アトランティス

たみえ

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第Ⅰ章 傲慢なる聖騎士

裏切りの剣

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『――サルバドはエネストラを裏切った、逆賊を討て』

 響き渡る大笛の音と共に、尤もらしいタイミングで現れた味方の軍と婚約者の命令する言葉にリオンは唖然とした。どこかで違っていて欲しいと願っていた。可能性がかなり低いと理解していても、それが勘違いであると信じたかった。
 ――シークがかつて信じていたように。

『これが証拠だ。……今のエネストラ王国は故あって腐敗している。リオンのせいじゃない』
「う、そ……」

 右から左に言葉がすり抜けていく。リオン達の横を敵国だったはすの兵が通り抜けて、味方だったはずの軍と戦いを始めてしまった。
 喧々囂々と鳴り響く戦場の音に、舞う血飛沫に、これを回避したかったはずなのにと取り留めのない思考が現実逃避のようにただただ流れていく。

『これもやつらの計画のうちだ。サルバド家の滅亡は最初から仕組まれていた。だから血縁ではない君は本来なら関係ない赤の他人だ。サルバド家の存続を諦めれば命だけは助か』
「おまえ……お前が嵌めたのか!? この状況で何を言っている!?」

 聞き捨てならない言葉を拾って、リオンの遠くなっていた意識が怒りによって戻って来た。主君に裏切られたことをまざまざと突き付けられたのはかなりショックだったが、だからといって何故それがサルバド家の存続云々に関わっているというのか。
 これはリオン個人に対してだけの裏切りであって、血を継がない養子である孤児のリオンは不要と切り捨てられたとしても、大貴族であるサルバド家は全く関与していないとして縁組解除という書類ひとつでまだ充分に言い逃れ出来る状況である。そのため、最悪リオンだけの犠牲で済む問題のはずなのだ。

 そもそも散々利用してきた王家だからこそシーク以上の強さと太鼓判を押されたリオンは手放し難い駒のはずだ。リオンという使い勝手の良い駒と共に大貴族として王権を支えてきたサルバド家まで滅亡となれば王家に得なんて何もない。
 むしろ得をして喜ぶとなれば周辺諸国だけで――。そんな思考が電撃のように駆け巡り、衝撃でまだ頭ほど回らない呂律で一番怪しい相手をだからこそ真っ先にリオンは安直に批難した。だが、――。

『――俺と一緒に逃げよう』
「逃げる、だと……?」

 武勇に優れ、先祖代々から周辺諸国から畏れられてきたサルバド家において、戦場でこれほど不名誉な文言を告げられた者などかつて存在しただろうかと、リオンは耳を疑った。
 信じられないことに冗談ではなくガゼルが再び逃げようと口にして、無防備な腕を引っ張られたところでリオンは我に返ってカッとなって早口に捲し立てた。

「――どこへ!? 私はサルバドに、……父と母に、メアに誓ったんだ! たとえ無様を晒そうとも、味方に裏切られようとも、誰が死のうが、己が死の危機に瀕しようがこの誓いだけはッ!」

 支離滅裂ともとれる錯乱した言葉に、ガゼルは何も言わない。リオンは脳裏にサルバド家の面々を思い浮かべていた。死んでしまった父と母。そしてリオンの為に短い余生を散らせてしまった老人たち。彼らの死は最初から仕組まれていて、その覚悟も献身も全てが無駄だったというのか。
 シークの死から信用ならなくなったサルバド家の者達の姿も頭を駆け巡ってしまい、最後にメアの悲惨な泣き声が脳裏にこだました。――そんなこと、あってはならない。

「――この誓いだけは決して、何人たりとも邪魔することを許さない!」
『ぐぅッ!?』

 押しのけるようにして、リオンは力いっぱいガゼルを突き飛ばした。まるで粉が舞うように簡単に吹き飛んだガゼルを見届けることなく、リオンは戦場そっちのけで走った。余裕なんてかなぐり捨てて、不安を払拭するためだけにただひたすらに全力で走って走って、常人では有り得ない速度を維持したまま走り抜けて――。

「あ……め、あ……めァ、メア! 無事か! 返事をしろ、メア! メアッ!」

 辿り着いた先で見たのは、かつて質実剛健でありながらも機能美に溢れた素晴らしい城なのだとシークが自慢げにしていた残骸の名残りであった。
 嫌な想像を払拭するために、リオンはすぐさま集中して生きた気配を探した。――だが、どこにもない。

「そんな、ばかな……」

 本来であれば二日は掛かるだろう道のりをたった数時間で走破した漲る気力などもうどこにもなかった。両膝をついて、呆けたように残骸を見つめるリオンに瓦礫をどかしてまで屍を確認する勇気は無かった。死んだのだと、認めたくなかった。最悪殺されるのは自分だけだろうと、高を括っていた結果がこんな結末だった。
 何も得なんてない。ないはずだった。なのに、シークを含めて最初から計画していた、なんて――。

「て、んけい……?」

 ふと、どうしてこうなってしまったのかと自問自答する思考に、雲間から差す一筋の光のようにその考えはしっくりときた。――シークは最期に言っていた。殺し過ぎたから世界の維持の為に神に殺されるのだと。
 だからもしかしたら、それはシークだけでなくサルバド家全体を差した言葉だったのではないのか。

「……リオン。君に選択肢をあげる。サルバドを忘れ、剣を忘れ、ただ僕の妃になるだけなら見逃してもいいって神様が言うんだ」
「殺せ……」

 サルバド家ではない孤児のリオンを妃に娶ったところで王家が得することなど全くない。いくら武力に優れているといっても所詮はそれだけで、兵士か傭兵として召し抱えるならまだしも王族に加えるだなどとしてしまえば血筋の正統問題が過熱し将来大きな争いへ発展することだろう。
 その上、リオンはそもそも生きる意味を奪われている。従う道理などまるでなかった。むしろいつか復讐してやろうと牙を剥く可能性のほうが高いはずだ。なんて頭の悪い提案なのだろうかと、リオンが嘲笑う為の気力も湧かない。

「サルバドは残念だったけど、神罰だから仕方ないよね。君は巻き込まれただけの被害者だから安心して僕のところへ嫁いでおいで」
「殺せ……」

 神罰、神罰、神罰。姿を見たこともないのに口出しだけは達者な神だ。しかもその神様とやらは、人間が定める家族の枠組みではなく、純粋な血統血筋によって人を判断しているのだろう。人が生きるため耕す畑の食物や獣を管理するように淡々と。
 血縁でなくとも固く結ばれていたと信じていた絆は、血縁でなかったからこそ自分だけ目を付けられずに済み、だからこそこうもあっさりと一人だけ降りかかる不幸から逃れることが出来たのだという。だからリオンが居ても居なくても何も結末は変わらなかったらしい。……とんだ皮肉もいいところだった。神というのは、人が守るべき家族だと定めたものをあっさり否定し壊す無頼漢だったらしい。

「……そう。仕方ないね。残念だよ、リオン。僕は君の剣が大好きだったから」

 たとえ神が認めることがなくとも、孤児だったリオンではなく誇り高きサルバドの剣リオン・サルバドとして。
 そう願い、サルバド最後の剣としてリオン・サルバドは静かに目を閉じた――。
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