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19.盗賊

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「―――後ろだ!!」


 デレクの声に、アイラとギルバルトはすぐさま反応した。


 飛び出して来た男たちの剣を、近くで狙われたアイラとデレクがそれぞれ受け止める。
 その背後から遅れて斬り掛かってきた男の足元を、ギルバルトが素早く的確に薙いだ。


「ぐっ…!」


 足を斬られた男が地面に倒れ込む。そのうめき声に相手が気を取られた隙に、アイラとデレクは剣を弾き距離を取った。


「……私たちの任務の対象かしら?」

「だろうな。……盗賊だ」


 デレクの目がすうっと細められる。
 過去の話を聞いたばかりなせいか、アイラも目の前の盗賊を睨むように見た。そして、すぐに距離を詰める。


「!」


 補助魔術の効果で、盗賊の目にはアイラの姿は消えたかのように映っただろう。
 低い位置から盗賊の剣を払い、素早く背中に回り込んでその巨体を押し倒した。暴れ出す前に、両腕を拘束する。


 デレクの方もあっという間に盗賊の動きを封じていた。この程度の相手には、デレクとギルバルトに補助魔術はいらないだろうと思っていたが、その通りだったようだ。


「うーん、おかしいね」


 ギルバルトが盗賊を縛り上げながら言った。周囲に視線を走らせている。


「情報だと約八人のグループだったはずだけど。……お仲間はどこかな?」

「へっ、誰が教えるかいてててててッ!」


 唾を吐いた盗賊の血が滲む足を、ギルバルトが笑顔で踏みつけている。
 何も知らない女性が見たら、うっとりしてしまいそうな良い笑顔だ。


「この辺りには気配はしませんよね」

「仲間割れかー、別の場所に待機しているかー、あるいは…」

「……村だ」


 ギルバルトの言葉を、デレクが受け継いで答えた。
 捕らえた盗賊の口の端が持ち上がり、弾かれたようにデレクが村に向かって駆け出す。


「デレク!」

「アイラちゃん、行って!オレはこいつらをまとめて完全に動けないようにしてから追い掛ける!」

「……はい!」


 アイラはデレクを追った。すぐに村に入ると、悲鳴が聞こえる。
 デレクがそこへ向かおうとするのを、アイラが止めた。


「デレクはまず、家族のところへ!」

「……っ、でも」

「いいから!安全を確認したら、来てくれる?」


 アイラが背中にそっと手を添えると、デレクは真剣な顔で頷いた。


「悪い!すぐ向かう!」


 デレクと分かれ、アイラは悲鳴が聞こえた方へ駆ける。家が密集している場所だ。
 そこには、地面に座り込む人や、身を寄せ合って震える人々がいた。小さな子どもは泣いている。


 何かが倒れる音や、食器が割れるような音が響いた。村で一番大きな家に盗賊が入ったようだ。
 入口の辺りに二人、見張りが武器を持って立っている。


 ―――森で捕らえたのが三人。あと最低でも五人いるはず。この家に全員いてくれればいいけれど…。


 デレクのことが頭に浮かび、アイラは首を振る。まずは目の前の敵に集中しなくては、と。



 見張りの盗賊はニヤニヤと笑みを浮かべながら、周囲の村人が怖がっている様子を眺めていた。
 家の中では、仲間が金目の物を漁っている。

 その盗賊は、アイラたち見回りの騎士に気付いていたが、手練れの仲間三人が奇襲をしかけているので、時間は稼げるはずだと油断している。

 だから、急に目の前にアイラが現れたとき、盗賊は全く動けなかった。


 まず、アイラは盗賊が持っていた棍棒のようなものを蹴り飛ばした。力の抜けた腕から武器が飛んでいく様子を、盗賊がポカンと見ている。


「……な…、」

「おい、何やってんだ!」


 もう一人の盗賊が、慌てたようにアイラに飛びかかってきた。
 ひらりと身を躱すと、首筋を剣の柄で殴りつける。盗賊はうめき声を上げ、地面にうずくまった。

 武器を失った盗賊が、我に返ったようだ。「このやろう!」と声を荒げ、太い腕を振り上げる。
 けれど、その拳がアイラを捉えることは無かった。


 素早く懐に潜り込んだアイラは、肘で盗賊のみぞおちを狙う。見事な一撃を食らい、盗賊はその場に倒れた。
 補助魔術を使っているので、相当重い一撃が入ったはずだ。

 流れるような戦いを見ていた村人は、感嘆の声を上げている。子どもは泣き止み、顔を輝かせてアイラを見ていた。


 そのとき、殺気を感じたアイラは咄嗟に跳躍した。
 アイラが立っていた場所に、弓矢が刺さる。
 顔を上げると、家の二階の窓からこちらを狙う盗賊がいた。外の異変に気付いたようだ。

 家の中から、バタバタと別の盗賊が飛び出してくる。その顔は怒りで歪んでいた。


「俺たちの邪魔をしてるのはお前か!?」


 そう言うが否や、口髭を蓄えた男が剣を振り回しながらアイラに向かってきた。避けると同時に剣を振るおうとしたが、矢が飛んできて思うように動けない。
 剣と弓、同時に一人で相手をするには厄介だ。


 ―――この家にいる盗賊は、確認できる段階で四人。あと一人はいるはず―――…。


 剣を振るいながら、アイラは気配を探ろうとした。すると、松明を持った男が一人、玄関から現れる。

 口元にニヤリと笑みを浮かべた男は、その松明を足元に投げ捨てた。途端に炎が家を包んでいく。


「―――…、」


 アイラの目に、勢いを増す炎が映る。
 炎に焼かれた記憶を思い出し、体の動きが止まった。


 ―――いや。待って、やめて…っ!


 そんなアイラに、目の前の盗賊が襲いかかる。
 なんとか震える手を動かしたが、刃を受け止めきれずに頬に鋭い痛みが走った。


 ―――動いて、動け、私の体…!!


 炎に包まれ始めた家から、アイラを目掛けて弓矢が放たれた。視界の端でそれを捉えるが、足が地面に縫い付けられたように動けない。
 目の前で剣を振り上げる盗賊の後ろから、松明を投げた男も剣を抜いて向かってくるのが見える。


 こんな時にアイラが思い出すのは、団長であるエルヴィスの顔だった。



「―――アイラ!!」

「―――アイラちゃん!!」


 アイラの目の前の盗賊を斬り伏せたのは、デレクだった。次いで、その後ろから迫っていた相手に向かう。

 弓矢を斬り落としたギルバルトは、どこからか取り出した短剣を投げ、弓を構えていた盗賊の肩に命中させた。
 盗賊はそのまま後ろに倒れ、炎に包まれて見えなくなる。


「アイラちゃん!無事!?」


 焦ったようにギルバルトが駆け付けた。アイラの頬の傷を見てから、血の気の失った顔へ視線が移る。
 カタカタと小刻みに震えるアイラを見て、北の森で拒否反応を示したときと同じようだ、とギルバルトは思った。


 アイラは「大丈夫です」と言いたかったが、なかなか口から声が出て来ない。
 勢いを増して燃え盛る炎が、心まで飲み込んでこようとしている気がした。


「ギルバルト先輩!盗賊は倒しました!早く拘束してここから離れないとっ…」


 剣を鞘に収め、デレクが燃えている家を横目に叫んだ。そして、震えているアイラに気付く。


「……アイラ」

「……………っ」

「しっかりしろ、アイラ!」


 アイラの両肩を掴み、デレクが顔を覗き込んだ。


「今、村人を守れるのは誰だ?俺たちしかいないだろ!?お前の力が必要なんだ、アイラ!」


 真剣な黄緑色の瞳に映る、情けない自分の顔を見つけたアイラは、静かに息を飲んだ。
 両肩に乗るデレクの手を掴むと、自身の頬に当てる。


「へっ!?」


 アイラの頬を両手で包み込むような形に誘導されたデレクは、目を丸くした。すると。

 パシン!と乾いた音が響く。
 デレクの手のひらを使い、アイラは自分の頬を叩いたのだった。


「~ちょっ、何してんだアイラ!?」

「……うん。もう大丈夫」

 
 強く叩きすぎてしまい、頬の傷がピリッと痛んだ。けれど、そのおかげで頭が冴える。


「ありがとう、デレク」


 そう言って笑ったアイラを見て、デレクも困ったように笑い返した。
 いつの間にか、地面に倒れた盗賊を縛り上げていたギルバルトが口を開く。


「いいねぇ~、同期の友情って。さ、村人には離れてもらってるから、こいつら連れて俺たちも離れよう」

「すみませんでした、ギルバルト先輩。私…」

「反省はあとでね。ここに来るまでに、団長と副団長に報せを送ったから、そのうち増援が来ると思うけど…」


 ずるずると盗賊を引きずりながら、ギルバルトはちらりと燃える家を見た。
 このまま燃え広がれば、村がなくなってしまう可能性もある。デレクも盗賊を抱えながら、悲しそうに顔を歪ませた。


「……兄ちゃん!」

「デレク!」


 その時、遠くからデレクの家族が駆け寄ってくるのが見えた。


「なっ!?隠れてろって言ったのに…!」

「燃えてるのが見えたら、心配になるに決まってるでしょう!」


 デレクの母親がそう言いながら、その腕に抱えられて気を失っている盗賊を見た。そして、デレクと同じ色の瞳が炎に向けられる。


「……また、盗賊のせいで…、今度は住む場所を失うのね…」

「……母ちゃん」

「……それより、貴方が無事で良かったわ、デレク」


 アイラは、悲しそうに笑うデレクの母親を見て、不安げに身を寄せ合う子どもたちに視線を移した。
 そして深呼吸を一つしてから、振り返って燃え広がっていく炎を見据える。


「……ギルバルト先輩、デレク」

「ん?」

「こちら、よろしくお願いします」

「んん?」


 アイラは、抱えていた盗賊を二人に押し付けるように渡すと、炎に向かって歩き出した。
 その腕をギルバルトが慌てて掴む。


「ちょっ、アイラちゃん!?なにするつもり!?」

「そうだぞアイラ!あの炎じゃ俺たちには消せない!大量の水を出せる魔術とかじゃな…い、と……」


 デレクの声が、だんだんと小さくなる。その顔は一つの可能性に思い当たったようで、まさか、という目でアイラを見ていた。
 それは隣のギルバルトも同じだったようだ。


「………アイラちゃん。まず確認させて。君は、補助魔術の使い手だよね?」

「はい。得意なのは補助魔術です」

「補助魔術は、あくまで身体強化とかの補助であって、火を出したり水を出したりするわけじゃないよね?」

「はい。……それでも、多少の扱いは経験しています」


 ギルバルトの口が、開いては閉じ、開いては閉じを繰り返している。葛藤が見て取れるが、アイラの腕を掴んでいる力は緩まない。

 アイラが言った言葉に、嘘はなかった。
 子供の頃は父に教わったことがあるし、実際に魔術学校に通った二年の間にも、実技の授業は受けていたからだ。
 ただ、アイラの繊細な魔力のコントロール技術は、攻撃用の魔術ではなく、補助魔術向きだった。


「……おねえちゃん、わたしたちのむらを、まもってくれるの?」


 可愛らしく響いた声は、デレクの一番下の双子の妹のものだった。ギルバルトの手が緩み、アイラは双子の近くまで歩くと、しゃがんで目線を合わせる。


「……どこまでできるか分からないけれど、応援してくれる?」


 にこりと微笑んだアイラに、双子は嬉しそうに頷いた。


「うん!する!」

「おねえちゃん、がんばって!」


 こうなれば、ギルバルトはもうアイラを止めるすべを持たないようだった。
 ため息を吐き出し、「……あとで怒られるなあ」と肩を竦めて笑う。


「……アイラ…」


 心配そうに見つめてくるデレクに、アイラは精一杯の笑顔を向けた。


「デレクの故郷……私にも、守らせて?」





 ゆっくりと炎に近付きながら、アイラは頭の中で有効な魔術を考えていた。


 ―――やっぱり水がいいわよね。でも……この炎を消すのは私には無理だわ。なら、これ以上被害が広がらないようにするしか…。


 轟々と燃え盛る炎は、アイラの記憶を揺さぶる。
 あの日、倒れた本棚の下敷きになっていなければ、意識が朦朧としていなければ、魔術を使って助かることは出来たのだろうか。

 そこまで考えて、今更どうしようもない問いだなとアイラは思った。


 やり直せたから、アイラは騎士として生きる道を選べた。
 そしてやり直せたから、こうしてデレクの故郷を救うために、目の前の炎と向き合うことが出来たのだ。


「……やるのよ、アイラ」


 小さく呟くと、アイラは右手を真っ直ぐに炎へ向けた。
 父に教わったこと、授業で習ったことを思い出し、魔術を唱える。補助魔術でも大事なことだが、常にイメージすることを忘れない。

 小さな水の粒がアイラの手から飛んでいく。徐々に魔力を大きくすると、水の粒も大きくなっていく。


「―――っ」


 これでは何の意味もない、とアイラは唇を噛む。
 アイラは方法を変え、両手で大きな水の塊を創り出した。それを燃えて崩れてきている家の上まで移動させる。

 もっと、もっと。一点に集中しながら、どんどんと魔力を込めていく。


 ―――あ…。


 アイラは意識が飛びそうになるのが分かった。魔力の使いすぎだ。
 ここで倒れるわけにはいかないと、力を込めようとするが、ふらりと体が傾いていく。

 すると、背後から誰かに優しく抱きとめられた。
 アイラの伸ばしていた手の甲に、別の手が添えられ、指が絡む。


「―――よく、頑張った」


 凛と響く声と共に、魔力がふわりと溶け合う感覚が体を巡った。


 そして次の瞬間。
 何倍にも膨れ上がった水の塊が炎ごと家を包み、一気に弾けた。

 炎は跡形もなく消え去り、暗闇の静けさが戻る。そのあとすぐに、歓声がワッと上がった。


 良かった。アイラはそう思うのと同時に、背中の温もりに安心して意識を手放した。

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