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カラダの関係は、ほどほどにね。
宣戦布告?
しおりを挟む翌日、談話室にて。
「ええっ?元カノ登場だって?!」
咲子の驚いた顔を見て、綾乃はハァーと大きくため息をついた。
「そうなの、ビックリしちゃった」
「葵もまさか自分の元カノが入社してくるとは思ってなかったみたいだし…」
「あ、でも一応このことは秘密にしててよ?咲子っ」
咲子は興味津々で身を乗り出す。
「わかってるってぇ」
「で、どんな子なの?私、部署が違うからまだお目にかかれてないんだよね!」
咲子からのその質問に、綾乃はブツブツと小言のように説明し始めるのだった。
「うーん…そこそこ可愛いかなっ!(…私の次にね)」
「そんでもってフワァってしてて……女の子!って感じかな?(…私の次だからね)」
「漫画の世界から飛び出してきたような、典型的な“男ウケがイイ女子”…って感じ!(だから私の次だってば!)」
無意識に褒めちぎってしまっていることに気づかない綾乃に、咲子はちょっとだけ不安そうな目を向ける。
「うわ…なんとなく想像できちゃったかも(笑)」
「で、肝心の桐矢くんはなんて説明してくれたの?」
痛いところをつかれた綾乃はグッと口を紡いだ。
「それが……元カノってこと以外、何も教えてくれないの」
「1年ぐらい付き合って別れたってことぐらいしか聞き出せなくて…(エッチでごまかされちゃったしな)」
「なんで別れちゃったのかも教えてくれなかったの?」
「…うん。過去のことはあんまり詮索されたくないみたい」
それを聞いた咲子は、なんとか綾乃を慰めようとするのだ。
「まぁ、男にだって触れられたくない過去の1つや2つがあっても仕方ないんじゃない?」
「それに、いくら可愛くてももう“元カノ”なんだし…あの桐矢くんがあんたを放って元カノになびくとも思えないしねっ!」
咲子のその言葉で、少しだけ気持ちが軽くなった。
「そ、そう思う?!」
「うんうん、この咲子様の目に狂いはないんだからっ♡」
ホッと安心しかけたその時…
コンコンッ
ドアをノックされ、綾乃が返事をすると誰かがドアを開けて中を覗き込んだ。
「あ、あのぅ…お話し中、すみません」
現れたのは、噂をすれば……の、光里だった。
さすがにビックリした綾乃を見て光里は首を傾げると、向かいの席へと腰を下ろす。
「鈴宮さん…だったよね、どうしたの?」
笑顔を取り繕って話しかける綾乃に、光里は遠慮がちに笑ってみせた。
「…いえ、藤崎さんのこと…すごく綺麗な方だなって思って、少しお話できないかなぁと思ったんです」
「え……私が?」
光里の口からまさかの褒め言葉。
「ええ、あの……もし迷惑でしたら、すみません」
そう言って控えめに握った手を顎元に持っていき、目を逸らす光里に綾乃は正直に弁解するのだ。
「め、迷惑なんかじゃないけど…」
その途端、光里はパァッとまぶしい笑顔を綾乃に振りまいて喜んだ。
「本当ですかっ?よかったぁ♡」
───可愛い。
男でなくても、その天真爛漫な笑顔には綾乃ですらキュンッと胸が締め付けられる始末となる。
そして、そんな二人のやり取りを静かに眺めていた咲子が席を立った。
「じゃ、私はそろそろ一足先に仕事に戻ろうかしらね」
そして、出ていきがてらに綾乃に向かって密かにジェスチャーで『元カノ情報、よろしく!』と投げかけるのだった。
そんな咲子の指示もあり、綾乃はコホンと咳払いをしてから改めて光里と向かい合う。
「私なんかと話したがる子なんて、さっきの咲子かあなたぐらいしかいないわよ?(笑)」
「ほら、私って女ウケ最悪だから(笑)」
それを聞いた光里はとんでもない!と言わんばかりに首を横に振って言った。
「ええ~?全然そんなことないですよぉ!」
「この会社の中じゃ一番お綺麗ですから、きっとみんな嫉妬してるんじゃないですかぁ?」
そして…光里は言った。
「まぁ、私がここに入社してきたからには『一番』でいられるかどうかはわかりませんけどねっ♡」
そのあまりにも屈託のない可愛らしい笑顔から出てきた言葉の意味は、綾乃が理解するのに数秒はかかった。
「(……今、さらっとマウント取られなかった?笑)」
それはさて置き、綾乃はいよいよ聞き出すことを決意する。
「ねぇ、そういえば…アオ、桐矢くんとお知り合いなんだってね!」
「もしかして……付き合ってた…とか?」
葵から聞いていたからそれはわかっていたものの、小さな敵対心が口をついて出てしまっのだ。
しかし、その質問に光里は驚いたような恥ずかしいような顔を赤らめては、パッと両手で頬を隠して答えた。
「ええー?どうしてわかっちゃうんですかぁ?!恥ずかしいです…っ」
そんなリアクションに綾乃は心の中で
「(葵から聞いたんだっつーの!)」
…と突っ込むのであった。
そして光里はその火照らせた顔のまま、こう言った。
「偶然ここに入社してきたら葵くんがいて、私、すっごく嬉しくなっちゃって…っ」
「彼の顔を見ただけで、心臓が飛び出しそうになっちゃったんですっ…」
─「(もしかして、未練タラタラ?)」
「(ってことは…葵の方から別れたってことでいいの…?)」
そうして綾乃が頭の中を整理をしているうちに、光里はその口を開く。
「葵くんと藤崎さんがすごく仲が良さそうだと思ったので聞きたいんですけど…」
「私たちが別れた理由とかって、葵くんから聞いてたりしませんか…?」
悔しいけど、それにはハッキリ答えられない自分がもどかしい。
「いえ…特には何も聞いてないけど(本人が詮索拒否だもんねっ)」
それを耳にした光里は
「へぇ、そうなんですかぁ…」
…とつぶやき、その口角を密かに上げた。
「…どうしてそんなこと聞くの?」
そう問いかける綾乃に、光里は元の儚げな表情でその心中を語り始めた。
「…その分じゃ彼、まだ私のこと吹っ切れてないんですね」
───「(どういう意味…?)」
「実は私、彼の深すぎる愛が重たくなっちゃって…」
「私がちょっとでも他の男の人と仲良くしてたりすると物凄く嫉妬されちゃったりして、疲れちゃったんです」
───「(確かに……葵には嫉妬深いところも、ある)」
なんとなく、そんな光里の話にも頷けてしまうことが…切なかった。
光里にも、自分と同じように嫉妬心をむき出しにするぐらいに好きだったのだと。
そんな中、光里は綾乃にとってまったく予想外のことを話し出した。
「私だってまだ若いし、仕事だって続けていたかったのに…“結婚して家庭に入って欲しい”って言われて、耐えきれなくて私の方からお別れしたんです」
一瞬、頭の中が真っ白になる。
「(な、な、な、なにぃ?!結婚…ですってぇ?!)」
またもや机を叩くどころか、叩き割って立ち上がりたい気分に襲われた。
もはや言葉が出てこない綾乃の変化に気づいた光里はさらに続ける。
「でも、そんな葵くんと別れてから何年か経った今思うと……私、すごく後悔してるんです」
「あんなにも私のことを愛してくれる男の人は、この先もう現れないんじゃないかって思って…!」
ドクン、ドクン…と、心臓が不協和音を奏で始める。
「ねぇ藤崎さん、私のこんな気持ち…どうしたらいいと思いますか?」
可愛らしい声が、低く響いて綾乃の耳へと届いた。
それと同時に、葵への怒りが沸々と込み上げてくる。
「(そうか…アイツ、私に別れた理由を話さなかったのはこんな深~いワケがあったからなのねっ!!)」
そしてその後、焦りと不安が襲ってくる。
「(しかしこれはマズイんじゃ…?)」
「(そんな別れ方した元カノがすぐ近くに現れたわけで……しかも、その元カノは葵に未練タラタラ)」
「(ヤバイッ……ヤバすぎるよぉ!)」
頭の中で葛藤し続けるものと一人で戦っている綾乃に、光里は怪訝な面持ちでその顔を覗き込む。
「どうか、されました?」
「い、いえ……なんでもないのよっ!(笑)」
「でも…ごめんなさい、私にはどうしてやることもできないよ」
「桐矢くん本人がどう思ってるのかなんて私にも……わからないから」
それは、まぎれもない事実だった。
そして満足そうに微笑むと、光里は嬉しそうに言った。
「そうですよね……でも、また何かあったら相談させてもらえませんか?」
「私、兄弟の中でも一番上だったから…頼れるお姉さん的な存在にすごく飢えてて(笑)」
「そうなの?」
「はい、だから藤崎さんみたいに優しい方と仲良くなれて、すっごく嬉しいですっ♡」
「これからもよろしくお願いしますねっ!」
そう言ってニッコリ微笑む光里のことを、綾乃は受け入れるしかなかった。
「ええ…もちろんよ!(まぁ、悪い子ってワケでもなさそうだしね…)」
───そして、その日の仕事終わり。
会社を出てすぐの夜道をカツカツと音を鳴らして歩く綾乃の後を、息を切らした葵が追いかけてくる。
「綾乃っ!」
「おい綾乃っ、待てって!」
綾乃が振り返らずにその歩みを止める。
「今日は時間合わせて一緒に帰るって約束だっただろ?!」
「そのためにダッシュで案件片付けてきたのに…っなんで無視すんだよっ!」
そして背後で息を整えようとする葵のことを振り返ると、綾乃は怒りを露わにした。
「…知らない!自分自身に問いかけてみればっ?!」
「……また光里ちゃんのこと?」
その一言で、ますます怒りがヒートアップしていく。
ハァーとため息をついた葵が面倒くさそうに頭を掻く。
「あのさ、あの子とはもうとっくの昔に別れたし、入社してきたのも偶然だし!」
「俺が今さらあの子に対して思ってることなんて、何もないって話したじゃん!」
それに対して綾乃はここぞとばかりに言ってやる。
「……あの子はそうじゃないみたいだけど?!」
「…はぁ?」
「あんたと別れた理由も聞いたし、あんたに未練タラタラだったんだからっ!」
綾乃の剣幕にたじろぎながらも、葵はしばらく考えてから首をひねった。
「……俺に未練って…何かの間違いなんじゃないの?」
「だって、別れる時だって──」
葵の言葉を最後まで聞かないまま、綾乃からの攻撃はさらに続く。
「あんたが光里ちゃんのことが好きすぎて、それに光里ちゃんが耐えられなくなったんでしょ?!」
「……彼女がお前にそう言ったの?」
「そうよ!結婚してほしいぐらい、あの子のことが好きだったんでしょ?!」
嫌な感情が口から飛び出してしまうのを止めることはできない。
そんな綾乃の話を聞いて、葵はただただ考え込むばかり。
そして…
「…通りで、私に光里ちゃんと別れた理由が話せないはずよね!」
「だって、私よりあの子の方がっ…!」
綾乃がそう言葉に詰まった時、葵が口を開いた。
「綾乃…なんだか知らないけど、それだけは否定させてもらうわ」
「…え?」
「俺、お前以外の女なんかに興味ねーから。」
その言葉が、綾乃のその先の言葉を奪い去った。
「…元カノが現れたぐらいで何焦ってんの?」
「そんなに俺のこと…信用できない?」
「そ、そんなんじゃない!けど…っ」
また言葉に詰まる綾乃に近づくと、葵はニヤリと笑う。
「じゃあ何…?もしかして…また妬いてる?(笑)」
そんなふうに意地悪な口調で見下ろしてくるこの男が、憎たらしい…。
そして、額に青筋が浮かび上がる綾乃はそっぽを向いて歩き出す。
「…あ!待てよっ悪かったって!」
「俺んちで今夜は泊まるって言ってただろ?!まさか帰るなんてっ───」
「あんたんちでまたエッチしようと思ってるんでしょ!」
「え?(笑)だ、だって明日は休みだし…ねぇ?(笑)」
「……この、絶倫っ!!」
プンスカ怒りながらも横目で葵をチラチラ見てはため息をつく綾乃と、ご機嫌取りをしながらも綾乃を弄ることがやめられない葵。
そして、そんな二人のことをまた、建物の影に隠れて見つめる女が一人。
「……チッ!」
その女、光里は密かに舌打ちをするのだった…。
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