上 下
13 / 17
おまけ

第三節 沈黙の邂逅

しおりを挟む
 隣国との秘密の面談が終わり、私は馬車に揺られていた。
 レクタ王子は、どうも食えない相手であった。その政策を聞いてみれば、たしかに理に適っているように感じる。国民番号のようなものは、実際便利ではあるし、国の情勢を把握することにも一役買うだろう。しかし、仕組みや技術というのは、使う者次第によって、善ともなり悪とも成り得るものだ。レクタ王子は、どうも後者に寄った考えをしているのではないかと、私は会話の端々から感じていた。それに、何か、こう、政治に対する根本的な思想が、私と彼の間で、著しくずれているような気がしていたのだ。
 加えて、レクタ王子は野心的な人物であった。いつか、我が国との争いが起きるやも知れぬ。気を引き締めなければ……。しかし――どうも隣国の民は、活気が欠けているようであった。覇気がない、というか、笑顔がない、というか……。間者からの報告によれば、どうも伝染病が流行っているらしいとのことであった。その影響が大きいのかも知れないが……。何にしろ、あのような民の様子を知っていながら、あのように堂々と振る舞える心胆は、とても見習えるものではなかった。

「……」

 窓の外をちらりと見ると、旅程の九割は終えているようだった。このまま行けば、夕方には国に戻ることができるだろう。そう思った矢先、馬車が動きを止めた。

「どうした?」
「へぇ旦那、道に人が倒れてやして……」

 馬車から出る。
 道の先には、髪の長い女性が仰向けに倒れていた。汚れきったその姿は、美しいとはとても言えない。しかし、その神聖さは隠しようもなかった。
 道端には、なぜかパンが転がっている。と認識したその途端、そのパンは石ころに変わっていた。
 レクタ王子は、聖女が先日交代したということを漏らしていた。なんでも、新たな聖女は、それはもう優秀であると……。

「御者よ。すまん、飛ばしてくれ」
「へぇ」

 この方をいち早く医者に診せる以外に私ができることと言えば、ガタゴトと揺れる馬車の振動が、少しでも伝わらないようにすることぐらいであった……。
 揺れのせいだろう、彼女の鞄から、一冊の本が落ちた。それを拾ってみると、タイトルも著者名も記されていない。売り物の本ではないらしかった。最初のページを開いてみる。


 ――それは、いつもの祈りが終わり、自室へ向かっていたときのことだった。


 気付けば、読み終えていた。
 この本には、隣国に渦巻く支配の欲望が赤裸々に書かれている。しかし……彼らに対する恨み言は、一言も書かれていなかった。
 この方は、なんと清廉な人なのだろう……。そんな人だからこそ、何としても、お役に立ちたい……そう、強く思った。
 馬車が止まった。と同時、彼女の身体を背中で抱えた。

「旦那ぁ! 着きやしたぜ」
「ありがとう。礼は今度させてくれ」

 頼む……間に合ってくれ……。この方は、こんなところで亡くなって良い方ではないのだ……。
 神にこれほど祈ったことは、これが初めてだった……。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

通称偽聖女は便利屋を始めました ~ただし国家存亡の危機は謹んでお断りします~

フルーツパフェ
ファンタジー
 エレスト神聖国の聖女、ミカディラが没した。  前聖女の転生者としてセシル=エレスティーノがその任を引き継ぐも、政治家達の陰謀により、偽聖女の濡れ衣を着せられて生前でありながら聖女の座を剥奪されてしまう。  死罪を免れたセシルは辺境の村で便利屋を開業することに。  先代より受け継がれた魔力と叡智を使って、治療から未来予知、技術指導まで何でこなす第二の人生が始まった。  弱い立場の人々を救いながらも、彼女は言う。 ――基本は何でもしますが、国家存亡の危機だけはお断りします。それは後任(本物の聖女)に任せますから

召喚失敗!?いや、私聖女みたいなんですけど・・・まぁいっか。

SaToo
ファンタジー
聖女を召喚しておいてお前は聖女じゃないって、それはなくない? その魔道具、私の力量りきれてないよ?まぁ聖女じゃないっていうならそれでもいいけど。 ってなんで地下牢に閉じ込められてるんだろ…。 せっかく異世界に来たんだから、世界中を旅したいよ。 こんなところさっさと抜け出して、旅に出ますか。

必要なくなったと婚約破棄された聖女は、召喚されて元婚約者たちに仕返ししました

珠宮さくら
ファンタジー
派遣聖女として、ぞんざいに扱われてきたネリネだが、新しい聖女が見つかったとして、婚約者だったスカリ王子から必要ないと追い出されて喜んで帰国しようとした。 だが、ネリネは別の世界に聖女として召喚されてしまう。そこでは今までのぞんざいさの真逆な対応をされて、心が荒んでいた彼女は感激して滅びさせまいと奮闘する。 亀裂の先が、あの国と繋がっていることがわかり、元婚約者たちとぞんざいに扱ってきた国に仕返しをしつつ、ネリネは聖女として力を振るって世界を救うことになる。 ※全5話。予約投稿済。

神殿から追放された聖女 原因を作った奴には痛い目を見てもらいます!

秋鷺 照
ファンタジー
いわれのない罪で神殿を追われた聖女フェノリアが、復讐して返り咲く話。

戦地に舞い降りた真の聖女〜偽物と言われて戦場送りされましたが問題ありません、それが望みでしたから〜

黄舞
ファンタジー
 侯爵令嬢である主人公フローラは、次の聖女として王太子妃となる予定だった。しかし婚約者であるはずの王太子、ルチル王子から、聖女を偽ったとして婚約破棄され、激しい戦闘が繰り広げられている戦場に送られてしまう。ルチル王子はさらに自分の気に入った女性であるマリーゴールドこそが聖女であると言い出した。  一方のフローラは幼少から、王侯貴族のみが回復魔法の益を受けることに疑問を抱き、自ら強い奉仕の心で戦場で傷付いた兵士たちを治療したいと前々から思っていた。強い意志を秘めたまま衛生兵として部隊に所属したフローラは、そこで様々な苦難を乗り越えながら、あまねく人々を癒し、兵士たちに聖女と呼ばれていく。  配属初日に助けた瀕死の青年クロムや、フローラの指導のおかげで後にフローラに次ぐ回復魔法の使い手へと育つデイジー、他にも主人公を慕う衛生兵たちに囲まれ、フローラ個人だけではなく、衛生兵部隊として徐々に成長していく。  一方、フローラを陥れようとした王子たちや、配属先の上官たちは、自らの行いによって、その身を落としていく。

聖女やめます……タダ働きは嫌!友達作ります!冒険者なります!お金稼ぎます!ちゃっかり世界も救います!

さくしゃ
ファンタジー
職業「聖女」としてお勤めに忙殺されるクミ 祈りに始まり、一日中治療、時にはドラゴン討伐……しかし、全てタダ働き! も……もう嫌だぁ! 半狂乱の最強聖女は冒険者となり、軟禁生活では味わえなかった生活を知りはっちゃける! 時には、不労所得、冒険者業、アルバイトで稼ぐ! 大金持ちにもなっていき、世界も救いまーす。 色んなキャラ出しまくりぃ! カクヨムでも掲載チュッ ⚠︎この物語は全てフィクションです。 ⚠︎現実では絶対にマネはしないでください!

【完結】どうやら魔森に捨てられていた忌子は聖女だったようです

山葵
ファンタジー
昔、双子は不吉と言われ後に産まれた者は捨てられたり、殺されたり、こっそりと里子に出されていた。 今は、その考えも消えつつある。 けれど貴族の中には昔の迷信に捕らわれ、未だに双子は家系を滅ぼす忌子と信じる者もいる。 今年、ダーウィン侯爵家に双子が産まれた。 ダーウィン侯爵家は迷信を信じ、後から産まれたばかりの子を馭者に指示し魔森へと捨てた。

【完結】慈愛の聖女様は、告げました。

BBやっこ
ファンタジー
1.契約を自分勝手に曲げた王子の誓いは、どうなるのでしょう? 2.非道を働いた者たちへ告げる聖女の言葉は? 3.私は誓い、祈りましょう。 ずっと修行を教えを受けたままに、慈愛を持って。 しかし。、誰のためのものなのでしょう?戸惑いも悲しみも成長の糧に。 後に、慈愛の聖女と言われる少女の羽化の時。

処理中です...