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再び、デルカンダシアへ
しおりを挟む以前の見る影も無いおどろおどろしさで、とてもこの世のものとは思えないほど禍々しい感じのホラーな空気をこれでもかと周囲に醸し出す不浄の森を前に、無意識に口を半開きにしたマヌケ面で見上げる私。
そうです。あれからすぐに帰ってきました我が故郷デルカンダシアへと。そして御使い様によると森が本当の故郷らしいので、作戦で通過するし念の為にいっちょ久々に近くで確認してみようと思い立って来てみたものの……私の記憶にあった、かつての少し暗くてジメジメした空気だったけど、ファンタジーなピクニックにはもってこいな素敵カラフルファンシー模様だった森の記憶が夢幻だったかのような、そんなあまりの恐ろしい変貌に茫然とするしかない。
ど、どうすんの、コレ……このホラーな森に入るの、超絶嫌なんだが。
「シオンさまぁ~会議のお時間でーす」
「……え、ええ。今、行きますわ……」
領地待機組の魔女っ娘に呼ばれて空返事をしたが、いやしかし――えっ。なにアレ。え、変わり過ぎでしょ。えっ。
確かに不浄の森ならまあ納得の雰囲気だけど、それにしても変貌し過ぎなのでは!? 以前からあんなだったっけ!? 私の記憶違い!? そんなばかな……。
――あの地は今も、浄化の途上なのです。
……あっ。えっ、待って……じゃあ浄化しててアレな雰囲気になってるって、もしや悪化してるってことなんじゃ……ッ!?
教えて、御使い様っ! ギリ平凡な魔女に一体コレをどうしろと!?
「――まずは軽い訓練をさせてから適宜分散投入させる」
頭の中でひぃぇ~! とぷちパニックに陥っている間にも作戦会議は進んでいく。参謀兼実質的な指揮官はジニア。ついでにお飾りな私の代わりで司会進行役も務めてくれている。そして、その横に副官を担う者としてアイリスやプラタナスが位置していた。
結局、御使い様の言葉通り問答無用で各地の若年貴族たちは集められた。たった一言、私が「――古の盟約により、魔女に追従せよ」と言わされただけで。
各地の貴族が忙しい中で集った大広間――御使い様とのとある取り引き後、皇女はとある場所へと移動させられた――に急に呼ばれたかと思えば、大勢の貴族たちを前にカトレアたちから急にいかにもな台本というかメモ用紙をしれっと渡されて「言え」と圧力を掛けられたのだ。
勿論、小心者な私が権力に抗えるはずもなく……あれおかしいな? 御使い様のお話が確かなら、母の代理である私が暫定的に権力のトップなのでは……? などと思っても決して口にはせず。粛々と国家権力に従った。
なお、これは血に刻まれた強制される類のものらしいので、王侯貴族たちに拒否権は無い。
ギラギラとした目で睨んで文句を口にしながらも、まるで意思の無い操り人形のように、嬉々として身体だけが勝手にきびきびと動く下級貴族の中年おっさんとか誰得なんだろう、とか現実逃避に考えながらも素直に国家権力に従いましたとも。ええ。
なにせ、カトレアたちが表面上はニコニコとした表情で「あの下級貴族……全て終わったら粛清ね」などと私の近くでぼそりと零してたので。ええ、まあハイ。
途中、これだから血が薄い下賤な輩は……とかの典型的でテンプレな諍いみたいなのも目撃しましたとも。ええ。
ただし、今度は御使い様が「憐れな……皆平等に下僕だというのに……ですがそれほどまでに下僕としての矜持があるのであれば、特別に激戦地へと送ってあげるのが情けでしょう」などと不穏な事をおっしゃっていたので勿論、心の中はどうであれ表面上は私も貝になって知らないフリをしましたとも。ええ、まあハイ……。
というそんな感じのコレってば誰得なんだ?! な、なんやかんやを経て、まだ殆ど十代という花盛りな年頃の、幼気な少年少女たちを有言実行とばかりに強制的にデルカンダシア領まで徴兵しましたとも。ええ。
――そういうわけで。私がその子たちの総指揮官です。はい。色々お疲れっしたー!
「この後、早速だが森の手前で野営をし、そこから徐々に奥へと侵攻する予定だが問題ないか」
「そう、ですわね……少々、当初の想定より危険かと思われますわ」
直近のちょっとバタバタしていたアレソレに思考を飛ばしていると、ジニアに確認するように聞かれた。彼らは初めて不浄の森を目にしたそうだが、以前の常態を知らない彼らにアレが常態であると勘違いさせないように伝えなければならない。
あんなホラーな森を前に、危険です! と単に主張したところで、魔女のイメージ的に変な方向へと誤解されそうだ。いくら魔女たちでも、自分たちが死にかけの疲労困憊になってまで面白半分であんな風になるまで放置するとかアリエナイから……というより、母が起きてきた後のことが恐ろしいだろうから絶対にそんなことは例え思ってもしないだろう。
……そうなると、単純に魔女たちの浄化速度が不浄の浸食速度――魔獣の誕生――に追い付いていないということになる。
短期間でアレでは、バッタバッタと上級魔女たちが次々と倒れるわけだ……もしや無理ゲーなのでは。
「――危険でも何でも、今進まなければ更に始末に負えなくなる」
「です、わね……」
「では予定通りに進めよう。――待機する各自に連絡を」
……いや、勿論分かってるんですよ私も。でもしょうがないでしょう?
実感があまり湧かないというか、机上の空論というか、少し前に「世界滅亡!? 人が魔獣に!? 自称女神討伐!?」とB級映画の特撮三本仕立てみたいなことを急に突き付けられても現実味が足りないというか……。
――ん? そういえば、何か忘れてるような……?
「はぁ……」
ちょっと置いてけぼりが甚だしい感じで物事が淡々と進められていくので、冷静になって考えることもままならない。
あっちこっちでざわざわと忙しなく動く気配を感じながら、とぼとぼと邪魔にならない場所を探して彷徨い歩いていると、例の湖――『ニグルムカバラ』に辿り着いた。
ここに来るのは何年ぶりだったろうか。
「……あ」
ふと、御使い様のところから戻って以降、あのべったりだったはずの夫の姿をどこにも見つけてないことに気付いた。
ぼーっと昔を懐かしんでる途中で夫の存在を思い出した私も私だが、またしても一言も告げずにどこかに消えたっぽい夫も夫なのでお相子だろう。
――というより、なんだアイツ。散々人のことストーカーよろしくべったべたに付き纏ってきてたくせに、なんでこういう肝心な時だけ傍に居ないんだ。
それとも何か? 今もどっかに居てこっち見てるとか? 相変わらず気配とか全く分からんけども……。きょろきょろ。
「――よォ」
「!? ッ小人さん、ですの」
びっくりした……。
「なんだ、オレ様じゃいけねェってか? あァ?」
「や、そういうことでは……」
つい、ごにょごにょと口ごもる。
「――ん? テメェ、ソレどこで手に入れやがった」
「ソレとは……この手鏡のことですの?」
「あァそうだ、ソレだぜ」
小人さんの視線が向かう先を辿って、なんとなーく懐に仕舞ったまま常に持ち歩いていた手鏡だと見当をつけて取り出してみせた。
だって一応は天使というか御使い様から貰ったものだしね。何かご利益があるかもしれないでしょう?
「――いいもん持ってんじゃねェか」
「? そうなのですか」
「あァ、そいつァ『真実の鏡』だぜ」
……真実の鏡とな?
「……それはあの有名な台詞、鏡よ鏡よ~と問いかけ、世界で最も美しい者はと聞けばその者を映し出してくれるという――」
「いや、そういうのも出来なくはねェだろうが……そりゃ、あくまで手にした者の美醜観で判断されちまうだろうから、んな勿体ねェ使い方は正確性に欠ける無意味なもんになるだけだぜ」
「なるほど……」
つまり、最も自分好みの美人が分かるだけとは……いやある意味、それはそれで夢も希望もあるような? なんかリアルだ。色々と。
「そいつの使い道は断罪だぜ。テメェの罪をひたすら映しやがる」
「だんざい……つみ……」
だ、断罪っ? 罪!? え、何それコワぁ……。
「――ほら見ろ、しっかり映ってんだろォが?」
「え゛」
反射的に握ってる手鏡を見てしまう。鏡には不浄の森の光景が映っているだけだ。てっきり周囲の森が反射で映ってるだけかと……えっ? 罪として映ってんのコレ? えええっ。
不浄の森が罪って……もしや暗にやる気ないこと責められてるのかコレ!? え、ごめんなさい。もっと真面目にやります……。
「――――」
指摘され続ける己の怠惰をこれ以上は直視出来ず、思わず反射的にごそごそと懐に手鏡をしまってしまった。
あ。待てよ。この反射的な行動もつまり、悪いことしてるなあって罪の意識が無意識下にでもあったってことでは……?
おお、私ってばなんて罪深い証明をしてしまったんだ……。
「――シオン。ここに居たか。もうすぐ作戦が始まるようだ」
「まあ、ナズナ様。このようなところまで探させてしまって申し訳ございませんわ」
「いや、気にすることは無い。名目上とはいえ、護衛だからな」
「……うふふ、そんなことはありませんわよ。護衛として非常に頼もしく思っておりますことよ」
おほほ、となんとか誤魔化し笑いでその場をやり過ごそうとする。そういえばナズナは護衛だったな、とか少ししか思ってませんよ勿論。
なんというか護衛というよりかは、カトレアたちからの使者というか監視要員みたいに扱ってたからなぁ……うん。あ。
ぼとっ。
「む。落としたぞ」
「あ、あらぁ。失礼しましたわ」
「うむ。割れ物の扱いには特に気を付けるといい」
「ええ、勿論ですわ」
慌てて態度を取り繕うのに夢中で、手鏡を落としてしまって焦る。ひょいっと先に拾ってくれた――運動神経というか反射神経で負けてるので――ナズナにお礼を言ったが……とりあえずは、確認する限りどこも割れなかったようで一安心だ。
なにせ一説によれば、鏡を割るとその後七年もの不幸が訪れるそうだし。迷信とはいえ、そういうのは結構気になる性質なのだ。名称が『真実の鏡』のくせに断罪とか罪を映すとかいうとても物騒な性能の鏡を割るだなんて、そんな無謀なチャレンジはお断りだ。ただでさえもう三本立てのみならずにお腹いっぱいなのに。
どんなとんでもない不幸が訪れるか考えるだけ恐ろし――ッ!?
「では、行こう。先導しよう」
「え、ぇ……」
先導するナズナに続きながらもぎぎぎ、と今にも鳴りそうなほど油の足りてないブリキ人形のようなぎこちなさで、いつの間にか肩に乗っかってついてきていた小人さんを引き攣る笑みで見てみた。
なんだかあまり興味無さそうな感じですけど、たぶんそうだよね? 私の勘違いじゃないよね……?
ナズナは少し先を歩いていて、こちらの様子に気付いていないようだ。――てことで。
「……み、見ました?」
「あァ、しっかり視えたぜ」
やっぱりあまり興味無さそうな感じではあるが、私の質問にはしっかりと肯定を返された。ひぃぃぃ……ッ!
――しかもちゃんと内容の補足もしてくれた。
あいつが森の中で、人を魔獣に喰わせてる場面をよ――と。
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