27 / 31
第Ⅰ章 傲慢なる聖騎士
返還
しおりを挟む全く王子とは話にならないと報告したリオンの話は、あっさりと受け入れられた。どうやら、あの王子は誰が対応しても会話にならなかったらしい。それを聞いてリオンは複雑な思いを抱いた。
……やはり、こちらの反応を弄んで馬鹿にしていただけだったか。
「ガザル王子は返還することになったよ」
報告の際にレイブンから聞かされたのは、今回送られてきた王子は話にならず情報も得られずと埒が明かないため、別の人質との交換を申し出るという。
リオンはまた、言い知れぬ違和感を得た。一方的にシークに負けたルシュタット公国はこれを断れないだろう。しかし、あんな王子を送ってくるくらいなのだから、他の王子や姫と入れ替えても結果が変わるとは思えなかった。
なのに、レイブンはまるで次が同じような口の堅い人質であったとしても気にしていない、想定していないような様子であった。こちらが一方的に勝ったとはいえ、本当にそんな要求が必要なのだろうか。
そもそも、リオンに頼む前にも尋問が行われていたとはいえ、思い返せばあまりにリオンへの頼みが雑だったのではないか。強さならともかく、リオンよりよほど口の上手い尋問のプロはいくらでもいる。その後にリオンに頼んだ意味がやはり分からない。
――何か、何かがおかしい。
一度は無視した違和感がこうも続くと、リオンとて何かが変だと気付く。しかし、レイブンはこれ以上話すことはないと早々に去ってしまった。
報告以降、改めて違和感の原因を確かめようとレイブンとの婚約者の交流へと赴くと、そこにレイブンは居なかった。人質交換のことで忙しい、と待機していた小間使いに言付けされる。
その後、レイブンの休憩時間や休日に赴いても出かけていたり不在であることが続く。こうなってくると、いくら男女の機微に疎いリオンでも分かることである。
……避けられている?
まさか。そんなことがあるだろうか。天啓という訳の分からない理由とはいえ、あちらが望んだ政略婚約である。恋愛のような想いは無くとも、今まで良好な関係を築いて来ていた自負がリオンにはあった。
サルバド家のためにあちらの要求全てを呑み、妃教育も騎士団の教育もこなした。シークは王家の為に生涯を捧げた功労者。
シークが亡くなってとしても、シーク以上になれると太鼓判を押されたリオンの武力が残っている。直系であるメアも残っている。若人にかなりの損害を被ったとはいえ、戦力外の老人を含めればサルバド家にはまだまだ力がある。
お家断絶なんて考えられない力を持っているサルバド家を、今更ないがしろにすることがあるのだろうか。そんなことをすればシークの働きに泥を塗り、結果的に国家の威厳に汚点が付くことになる。
レイブンに避けれらているうちに、リオンは益々言い知れぬ不安を抱くようになっていた。真意を確認しようと宰相に会いに行ったが、あいにくと宰相は外交で不在となっていた。
着々と良くない何かが整いつつある。リオンはそんな気がしてならなかった。
リオンが剣を習い始めた最初の頃に、シークが言っていた。戦士にとって、直感や感覚は命そのものだと。感覚が鋭いほどに強いのが戦士。
不吉や不穏を感じたのなら、その直感や感覚を信じるべきだ、と。それが強くなる最も効率的な方法だと。
リオンは忠実にシークの教えを守ってきた。今までよく捉えていた戦いの最中のようなピリピリとした感覚ではないが、全身にねっとりと纏わりつくような感覚は初めてでも良くないものであるのは分かっていた。
シークが亡くなる直前に感じた、全身の血の気が全て引くような激しい不吉な予感ではない。だが、下手したらそれ以上に重苦しい。
このままでは何か取り返しがつかなくなる、そんな感覚が全身を呪いのように増々重くしていた――。
「――リオン」
「ッ!?」
不吉な予感が日に日に増す感覚に、ぼうっと考える時間が多くなっていたリオンは、名前を呼ばれて初めて目の前にいる王子を認識した。
心配そうに顔を覗き込ん出来たのはガザル王子であった。
何も解決せずもやもやとしたまま、とうとう王子を国元に返還する日がやってきていた。強制連行のために、最も強いリオンが王子を迎えに行っていたのだ。
リオンは答えの出ない考え事に夢中で職務を放棄してしまった己を恥じた。慌てて心配そうにこちらを見つめる王子から距離を取り、謝罪の態勢を取った。
「お、王子、失礼し――」
『一緒に、逃げる?』
「――――」
一瞬、一瞬それもいいかもしれないと考えてしまった。
だが、いいわけがない。それはシークへの、ひいてはメアとサルバド家への裏切り行為だ。しかし、どうにも不穏な感覚が日に日にリオンを息苦しくさせていたのは事実であった。
メアだけを連れて逃げることを何度も考えたが、前ならばともかく、ここ最近は頓に体調を崩しておりとても長期間の移動は耐えられない。
現実的に考えれば、身体が弱すぎてメアには命取りである。何より、何も起こっていないのにリオンほどの武力の持ち主が国外逃亡すれば、国家反逆者として指名手配を受ける可能性もある。
それにメアを付き合わせるのは現実的じゃないし、人質としてメアが利用されるかもしれない。それでも逃げ出したほうが良いというのは日に日に増す不穏な感覚で分かっていてた。
気付けばリオンは身動きが取れない状況に陥っていた。逃げようとすれば可能ではあっても、逃げ切れるかはリオンの感じる不穏な感覚では全く分からなかった。
だから一瞬、ほんの一瞬だけ、人質交換に紛れてメアと共に国外逃亡するのはどうかと考えてしまっていた。
沈黙が暫く二人の間に漂い、しかし気付けばリオンは何もかも呑み込んで、己の覚悟を問うように王子の目を見返していた。――メアだけは、何が何でも死んでも守る。
そのリオンの顔を見た王子は、目を驚きに開いて息を呑んだようだった。
「……お断り、します」
『……分かった』
リオンは始めて、王子と会話が成立した気がした。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢は逃げることにした
葉柚
恋愛
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢のレイチェルは幸せいっぱいに暮らしていました。
でも、妊娠を切っ掛けに前世の記憶がよみがえり、悪役令嬢だということに気づいたレイチェルは皇太子の前から逃げ出すことにしました。
本編完結済みです。時々番外編を追加します。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
3歳で捨てられた件
玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。
それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。
キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。
【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断
Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。
23歳の公爵家当主ジークヴァルト。
年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。
ただの女友達だと彼は言う。
だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。
彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。
また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。
エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。
覆す事は出来ない。
溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。
そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。
二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。
これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。
エルネスティーネは限界だった。
一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。
初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。
だから愛する男の前で死を選ぶ。
永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。
矛盾した想いを抱え彼女は今――――。
長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。
センシティブな所へ触れるかもしれません。
これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。
頭が花畑の女と言われたので、その通り花畑に住むことにしました。
音爽(ネソウ)
ファンタジー
見た目だけはユルフワ女子のハウラナ・ゼベール王女。
その容姿のせいで誤解され、男達には尻軽の都合の良い女と見られ、婦女子たちに嫌われていた。
16歳になったハウラナは大帝国ダネスゲート皇帝の末席側室として娶られた、体の良い人質だった。
後宮内で弱小国の王女は冷遇を受けるが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる