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38.魔術具開発局④

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 オドネル伯爵家の長男であるレナードは、子どもの頃は毎日無邪気に遊んでいた。

 次男のドルフと、三男のフェンリーは、いつでもどこでもレナードのあとをついて来た。
 四男のリアムにも言えることだったが、リアムだけ少し違うところがあった。

 それは、父親の書斎から大量に持ち出した魔術具の設計図を、毎日飽きもせず眺めていることだった。


「リアム、よく飽きないな。今からそんなに熱心に設計図を見ても、そのうち嫌ってほど見るはめになるんだぞ?」


 いつだったかレナードは、床一面に設計図を並べて顔を輝かせるリアムにそう言った。
 リアムの返事は、笑顔で返ってきた。


「イヤになんかならないよ!だってレナードにいさま、みて!こんなにきれいなのに!」


 リアムのその小さな手が指差す先には、どう見ても古びた設計図しかなかった。
 リアムの言う綺麗という言葉は、まさかその図案に掛かるのだろうかと、レナードは子どもながらに眉をひそめた覚えがある。


 リアムが他の二人と弟と、そしてレナード自身と違うところはもう一つあった。それは、容姿だ。

 父親似のレナード、ドルフ、フェンリーは、茶髪と灰色の瞳。母親似のリアムは、金髪と水色の瞳。
 兄弟でこうも違うのかと周囲に言われるほど、リアムだけ容姿が違っていた。


 可愛い、天使だと持て囃されるリアムのことを、レナードたちは一度だって妬んだことはなかった。
 それは、レナードたちもそう思っていたからだ。リアムは、弟は、可愛い存在だと。



 そんなリアムとの関係が歪み始めたのは、忘れもしない、魔術具の披露を兼ねたパーティーでのことだ。


 個人の魔力を数値化する魔術具で、レナードたち四兄弟が数値を測ることになっていた。
 順調に高い魔力の数値が続く中、リアムだけがまた、レナードたちとは違う形となった。


 あのときのリアムの顔を一言で表すのなら、それは絶望だった。


 真っ青な顔に気付いた両親が駆け寄り、魔術具の数値を見て息を飲んだのが分かった。
 そこからパーティーはお開きとなり、呆然としているリアムは両親に連れて行かれ、レナードたち三人は顔を見合わせる。

 心配そうにリアムの後ろ姿を見送るドルフとフェンリーに、レナードは笑顔を見せた。


「リアムなら大丈夫だ。だって、俺たちの自慢の弟じゃないか!」


 その言葉に、二人はたちまち笑顔になって頷く。
 けれどそのあと、両親から信じられない言葉を聞くことになってしまったのだ。



「―――リアムに、魔力がない?」


 目を丸くしたレナードの言葉に、両親は真剣な顔で頷いた。
 隣でドルフが笑う。冗談だと思っているようだ。


「あのリアムに、魔力がないなんて嘘だぁ!そうしたらリアムは、魔術具が作れないじゃん!」

「……ドルフ。嘘ではない」


 父親が悲痛な面持ちで小さくそう言うと、途端にドルフの顔から笑顔が消える。


「え…父さま、本当に…?リアムは、おれたちと一緒に働けないの…?」


 その隣で、フェンリーが涙目になっていた。それを見た母親の目から、静かに涙が流れ落ちる。


「……リアムは今、とても落ち込んでいるわ。魔力があるあなたたちが近くにいると、とても辛いかもしれない。…だから、少しそっとしておいてあげましょう」


 母親がそっとフェンリーを抱きしめる。ドルフが突然わんわんと泣き出し、父親が頭を撫でた。
 レナードはしばらく呆然としていたが、すぐに思い直す。


 リアムなら、すぐに元気になると。魔力がなくても、魔術具の設計図なら書けると。
 レナードは兄弟四人で一緒に働く未来を、まだ捨ててはいなかった。



 けれど、リアムが立ち直る気配は一向になかった。

 レナードたちは心配していたが、魔力がなく傷ついているリアムに、魔力のある自分たちが平気な顔で会っていいのかと考えると、なかなか会いに行くことができなかった。

 大切な弟に嫌われてしまうのではと、恐れたのだ。


 リアムに会いに行く理由を探す内に、邸宅内がざわつき始めた。
 あの部屋に引きこもっていたリアムが、ついに外に出たのだという。


 レナードは嬉しかった。また魔術具の設計図を眺め、顔を輝かせるリアムが見られるのだと。
 けれど、リアムが外に出て最初にしたことは、護衛の男と一緒に中庭で剣を振るうことだった。

 その事実は、レナードたちに衝撃を与えた。


「レナード…リアムは、もう俺たちと一緒に遊ぶのは嫌なのかな」


 レナードの部屋で、ドルフがそう言った。フェンリーは悲しげに膝を抱え、ソファの上に座っている。
 
 レナードはそんなことない、と言い切れなかった。
 もう、魔術具に関わる道を捨ててしまったのかと、レナードの瞳に陰が落ちる。


「あ、分かった!もしかして、その護衛がむりやりリアムを誘ったんじゃない?」


 閃いた、とばかりにドルフが言い、フェンリーが「そうかな?」と首を傾げる。


「……もしそうなら、俺たちにできることは一つだ」


 レナードは、ドルフとフェンリーを交互に見た。


「リアムがいつ戻ってきてもいいように、魔術具の知識をちゃんと学ぼう。リアムが設計図を書いてくれたら、すぐに開発できるように、腕も磨こう」

「……さすがレナード!それだぁ!」

「うん、おれもがんばる!」


 こうして三人は、そのうちリアムが剣に飽きて、自分たちのところへ戻ってくるだろうと信じ、魔術具開発の道を歩み始めた。



 しかし、それから何年経っても、リアムが剣を手放すことはなかった。

 レナードたちも魔術具の勉強にのめり込み、リアムとまともに話もしないまま、いたずらに時が過ぎていく。

 久しぶりに家族揃って食事をすることになったときには、リアムの表情に無邪気な笑顔の面影はなく、レナードたちと視線を合わせたり、必要以上の会話をすることはなくなっていた。


 そして五年以上経ってようやく、レナードたち三人は気付いた。
 リアムが選んだ道にはもう、自分たちの姿は必要ないのかもしれない、ということに。

 そのどうしようもない悲しみを、リアムを剣の道に引き入れた護衛のジョスランに向けた。
 気を紛らわすように魔術具の開発に没頭するようになり、リアムとの溝はさらに深まっていく。


 そして、あの事件が起きた。

 レナード・ドルフ・フェンリーが三人共同で開発した魔術具が盗まれ、それを使ってリアムが命を狙われたのだ。


 リアムは助かったが、リアムを庇ったジョスランが命を落とした。
 けれどそのときレナードは、ジョスランに感謝することもなく、リアムに心配の言葉を掛けることもなく、また希望を抱いてしまっていた。

 リアムが、今度こそ剣を捨て、自分たちと同じ道を目指してくれるのではないかと。


 けれど、そんなはずはなかった。
 リアムは両親に騎士になると告げ、推薦枠で入団を叶え、あっという間に邸宅を出て行ってしまったのだ。



***


 警報音が鳴り響く開発局の廊下を駆けながら、レナードは斜め後ろのリアムに視線を向けた。


 可愛かったあどけない笑顔の代わりに、どこか冷めた表情をするようになってしまった、一番下の弟。
 違う道を歩んでいても、それがどんなに悲しくても、レナードにとってリアムは大切な弟であることに変わりはなかった。

 大切だからこそ、リアムが拒絶するなら、遠くから見守ろうと決めていた。
 だから今、こうして共に行動していることは全くの予想外であった。


「……できることなら、お前にはここに来てもらいたくなかった」


 この騒音の中でも、レナードの言葉はリアムに届いたようだった。綺麗に整った顔が歪む。


「まだ言うの?仕事だししょうがないでしょ」

「それは、闘技場での事件が絡んでいるな?」


 リアムが分かりやすく目を見開いた。その素直な反応に、レナードは昔を思い出す。


「……どうして…、」

「今ここで詳しくは話せないが…あの日はドルフが闘技場にいた。そこで起きたことは知っている」


 ドルフが観客として武術大会に行ったのは、戦闘用の魔術具のアイデアを得るためだ。それと同時に、リアムがもしかしたら剣術の部に出場するのではないか、とも思っていた。
 実際はリアムの出場はなく、代わりにドルフは女騎士に心を奪われてしまったのだが。

 そして起きた、剣術の部では禁止されていたはずの魔術による暴動。まるで操られているようだったという、不可解な情報。

 その後の、騎士団長自らの魔術具開発局への訪問―――…。


「俺たちの関与が、疑われているんだろう」

「……っ!」

「安心しろ。別にお前が俺たちを売ったとは思っていない。…それに、実際にあるんだ。人を操る魔術具は」


 リアムは言葉を失っている。恐らく極秘の任務なのだろう。
 レナードも、この事件の裏にある真実を暴くことは、危険なことであると思っている。

 だからこそ、リアムにはここへ来て欲しくなかった。
 知りたくもない真実を知るかもしれない。これ以上傷ついて欲しくなかったのだ。



 制御室へ辿り着き、レナードは躊躇いもせず扉を開けた。


「……な、どうなってんだ!?」


 後ろから入ってきたドルフが、状況を見て声を上げる。制御室で警備にあたっていたはずの人間が、全員倒れていた。

 そのうちの一人を、素早く抱き起こしたのはアイラだった。


「……息はあります。眠らされているのでしょうか」

「何のために?この警報のためか?」


 フェンリーが制御盤の前に移動し、警報を止めるスイッチを押す。途端に、耳障りだった警報が止まった。


「フェンリー兄さん、何の警報が鳴っていたか分かる?」

「……三つある警報の全部が点灯してた。おそらく、ここで意図的に鳴らされたんだと思う」


 リアムの問いにフェンリーが答えると、ドルフが「はあ?何のために?」と声を荒げた。
 アイラは何かを考え込んでいる顔をしたまま、静かに口を開く。


「……レナードさま。この魔術具開発局では、どこでも魔術や魔術具の使用はできますか?」

「局員は、決められた場所以外での使用は禁止されている。……が、魔術で結界が張られているわけでもないから、使おうと思えばどこでも使える」

「では、ここの方たちは魔術か魔術具で眠らされた可能性が高いのですね」


 ちら、と瑠璃色の瞳がレナードたち三人を見た。


「皆さま、魔術の使用は得意ですか?」

「……それどういう意味?俺たちを疑ってるの?」


 アイラの言葉に、フェンリーが食って掛かった。レナードは、そのうち自分たちが闘技場の件で疑われるかもしれないと伝えていたので、フェンリーがそう思うのも無理はない。
 しかし、アイラは慌てたように首を振った。


「ち、違います!気付けのように、眠っている方を起こす魔術を使える方はいるかなと…」

「……そんな魔術があるのですか、アイラさん?物知りですねぇ!」

「知っているだけで、私は使えないのですけれど…」


 ドルフが顔を明るくしてアイラを見ている。
 自分の弟が女性にうつつを抜かす姿は、いつ見ても複雑な気分になるな、とレナードは思った。
 特にドルフは外見で惚れやすく、惚れた相手は知識や教養のない、少し残念な女性ばかりだった。

 けれど見る限り、少なくともアイラには知識や教養がありそうだ。
 凛とした雰囲気を纏っており、所作が洗練されているように美しい。まるで、貴族の令嬢のような―――…。


 そこまで考えて、レナードはハッとする。


「待て。アイラ…、アイラ・タルコット?」


 レナードは突如思い出した。
 確か一度、家族の食事の時間に、父親からアイラの話題が出たことを。
 そしてリアムには伝えていないが、アイラが魔術師の道へ進むなら、リアムの婚約者にと考えていた、と父親が零していたことも。

 そのあとも度々、社交界で噂になっていた、タルコット男爵家の騎士となった令嬢。
 まさかその令嬢が、目の前にいるアイラだとは、レナードは今の今まで結びつかなかった。


 タルコットの名を聞き、ドルフとフェンリーも気付いたようだった。
 注目を浴びたアイラは、困ったように微笑む。


「はい、そうです。名乗るのが遅れて申し訳ありません」

「アイラ、謝る必要なんてないよ。君がどこの誰でも、何も関係ない」


 リアムはそう言ってアイラを庇うと、睨むような視線をレナードたちに向けた。


「兄さんたちにも、関係ないでしょ?もし何か酷いことを言うつもりなら、許さないけど」

「……ひ、酷いことって何だよ!アイラさんは俺の天使だぞ!」

「ドルフはしゃべるなよ、うるさいだけだから。……俺も別に、自分で茨の道を突き進んで凄いなって思うくらいだな」


 ドルフとフェンリーが口々にそう言い、アイラはホッとしたような表情を浮かべた。
 心許ない言葉を投げつけられてきたのだろうと、レナードはすぐに察する。

 そしてそれは、リアムにも言えることだった。弟が局員たちの間で、なんと噂されているかは知っている。……だからこそ。


「……リアムのそばにいてくれて、感謝する」


 自然に零れ落ちたレナードの言葉に、その場にいた誰もが驚いていた。
 言葉だけではなく、その慈愛に満ちた微笑みにも驚いていたのだが、レナードは自分がそんな表情を浮かべているとは気付いていない。

 アイラは開いた口が塞がらない様子のリアムをちらりと見てから、優しく笑った。


「はい。でも感謝するのは私の方ですよ。リアムは、大切な友達ですから」

「~~~もう、一体何の時間!?」


 途端に顔を真っ赤にしたリアムが、声を荒げる。


「そんなことより、この状況でしょ!一体誰が、何のために警報を鳴らして混乱させるわけ!?」


 リアムの問い掛けに答えるように、どこからか爆発音が聞こえ、地響きが起きた。
 足元がぐらつき倒れそうになるアイラを、リアムが支える。


「あ…りがとう、リアム。それより一体…」

「僕に確実に言えるのは、やはり君がいるところに一波乱あるっていうことと…」


 リアムの瞳が、レナードに向けられた。


「……この騒ぎの元に、闘技場の事件の黒幕がいるってことだね」


 その言葉に、レナードは静かに頷き返した。
 必ず捕まえてみせると、心に闘志を燃やしながら。

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