アトランティス

たみえ

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第Ⅰ章 傲慢なる聖騎士

天啓

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 ――天啓?

「てん、けい……? おい、アルマンまさか――」
「――その通りだ」

 またしてもリオンが何かを口にする前に、黙ったはずのシークが勢い込んでアルマン宰相に詰め寄った。その形相は、今までリオンが見てきたなかでも中々に鬼気迫るものがあった。

「ふざけんじゃねえ! お前! あいつらがどんな――」
「……分かっているとも。落ち着きたまえ、シーク」

 何やら二人の間で進む話に置いてけぼりにされたリオンは、婚約者に会いに来ただけなのに、一体何がどういう状況なのかと途方に暮れていた。

「とりあえず、こんな場所でいつまでも立ち話もなんだろう。中に入りたまえ。……レイブンに会う前に、私から今回のあらましを説明しよう」

 シークに胸倉を掴まれ持ち上げられそうになっても、アルマン宰相は冷静に二人を宮殿の中へと招いた。何が何やら荒ぶっていたシークもガシガシと頭を掻くと、ドシドシと大きな足音で不機嫌を現しつつ宮殿へと入った。
 シークに続いたリオンは、今回の婚約について初めて不穏を感じたが、何ができるわけでもなく不安に思いつつ粛々とティーカップが用意されるのを見届け、いつの間にか乾いていたのどを潤すと、宰相が早めに説明してくれるのを待った。

「事の始まりは、教会で年末儀式を行っていた際に起きた。供物を捧げて今年の豊穣を願ったところ、例年であれば供物が奉納され輝石に変わるはずが、代わりに天から直接その場にいたもの全てへと神の啓示が降りたらしい」
「その啓示というのが今回の婚約のことってか? そりゃあおかしくないか? なんで神様が人様の事情に首突っ込んでんだ」

 シークの教育方針により殆どが戦闘術で、貴族としての儀礼は最低限しか学んでいないリオンにとって、王侯貴族の歴史はそこまで深く知っているわけではない。今まで、教会と関わることも無かった為に、この国で信仰されている神という存在についても知識が曖昧であった。

「そうだ。王室の婚姻に関して神が関与した事実など、歴史上存在しない。……王室の管理する古文書含めて、だ。教会関係者しか証言者が居ない以上、この天啓の真実は定かではない。故に、私は反対したのだ」
「ならそれでお終いじゃねえか。なんでこうなった」

 故に、話の流れも実のところ良く分かってはいない。

 リオンは今までに神という存在に祈ったことが無い。人々が祈る意味も理解していなかった。リオンが過ごしたババ村でも、サルバド家でも、誰かの祈る姿を見た事が無いというのもひとつの原因であった。
 話の流れも意図も理解出来ない以上、リオンにとっては結果が全てで、経緯は不要であった。

「――運命だ」
「はあ?」

 シークの素っ頓狂な声で、退屈していたリオンは気を戻した。

「レイブンが、そう言ったんだ」
「はあ?」

 レイブン。確か、今回の婚約者殿の名前であったか、とリオンは思い出す。婚約は受け入れたが、婚約者を受け入れたわけではないリオンにとって、婚約者が実はロマンチストだったと言われても特に興味の湧く存在では無かった。気がかりはサルバド家だけである。

「レイブンも同時期に天啓を受けたらしい。これは運命だ、天命だと言い張って騒いでね。……これからもサルバド家と良好な関係を築いていきたいと考えていた王室としてはほとほと困った事態だよ」
「……なんだそのクソガキぁ」
「私もそう思うが抑えてくれたまえ。一応、王位継承一位だからね。こちらのリオン嬢以外は死んでも娶らないと言われれば王室としても無碍には出来んのだよ」

 リオンは自らの顔が顰められるのが分かった。

 婚約者がロマンチストでも信仰厚くてもどうでもいいが、リオンの視界外であればであり、リオンに関わってくるのならただただ迷惑な存在でしかなかった。

「それに、リオン嬢とは会ったことがあるらしいのだが……」
「会ったこともねえこたぁてめぇが一番分かってんだろうが!?」

 アルマン宰相は苦い顔をした。

 そう。それが今回の婚約の理由――顔を合わせたことがある――として最も不可解なことであった。リオンはレイブンと会ったことは無い。これは断言できる。何故なら、引き取られてから殆どずっと、傍には常にシークがいたからである。もし王子に出くわせば、挨拶していたはずである。
 ババ村は有り得ない。大事な箱入り王子があのような危険と隣り合わせな寒村に居るはずも無いのである。それ以前となると記憶は微妙だが、だからといって当時まだ幼い王子がいるわけもない。もっと有り得ない。
 苦い顔のまま、アルマン宰相は答えた。

「夢で会ったらしい」
「――――」

 シークは言葉を失った。興味の無かったリオンも同様である。そして同時に王族に対して失礼な文言が頭の中を飛び交っていた。それを察しているらしいアルマン宰相は更に苦い顔になった。そして最後にこう告げた。

「普段は非常に優秀な王族で、いずれ王位を継げば名君になるだろう器だと言われている。――だが、何故か今回のこの婚約の件に関してだけ様子がおかしい。反対や取り消しは簡単だろうが、神の介入という異常事態。更に言えば、王子は精神に強く未知の力の影響を受けているようで、聞く耳を持たない。……後継の問題もあり、優秀な王子を廃人、故人にするわけにはいかないのだ。……力及ばず済まないが、出来るだけ便宜は図る。この婚約を進めることが最も穏便なのだ。――国の犠牲になってはくれないか、リオン嬢」

 シークが何かを言う前に、今度こそリオンは先に口を開いた。

「……もとより、サルバド家の為に生きるつもりです。国が亡べば恩を仇で返すことになりましょう。婚約も婚姻も犠牲も受け入れます。……恩あるサルバド家に骨を埋められない覚悟は決まっています」
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