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18.婚約破棄をしていただくつもりが逆にご心配をかけてしまった……

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妹のリンディから指摘を受けて、自分などがいつまでもここにいて良い訳がないと思い知った。

私のような何の取り柄もない女に、ロベルタ様は本当によくしてくださった。

居場所も与えて下さったし、美味しいお食事も下さった。

メイドのことも考えて下さったし、今日もお忙しいのに、きっとみすぼらしい私を哀れんで下さったのだろう。美しいドレスまで買って下さった。

これほど幸せだった時間は初めてで、本当に十分な幸せを与えて頂いた。

私などには過分なほどだ。

きっと、旦那様のご負担にもなっているだろう。

リンディに言われて、いつの間にか旦那様に。ロベルタ様に甘えてしまっている自分に気が付いた。

でも、ロベルタ様のお優しさは、領民にこそ向けられるべきもの。

いつまでもそのお優しさにつけこむようにするべきではない。

だから、今日の夜、ロベルタ様へ婚約破棄を願い出るために、ディナーの時間を設けて頂いたのだ。

その場で、婚約破棄をして頂ければ、私はすぐにでも城を出されるだろう。伯爵領には当然受け入れてもらえないだろうから、帰るあてのないうえに病弱な私は、すぐどこかで野垂れ死にするだろう。

だが、そのことでこの公爵領の人たちへロベルタ様の恩寵が向くだろう。私に十分にお与えくださった幸せを、領民たちに向けてもらうのだから、私にとってはむしろ嬉しいことだ。

問題は妹のリンディが私の代わりに嫁ぐという点だ。もちろん、私よりも可愛らしく器量も良い、聖女と言われる彼女の方がきっとロベルタ様には相応しいに違いない。そのことに全く異論はない。

ただ、彼女には領民たちを愛する気持ちが無いのではないか、という不安がぬぐえない。

そのことだけは、ロベルタ様に、僭越ながら申し添えたうえで、婚約を破棄してもらおう。

そうすれば、私は満足して城を出ることが出来るし、死んで後悔するようなこともないだろう。

「今日は急にどうした? 公務で忙しいのだがな?」

「申し訳ありません。すぐに済むお話なのですが、ちゃんとお伝えすべきかと思いまして」

「なんだ?」

ディナーをとる手をとめて、ロベルタ様がこちらを向く。

よし。

私は口を開こうと息を吸い……。

旦那様、今まで本当にお世話になりました。

今日限りをもって婚約破棄をしてください。

私は十分よくしてもらいました。

明日にでもお城を出ようと思います。

ドレスのことも夢のようでした。ひと時の夢を見させて頂きありがとうございました。

メイドのアンのこともありがとうございます。

私のようなやせぎすの女ではなく、妹のリンディを今後は妻としてお迎えくださいませ。

そこまで一気呵成に申し上げたつもりでした。

しかし、

「あ……れ……?」

ポロポロと。

「どう……したのかしら……。私……」

私の琥珀色の瞳から。

「伯爵領ではずっと出なくなっていたのに……」

透明な雫が、ポロポロとこぼれていたのでした。

「どうした。体調でも悪いのか?」

「ち、違います。言わないと……いけないことが……」

私は先ほど必死で考えたお伝えする内容を言おうとします。

しかし、どうしても口が動いてくれません。

それどころか、

「どうして、止まってくれないの?」

枯れたはずの涙が絶えず雫となってテーブルに落ちてしまうのでした。

「ああ、すみません、お料理が台無しに……」

全く関係のない、意味のない言葉は口をついてでます。

でも、肝心の言葉が形にならないのでした。

すると、

「料理などどうでもいい。何か心配事があるなら夫である俺に言ってくれないか?」

「!?」

いつの間にか私の座っている傍まで近づいて来てくれた旦那様が、瞳の雫を指ではらってくださったのでした。

そして、真剣な表情で私を心配してくださっていたのです。

「ああ、すみません。余計なご負担を。私は、旦那様にご迷惑をかけてばかりで……」

「何を言っている? それよりも、どうしたんだ? 言ってくれなければ分からない」

旦那様が優しく手を握ってくださいます。

ですが、言うべきことも言えない情けない私は、その優しさに甘えるばかりで、涙を止めることさえ出来ないのでした。

「話せないなら無理をするな。また明日、話を聞く時間を設ける。今日はゆっくりと休め。昼間、連れまわしたのが体調に良くなかったのかもしれん」

「そ、そんなことはありません。あれほどお優しくしてくださって、私は世界一の果報者です」

「そうか。なら、俺の望みも聞いてもらおう。しっかりと休んで元気になってくれ。……お前の顔色が悪いと落ち着かない」

「……はい」

なんとお優しいのだろう。

そして、心の弱い私は、また旦那様のそのお優しさに甘えてしまう。

「一人で戻れ……ないか。仕方ないな。よっと」

「……え?」

しかも、突然のことでまったく反応できませんでした。

旦那様は一見、スラリとしてスマートに見えますが、剣の達人でもいらっしゃいます。抱きかかえられた旦那様のたくましい筋肉が、服の上からでも伝わってきました。

「だ、旦那様……」

「体調が悪いのだろう? しっかりとつかまっていろ。そしてしっかりと休め」

「えっと……あの……」

私は混乱しているうちに、旦那様にお姫様だっこをされて、自室のベッドまで運ばれてしまいました。

「メイドのアンを呼んでおく。しっかりと休め。これは命令だからな」

「はい……」

厳しい言葉なのに、優しい口調で言われた私は頷くしかありませんでした。

本当は婚約破棄を願い出なければいけなかったのに。

お優しさにつけこむ真似をしないと誓ったばかりだったのに。

「また、ご迷惑をおかけしてしまった」

しかも、部屋まで運んでいただくなんて、はしたないにもほどがある。

「私はどこまで愚かなのだろう」

私はどこか幸せを感じる自分の醜さを恥じながら、また旦那様の優しさに甘えてしまった自分に深く苦悩するのでした。
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