上 下
2 / 319
序章【運命の出会い】

0-1.〈黄金の杯〉亭の“薬草殺し”

しおりを挟む
「けははははは!!」

 “自由都市”ラグ。別名を“冒険者の街”。
 その街で古くから営業する老舗の冒険者ギルド、〈黄金の杯〉亭に、朝からけたたましい笑い声が響いていた。

「でね!でね!」

 満面の笑みで話をしているのは蘇芳色の短髪に朱色の瞳の、片手剣ショートソードを腰に佩いた小柄な女の戦士だ。少女と見まごう体格だが、こう見えても立派な大人である。はずだ。

「そこでアタシがブイーン!って剣を振り回したらね!“灰熊”の首がちょんぱー!ってね!ちょんぱー!って!」

 さも笑い話みたいにおかしそうに話しているが、灰熊と言えばかなり大型の獣で熟練冒険者でもひとりで立ち向かうのに勇気がいる強敵だ。魔獣でさえないただの獣だが、森で会ったらすぐ逃げろと言われるヤバい相手である。
 それに立ち上がられると大柄な男よりも大きいので、少なくともこの少女…小柄な女性が剣を振り回したところで首になど届こうはずもない。

「えええっ!?すごいですね!」

 この少女…女性の実力を知らなければ多分に誇張かホラにしか聞こえない話なのだが、話を聞いている少年は目を輝かせながら大袈裟に感動している。
 まだ新人の冒険者であろうか、革鎧も着慣れていないようであちこち不恰好である。先輩冒険者の武勇伝はとりあえず褒めとくのがセオリーだが、どうも本気で信じ込んでいるようだ。

「相変わらず朝っぱらから騒々しいの、フリージア」
「あっざんでぃすー!おはよー!」
「おはよう、じゃないわい。新人捕まえて遊んどる暇があるんなら、サッサと依頼を受け取って来んかい」

 彼女に声をかけてきたのはドワーフの戦士だ。小柄な体躯に岩のようながっしりした筋肉を全身に備え、髪と髭を豊かに蓄えるのがドワーフの特徴だ。戦士になる者が多いが、こう見えて敬虔な者が多く法術師、いわゆる聖職者を志す者も多い。冒険者でなければ鍛冶師や武器職人、宝飾などの細工師が多いという。
 彼個人としてはオールバックにした紺色の髪とくすんだ黄色い瞳が印象的だが、それよりも何よりも目立つのは背中に背負っている自分の身丈ほどもある巨大な戦斧だ。まさかと思うが、それで戦うのだろうか。振り回したら逆に振り回されやしないか?

 フリージア、と呼ばれた女性冒険者はたしなめられた事に文句も言わず「はーい!」と元気よく返事して奥のカウンターの方に走って行った。

「あやつの戦い方や武勇伝は参考にならんでの。話半分に聞いとく方がいいぞい」
「えっ、あっはい。そうなんですか」

 ザンディス、と呼ばれたドワーフの大斧の戦士が新人にそう声をかけ、それで新人くんもようやく我に返ったようで神妙に頷いている。
 実際、フリージアの戦い方と言えば、敵を見るやとりあえず突っ込んでスピードと瞬発力にモノを言わせてかき回し混乱させ、その隙に後続の追撃を待つというもので、信頼できる仲間がいなければ成り立たないのだ。そして信頼できる仲間であるところの“大斧”のザンディスは、いつも彼女の尻拭いをさせられているのだった。

「ざんでぃすー!今日は“黒狼”の群れだってー!」
「お前さん解っとるのかの?“黒狼”ならお前さんと相性最悪じゃぞ?」

 黒狼、というのは群れで行動する大型の狼だ。とても素早く群れで組織的に戦うので、敏捷性で勝負をかけるフリージアの戦法が通じない可能性が非常に高い。

「なんとかなるっしょー!けはははは!」

 とはいえフリージアは全く動じた風もない。黒狼もまた魔獣ではない普通の獣であり、その程度の相手に遅れを取るようなら彼女はとっくにどこかで命を落としているはずだ。

「やあフリージア。今日も元気そうだね」

 と、そこへまた別の男が声をかけてきた。
 くたびれた革鎧に使い込まれた片手剣ショートソード。年齢も中年に差し掛かろうかという雰囲気で、一見してベテラン冒険者の趣きがある。短く刈って無造作に撫でつけただけの洒落っ気も何もない淡い黒髪と、くすんだグレーの瞳はどちらも没個性に過ぎて、逆に印象深くすらある。
 彼はその瞳にとても穏やかな笑みを浮かべていて、その優しげな顔だけ見ればとても冒険者とは思えない。気のいい第一町人発見、と言われても納得してしまいそうだ。

「あっあるべるとー!おはよー!」
「お前さん人の名前はもっとハッキリ発音できんのかの…」

 にこやかに元気よく挨拶するフリージアと、小言を言うザンディス。アルベルトと呼ばれたベテラン冒険者は苦笑しつつ、「まあまあ、聞き取れるから俺は構わないよ」と言って穏やかに場を収めようとする。

「あるべるとー!黒狼が出てるんだって!」
「そうなのかい?じゃあ俺も気を付けないとな」
「あるべるとも、黒狼やる?」
「うーん、依頼が出てれば受けるけど、どうかなあ?」
「そうだねえ、あるべるとが黒狼やっちゃうと、“薬草殺しハーブスレイヤー”じゃなくて“黒狼殺しウルフスレイヤー”になっちゃうもんね!」
「これフリージア!」

「…みゅ?」

 屈託なく話し続けるフリージアの口から出た単語にザンディスが過敏に反応する。フリージアは何を咎められたのか解っていない様子で小首を傾げている。

「すまんなアルベルト。どうか許してやってくれんか」
「ああ、構わないよザンディスさん。そう言われてるのは事実なんだし」

 だが言われた当人はケロッとしていた。
 穏やかな笑みを崩そうともしない。

「…全く、どこのどいつが言い出したのか知らんが、人を敬う心も持てん馬鹿者が多すぎるわい」

 ひとつため息を吐くとザンディスは小柄なフリージアの首根っこを捕まえて、集まってきていた他の仲間も連れて酒場を出ていった。
 それを見送り、アルベルトも依頼受付のカウンターの方へと歩いていく。

「おい坊主」

 それを何と声をかけていいか分からず立ち尽くして見送るだけの新人くんに、後ろから大柄な男が声をかける。両腰に2本の曲刀カットラスを提げた、いかつい戦士風の男だ。

「あっはい」
「間違っても、あんな奴を手本にすんじゃねえぞ」

 それがアルベルトと呼ばれていたベテラン冒険者のことを言われているのだと気付くのに、新人くんには少し時間が必要だった。
 “薬草殺しハーブスレイヤー”と呼ばれていた彼の背を睨みつけながら、この双刀の男は忌々しげに吐き捨てるように言ったのだ。

「野郎はこのラグの面汚しだ。冒険者のくせに薬草しか狩れないような臆病者の真似なんざ、死んでもすんじゃねぇぞ」

「あ…はい、分かりました…」

「おい、何やってるガンヅ。ガキのお守りしてる暇なんてあるのか?そんなのは“薬草殺し”にでもやらせとけ」
「あっハイ、スンマセン」

 ガンヅと呼ばれた双刀の男は一転して卑屈そうな笑みを浮かべると、声をかけてきたスキンヘッドの男の後を追って、新人くんの前から小走りに去って行ったのだった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】おじいちゃんは元勇者

三園 七詩
ファンタジー
元勇者のおじいさんに拾われた子供の話… 親に捨てられ、周りからも見放され生きる事をあきらめた子供の前に国から追放された元勇者のおじいさんが現れる。 エイトを息子のように可愛がり…いつしか子供は強くなり過ぎてしまっていた…

普通の勇者とハーレム勇者

リョウタ
ファンタジー
【ファンタジー小説大賞】に投稿しました。 超イケメン勇者は幼馴染や妹達と一緒に異世界に召喚された、驚くべき程に頭の痛い男である。 だが、この物語の主人公は彼では無く、それに巻き込まれた普通の高校生。 国王や第一王女がイケメン勇者に期待する中、優秀である第二王女、第一王子はだんだん普通の勇者に興味を持っていく。 そんな普通の勇者の周りには、とんでもない奴らが集まって来て彼は過保護過ぎる扱いを受けてしまう… 最終的にイケメン勇者は酷い目にあいますが、基本ほのぼのした物語にしていくつもりです。

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

【完結】魔力なしの役立たずだとパーティを追放されたんだけど、実は次の約束があんだよね〜〜なので今更戻って来いとか言われても知らんがな

杜野秋人
ファンタジー
「ただでさえ“魔力なし”の役立たずのくせに、パーティの資金まで横領していたお前をリーダーとして許すことはできない!よってレイク、お前を“雷竜の咆哮”から追放する!」 探索者として“雷竜の咆哮”に所属するレイクは、“魔力なし”であることを理由に冤罪までかけられて、リーダーの戦士ソティンの宣言によりパーティを追われることになってしまった。 森羅万象の全てが構成元素としての“魔力”で成り立つ世界、ラティアース。当然そこに生まれる人類も、必ずその身に魔力を宿して生まれてくる。 だがエルフ、ドワーフや人間といった“人類”の中で、唯一人間にだけは、その身を構成する最低限の魔力しか持たず、魔術を行使する魔力的な余力のない者が一定数存在する。それを“魔力なし”と俗に称するが、探索者のレイクはそうした魔力なしのひとりだった。 魔力なしは十人にひとり程度いるもので、特に差別や迫害の対象にはならない。それでもソティンのように、高い魔力を鼻にかけ魔力なしを蔑むような連中はどこにでもいるものだ。 「ああ、そうかよ」 ニヤつくソティンの顔を見て、もうこれは何を言っても無駄だと悟ったレイク。 だったらもう、言われたとおりに出ていってやろう。 「じゃ、今まで世話になった。あとは達者で頑張れよ。じゃあな!」 そうしてレイクはソティンが何か言う前にあらかじめまとめてあった荷物を手に、とっととパーティの根城を後にしたのだった。 そしてこれをきっかけに、レイクとソティンの運命は正反対の結末を辿ることになる⸺! ◆たまにはなろう風の説明調長文タイトルを……とか思ってつけたけど、70字超えてたので削りました(笑)。 ◆テンプレのパーティ追放物。世界観は作者のいつものアリウステラ/ラティアースです。初見の人もおられるかと思って、ちょっと色々説明文多めですゴメンナサイ。 ◆執筆完了しました。全13話、約3万5千字の短め中編です。 最終話に若干の性的表現があるのでR15で。 ◆同一作者の連載中ハイファンタジー長編『落第冒険者“薬草殺し”は人の縁で成り上がる』のサイドストーリーというか、微妙に伏線を含んだ繋がりのある内容です。どちらも単体でお楽しみ頂けますが、両方読めばそれはそれでニマニマできます。多分。 ◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうとカクヨムでも同時公開します。3サイト同時は多分初。 ◆急に読まれ出したと思ったらHOTランキング初登場27位!?ビックリですありがとうございます! ……おいNEWが付いたまま12位まで上がってるよどういう事だよ(汗)。 8/29:HOTランキング5位……だと!?(((゚д゚;))) 8/31:5〜6位から落ちてこねえ……だと!?(((゚∀゚;))) 9/3:お気に入り初の1000件超え!ありがとうございます!

覇者となった少年 ~ありがちな異世界のありがちなお話~

中村月彦
ファンタジー
よくある剣と魔法の異世界でのお話…… 雷鳴轟く嵐の日、一人の赤子が老人によって救われた。 その老人と古代龍を親代わりに成長した子供は、 やがて人外の能力を持つに至った。 父と慕う老人の死後、世界を初めて感じたその子供は、 運命の人と出会い、生涯の友と出会う。 予言にいう「覇者」となり、 世界に安寧をもたらしたその子の人生は……。 転生要素は後半からです。 あまり詳細にこだわらず軽く書いてみました。 ------------------  最初に……。  とりあえず考えてみたのは、ありがちな異世界での王道的なお話でした。  まぁ出尽くしているだろうけど一度書いてみたいなと思い気楽に書き始めました。  作者はタイトルも決めないまま一気に書き続け、気がつけば完結させておりました。  汗顔の至りであります。  ですが、折角書いたので公開してみることに致しました。  全108話、約31万字くらいです。    ほんの少しでも楽しんで頂ければ幸いです。  よろしくお願いいたします。

僕が学校帰りに拾ったのは天然で、大食いな可愛い女勇者でした

茜カナコ
ファンタジー
僕が学校の帰り道に拾った子は女勇者でした

幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜

霊鬼
ファンタジー
生まれつき魔力が見えるという特異体質を持つ現代日本の会社員、草薙真はある日死んでしまう。しかし何故か目を覚ませば自分が幼い子供に戻っていて……? 生まれ直した彼の目的は、ずっと憧れていた魔法を極めること。様々な地へ訪れ、様々な人と会い、平凡な彼はやがて英雄へと成り上がっていく。 これは、ただの転生者が、やがて史上最高の魔法使いになるまでの物語である。 (小説家になろう様、カクヨム様にも掲載をしています。)

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

処理中です...