4 / 17
本編
第四節 人の上に立つ者
しおりを挟む
食卓の上には、豪勢なディナーがずらりと並んでいた。希少な食材が、一流のシェフの手によって、芸術作品にまで昇華されている。ミラの前で、真紅のワインがとぽとぽとグラスに注がれた。
(ああ……こんな料理が毎日食べ放題だなんて……聖女とは、なんて素敵な身分なのかしら……。これまで、つらい――本当につらい見習い時代を過ごしてきたけれど、ようやく、ようやく、その苦労が報われたということなのね……)
「――ということだったんですよ」
「ふふっ、面白いですわね。もっと聞かせてくださる?」
(それに、地位も権力も財産もあるイケメンの殿方たちと、こうして会話ができるなんて……本当に夢のようですわ。見習い時代には、そんな出会いなんて、あるはずもなかったのですから……)
夕食は、和気藹々と進んでいく。コース料理なのだ。食事にかかる時間は相当なものであった。その様子を、聖女の御付きの者たちは冷めた目で見つめていた。
元聖女――エリス様は、決して御自分のために、このような浪費をする方ではなかった。むしろ、もっと御自分のために使って欲しいほどだった。そう御付きの者たちは思っていた。それくらい、彼女は役割に見合わないほど質素な生活を送っていたのである。そのためのお金があるのなら、今困っている人に使うべきだ、と。そんな彼女であるから、付き合いでなければ誰かと会食をすることもなかったし、男の影などあるはずもない。姦淫の罪が、まったくのでっち上げだということを、彼女たちは誰よりも正確に理解していた。それに比べて、目の前の聖女は、一体どう評価すべきだろうか?
「ふふっ、そうなのね」
「あの……聖女様」
「何? 見て分からないの? 今は食事中よ」
「その、大変申し上げにくいのですが、お早く切り上げられませんと……祈りの時間がなくなってしまいます。今日は、まだ規定のお時間に達していないかと……」
「良いのよ、そんなの。何時間やっても変わらないでしょう? 大丈夫よ。寝る前には済ませておくわ」
「然様……ですか……」
「話の途中でごめんなさいね。そうそう、それでね――」
夜は更けていく。
聖女がこの場の誰かと寝るのも、時間の問題だった。
――――
王子の書斎では、蝋燭の灯りが、あやしく揺らめいていた。
「それで? 聖女はどうしている?」
「はっ。昼頃に起床することが多く、昼食後は御付きの者たちと娯楽にふけっております。毎晩会食を開いており、そのまま就寝、という流れが最近の習慣となっております。祈りの時間は、ほとんど取れていないかと」
「そうか」
本当、馬鹿な聖女で助かっている。奇蹟の効果は、これまで捧げてきた祈りの時間に大きく関係する。つまり、祈りを捧げれば捧げるほど、より強大な奇蹟を起こすことができるのだ。その点、前聖女の力たるや、推して知るべしというものであろう。のみならず、彼女は聡すぎた。危うくこちらの計画を御破算にされるかと冷や汗をかいていたが、無事追い出せたのは、本当に幸いであった。処刑までやってしまえば良かったが、民からの大きな反発は避けられない。まあ、旅に慣れない小娘なのだ。きっとどこかで野垂れ死んでくれるだろう。
「ですが、会食の費用が思ったより高く……」
「良い。好きにやらせておけ」
金を出して馬鹿になってくれるなら、それに越したことはない。
「企業の数はどうなっている」
「はっ。この度発布された宣言により、中小企業の数は右肩下がりに減少。個人経営の店は軒並み廃業となっております。それに合わせて、露頭に迷う労働者が増加。……すべてが、計画通りとなっております」
人と物の流通を止める。流行り病を防ぐためと銘打って王から出されたこの宣言は、民に深刻な影響を与えていた。一部の人間を除いては。これで、大企業からの王への支持は盤石となったであろう。
「よし……そろそろだな」
「はっ」
「国から民一人一人に毎月、金を出すとしよう。奴らは小躍りして喜ぶだろうな。徐々に徐々に、奴らを国から与える金に依存させる。その金を止められた途端、生きられなくなるところにまでくれば……計画は成功だ。そうすれば、国――つまり、俺の言うことしか聞けない奴隷になっているだろう」
「その世界を見るのが、楽しみでございます」
「くくっ……。焦ることはない。もう、どこにも邪魔者はいないのだからな」
夜は更けていく。
闇は、その濃度を強めていった。
(ああ……こんな料理が毎日食べ放題だなんて……聖女とは、なんて素敵な身分なのかしら……。これまで、つらい――本当につらい見習い時代を過ごしてきたけれど、ようやく、ようやく、その苦労が報われたということなのね……)
「――ということだったんですよ」
「ふふっ、面白いですわね。もっと聞かせてくださる?」
(それに、地位も権力も財産もあるイケメンの殿方たちと、こうして会話ができるなんて……本当に夢のようですわ。見習い時代には、そんな出会いなんて、あるはずもなかったのですから……)
夕食は、和気藹々と進んでいく。コース料理なのだ。食事にかかる時間は相当なものであった。その様子を、聖女の御付きの者たちは冷めた目で見つめていた。
元聖女――エリス様は、決して御自分のために、このような浪費をする方ではなかった。むしろ、もっと御自分のために使って欲しいほどだった。そう御付きの者たちは思っていた。それくらい、彼女は役割に見合わないほど質素な生活を送っていたのである。そのためのお金があるのなら、今困っている人に使うべきだ、と。そんな彼女であるから、付き合いでなければ誰かと会食をすることもなかったし、男の影などあるはずもない。姦淫の罪が、まったくのでっち上げだということを、彼女たちは誰よりも正確に理解していた。それに比べて、目の前の聖女は、一体どう評価すべきだろうか?
「ふふっ、そうなのね」
「あの……聖女様」
「何? 見て分からないの? 今は食事中よ」
「その、大変申し上げにくいのですが、お早く切り上げられませんと……祈りの時間がなくなってしまいます。今日は、まだ規定のお時間に達していないかと……」
「良いのよ、そんなの。何時間やっても変わらないでしょう? 大丈夫よ。寝る前には済ませておくわ」
「然様……ですか……」
「話の途中でごめんなさいね。そうそう、それでね――」
夜は更けていく。
聖女がこの場の誰かと寝るのも、時間の問題だった。
――――
王子の書斎では、蝋燭の灯りが、あやしく揺らめいていた。
「それで? 聖女はどうしている?」
「はっ。昼頃に起床することが多く、昼食後は御付きの者たちと娯楽にふけっております。毎晩会食を開いており、そのまま就寝、という流れが最近の習慣となっております。祈りの時間は、ほとんど取れていないかと」
「そうか」
本当、馬鹿な聖女で助かっている。奇蹟の効果は、これまで捧げてきた祈りの時間に大きく関係する。つまり、祈りを捧げれば捧げるほど、より強大な奇蹟を起こすことができるのだ。その点、前聖女の力たるや、推して知るべしというものであろう。のみならず、彼女は聡すぎた。危うくこちらの計画を御破算にされるかと冷や汗をかいていたが、無事追い出せたのは、本当に幸いであった。処刑までやってしまえば良かったが、民からの大きな反発は避けられない。まあ、旅に慣れない小娘なのだ。きっとどこかで野垂れ死んでくれるだろう。
「ですが、会食の費用が思ったより高く……」
「良い。好きにやらせておけ」
金を出して馬鹿になってくれるなら、それに越したことはない。
「企業の数はどうなっている」
「はっ。この度発布された宣言により、中小企業の数は右肩下がりに減少。個人経営の店は軒並み廃業となっております。それに合わせて、露頭に迷う労働者が増加。……すべてが、計画通りとなっております」
人と物の流通を止める。流行り病を防ぐためと銘打って王から出されたこの宣言は、民に深刻な影響を与えていた。一部の人間を除いては。これで、大企業からの王への支持は盤石となったであろう。
「よし……そろそろだな」
「はっ」
「国から民一人一人に毎月、金を出すとしよう。奴らは小躍りして喜ぶだろうな。徐々に徐々に、奴らを国から与える金に依存させる。その金を止められた途端、生きられなくなるところにまでくれば……計画は成功だ。そうすれば、国――つまり、俺の言うことしか聞けない奴隷になっているだろう」
「その世界を見るのが、楽しみでございます」
「くくっ……。焦ることはない。もう、どこにも邪魔者はいないのだからな」
夜は更けていく。
闇は、その濃度を強めていった。
14
お気に入りに追加
92
あなたにおすすめの小説
通称偽聖女は便利屋を始めました ~ただし国家存亡の危機は謹んでお断りします~
フルーツパフェ
ファンタジー
エレスト神聖国の聖女、ミカディラが没した。
前聖女の転生者としてセシル=エレスティーノがその任を引き継ぐも、政治家達の陰謀により、偽聖女の濡れ衣を着せられて生前でありながら聖女の座を剥奪されてしまう。
死罪を免れたセシルは辺境の村で便利屋を開業することに。
先代より受け継がれた魔力と叡智を使って、治療から未来予知、技術指導まで何でこなす第二の人生が始まった。
弱い立場の人々を救いながらも、彼女は言う。
――基本は何でもしますが、国家存亡の危機だけはお断りします。それは後任(本物の聖女)に任せますから
召喚失敗!?いや、私聖女みたいなんですけど・・・まぁいっか。
SaToo
ファンタジー
聖女を召喚しておいてお前は聖女じゃないって、それはなくない?
その魔道具、私の力量りきれてないよ?まぁ聖女じゃないっていうならそれでもいいけど。
ってなんで地下牢に閉じ込められてるんだろ…。
せっかく異世界に来たんだから、世界中を旅したいよ。
こんなところさっさと抜け出して、旅に出ますか。
必要なくなったと婚約破棄された聖女は、召喚されて元婚約者たちに仕返ししました
珠宮さくら
ファンタジー
派遣聖女として、ぞんざいに扱われてきたネリネだが、新しい聖女が見つかったとして、婚約者だったスカリ王子から必要ないと追い出されて喜んで帰国しようとした。
だが、ネリネは別の世界に聖女として召喚されてしまう。そこでは今までのぞんざいさの真逆な対応をされて、心が荒んでいた彼女は感激して滅びさせまいと奮闘する。
亀裂の先が、あの国と繋がっていることがわかり、元婚約者たちとぞんざいに扱ってきた国に仕返しをしつつ、ネリネは聖女として力を振るって世界を救うことになる。
※全5話。予約投稿済。
戦地に舞い降りた真の聖女〜偽物と言われて戦場送りされましたが問題ありません、それが望みでしたから〜
黄舞
ファンタジー
侯爵令嬢である主人公フローラは、次の聖女として王太子妃となる予定だった。しかし婚約者であるはずの王太子、ルチル王子から、聖女を偽ったとして婚約破棄され、激しい戦闘が繰り広げられている戦場に送られてしまう。ルチル王子はさらに自分の気に入った女性であるマリーゴールドこそが聖女であると言い出した。
一方のフローラは幼少から、王侯貴族のみが回復魔法の益を受けることに疑問を抱き、自ら強い奉仕の心で戦場で傷付いた兵士たちを治療したいと前々から思っていた。強い意志を秘めたまま衛生兵として部隊に所属したフローラは、そこで様々な苦難を乗り越えながら、あまねく人々を癒し、兵士たちに聖女と呼ばれていく。
配属初日に助けた瀕死の青年クロムや、フローラの指導のおかげで後にフローラに次ぐ回復魔法の使い手へと育つデイジー、他にも主人公を慕う衛生兵たちに囲まれ、フローラ個人だけではなく、衛生兵部隊として徐々に成長していく。
一方、フローラを陥れようとした王子たちや、配属先の上官たちは、自らの行いによって、その身を落としていく。
聖女やめます……タダ働きは嫌!友達作ります!冒険者なります!お金稼ぎます!ちゃっかり世界も救います!
さくしゃ
ファンタジー
職業「聖女」としてお勤めに忙殺されるクミ
祈りに始まり、一日中治療、時にはドラゴン討伐……しかし、全てタダ働き!
も……もう嫌だぁ!
半狂乱の最強聖女は冒険者となり、軟禁生活では味わえなかった生活を知りはっちゃける!
時には、不労所得、冒険者業、アルバイトで稼ぐ!
大金持ちにもなっていき、世界も救いまーす。
色んなキャラ出しまくりぃ!
カクヨムでも掲載チュッ
⚠︎この物語は全てフィクションです。
⚠︎現実では絶対にマネはしないでください!
【完結】どうやら魔森に捨てられていた忌子は聖女だったようです
山葵
ファンタジー
昔、双子は不吉と言われ後に産まれた者は捨てられたり、殺されたり、こっそりと里子に出されていた。
今は、その考えも消えつつある。
けれど貴族の中には昔の迷信に捕らわれ、未だに双子は家系を滅ぼす忌子と信じる者もいる。
今年、ダーウィン侯爵家に双子が産まれた。
ダーウィン侯爵家は迷信を信じ、後から産まれたばかりの子を馭者に指示し魔森へと捨てた。
【完結】慈愛の聖女様は、告げました。
BBやっこ
ファンタジー
1.契約を自分勝手に曲げた王子の誓いは、どうなるのでしょう?
2.非道を働いた者たちへ告げる聖女の言葉は?
3.私は誓い、祈りましょう。
ずっと修行を教えを受けたままに、慈愛を持って。
しかし。、誰のためのものなのでしょう?戸惑いも悲しみも成長の糧に。
後に、慈愛の聖女と言われる少女の羽化の時。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる