく、そして勢い良く。
「んん~甘かぁ~!」
そして至福の笑顔になる。
それを見てレギーナも真似をして吸ってみる。
「ホントだ、ステラリア蜜の味がする!」
ステラリア蜜を実際に食べていた人の感想が出た。
「ミカ、どうやるの…?」
「あーこげんして花の根本ば持って、口さいつけて。そうそう、そんで口ばすぼめてちかっぱい息ば吸い込みんしゃい」
クレアがミカエラに指導されつつ吸ってみる。
言われたとおりにやってみて、そして目を見開いて感動している。
「美味しい…!」
「やろ?」
それを見てミカエラも満面の笑みだ。
アルベルトは花を潰さないように慎重に位置を決めて座り込み、腰の道具袋から空の細いガラス小瓶を取り出して、木栓の蓋を開けた。
その小瓶の口にステラリアの小さな花を入れて、そして花の根本を慎重に指で叩く。そうすると、小瓶の中に金色の花粉がパラパラと落ちていくのが見えた。
「えっまさか、そんな風に花粉だけ取るの!?」
「そうだよ。こうしておけば花の方はまた花粉を付けてくれるからね」
「うわ面倒くさっ。株ごと抜いちゃえばいいのに」
「あんなあ姫ちゃん。そげんことしたら二度と花粉の採れんごとなるやん?」
「株ごと抜いても、欲しいのは花粉だけだから残りは捨てるしかないしね。それに持ち帰る途中で花粉だけ落ちても気付かないし」
「レギーナ。下々の仕事っていうのは地道で面倒くさくて労力に見合わないものなのよ」
ミカエラとアルベルトとヴィオレに口々に諭されて、レギーナが言い返せなくて押し黙る。
なんかヴィオレだけが変な言い方をしていたが、レギーナもミカエラもそれには突っ込まないのでアルベルトもスルーした。
宣言通り50株分だけ花粉を小瓶に採ると、アルベルトは木栓をしっかり閉めて小瓶を密封する。その小瓶の中には、あるのか無いのか分からないくらいに少量の金色の花粉しか採れていない。
「そんな少なくて大丈夫なの?もっと取った方がよくない?」
「これで錠剤200粒分だから、これでいいよ」
「そんなに作れるの!?」
ステラリアの錠剤は10粒単位で売られている。値段はそれで1銀貨だ。日本円換算で説明すれば約2000円というところなので、やはり結構な高級品ということになる。
200粒分、つまり商品20箱分になるので、神殿で1日に売り出す分はこれで充分確保できるのだ。
「ねえ、これだけ咲いてるんだから、もっと取ればもっとたくさん錠剤にして売れるんじゃないの?ステラリア錠剤なんていくらでも売れるんだから、その方が神殿も喜ぶんじゃない?」
レギーナはやはり今ひとつ納得がいかないようだ。それもそのはずで、見渡す限り数え切れないほどステラリアが咲いているのに、その中からわずか50株だけというのはどうにも遠慮し過ぎに思えるのだ。
「そりゃあ200株300株と採ればその分たくさん作れると思うけどね」
「でしょ?だったらもっと──」
「そんなにたくさん採って行ったら、山のどこかに群生地があるって誰にでも分かっちゃうじゃないか」
「あ…」
アルベルトの至極もっともな反論にレギーナは二の句が継げなくなった。
毎日最大50株、というのはアルベルトが神殿と協議して決めた採取限度数である。その程度なら山中を駆け巡ってかき集めたと言っても納得してもらえる株数で、だからこそそんな手間をかけてまでステラリアを盗もうとする輩も出てこないのだ。
それに高価なステラリアをたくさん集めればアルベルトの報酬額も跳ね上がる。薬草だけでもいい稼ぎになると知れ渡れば、依頼がなくとも我先にと山に入る者が増えるだろう。
そういう問題を見越した上で、それを防ぐための「50株」なのだ。
「ふうん。案外しっかり考えているのね」
「ほんなこっちゃ。『群生地ば管理しよる』て言われるわけたい」
「まあ、なくなったらみんなが困るものだからね。だから神殿とも協議して取り決めてあるんだ。
さて、それじゃ次の群生地に行こうか」
それ以上反論も質問も出ないのを確認してから、アルベルトがそう言って立ち上がり、また薮を分け入って獣道へと入っていく。レギーナたちも大人しくその後に続いた。
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