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無明の鈍間
しおりを挟むコンコン。ガチャ。
「……まだ声を掛けておりませんわよ」
「ごめん。入っていい?」
もう目の前まで迫ってるがな。足長すぎ。
うーん、なんだかちょっと急ぎっぽい雰囲気……?
「楽しい雰囲気のところ悪いね」
普段から常に神出鬼没ではあるが、たまにこうして普通に一般的な礼儀に則った行動をするから思わず驚いてどぎまぎしてしまう。
部屋の中に急に居たぜ状態か、ちゃんと紳士的にノックして許可を得てから入室するかは統一してほしい。得てないけど。
「はい、これ届いてたよ」
……それならまだ後者が全然マシかな? それもおかしいけど。
やろうと思えば紳士的に出来るのに、それをしようとしない理由は如何に!?
と、ジト目で内心文句垂れつつ無言で夫からぺらっとした何かを受け取った。
「……エリカ様からですわね」
呪い便の定期お届けだった。危なくて置き配指定はしてない。
けど……ねえこれ、礼儀無視してまで急ぐ必要あった? ねえ!?
「いつも楽しみに待ってるでしょ?」
それは誤解過ぎる。誰が好き好んで爆発物処理班したいんだ。
もしそんな奴が居たら、そいつはただのド変態に違いない。
「新しい飾り棚も用意しておいたよ。そろそろ一杯だったよね?」
これこそ捨て去れよ、弩級の変態がよぉ……ッ!!
――そうです。私は変態ですが何か?
「……ええ、殆ど毎日のように届くものですから」
前世で好きだったキャラから貰ったものを何であれ捨てるなんて、無理……。
エリカ様以外から頂いたカトレアからの招待状とかもバッチリ保管している。
「読んでる間に、整理してくるよ」
「あら。ありがたいわ。丁寧にお願い致しますわね」
「うん、任せて」
しかもちゃんと紙が傷まないようにと既存の――通気性のよい素材の収納箱に入れて、日当たりのよい窓のそばに置くという――通説に従いつつ、専用の魔法も併用してるという徹底保管ぶり。
推し活は他人から見れば普遍の狂気だが、当人からすれば人生の呼吸なのだ。
「……ええと」
無明の鈍間に盃を! 腐敗満たして散りぬれば 時廻る
徒に煩わしき浮舟に献花を! 千歳と万歳、玉響に可惜夜よ
「……奉迎祭、のことかしら?」
空蝉には花冷えを恵み、無常の喜びに芽吹きを与えんことを
久遠の導き降して神妙に天明を迎え奉ずるまで――。
ひょいっ
「あ!」
初見での超難解エリカ様語読解チャレンジ中に、いつの間にか後ろから無言で覗き込んでいた小人さんに手紙を奪われてしまった。
そんなに読んでみたかったのかな? 言ってくれれば後で貸したのに。
「……ふざけてんなよクソが」
びり、びり、びりり……!
「――え」
え……。
「たく、しょうもねェことしやがって。クソうぜェ」
ボオッ!
「ぁ……あああっ! なんということを!」
破られた時点ではまだ、後でくっつければ良いかなって許す余裕があった。
しかしひとたび灰にしてしまえば紙は再生されない。悲しい……ぐすん。
「うぅ……」
涙をうるうると堪えながら灰になったそれを丁寧にかき集める。
ちょっと表現しようがないほど、私の心は悲しみに満ちている。泣ける。
もう二度と手に入らない世界にひとつの推しグッズがお亡くなりになったのだ。
これが悲しくないオタクはオタクじゃない。くたばれ、オタクの恥晒しめ!
「うぅ……!」
「……どうしたの」
「ん」
床に降り積もった灰を丁寧にかき集める私を遠目からか、作業を終えて戻ってきた夫がきょとんと不思議そうに聞いてきた。
それを小人さんが顎で理由を示してくれ、近くに寄っただけで全てを理解したらしい夫は苦笑しながら私の近くにしゃがんで灰を集めるのを手伝ってくれた。
……きしょオタの奇行に対し、なんて優しい対応なのか。好感度ちょろアップ。
「……元に戻す魔法などは御存じありませんこと?」
「さあな。クソどうでもいいぜ」
さあな!? くそどうでもいい!? この期に及んで塩対応だなんて……!
――よろしい。恥は掻き捨てである。さっきは足りなかった差分を追加だ!
「ひ、ひどい仕打ちですわ! ――う、うぇーん! えーん!」
「……勘弁しろよ」
しません! あなたはとんでもない大罪を犯しました!
推しグッズの消失は人生の損失です! せめて可愛く慰めて? したら許ぅす!
「よしよし、他にもたくさんあるから落ち着いて」
夫が引っ掛かった。違う。今は美形なぞ御呼びでない。
私は今、可愛いを補給したい気分なのだ。でも泣きつく。
「ですけれどっ、あれは世界でひとつだけでしたのにっ!」
「うんうん、他もそうだけどね」
雑にあしらわれた。うえーん! この世は非情だあっ!
「――気分転換に僕と一緒に祭りを見物に行こうか?」
「うぅ……ぅん?」
祭り……どこの? ――てそりゃもちろん、奉迎祭しかなかろうて。ハハハ!
……えっ? ぼくといっしょにまつりをけんぶ……え、で、でででぇっ!?
「行こうか。ちょうど領民たちで何かやって盛り上がってるみたいだったよ」
「……わ、私が行って邪魔にならないかしら?」
ここにきて謎にコミュ障を発生させた私に夫が爽やかな笑みで手を差し伸べた。
「――僕と居れば大丈夫だよ。だから行こ? せっかくのお祭りを楽しみに」
「は、はいですわ……」
なんだ、はいですわって。頭湧いてんのか。沸騰してるわ無理しぬ。
雰囲気にちょろく釣られた私は、部屋から出ようとし――キッ! と振り返る。
「――室内のものには、御触り厳禁ですわよ!」
「……あァ」
ズビシ! と怒ってますなポーズで注意しておく。
が、めちゃくちゃ面倒臭そうな了承をされた。……念押ししとこう。
「触らなくても何かするのも厳禁ですわよ!」
「…………」
さっき神は見ただけで云々って話があったから言ってみたが、ちょっと嫌そうな顔をされただけで返事がされなかった。
――あっぶない。忘れず注意しといてよかった!
「返事をしなさいませ!」
「……わァーったって。何もしねェよ。これでいいだろ? 早く遊びに行けよ」
適当にひらひらと手を振りながら早く行け、と心底面倒臭そうな態度をされる。
ちょっと返事と態度を不安に思いつつも、夫に手を引かれるままに部屋を出た。
「……大丈夫かしら? 心配ですわ」
「うーん、心配する必要は無いと思うけど。信じられない?」
「……いえ。信じますわ」
特に根拠は無いけど、信じられる。可愛いから。
……というのもあるが、知る限りで口に出した言葉が違えられていないからだ。
無理な場合は出来ないと口に出されたし、応えられないことは無言を貫かれた。
だから信じられる。面倒そうでも、ちゃんと何もしないって言ってくれたから。
「奉迎祭に領主一族が居て邪魔にならないかしら……」
「そうなったら隠密の魔法を掛けてあげるよ」
「まあ、それではゆっくり見物が出来そうですわね」
「おすすめの場所がいくつかあるけど、どこがいい? ここから近いのは――」
……なんて出来る男なのか。好感度ちょろアップ。
◇◆◇◆◇
「――あっはぁ」
びく、と急に脈絡なく前方から聞こえて来た不気味な笑い声に反応してしまう。
「ミルっちってばぁ、ひっどぉ~い。ぅひぃっひっひ、マジウケるぅ~」
「……ど、どうかしたんですか?」
ミル様の名前が出たので、不気味さより興味が勝って問いかけてしまった。
「――あぁーあー、クララは気にしないでぇ? ただの独り言だからぁ」
「そう、ですか……」
なけなしの勇気を出して聞いてはみたが、やはり彼女が何かを答えてくれるということはなく、適当にいなされる。
そして全身をふるふると小刻みに震わせ、引き続き不気味な笑いを零していた。
「うひぃ――最っ高ぉ! いけいけぇ、そのまま押し倒しちゃえばぁ? うっふ」
「「…………」」
……触れてはいけない、気がした。
「――あとどのくらいで到達する」
そう思ったのは私だけだったのか、ついに彼が彼女へと苛ついたように問うた。
……もう結構な時間、歩かされただろうか。時間感覚がかなり曖昧だった。
「……さぁあ? どのくらいでしょぉーお?」
「ふざけているのか?」
「うぃーっす」
キン、と鍔を押し上げて落とした音が横から響いてきた。
「うっふふ。――せっかちさぁん」
脅しは全く効いてない様子であった。振り返りもせずに彼がからかわれた。
「ここをどこだと思ってんのぉ?」
言いながら、顔半分だけ振り返って嘲笑で告げられた。
「――神すら迷う、『精霊の道』!」
「「――――」」
「次、下手な文句言ったらぁ置いてっちゃうぞ?☆」
ぺろり、と唇を舐めながら目を細めて本気の気配で忠告された。
こんな場所で置いて行かれるのはマズイと彼も思ったのか、気を静めて従う。
「そぉんなカッカッしなくてもぉ、どうせもうすぐだしぃ? 我慢がまぁーん」
「……そうか。分かった」
先ほども「うっふ、もう少しかなぁ?」と何度も言っていたような気がする。
さらに言えば、定期的に立ち止まっては何かの作業をのんびりとしていた。
きっとそういった積み重ねで、彼もそろそろ堪忍ならなかったのだろう。
「どうせ急いでもぉ――陛下は間に合わないでしょぉ?」
「貴様ッ!」
……? どうして彼が怒ってるのだろう。
――ディアスキアが間に合わないのは朗報なのに。
「――うーん、ばればれぇ」
ばればれ……? と彼女の言葉に頭の中が疑問で埋まっていく。
会話の意味を理解しようと思考し……ふと、彼なら有り得ない事象に気付いた。
「少しは隠す努力したらぁ?」
「……何のことだ」
途端――ゾク、と急に直感が警鐘を鳴らし出し始める。
気付くのが、遅すぎる。何度も思い至れる彼への違和感はあったのに。
「あっはぁ」
彼女が完全に足を止め、楽しそうな笑いに似つかわしくない低い声で言う。
「――あたしを舐めすぎぃ」
ボヲォン。
「ッ!?」
「やっぱしムカつくからぁ――置いてっちゃう☆」
彼の足元が色彩豊かなものから真黒へと染まり、彼を呑みこんで消えた。
一瞬の出来事だった。ろくな反応もままならないほどの。
「だっさぁ」
見下すような嘲笑で彼が消えた場所を一瞥して一言零した彼女が、そのまま私のほうへとにこやかに顔を向けてきた。
思わず反射的に身構えたが、一応味方……のはずだ。と身体の緊張を拙くも解く。
「――クララさぁ」
「…………」
ごくり、と生唾を飲み込んだ。
「世界を救いたぁい? ――それとも見捨てて救うのぉ~?」
「……わたし、は」
「あっはぁ、マジで答えなくていいよぉ」
にやにやと固まって答えに窮する様子を観察される。
「生命の答えなんてぇ、どうせ決まってるからぁ――面白くないしぃ」
笑みを保ったままで、感情の乗らない平坦な声で告げられた。
――まるで全てを見透かされているような気分に陥る。
「ほぉら、ご覧――」
ぐにゃり、と前方に気分が悪くなりそうな穴が開く。
「――ようこそぉ。ここが『神々の墓場』」
目的地の名を聞き、恐る恐る覗き込むように穴へと慎重に近づいた。
――世界が、闇の中に存在していた。彼女の記憶通り。
「今頃、近くに落ちた陛下も迫ってるよぉ、クララどうするのぉ?」
「えっ……?」
「激おこ、ぷんぷん丸だからぁ――説得は厳しぃかもねぇ?」
「――――」
にやにやと、とんでもない発言を落とされて驚愕する。
「うっふ。――もぉーっと面白くしちゃおうっと」
ぺら、と急に彼女が付けていた眼帯を外した。理解が追い付かなくて瞬きする。
その瞳は――赤。両目とも同じ……何かの負傷があるわけでも無かった。嘘……。
「これぇ――ブ・ラ・フ♡」
「えっ……」
彼女の言葉をトドメに、思わず驚愕で目を見開いて唖然とした。
――私が知ってた話と、全然違う!?
「だからぁ、頑張ってねぇ? ――っとぅ!」
「ッきゃあああっっ!?」
唖然としている隙に足を払われ、真っ逆さまに穴の中へと吸い込まれていく――。
「――神様によろしくぅ~」
ひらひらと、楽し気に手を振る魔女は、そうして私を獄へと突き落とした。
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