アトランティス

たみえ

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第Ⅰ章 傲慢なる聖騎士

返還

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 全く王子とは話にならないと報告したリオンの話は、あっさりと受け入れられた。どうやら、あの王子は誰が対応しても会話にならなかったらしい。それを聞いてリオンは複雑な思いを抱いた。
 ……やはり、こちらの反応を弄んで馬鹿にしていただけだったか。

「ガザル王子は返還することになったよ」

 報告の際にレイブンから聞かされたのは、今回送られてきた王子は話にならず情報も得られずと埒が明かないため、別の人質との交換を申し出るという。
 リオンはまた、言い知れぬ違和感を得た。一方的にシークに負けたルシュタット公国はこれを断れないだろう。しかし、あんな王子を送ってくるくらいなのだから、他の王子や姫と入れ替えても結果が変わるとは思えなかった。

 なのに、レイブンはまるで次が同じような口の堅い人質であったとしても気にしていない、想定していないような様子であった。こちらが一方的に勝ったとはいえ、本当にそんな要求が必要なのだろうか。
 そもそも、リオンに頼む前にも尋問が行われていたとはいえ、思い返せばあまりにリオンへの頼みが雑だったのではないか。強さならともかく、リオンよりよほど口の上手い尋問のプロはいくらでもいる。その後にリオンに頼んだ意味がやはり分からない。

 ――何か、何かがおかしい。

 一度は無視した違和感がこうも続くと、リオンとて何かが変だと気付く。しかし、レイブンはこれ以上話すことはないと早々に去ってしまった。
 報告以降、改めて違和感の原因を確かめようとレイブンとの婚約者の交流へと赴くと、そこにレイブンは居なかった。人質交換のことで忙しい、と待機していた小間使いに言付けされる。

 その後、レイブンの休憩時間や休日に赴いても出かけていたり不在であることが続く。こうなってくると、いくら男女の機微に疎いリオンでも分かることである。

 ……避けられている?

 まさか。そんなことがあるだろうか。天啓という訳の分からない理由とはいえ、あちらが望んだ政略婚約である。恋愛のような想いは無くとも、今まで良好な関係を築いて来ていた自負がリオンにはあった。
 サルバド家のためにあちらの要求全てを呑み、妃教育も騎士団の教育もこなした。シークは王家の為に生涯を捧げた功労者。

 シークが亡くなってとしても、シーク以上になれると太鼓判を押されたリオンの武力が残っている。直系であるメアも残っている。若人にかなりの損害を被ったとはいえ、戦力外の老人を含めればサルバド家にはまだまだ力がある。
 お家断絶なんて考えられない力を持っているサルバド家を、今更ないがしろにすることがあるのだろうか。そんなことをすればシークの働きに泥を塗り、結果的に国家の威厳に汚点が付くことになる。

 レイブンに避けれらているうちに、リオンは益々言い知れぬ不安を抱くようになっていた。真意を確認しようと宰相に会いに行ったが、あいにくと宰相は外交で不在となっていた。
 着々と良くない何かが整いつつある。リオンはそんな気がしてならなかった。

 リオンが剣を習い始めた最初の頃に、シークが言っていた。戦士にとって、直感や感覚は命そのものだと。感覚が鋭いほどに強いのが戦士。
 不吉や不穏を感じたのなら、その直感や感覚を信じるべきだ、と。それが強くなる最も効率的な方法だと。

 リオンは忠実にシークの教えを守ってきた。今までよく捉えていた戦いの最中のようなピリピリとした感覚ではないが、全身にねっとりと纏わりつくような感覚は初めてでも良くないものであるのは分かっていた。
 シークが亡くなる直前に感じた、全身の血の気が全て引くような激しい不吉な予感ではない。だが、下手したらそれ以上に重苦しい。
 このままでは何か取り返しがつかなくなる、そんな感覚が全身を呪いのように増々重くしていた――。

「――リオン」
「ッ!?」

 不吉な予感が日に日に増す感覚に、ぼうっと考える時間が多くなっていたリオンは、名前を呼ばれて初めて目の前にいる王子を認識した。
 心配そうに顔を覗き込ん出来たのはガザル王子であった。

 何も解決せずもやもやとしたまま、とうとう王子を国元に返還する日がやってきていた。強制連行のために、最も強いリオンが王子を迎えに行っていたのだ。
 リオンは答えの出ない考え事に夢中で職務を放棄してしまった己を恥じた。慌てて心配そうにこちらを見つめる王子から距離を取り、謝罪の態勢を取った。

「お、王子、失礼し――」
『一緒に、逃げる?』
「――――」

 一瞬、一瞬それもいいかもしれないと考えてしまった。

 だが、いいわけがない。それはシークへの、ひいてはメアとサルバド家への裏切り行為だ。しかし、どうにも不穏な感覚が日に日にリオンを息苦しくさせていたのは事実であった。
 メアだけを連れて逃げることを何度も考えたが、前ならばともかく、ここ最近は頓に体調を崩しておりとても長期間の移動は耐えられない。

 現実的に考えれば、身体が弱すぎてメアには命取りである。何より、何も起こっていないのにリオンほどの武力の持ち主が国外逃亡すれば、国家反逆者として指名手配を受ける可能性もある。
 それにメアを付き合わせるのは現実的じゃないし、人質としてメアが利用されるかもしれない。それでも逃げ出したほうが良いというのは日に日に増す不穏な感覚で分かっていてた。

 気付けばリオンは身動きが取れない状況に陥っていた。逃げようとすれば可能ではあっても、逃げ切れるかはリオンの感じる不穏な感覚では全く分からなかった。
 だから一瞬、ほんの一瞬だけ、人質交換に紛れてメアと共に国外逃亡するのはどうかと考えてしまっていた。

 沈黙が暫く二人の間に漂い、しかし気付けばリオンは何もかも呑み込んで、己の覚悟を問うように王子の目を見返していた。――メアだけは、何が何でも死んでも守る。
 そのリオンの顔を見た王子は、目を驚きに開いて息を呑んだようだった。

「……お断り、します」
『……分かった』

 リオンは始めて、王子と会話が成立した気がした。
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