らぶさばいばー

たみえ

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聖浮城の異様

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「――それでは、ターナ。囮は任せましたわよ」
「お任せくだされ、シオンお嬢様。奴ら、残らず蹂躙致しますので」
「そ、そう。それは頼もしいわ……」

 ぐぐ、っと力こぶを披露しながら快活な笑みで承ってくれた魔女は、前に王都での舞踏会へ参加する際にアレコレと若い魔女っ娘たちの面倒を見ていたモンターナおばちゃんである。
 とても恰幅が良く、近所で見掛ける井戸端会議に一人は必ず居るだろう、いかにも人の良さそうで人畜無害そうな顔をしているが魔女は魔女。
 年齢で落ち着くとかはなく、言う事やる事はまま過激のままである。

「――武運と健常を祈っておりますわ」
「お心遣い有難く……では、お先に失礼致します――さあいくよ、あんたたち!」
「「「はぁーい」」」

 隠す気もなく怠そうな返事群である。ちなみに長久でないのは、魔女が五体無事であることよりも精神的に無事であることのほうが難題だろうからである。
 私の言葉の意味を理解しつつも、苦笑で言葉を濁して受け取らずに怠げな部隊と共に出征したターナに任せたのは、シネラリア王国とアイオーン帝国を挟む不浄の森の北側――海岸沿いだった。
 ……うーむ。まぁ大丈夫か。母よりも年上の年長者も多いし。

 海という足場が限られる場所なので、戦闘で立ち回る為の技術と経験が必要な場所だ。なので比較的老齢で老獪な魔女たちを中心に編成し、現地の王国軍と共闘する予定になっている。
 逆に、戦闘においては勢いや勘任せな本能的な判断が多い血気盛んな若い魔女達は、領地に留まるアザレアが適宜適切な配置を各所へと既に手配済みで、大体が局地守備か前線投与である。
 この手配には協調性とかは一切合切考慮されていない。とにかく敵と遭遇したら好き勝手に暴れとけ、的な配慮? がなされているだけだ。
 色々酷過ぎるが、魔女は基本的に戦闘では特に協力しないのでバラバラに配置しておくというのは味方を思えば当然、仕方の無い処置である。

「――僕たちも行こうか」

 奉迎祭後、少し気まずく思ってた夫が手を差し伸べて告げた。
 内心の気まずさを表に出さないように心がけて、その手を取って出発した。

「……ええ。参りましょう」

 ◇◆◇◆◇

 奉迎祭が終わり、それからすぐに戦争準備に全力でリソースを注いでいた為、夫とは基本的に事務的な会話が殆どとなって非常に助かった。
 戦争準備に集中したおかげでか、気持ちを切り替えることで気まずさが表出しない会話を夫と自然にすることが出来たのだ。

 ――これから、私たちは少数で帝国中枢へと侵入する。

 帝国内に詳しくて案内役をかって出た夫と、とある重要な任務のある私とそして――オルベスタイン家に伝わり、独占する固有の魔法で援護する為の――ロータス、これが帝国中枢へと侵入する主なメンバーだ。
 ターナに囮と言ったのは、なるべく派手に敵を惹きつけてもらう予定だから。

 不浄の森が途切れた南側の戦線は、一部の血気盛んな若い魔女たちが前線投与で暴れ回るに違いないので、そもそも囮云々を言うまでもないし。
 きっと無視出来ないほどの大暴れを言われずともするであろうからだ。

 森の中に関してはそもそもが魔女以外には天然の罠の要塞なので心配していないし、アザレアが掌握している例の一等狡猾で有能な魔女たちの中でものを万が一に備えて配置済みなので心配するだけ無駄である。
 ……何が酷いかなんて、具体的な内容なんかは何も言うまいて。私は見ざる聞かざる言わざる空気読める子なのだ。果てして下剋上はなされるのか、私の知るところではない。

「――チッ、テメェも来んのかよ。クソ面倒な」

 声がして振り返ろうとしたが、踏みとどまった。今はロータスが居る。
 これ以上、不思議ちゃん黒伝説を開拓する必要はない。気を付けなきゃ……。

「うむ」
「待ってりゃいいのにクソ真面目がよォ、クソうぜェ」

 今回、賑やかし――というか実質的に主戦力だけど――として小人さんと牡丹くんが付いてきてくれることになった。
 奉迎祭でめちゃんこアザレアを怒らせてたのに、両者ともその後は平然としていたので、たぶん仲直りしたのだと思う。
 特に何か修羅場があるわけでもなく、いつも通りの淡泊な問答をしてたし。

「――まァ、今のオレ様にとっちゃクソどうでもいいことだぜ」
「本気でどうにか出来るのでござるか」

 ニヤリ、と険しめな顔をする牡丹くんの言葉へ小人さんが表情で肯定した。
 何の話だろう……やっぱり、何か別の目的があるから付いてきてくれたのかな?

「ぼくの魔法があれば、こっそり侵入するのは簡単だよ!」
「……うむ」

 ロータスがきゅるるん、と牡丹くんの疑問に答えたけど違うそっちじゃない。
 と思いつつも、断じて不思議ちゃんなどというふぁるるん、などではない私は「そうなのですわね、お願い致しますわ」と適当に知らんぷりした。
 ……ロータスの目線は牡丹くんだ。本当に小人さんが見えてない。

「気にすんなよ、どうせテメェもそれどころじゃいられねェだろ」
「……うむ」

 とても気になるやり取りだったが、小人さんが私の視線に気付いても教える気は無い、とでも言いたげに手をあっちいけ、な仕草でしっしっと面倒そうに追い払ってきたので諦めた。生意気可愛い。
 そんなちょろい自覚がありつつもタイミングも良かったので、追い払われるがままに予定通り進んで止まっていたの脇に一時戻ることにした。

 ――到着したのだ。帝国本土。それもへと。

 ……ここに至るまで、不気味なほど敵影が存在していなかった。南側の国境に配備されていたはずの帝国の兵士たちすらも、私たちが出発した後に波が引くようにサアア、と引いて行ったのだ。
 アザレアからの報告によれば、ターナたちの方にはちゃんとらしい。

 何故、こちら側だけ兵を引かせたのか。普通に考えれば誘い込まれているのだろうが、それにしては首都に辿り着くまで罠や姦計すらも見当たらないのは異常であった。
 よほど自信があるのか、それとも諦めたのか――皇女に聞いてみよう。

「――どう考えますかしら、殿下」
「有り得ぬ……」

 愕然とする皇女は、南側から攻めるシネラリア王国の軍の特別総指揮官としてこの場に存在していた。龍にされてぐーたら生活しているうちに何か心変わりでもあったのか、それとも色々と怪し過ぎて世界滅ぼす疑惑のある女神様について説明説得されて納得したのか、女神への忠心に逆らってでも帝国民の為に自分の国を――女神を討つと決心したのだ。
 そのように並々ならぬ覚悟で挑んでいただろう皇女からすれば、碌な抵抗もなく――むしろどうぞどうぞと言わんばかりに、現在ヴィオラ皇女不在で軍権を代行しているだろう女神がここまで王国軍を簡単に侵入させたことがとても信じられない出来事のようだった。

 帝国を守るどころか要らないのであげる、と言わんばかりに明け渡すような状況にショックがあまりに大きかったのか「帝国をお見捨てですか……」と零し愕然とする皇女の言葉はちょっと気の毒であった。
 ……伝聞でしかないけど、少し聞いただけの私でもその自称女神様がそんなに高潔な精神の持ち主じゃないとは思っていたので、こういう状況になっても動揺は少ないが皇女は違うのだろう。
 皇女が一体、自称女神の何を信じていたのかは知らないが、なんだか気の毒だ。

「とても美しい都、ですけれど……」

 湖かと見紛うほどに巨大で広大なが、白亜一色に染まるシンプルで機能的な建物群の間をさらさらと流れ、零れ落ちていく。
 とめどなく湧き出てくる湧き水の中心直上には、そんな眼下の街並みすらも添え物だと主張するように宙に浮かぶ巨大で荘厳な白亜の城が浮遊鎮座していた。

 聖浮城セントフルトアと帝都の青と白、稀に金のみの芸術的な光景は、いくら誰が何と悪しざまに語ろうとも一度目にすれば――圧倒的な絶景、その美しさに心奪われずにはいられない。
 しかし、美しさに心奪われるのと同時にあまりの不気味さに身震いもしてしまう。

「どなたかの気配も、まるでございませんわ……」

 皇女が唖然愕然としている理由はこれが大半だろうか。兵士が居ないというのもそうだろうが、それよりも――帝都に住まうはずの、数十万の民の姿さえもがまるで見当たらないのだから。
 帝都の人口は大陸の都市の中では多いほうだが、定住者以外の一時的な行商や冒険者、浮浪者や旅行者なども含めれば日によっては数万規模の人口変動もあるはずなので、実際はもっとかさが増えることだろう。
 ――なのに、もぬけの殻。まるで出来立ての廃墟のようだった。

「……不気味ですわ」

 ――とてつもなく、嫌な予感がする。

「殿下、如何致しますの」
「……数人、偵察を送ろう」

 暫し信じられないと固まっていた皇女も、さすがは軍人として外国に名を馳せるほど有名なだけはあるのか、一旦気を取り直して適格な指示を出す。
 ……正直、全力で逃げたいほどに嫌な予感がするんだけどなあ。

「――ビビんな。何があろうが、オレ様を信じとけよ。何とかしてやるぜ」

 ぱし、と不安そうに及び腰な私の背中を小人さんが軽く叩いた。思わず反射的に小人さんを見てしまったが、その眇められた視線の先は聖浮城セントフルトアの先端の部分へと向けられていたので、視線は合わなかった。
 ぎゅ、と唐突に手を握る感覚があったので再び反射的に目を向ければ、夫がまるで「大丈夫だよ」と宥めるように手を無言で優しく握ってくれていたし、夫の近くに牡丹くんも居た。
 ……あ、はい。そうだった。そういや凄いの連れて来てた。心強いです。はい。

「――なッ!?」
「ふぇっ!?」

 急にどうした!? とせっかく不安を落ち着かせた一瞬後の驚愕の声にビビる。
 声の出どころは皇女であった。何に驚愕してるのか視線の先を追い――ひっ。

「――ま、魔獣が……た、大群を……」

 それも。真っ赤っかに。大量の魔獣によって一面、見える限りの帝都全体がまるで血の海のように――。
 ――美しい白亜が流血しているような、残酷な光景へと染め上げられていた。

「一体、急にどこから……これ、は!?」

 ――人の気配が、した。

「わ、湧き水の地下空間から――魔獣に変わった人々が、あふれ」
「――なんだとッ!」

 私が感知してしまった気配と状況について、どうにかしどろもどろにでも伝えようと焦り慌てて言葉を紡ぐ途中、皇女が遮るように険しい表情でこちらを見た。
 殺気、とはどこか違う武人的な威圧感を食らい、ビビって思わず固まる。

「その情報は確かなのかッ!」
「――シオン様のお言葉に間違いはございません」

 す、と私の背後から唐突にどこかで見かけた気がする忍者が出て来て告げた。
 ……私は忍者の登場によって、心身の硬直と混乱が解けた。それもこれも以前、謎の忍者が謎のまま有耶無耶の存在でスルーされてしまっていたままだったので、ちょっと気というか思考が逸れてしまったのだ。
 どういうことかというと――出たな! 謎の忍者! その正体や如何に!? とアホな思考をしてしまっただけである。閑話休題。

「……忍びの者か。今までどこで油を売っていたのだ」
「イベリス様の指示に従っておりました」

 つらつらとご丁寧に解説してくれた忍者によれば、皇女が王国に滞在していた間に帝国内で何やら不可解で不穏な事件が相次いで起こっており、それは大まかにあらましをざっくりまとめれば民が各地で消えるようにいつの間にか行方不明になっているという事件であったらしい。
 急ぎ不穏な状況を皇女に伝えようとしたが、残念ながらちょうど皇女は皇族の定めとして女神によって龍へと変化していて碌な会話が出来ない状態だった。
 仕方がないので、何故か王国で堂々と生きてたらしい死亡扱いの元皇子に接触することに決めたらしい。

 それからは夫の指示に従って帝国内で調査を進めていたが、調査途中で外交使節団が刑に咎められて軍が国境へと移動して後、調査するまでもなく帝国内での不穏な事態は分かりやすく一気に動いたらしい。
 特に帝都に近い民へと戦争になるから避難するようお触れが出され、帝都の地下避難所へと兵士が誘導したらしい。そして避難所へと入った戻っていない。
 つまり、――。

「――地下避難所へと収容された民は全て、魔獣へと変貌致しました」
「「――――」」

 ――そういうことであった。

「なんという、ことだ……」

 皇女が力なく呟く。民を守るために女神に逆らう決意で王国軍とともにこうしてやってきたというのに、その守るべき民が危険な魔獣に成り果てているのだ。
 ……帝国全土にはまだ無事な民がいるだろう、なんて慰めにもならない。これは、そういう問題なのではないだろうから。

「時間が経ち過ぎたのはともかく、それ以外の変わりたてならすぐ戻せるぜ」
「えっ?」
「速ければ速いほどに戻しやすいが、どうすんだ? 戻すか?」
「…………」

 いやそんな落ちてすぐ拾ったらセーフ、みたいな三秒ルールなのコレ……?
 そんな俗説っぽい感じのでいけちゃうんすか……? ええ……?

「――まァ、戻すかどうかはテメェが決めろ。オレ様はどっちでもいいぜ」
「……どうすれば戻りますの?」

 そんなことを言われて結局じゃあやらない、と決めてしまったら私が見捨てたみたいでなんか嫌なので、こそっと小人さんにだけ聞こえるように小声で確認した。
 ……小人さんは本気でどっちでもいい、てかどうでも良いって態度丸出しだし、そうなると私がどう判断するかで哀れな民の命運が決まるも同然なのだ。
 方法があるらしいのに、試しもしない選択肢はない。私は小心者なのだ。

「――簡単な事だぜ」

 ごくり、と唾を嚥下した。

「適当にその辺でそれっぽいことしてろよ――後はオレ様がやる」
「……わ、分かりましたわ」

 小人さんの指定された場所は、帝都を見下ろせる小高い丘であった。
 言われるがままに無言で移動すると、何故か皇女たちも後から付いてきた。
 ……いやなんでだし。付いてくんなし。

「はぁ、はぁ、――」

 などと言いたいのをぐっと堪えて小高い丘を一刻も早くと――ただし体力無さ過ぎて超遅い――急いで登り、はあはあと荒れる息を整えながら帝都の全貌が先程よりも少し見やすい高い位置から見下ろした。
 ……うわ。下から見て想像してたよりたっか。こっわ。遠近感覚狂う……なんだか、このまま立ってたら普通に転がり落ちそうだし、そのまま危険信号びんびんな赤々とした魔獣群に突撃、なんて危ない事態を私の運動能力なら起こし得そうだし、ついでになんかもう疲れて嫌だから座ってようかな。

「――やるぜ」

 そんな感じで私が疲労困憊で座り込んで地面のありがたみに感謝していると、小人さんが早速とばかりに告げて来た。はやっ。いや有難いけども……!
 慌てて言われた通りにそれっぽいことをしようと焦って、とりあえず土下座を敢行。あ。手に湿った雑草ついた。最悪。

「この上ない恩情に感謝しやがれよ、クソ人間ザコども」

 手についたしっとりした雑草を手を擦り合わせるように払ってるうちに小人さんが何か言ってたが、汚れを払うのに集中しててあまり聞こえてなかった。
 うーん、だめだ。土汚れが取れない。後でしっかりお水で洗わないと――。

「――『断罪懲罰ダムポナティエ』」

 ん? と聞いたことある文言に思わず顔を上げてみれば、小人さんがまるで陳列された商品の全てを大人買いするような「ここからここまで」な動きでピ、と指先を綺麗に横一閃しているところであった。
 おお、なんか凄いかっちょいい――と暢気な感想を浮かべた刹那。小人さんが指差した先に居た魔獣が突如として前触れなく倒れ伏し、一斉にもわもわ……と黒い何かを身体から迸らせて排出させ始めた。

「!?」

 ななな、なにあれぇっ!?

「――魔獣どもの様子がッ!」

 驚く私の内心に共鳴するように皇女が呼応して叫んだ。

「……どうやらは戻せたが、あのまま倒れてちゃ逆戻りになるみたいだぜ」
「……えっ、一時的? 倒れたままでは戻るとは」
「ッ――姿の戻った民をすぐに保護、誘導するのだ!」

 どういうことか、と小人さんに疑問を問おうとして皇女の背後からの爆音もかくやな指示にびくりと驚いて口を閉ざした。
 大丈夫かどうかは良く分からないけど、とりあえず皇女の判断通り小人さんの力によって姿が戻った民が居るのであれば、一応保護しておいたほうが良いだろう。
 そう思って、急いで立ち上がろうとした私に――。

「――んじゃ、オレ様は先に行くぜ」
「え」

 とだけ告げて、何故か小人さんが聖浮城セントフルトアへと向け凄まじい跳躍をした。
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