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ラムネ
しおりを挟む「とも君、なにを探しているの?」
食器棚をあけて背伸びをしている息子に、お母さんはハラハラしながらいいました。その棚にはお父さんがお歳暮でもらった高価な食器がしまってありますし、なにより、食器を落として怪我でもしたら可哀想だったからでした。
「ちいさいおさらってない?」
「あるけど。これでいい?」
お母さんは引き出しから醤油皿を取り出しました。ともやくんは差し出された皿を見ると、トテトテと居間にいったかとおもうと、すぐにテテテと戻ってきました。手にはお菓子のラムネが握られています。
「お皿に移して食べたいの?」
お母さんが、いつからこんなにお行儀良くなったのかしら、と少し不思議におもっていると、ともやくん、今度はスプーンを欲しがりました。
いよいよただごとではないなと、お母さんはおもいました。そんな絵本やテレビがあったかしらと、記憶をたどったりしています。
ともやくんは醤油皿にラムネの白い粒をいくつかカラコロと転がしました。
(これで、いただきます、が言えたら本物だわ)
偽物だったらどうする気だったのでしょう。とにかく、お母さんはウキウキして一人息子の成長に期待しました。
「さんはい」
と、流石に声には出しませんでしたが、お母さんは、音頭を取るような勢いで目を向けました。でも、「ちょっ ちょっ そぉい!」
お母さん、思わず身を乗りだして、ともやくんの肩を抱きました。
ともやくんは無言で皿にのったラムネを、スプーンの背でせっせと砕きにかかっていたのでした。
「そうじゃないでしょう。スプーンはそうじゃないでしょう 何かがおかしいよねぇ なんだろうねぇ」
ともやくんは止まりません。ラムネはあっという間にスプーンの背で粉になりました。彼はその皿を両手で持つと、流し台にトロトロと歩いていきます。
お母さんはともやくんの応援団長でしたから、ともやくんの行為を問題行動とはとらえませんでした。
(なにか、実験をしている……?)
コップに水を入れているともやくんに聞きました。
「とも君。なにをしているの?」
ともやくんは答えません。ただジッと糸のように注がれる水の量を見ています。お母さんにはなにが基準だかわかりませんでしたが、やがてともやくんは「よし」と満足した声をあげました。
ガラスのコップの中にラムネの粉が入れられました。ともやくんはカチャカチャとそれをかき混ぜていましたが、溶けきらないことに、すこしガッカリした様子でした。
ここまでくるとお母さんはともやくんの実験の主旨が大体理解できていました。
「とも君、どんな味がする?」
ともやくん、一口飲んだあと「ちがう」といいました。
「なにが違うの? ラムネを溶かして飲んでみたかったんでしょう?」
「ちがうよ」
ともやくんは不満そうにラムネのお菓子を見ています。
「おまつりでのんだラムネとぜんぜんちがうんだよ」
お母さんは合点がいきました。ホロホロ笑っていいました。
「冷蔵庫の中のラムネとは、ちがうでしょうねぇ」
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