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魔の花園にてお茶会
しおりを挟む「まあ」
「ふふふ」
「あら」
――私は今、色とりどりの美しい妖精が集う花園の只中にいた。
先日、光栄にもエーデルワイス家から直々の召喚……こ、こほん。お呼びだ……お招きがあった。主催者であるご令嬢は悪役令嬢その1兼攻略対象であるカトレア・ラス=エーデルワイスだ。ゲームの記憶通りなキャラのままなら、見た目も性格も情熱的、といえるだろう。
……彼女のちょっぴり激しめな性格を思えば、心当たりのある身としては侯爵家への出発ギリギリまで粘って、体調不良を捏造したくなってしまう気持ちも分かろうというもの……まあしかし、笑顔の母に強制的に送り出されてしまったので仕方なく腹を括った次第である。
いかに辺境伯の娘といえど、古い歴史を持つ公爵の姫様に比べればたかが辺境伯の小娘である。元々悪あがき程度で身分差に簡単に逆らえるはずもなく、最終的に胃痛を堪えてこうして入学式直後の最初のお休みである週末に大人しく参上仕ることと相成った。
キリリッ! としたスーツを着こなす、偉い地位にいるだろう執事に直接ご案内され、他にも招待されて花園で花を愛でてくつろぐご令嬢たちの横をスタスタ素通りしていく。
……出来れば私もそちらに混ざりたいっ!
「――あなたは、辺境伯の娘だったかしら」
緊張で若干の現実逃避をしていたせいか、ずんずんと出来る執事のスムーズな案内で奥へ進み、すぐに最も豪奢な席に到着してしまった。到着後すぐに上座から届いた声はもちろん、主催者として堂々と座るカトレア・ラス=エーデルワイス様からだった。
実際のカトレア様は、ゲーム通り燃えるような赤い髪に美しい碧眼の迫力系美少女のままだった。――他の攻略対象もそうだが、皆まるで彫刻のよう。そのような感想を考えながらもサッ、とカーテシーの態勢になってご挨拶を行う。
「お初にお目に掛かります。デルカンダシア辺境伯が娘、シオン・ノヴァ=デルカンダシアがただ今カトレア・ラス=エーデルワイス様にお目見え致します。この度はお招きの栄誉に与り、大変僥倖に存じます」
上位の貴族から招待を受けた場合、それが相手の初対面の挨拶代わりになる。なので、初対面でも声を掛けられたらこちらが先に名乗っても問題ないのだ。というより、こちらだけ名乗っていない状況になってしまうので名乗らないとヤバいのだが。
私の挨拶を聞いたカトレア様は、一度何事かを後ろにひっそり控えていたメイドに小さく言付けて、ゆっくりとこちらに向き直った。
「――そう、シオン。楽になさい。あなたの席はこちらに用意しているわ」
「……最上のご配慮、大変ありがたく存じます。謹んでお受け致します」
やっぱりそうなりますよねぇ……!
心のどこかでご挨拶だけしたら解放してくれないだろうか、と淡い期待を捨てきれずにいたが……まだカトレア様しかいらっしゃらないテーブル席に、やはり予想通り同席になるらしいと悟る。故にこれ以上心証が悪化しないように用意されていただろう席に大人しく座り、目の前に積み上げられていく高級菓子や紅茶のセットを眺めて沈黙でやり過ごす。
カトレア様にこちらの姿を認識されてから今までずっとビシバシ、……いや、もはやグサグサッ! と鋭い視線が突き刺さっているのだ。き、気まずい。
こちらは何も悪くないはずなのに、ますます胃が痛くなる――!
「――私、まどろっこしい聞き方は得意ではないの」
「はい……」
き、来たぁぁああ……!!
本人の言う通り、どちらかといえば短気、直情型なカトレア様がすぐさま本題を切り出せるのに、我慢して遠回しな貴族お喋りを先に楽しむ余裕がある筈も無い。鋭く目を細めてこちらを睨むようにして尋問が始まった。
「シオン、あなた、――ルドベキア様の側妃枠を狙っているのかしら」
……あまりに単刀直入な問いに、普通なら遠回しな貴族お喋りを想定する令嬢だったなら間違いなく思考フリーズものである。が、私はあらかじめ胃を痛めるほどに察しは良いほうだったので、殆ど間を開けずにこちらも結論を慎重に答えられた。
というより、ここで遠回しに「さて、どうかしら」てきな返答でもしようものなら敵認定される。……ちなみにゲームで似たような誤魔化す返答をした際、次のシーンではグサッ! 暗転! という情状酌量の余地無しの死、一択だった。
そもそもこんなことになっている原因のはすべてはサイコパス王子のせいだ。あいつさえ気まぐれを起こして声を掛けてくるようなことが無ければ、私は今頃家でぐーたら休みを満喫していたはずなのに。
おそらくあの場にいたお姉さまがたにチクられたのだろう。女の争いにおいて、出る杭は即打たれるものである。ごくり、と緊張に喉を下しながら重々しく口を開く。
「いいえ――」
実際の貴族社会の現実を知る身としては、まさか貴族相手にまですぐさま刺傷沙汰を起こされることは無いだろうと考えているが、逆に言えば貴族だからこそ最終的にえげつない死へと追い込む方法はいくらでもあるのだ。
主人公の設定は平民、しかも孤児だったので簡単に隠蔽出来るぶん死が軽かったのだろう。……だが、ある意味平和な死を遂げられたのが実際に転生して悟った真実である。貴族、ガチ怖い。
「――恐れ多くも申し上げます。私に側妃は不可能でございます」
ぱちりぱちり、と長い睫毛を瞬かせて真顔になったカトレア様がこてん、とこちらを見据えたまま小首を傾げて言葉を紡ぐ。
「……不可能? 望む望まないの話をしているのだけれど」
ひぇぇぇぇぇ……!! こ、怖すぎる……ッ!!
……どうやら聞きたかった結論を省略し過ぎてしまったらしい。認識の齟齬が発生してしまったようである。私はてっきり、ゲーム通りのカトレア様ならある程度調べ上げた上で召喚したのではないかと予想して言ったのだが、調べてはいたものの、意味が伝わっていないようである。
――そういえばご挨拶してから今まで、ずっと一貫してカトレア様は私を呼び捨てだった。本来、既婚者には必ずフルネームか夫人、爵位などを名の後に付けて話をする決まりのようなものがあるのに。
仲良くなってから呼び捨てに移行するという面倒くさい生き物が貴族なのだが……私を堂々と最初から呼び捨てだった。てっきり牽制のためにあえて呼び捨てにしているかと思っていたのだが……実際にはこちらが婚姻していることまでは知らなかった可能性が高くなった。
ある程度素早く状況を認識するとともに、少し慌てて否定の言葉を紡ぐ。
「――いいえ、エーデルワイス様。私、殿下だけではなく、他の殿方との婚姻も不可能でございます」
「……どういう意味かしら」
案の定、片眉を少し釣り上げたカトレア様が意味を問う。王族のみならず、普通の貴族とも婚姻出来ないとなれば、真っ先に思い浮かぶのは私が何かしらの疵物持ちであることだ。
……貴族にとってバレれば非常に不名誉な事態になるのが殆どなので、疵物であることを告白する令嬢は存在しない。だからこそ、カトレア様も鋭い視線をおさめて冷静に先を促してくれた。
まあ、疵物なら万が一があってもやりようはある、と考えたというのが正しいのだろうが。……貴族、マジ怖い。
「――私、既に既婚者でございますゆえ、新たな婚姻は不可能にございます」
「――――」
色々と予想していただろうカトレア様の表情が一瞬、呆気に取られた顔に変わる。しかしそれも一瞬だけ。やはり国母として日々努力されていらっしゃるからか持ち直しも早く、すぐさま取り繕った様子のカトレア様が再び鋭い視線を突き刺した。
――今度は違う意味を込めて。
「――お相手の殿方は外国の方かしら」
まさに未来の国母ここにあり。一応は国防の要である辺境伯の娘である。未来の国母が国防を担う家の婚姻関係という重要事項を知らされないということは殆どありえない。なので上層部が知らない可能性も高いと考えたのだろう。
実際には過去にひと悶着があった際、母が直接出向いて王へ報告したので上層部は知っているのだろうが。カトレア様は何故か知らされていなかったようで、王や上層部への報告のために私から言質を聞き出そうとしているのだろう。貴族が隠れて婚姻を結ぶことは、最悪叛逆の意思有りともとられるのだ。
……先程までしていた、側妃がどうのという話が実に小さく見える。
カトレア様はルドベキア様をお慕いしているものの、だからといってそれだけで婚約者におさまった訳ではない。これは前世の公式が出していた設定資料にも書かれていたことだが、カトレア様は元々、ルドベキア様のお母様である王妃様に憧れて国母を目指していたのが先である。
婚約後に顔合わせでお会いしたルドベキア様に恋をしたのは、実はついでなのだ。なので、公私の私では直情型であると同時に、公私の公では為政者でもある。
前世のゲームではルドベキアがカトレアの可愛い部分、つまり、いわゆる素の部分である公私の私、という部分を見られれば攻略が簡単だった理由がこれである。……それまでの主人公の無駄死にが、実に虚しいほどの簡単さであったのはもはや拍手ものだった。
そんな為政者モードなカトレア様に嘘偽りなく答える。ここで嘘をついたところで何も意味は無いからだ。どうせ上層部は知っていることなので、調べればすぐにバレる。素直に答えるが吉である。
「はい、おそらく」
「おそらく……?」
私としては明確に誰、と答える内容が無いのでこういった答えになってしまう。カトレア様は私の答えに、今度は怪訝な表情で話しを促した。今ならカトレア様は私情を挟まず為政者として話を聞いてくれるだろう。
「ええ、実はお恥ずかしいお話になりますが――」
私はまず、事の経緯から話すことにした――。
「――と、いうことがございまして。現在も捜索してはおりますが結果は芳しくなく……。現在の夫が見つからなければ祝福の解除も出来ません。その場合、これから先の一生、表向きは寡婦として過ごすことになります。ですので、お世継ぎ第一な王侯貴族、特に王族には嫁ぐことは不可能になります」
「……シオン、あなた――」
私が事の経緯から家の後継者問題についてまで持ち出して詳細な話をしている間、ずっと難しい顔をしていたカトレア様が話を聞き終え、暫しの沈黙ののちに神妙な顔でこちらを見据えた。
その瞳の奥に敵意の気配は、無い。……良かった。
どうやら現段階では真偽不明な半信半疑ながらも、後で嘘かどうか証明出来ると納得、判断してくれたようだ。
調査の間、私はちょっかいを掛けられないし、証明されたら確実に敵認定からは外れるので、カトレア様からの悪い意味での興味も外れて万々歳である。
と、ひそかに安堵していると――
「――あなたにはとても心打たれましたわ……!」
「はい?」
……はい?
「――私も、国母となるために努力をして参りましたが、時には多少の能力や想いだけでは超えられない壁は存在するものです。それが神とはいえ、なんて理不尽な誓いなのでしょう」
「え、ええ……」
おおぅ、カトレア様が急に活き活きしていらっしゃる。
「私も兄がおりますが、これが非常に不出来ですのよ。まったく、いくつになってもだらしのない。エーデルワイス家の後継者としての自覚が薄いんですのよ。それだけでなく――」
何故だか心打たれたらしいカトレア様が勢い止まらず今まで行ってきた努力や、果てはだらしないらしいお兄様について愚痴をこぼしだす。……どうやら、内容を聞いていると私とカトレア様の状況に多少似通る部分があったのか、カトレア様の琴線に触れる共通点が多かったらしい。
確かにカトレア様は幼少期に婚姻確定の婚約をお結びになっているし、公爵家の一員としても活発に活躍をされていると貴族の話題にも上がる。だが、血のつながる兄は放浪癖が酷いらしい。それだけでなくともカトレア様にとってお兄様は公爵家の後継者には相応しくなく映るようで、――ずっとヤキモキしているそうだ。
……似てるな、特に兄に関しては。
「――そうだわ。今日から私のことはカトレア、とお呼びなさい」
「え、あ、こっ、光栄に存じます!」
ゲームには登場しなかったカトレア様のお兄様と自分の色々と残念な兄の共通点に思いを馳せていると、カトレア様がさらりと、話の一部としてなんでもないことのように命令を下す。……さすが未来の国母兼、現最高位貴族。思わず即答してしまうほど、実に命令がスマートかつ有無を言わせない手腕だった。
「そう畏まる必要も無いわ。……本当は少々釘を差すつもりで召喚したのだけれど」
あ、ですよねえ……!!
堂々と釘を差すとか、召喚とか言われて一気に肝が冷える。そういえばそうだった。このお茶会の真の目的は私への尋問と釘差しである。先程の話で一応、カトレア様のなかで側妃の件は棚上げになったらしいものの、どうやらそれで安心してはいけなかったらしい。
こちらにそういった意志が無いことは伝わったと思って、後は穏やかにやり過ごして帰るだけだと考えて安心していたのに、まだ何かあるのだろうか。今度は理由も分からず行き場のない不安が芽生えた。……こうなったのはそもそも全てサイコパス王子のせいなのに、ちくしょう。
「――実際に少し話をしてみただけだというのに何故だか貴方を好きになってしまったみたいなのよね」
「あ、ありがとう存じます……カトレア様」
あ、あれ。なんか雲行きが怪しいような……?
穏やかに微笑んで話しかけるカトレア様は一見、非常に好意的だ。だが、何故だか得体の知れない違和感を覚える。……おかしいな。好かれるのは良いことのはずなのに……。何故だか全身の寒気と鳥肌が止まらない。
「ふふふ、紅茶が冷めてしまったようね。新しいものを用意させるわ」
――コトン、とやけにささやかな音が大きく聞こえた。
近くに控えていたメイドが丁寧に給仕を行って入れ直した紅茶を見つめる。入れ直したことで少量の湯気が復活した紅茶は実に美味しそうであった。
――だが、なぜだろう。
何故だか、これを飲んだらもう後戻り出来ないような……そんな奇妙なぞわぞわとした感覚が全身を締め付けるように肌を撫でた。……外だから少し肌寒いだけなのかもしれない。
そう、自分を納得させつつも、ほかほか美味しそうな紅茶がまるで――まるで飲んだら最後、魂の全てを捧げるような契約を交わす悪魔の飲み物にでも見えてしまっている現実から目を逸らした。
――大丈夫。さっきまで飲んでいた同じ種類の紅茶でしょう。それが今更そんなおどろおどろしくも禍々しく見えるだなんて、――何かの錯覚に違いない。
きっと胃痛のせいか、不安か緊張によるストレスで幻覚でも見えているのだ。そうだ、きっとそうなのだ――。
そう自分に心の中で言い聞かせながらも意を決して一口――ごくり。
「――ああ、そうだわ。せっかくだから私の友人も紹介しようと思うのだけれど、お茶会を終えた後に予定していたのよ。――時間はよろしいかしら」
私が紅茶を一口飲んだのを見計らったかのように、にこやかに再びさらりとほぼ命令に近い承諾を迫られる。――どうやら錯覚でも幻覚でもなかったらしい。カトレア様の雰囲気にそう、悟った。
――ことり、と繊細なつくりのティーカップを置いて、勿論間髪入れずに笑顔で答えた。
「――勿論でございます、カトレア様」
YESorはい、ですね。分かります。
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