らぶさばいばー

たみえ

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アイヴィス

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『――貴様らに出来ることなどない。去れ魔女!』

 おお……ジ〇リっぽい!

 グルルルル……と低く唸るような音と共に聞こえてきた声に、ちょっとだけ感動する。なんというか……念話ではなくちゃんと声として聞こえてるけど、腹話術みたいに口の動きと音がズレて合ってないところとか特に。
 カッ! と目と口を見開いて怒った表情っぽいのもポイント高い。

「そのようなことを仰らずに。皇女殿下にお力添え出来るのは私どもしかおりませんもの」
『貴様ら魔女の汚らわしい手を借りるくらいならば、いっそこのまま朽ち果てたほうがマシだ!』
「……ならば、皇女様がお食事を抜かれるようだと厨房に連絡させて頂きますわね」

 ちょうどいい。ルドベキア王子は言葉を濁してたけど……実はどこもかしこも大変なこの時に食べ放題が如く高級料理をバクバク食べてる皇女に思うところは多々あったようで、来る途中で貰った資料には食事についてどうにかならないか的な内容のメモ――厨房からの嘆願書みたいなもの――がこっそり仕込まれていた。
 これはもう、そういうことだろう。察しの良い部下としては、仕える上司の指示に従うのみである。

『ぐぅ……卑劣な魔女め! こんなことで私が怯むと思ったか! ――生憎とその通りだ! 今すぐその卑怯な姦計を取り消せ!』

 地に伏していた顎をグワッと勢いよく上げて、大口で威嚇するように抗議してくる皇女に動じることはない。――私は安全圏にいるから。
 目が合うと、クワッ! と龍となった皇女の金瞳が更に見開き、爬虫類独特の絞りで縦に瞳が締まった。
 獣の瞳は動揺や興奮状態が丸わかりなので非常に助かる。

「まあ姦計だなんて、そんな。大げさですわ」
『くっ……この身体になってからの唯一の楽しみを……それを見抜いた上で容赦なく質に取るとは……なんて卑劣な手を使うのか。やはり人の心が無いのか、性根の腐った魔女め!』
「……お褒めの言葉を頂き、誠に光栄でございます」

 お黙り。食いしん坊グルメ! まずは人に戻ってから文句言いな!
 うちの龍太だって普段こんな良い餌を食べてないんだからね……!

『魔女なんて、やはり碌な奴が居らんな! 貴様らのせいで帝国は――』

 おっと。国家間の軋轢について話題にするのは私の担当ではない。
 そういうのはカトレアたちに全部任せると、先程心に決めたばかりだ。

「――我が国の無償の慈悲に縋っていらっしゃる状況だ、ということをどうやらお忘れのようですわね。帝国では恩を仇で返すのが流行りですの? 実に立派で素敵な見本でございますわね、皇女殿下」
『ぐぬぬ貴様、言うに事欠いて……』

 ――私が感じた皇女の印象はプライドの塊そのもの、というものだ。
 それも悪い方向ではなく、どちらかといえば正義漢のような。
 少々面倒な性質だが、裏表は無いし貸し借りを殊更に嫌っているはず。
 だからこう言えば必ず……己の正義や信念を天秤に掛けて、引く。

『……くぅ、いいだろう。世話になっている代わりだ。答えるかはともかく、貴様の話を聞くだけは聞いてやろう』

 案の定、さっさと怒りを引いた皇女が高く上げていた顎を再び地に降ろして寝転んで私を眼光鋭く睨んだ。
 ……早めに一歩引いてくれたのは助かるけど、態度わっるぅ。

『だが量は今の倍に増やせ。腹を満たすには全くもって足りんのだ!』

 ……ちょいちょいちょい。
 それはいくらなんでも厚かましいにもほどがあるでしょうがッ!

「……獣とみなして家畜の餌を与えず、敬意をもって皇女としての持て成しを最初からずっと変わらず行っているのだということを是非、もっと深い意味で有難ーくお考え頂きたいものですわ」
『くっ、貴様……ぐぬぬぬぬぬ』
「それとも家畜の餌……失礼。飼料のほうがお好みでございましたか? そちらなら量を多くご用意出来ますわよ」

 あからさまな扱いの示唆に、皇女も何かを察して唸る。

『ぐぬぬ――いいだろう。この際、味は二の次だ。食事を食わせろ』
「慈悲深き帝国の皇女殿下に感謝を」
『しらじらしい……』
「何か仰りましたか?」
『…………』

 ぷいっと頭を逸らされた。あら可愛い。

「――ヴィオラはなんて言ってる? シオン」
「お食事の質を落としてでも量を食したいそうですわ、お父様」
「そうか。それは残念だ」
「お零れが、ですわね?」
「ハハハハハ」

 いや、笑って誤魔化そうとしても誤魔化せないから。
 一人だけ毎日毎日高級料理ばっかり堪能して……ずるい。

「それにしても……お父様のお身体は大丈夫なんですの?」

 父であるレオンが特殊な力の使い手だと聞いて来たばかりだが……それを知らなくとも、地べたに座って瞑想のポーズをとり、皇女に丸ごと何かの複雑な知らない結界を張り続けている父の顔色の悪さは母ほどではなくともまあまあヤバい部類だった。
 おかげで私は安全に皇女と対面出来ている……がなんというか、こう……少しづつ命を削っている疲労が蓄積されているような倦怠感が父の司源に僅かにみられる気がする。
 これは魔女にしか分からないだろう僅かな感覚だが、間違いないはず。

「ああ、おそらく」
「おそらく……?」
「いや、間違えた。大丈夫だ、問題無い」

 ほんとか……?
 その文言には不穏と不安しか感じないんだけど……。

 母のことがあったばかりなので、そういうことには敏感になっている。まだかろうじて母がアザレアのおかげで生きている状態だったからなんとか耐えられているというだけで、私のメンタルはそこまで強くない。
 アザレアへの信頼のおかげで、失うかもしれない恐怖で押しつぶされることは今のところないが、万が一父もそこに加わるとなると自分でも情緒がどうなるかが分からない。
 ……お兄ちゃん、はやく帰って来てよ。

「……では、皇女殿下にお伺いしていきます。よろしいでしょうか」
『よろしくないが、まあ聞くだけ聞いてやる』

 ふん、と鼻を鳴らした皇女がまたしても上からでものを言うが、言葉とは裏腹にちゃんと耳を傾けてくれる。
 ……もうこれは元からの性格なのだろう。これがツンデレってやつ?

「まずはどうして、そのようなお姿に変身なさってしまったか皇女殿下ご自身でお分かりでございましょうか?」
『……好きでこうなったのではない。私とてこうなることを想定して備えていなかったわけではないが、あの日がそうだとは想定外の事態だった。貴国に対し大いに迷惑を与えてしまったことは深く詫びよう。……今となってはただの言い訳だがな』
「…………」

 本当に申し訳なさそうな声だったので、何も事情を知らずとも同情してしまいそうになる。
 ……まあ多少王子たちが事態の収拾に追われたくらいで、貰った資料によれば皇女は変身後にも暴れずずっと大人しくしていたというし。
 後でちょこーっと食事代を頂ければ、まあ国として大々的に抗議して責めることはない程度の迷惑に収まるのではなかろうか。
 だから――。

「――好きで龍に変身したわけではない、と言うのであれば。そうなった原因は既に解っているということでございましょうか」

 一番聞きたい話はここだ。謝罪は後でも聞けるのだから。

『……皇女とはいえ、私にも順番があった。……それだけのことだ』
「順番とは、何のことでございますか?」
『――――』

 そこで皇女が口を閉ざした。深く悩んでいるようにも見受けられる。
 国家機密あるいは個人の重大秘密、もしくは魔女の「嘘を吐かない」のように指定されたこと以外を口に出せない系の縛りが課されているとか。
 悩む理由はいくつか考えられるが――。

「順番? ――ああ、もしかして趣味の悪いアレのことね」
「しゅ、」
『黙れイベリス! その軽い口を今すぐ閉ざせ!』

 グワアアアアッ! と咆えられ、身体が驚きで勢いよく跳ね上がった。
 どうやって聞き出そうかとアレコレ考えて油断していたせいで、心臓の音がバクバクと暴れていた。

『そもそも貴様ときたら、今までどこをほっつき歩いて雲隠れしているのかと思えば魔女なんかと――』
「たぶん女神の使徒化って趣味悪いやつをやられたんだよ、シオン」
『ぐぬぬ……何故魔女の貴様以外に私の声が届いておらんのだ!』

 それは私がつい最近、のじゃ姫様に例の雑で大雑把な魔女には出来ない魔法とやらを教えてもらったからですね。
 文字などの微細なものは一朝一夕の付け焼刃では到底無理だろうが、皇女のように声に司源いしが多く乗っている音ならば通訳要らずで聞き取れるようになったのである。

 ……ちょっとした魔女の意地みたいなものだったが、帰り際にやり方を聞いておいてよかった。
 どこで何が役立つか、世の中とはまったく分からないものだ。後でのじゃ姫様……じゃなくて、ガーベラ姫様にはお礼をしなくては。
 ――それはそれとして。

「女神とは……? 帝国の神はもう男神ではないのでございますか?」

 確か、ここ最近も帝国の神は男のままだった気がするけど……?
 となると増えた? でも女神なんていつの間に増えたのだろうか。

「自称女神だけどね」
『黙れイベリス! 不遜だ!』

 またしてもグワアアアアッ! と皇女が大きく吠えた。
 もうそろ耳がぐわんぐわんしてきた。

「――いい加減、キャンキャンうるさいよ。君の苛性でシオンの耳が壊れてしまうだろう。そうなったら君のその首、――即座に斬り落とすから」
『グルルルルル……』

 あ、唸りながら唸ってる。……本当に耳がおかしくなってるかも。
 だってなんか、さらっと怖い言葉も聞こえた気がするから……。

 耳を抑えて顔を顰めた私を見てすぐ、イベリスが今まで見たことのないような無表情で皇女に淡々と話しかけたのもそうだけど。
 周囲の体感温度が一気に五度は下がった感じがした。……特に首がなんちゃらと怖いこと言ってるところで。

「まあ僕に何を咆えてるかの内容は大体想像が付くけど……どのみち、そんな姿にされてまで忠義を尽くす必要なんてもうないはずだよ」
『ぐぬぬ……』

 あ、唸り声が戻った、かも?
 じゃあさっき聞こえたのは幻聴か魔法の不調かな。
 うん……ソウイウコトニシテオコウ。

「――君も僕も玩具おもちゃだよ、あの売女にとっては」
『女神アイヴィス様に対して不遜が過ぎるぞ、イベリス!』

 女神アイヴィス? やっぱり聞いたことない……。

 などと思考に陥っている私の傍でガッ! と皇女が夫に咆え続けていて、「無礼者!」だとか「浮浪者!」だとか「恩を返せ!」だとか、これでもかと罵っていた。
 ……最後に関してはただの催促だったけど。そこは「恩知らず!」とかじゃないのだろうか。

「咆えるなって言ったよね? そんなに首をくびき落とされたいの、君?」
『…………』
「最初からそうして静かにしててよね。手間がかかる」

 と、自分の知識から女神とやらの名前に聞き覚えがないかどうか、なんやかんやと考えているうちに夫が皇女を沈黙させてしまった。
 いやまあ有難いけども……さすがに怖いこと言われて脅されてる皇女様を見てると可哀想になってくる。
 ――ま、それでも餌代だけはキッチリ後で払ってもらうけどね!

「では、その女神アイヴィス様が皇女様をこのように?」
「そうだね」
『そうだ』

 そこはそんな速攻で肯定するんだ……。

「……寡聞にしてお恥ずかしい限りでございますが、今までにお名前を存じ上げませんでした。どのような方かお伺いしても……」
『――知らなくて当たり前だ。女神アイヴィス様は建国の父神、イベリス・アイヴィ・ユスト=アイオーン陛下の妹であるが半死人――残念ながら未だ神に至らぬ半神だ。今までに表舞台に出られたことはない。何故なら実質、長命な只人同然だからな。父神が半人前であるアイヴィス様の台頭を許されたことは一度としてない』

 おお……なんか神話っぽい。
 えーっと、建国の父神はその自称女神様とはご兄妹で……どういう意図かは分からないけど、つまり出来の悪い妹が神になれない半人前だから表舞台には出してないってこと?

 ――あ、でも台頭が云々ってことは権力争いがとかそういう系の話?
 それだから私が名前や存在を知らなくて当たり前、って解釈で合ってるのかな……?

「あの売女は自分が退屈しない享楽や悦楽に耽ることにしか興味がない」
『言い方を間違えるな! アイヴィス様は少々奔放なだけだ!』
「何? 何言ってるか分からないんだけど。……まあどうせ、あの方は少々開放的なだけだ、とかなんとか意味分からないこと言ってるよね?」

 まあ大体似たようなことは言ってます。

「確かにある意味では開放的かもね。なにせ僕を味見したいとか抜かして何度も貞操を襲おうとしたくらいだからね。それも齢一桁の時に」
『…………』
「いいよね、君たち皇女は。あの売女が自分と同じ興味が無かったみたいで、平和に過ごせて羨ましい限りだよ」
「『…………』」

 ……な、なかなかハードな話をさらっと聞いてしまった気がする。
 皇女のいかにも深刻そうな沈黙のせいで余計冗談として受け取れない。

「まあ代わりにそんな姿にされて、いずれ余興で魔獣との交尾を強制されるのは可哀想だとは思うけど。あの売女に襲われるよりはマシかな」
「『…………』」

 いや、だから、ハード! 内容がハード過ぎる! 18禁!
 自称女神様、アウトです! レッドカード! 逮捕!

 ……お会いしたことは無いけど、今のたった数分だけで一気に好感度がマイナスに振り切れてしまった。
 前世の地球の神話も、こういう背徳的というか道徳など存在しない世界線の話ばかりだと聞いたことはあるけど、実際はどうなんだろうか。
 どちらがよりハードで罪深いのだろうか……?

『……ただの試練だ。これを乗り越えれば帝国の統治権を得られるからな。イベリス、早々に逃げ出した貴様に憐れまれる筋合いなどない』
「皇女殿下……」

 いや、普通に逃げましょうよ。それ。
 ハード過ぎますって流石に。試練なんかじゃないですよ、絶対。

 私となら意思疎通が出来るのだ、と理解した時の皇女の第一声が「貴様らに出来ることなどない」という拒絶の言葉だったのも今なら理由が分かる。
 理由は分かるが……ちょっと、さすがに話を聞けば聞くほどに可哀想が過ぎる。

「どうしてそこまで……」
『……次の皇帝が決まらねば、民心は安定しない。そうなればいずれどうなるかなど、多くの歴史が結末を物語っている。私が身勝手に伝統を乱して国を荒らすわけにはいかないのだ』
「……それは」

 国を治めたことも、治めるための勉強もしたことのない私にはよく分からないことだ。
 せいぜい自分の領地をどうにか引き継げる程度の視野しかない私が何を言っても、きっと皇女には何一つとして響かないだろうことが伺える。

『この国でさえ、優秀な統治者が居てすでにこの混乱の有様だ。――私がなんとしてでも国を、民を守らねばならないのだ。……レオンを父に持つ貴様の兄のような特殊な男を手土産に婿として迎えれば、女神が試練無く統治を認めて下さるかもしれない……と浅はかに行動してしまったが、それが甘い判断だったということをこうなってやっと分かった。理解したのならば、後は潔く己が試練を受け入れるまで。魔女の手助けなどいらん』

 こうも堂々と兄を利用しようとしていたのだと言われてムカつくかと思ったが、あまりに皇女様の覚悟したという今後が悲惨過ぎて怒りは全くもって湧かなかった。
 ……やたら食事がーってうるさかったのも最期の晩餐的な? う、そう考えると罪悪感がひしひしと芽生えてきた……。

「何を長々とシオンに語っていたかは知らないけど、いつまでここに留まるつもり? 姿が変わったってことは、もう猶予はないはずだよ。今すぐにでも帰らないと。――遅れれば遅れるほど、癇癪起こされてもっと酷い事になると思うけど?」
『……分かっている』
「そのように追い出そうとなさらなくても……」

 いくらなんでもこんな話を聞いてしまった後だと、殊更に皇女様が可哀想過ぎて同情もやむ無しだ。
 どうにか別の解決策を見つけるまで匿ってあげても全然良いと思う。

「え? そのために来たんでしょ? いいよ同情なんかしなくても。何を言われたかは知らないけど、結局は魔女の力を借りたくないとか言われたんでしょ。ならもうすぐにでも帰ってもらって何も問題ないよね? 僕たちの逢引の邪魔だし」
「『…………』」

 あんたは悪魔か。

『……先程は失言したな。どうやら人の心を持たないのは魔女ではなく、イベリスのほうだったようだ』
「そのようでございますね」

 とりあえず、この問題は一旦現状維持で保留にして棚上げとなった。

 ◇◆◇◆◇

 ガシャーンッ!

「キャアアアアアアッッ」

 グシャ、グチャ、グチョ――。

「ああぁっ……アイヴィ、さ……お、たす……け――」

 ――アイオーン帝国、聖浮城セントフルトア最上階層。
 帝国至高の神、ユストの妹にして女神であるアイヴィスの寝室。

「――つまらないわね。あの子はまだ帰って来ないの?」
「あ、いぎ、ぁ、ひゃぃ」
「せっかく楽しい置き土産をあげたというのに……結局、まるであの子の鏡映しのようになーんにも面白くならなかったわ」
「――――」
「どうしてかしら」

 ぐりぐりと、己の足元に転がって静かになった肉片を絹のように美しいつま先で転がして遊ぶのは女神アイヴィスであった。
 たおやかな指で、己の地にまで流れる美しい白髪を艶美に耳へかき上げる姿はまるでこの世の光景ではなかった。

「――ああ、きっとあの化け物のせいね。忌々しい!」

 何に苛ついたのか、足元で転がして遊んでいた肉片を遠くに蹴って怒りを発散させる。
 そしてそのまま立ち上がると、全体が窓ガラスである最上階に見える一面の空のはるか遠くのほうへと視線を向けて美しいかんばせに怒りの形相を露わにした。

「私をこんな場所に閉じ込めて――私のモノよ。全部。私の」

 ブツブツブツブツ、女神の神聖らしからぬ独り言が加速する。

「誰にもあげない、私のモノよ。私だけのモノなのよ。許さない。絶対に。殺す。見つけ出す。永遠に私のモノ。あげない。誰にもあげない。邪魔するモノは残らず殺して。捕まえて。閉じ込めて。死ね。化け物。消せ。奪え。食らえ――」

 繋がっているようで繋がらない言葉たち。
 狂ったように似た意味の言葉を繰り返しては、同じ執念でもって言葉に怨念怨毒をこれでもかと込めていく。

「――ツバキ様」
「私がその名で呼ばれるのが心底嫌いだと知らない愚か者はどこの誰かしら」
「ぐぁッ――し、失礼致しました」

 ぐにゃり、声を掛けたがまるで濡れ雑巾を絞るように輪郭をぐちゃぐちゃにされ、それでもなお謝罪の声を上げた。
 影の存在に気付いた女神が振り返り、何事も無かったかのように用件を問うた。

「何度も何度も失敗しておいて今更何をしに来たのかしら。仕事を達成するまで戻ってくることを許した覚えはないわ」
「――そのことでご報告が」
「つまらない話なら消滅させるわよ」

 言いながら、手の爪をしきりに気にし出し、光に翳したりする女神の姿は誰がどう見ても既につまらなそうな態度そのものであった。
 しかし、――。

「――魔女の地にて、ついに発見致しました」
「……嘘や勘違いだったなら承知しないわよ」
「確実に間違いございません。――王国より例の客人が証拠を」
「アハハ。あはっ。アハハハハハハハハッ」

 何が面白いのか、上機嫌に女神がその場をくるくる回って踊り出す。
 ――遊びの過程で数多の赤に染まった床の血溜まりの上を、軽やかに。

「証拠証拠、証拠ねぇ? アハハッ」
「?」

 満面の輝かしい笑みで笑った女神は、軽く手を叩いて告げた。

「――そんなことはとっくの昔にもう分かってるのよ。のおかげでね」
「!! つ、つばきさ――」
「その名で呼ぶなと何度言えば分かるのかしら、役立たずども」

 パンッ! と女神がもう一度軽やかに手を叩いた後、影はしていた。

「――つまらない話を聞いたわ。どうやら丁度その聖女が来ているようだし、そちらの遊びの約束を今は気分転換にしようかしら」

 踊ったことで赤く染まった己のドレスの裾を気にすることなく、女神は寝室を後にした。

「もうすぐ、もうすぐ。二人だけの永遠になれますわ。すぐに私がお救い致しますから。ですのでもう少しだけ、その阿婆擦れの元で耐えて待っていて下さいな――私の為だけの

 ……一言、そう言い残して。
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