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23・最終話

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 木漏こもれ日がまぶしい。
 昼下がりの校庭は、初夏の匂いがした。

「なあ、桐野がネズミになって帰ってきたってほんとマジなん?」
 門倉がコンビニ弁当をむさぼりながら聞く。

「それ聞くの何度目よ門倉、マジだって。ああ、写真撮っとけば良かった。可愛かったんだから」
 弁当を忘れた私は購買のメロンパンにかじりつく。

「もういい加減その話はいいよ」
 手作り弁当をつつきながら桐野が笑う。


 あの騒動は1か月以上マスコミを騒がしたが、結局クマもトラも二度と姿を現さないまま、終息を迎えた。

 野生のトラなど日本にいるはずないし、あれは着ぐるみだったという情報がまことしやかに出回ったせいかもしれない。
 桐野の変身シーンを見たのは、私らの他には中沢と森田だけだったが、2人は自ら口を閉ざした。自分の頭がバグを起こしたと思い込んでるらしい。

 桐野はあれ以来すっかり呪いが解け、前と変わらぬ日々を送っている。


「でも武勇伝なのに誰にも語れないのはムズムズするね」

「それな。クマを山奥に追いやったトラの桐野を狸がネズミに変えて山から脱出させたとか、めっちゃ声を上げて叫びたい」

「門倉、それ絶対やめような」


 門倉はあの日以来「たまに冗談を言う硬派な兄貴キャラ」へのイメチェンを見事に成し遂げた。

 トラ騒ぎに紛れ、思った以上にその移行はスムーズだった。
 いや、本当は皆、門倉の本質をなんとなく分かっていたのかもしれなかった。
 彼のせいでやめたと噂されていた教師も、実際は既往症きおうしょうの治療だったことがわかった。

 そして桐野は、相変わらず桐野だった。

 優しくて日向ひなたのような空気感を漂わせながらも、こちらがビビるほど肝が据わっている。
 今は逆にそれが少し怖い。
 またいつ捨て身で誰かを守るかもしれないと思ったら、気が気ではない。


「美羽~、弁当忘れたろう? 持ってきてやったぞ」
 手を振りながら湊が校門から走ってくるのが見えた。

「ああ~、湊。ありがたいけどちょっと遅かったよ。パン買っちゃった」

「なんだ、走ってきて損した」
 あからさまに頬を膨らます。

「せっかく来たんだから一緒に弁当食って行けよ、弟」

「ああ、それがいい」

 門倉と桐野が言ってくれたが、湊は「いいよ、別に」と声をとがらす。

 続けて何か言いたげなので、私たち三人は黙って待ったが、結局「じゃ、帰るね」と言って、また走って校門を出て行った。


「あれ、狸だよな」
 門倉が聞いてくる。

「やっぱり気になるんだな、九条のこと」
 桐野が微笑む。

「気になられても困るんだけど、ね」

 
 影丸は、たまーに弟に化けて現れる。
 なるべくほこらにもお参りに行くし、話しかけもするんだけど、やはり寂しいのかもしれない。

 特に害はないし、あの日桐野を助けてくれた恩義もあるので、私たちは温かく見守っている。
 なにより、影丸のおかげで、自分の未熟さや、桐野への思い、誤解していたもろもろに気づくことができた。
 もっと寛容に、もっと視野の広い人間になるんだと自分に誓う。


 走る湊のお尻で、まるくてかわいいしっぽが揺れる。
 影丸の変身がバレバレだというのは、私たちだけの秘密にしておこうと思う。


(了)
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