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五章 テクサイス帝国番外編 3.5 魔族領一人旅

756 襲い来るビッグマウス・シャーク

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 一号船から少し離れた所に居る二号船には、ビッグマウス・シャークは近寄って来ないが時間の問題だと、二号船の村人は強張った表情をしていた。
 ノットが同じ一号船に乗る村人達に、小声で何かを話していた。
 それを終えると二号船を見て、何かを伝えようと手信号を送って来た。
 カズには分からないが、二号船に乗っていた村人には意味が通じていた。
 意味は、合図したら陸に向かって全力で漕げ、だと。

 一号船の周囲をグルグルと泳いでいたビッグマウス・シャークが一斉に方向を変える。
 ノットは二号船に合図を送り、二艘の船は陸に向かって全力で漕ぐ。 
 一号船は船尾を前にしているが、船首と船尾はほぼ同じ形、流線形をしているので、移動の障害にはならない。

 方向を変えたビッグマウス・シャークは、海上に飛び上がり一号船に襲い掛かる。
 ノットは漁具の鉤棒ギャフを手に取り振り回し、三体のビッグマウス・シャークを海に叩き落とす。
 この攻防で使い込まれた鉤棒ギャフは折れてしまう。
 村人は全力でオールを漕ぎ、その場から急いで離れる。

 飛び上がって来た残り三体の内二体のビッグマウス・シャークは回避したが、一体のビッグマウス・シャークが船首を噛み付き穴を開けた。
 船がひっくり返る事はなかったが、船首に穴が空いて海水が船内に。
 ノットは船首に空いた穴を服を脱いで塞ぎ、海水を急いで掻き出す。
 沈没はしなさそうだが、船首が少し沈んでしまった事で速度がくなる。 
 このままでは追って来るビッグマウス・シャークから逃げるのは到底無理。
 二号船はその事に気付かず、距離はどんどんと離れる。

「おれ達を守るために来てんだろ! 何とかしてくれ!」

 忠告も聞かずにビッグマウス・シャークを引き上げ、危険を引き寄せたのはノット自身なのに、それを反省する素振りも見せないどころか、カズに苛立ちつつ大声で助けを要求する。
 アマ村長との約束なので、カズは村人達を守る必要があり、ノットに対して腹は立つが助けに動く。
 始めはビッグマウス・シャークの二体でも倒せば、他は逃げるか警戒して暫くは村の船に近付かないと考えていたが、ノットの好戦的な行動で、臨機応変に対応しなければならなくなった。
 二号船の村人達はノットの大声で状況を把握し、一号船の村人達を助けようと声を上げる。

「この船に何人移せば、一号船は陸地までもつ?」

 急なカズの質問に、二号船の村人達は一瞬黙ってしまうも、一人が現状から判断してそれに答える。

「三人こちらに移せば、漕ぎ手四人だけになって軽くなる。ただそれだと浸水した海水を外に出す役目がいなくなるから、移すのは二人だ。こちらが八人になって重くなるが、交代で漕げば陸まで持つはずだ」

 その意見に他の村人達は危険を承知で同意し、二号船の速度を落として一号船が近付くのを待つ。
 逃げ切る為の算段をノットに伝え、速度を合わせて一号船の右舷に二号船を着け、二人が一号船から二号船に乗り込む。
 そこへ二体のビッグマウス・シャークが、後方になっている穴の開いた一号船の船首に噛み付こうとする。
 ノットが二号船の鉤棒ギャフを手に取り、応戦しようと構える寸前、一号船の左舷から一体のビッグマウス・シャークが海中から飛び出て、ノットに喰らいつこうとする。
 
 ビッグマウス・シャークの大きな口を目前に、死を覚悟したノットは鉤棒ギャフを持った手から力が抜ける。
 ノットの上半身はビッグマウス・シャークの口内に、もう半分入っている。
 二秒もない内に口を閉じれば食い千切られて、下半身だけを船に残るだろう。
 周囲全ての動きがゆっくり見えているノットは、村で待つ女房アマの顔が浮かび、目頭からじわりと涙が出てくる。
 ここまでだと目を閉じてその時を待つ…………不思議と痛みがない。
 もう死んだのか?
 それともまだ?
 今閉じた目を開けたら、ビッグマウス・シャークの胃にでも?
 ノットは様々な考えが頭を過ぎる。

 覚悟を決めてノットが目を開けると、目前まで迫っていたビッグマウス・シャークは、くの字に曲がり数十メートル先の海水に落下して動かない。
 後方の船首に噛み付こうと、海中から飛び出して来たビッグマウス・シャークの二体は、大口を開けたまま氷漬けになっていたのを蹴られて砕け散る。

「ケガはないか?」

 呆然としていたノットは、すぐ横から聞こえた声の主を見る。
 するとそこには、二号船に乗っている筈のカズの姿があった。
 目の前で起きた出来事を、カズがやったと受け入れられない。
 氷漬けになったビッグマウス・シャークが砕かれところを目の当たりにしたのに。

「あ……なん…」

「ノットさんは二号船に移って、陸地に戻るんだ。急がないと次が来るぞ!」

 カズに言われるままノットと村人二人が二号船に移ると、四人の村人がオールを漕ぎ、陸に向けて全力で移動する。
 カズは一号船の漕ぎ手四人に、二号船の後を追う様に指示する。
 ノットは目を閉じていたが、一号船に乗っていた村人は、三体のビッグマウス・シャークをカズが倒したのを目の当たりにしていた事で、カズの指示を聞き入れた。
 ノットの服で船首に空いた穴を塞いでいたが、少しずつ海水が入り込んで来ているので、掻き出さなくては沈没する。
 そこで船首に空いた穴を〈フリーズ〉で凍らせて海水の侵入を防ぐ。

 一号船の人数が少なくなったとはいえ、傷付いた船体では先に陸に向った二号船に追い付けない。
 しかも後方から五体のビッグマウス・シャークモンスター反応が接近して来ている。
 海上に背ビレが現れると、慌てた一号船の村人達は漕ぎが乱れ船の速度が落ちる。
 カズは村人達を落ち着かせるが、その間にビッグマウス・シャークは一号船の後方数メートルの所まで接近して来ていた。

「オールを上げて、振り落とされないよう船にしっかり捕まって」

 このまま戦うと一号船が転覆する可能性があり、漕いで逃げ切るのは無理だと判断したカズは、後方に向けて風属性魔法〈エアーバースト〉を放つ。
 一号船は海上を滑るように高速で移動し、二号船を追い抜く。
 一号船の村人達は、船体に全力でしがみつき、なんとか振り落とされないようにしていた。
 二号船に乗っていた村人達は、凄い勢いで追い抜いて行く一号船を見て、呆気に取られていた。
 たがそれも一瞬、後方から迫るビッグマウス・シャークから全力で逃げる。

 なんとか追い付かれる前に、出発した陸に到着した。
 急いで船を陸に引き上げ、海から距離を取る。
 なんとも執念深いビッグマウス・シャークは、ずっと追って来て陸から十数メートルの所を泳ぎ回って村人達の様子を伺っている。

「これはダメだ」

「ビッグマウスを何とかしないと、二度と漁はできないぞ」

「大物狙いで、沖まで出たのが間違いだったんだ!」

 村人達は口々に後悔の言葉を口にし、ノットはあれから黙ったままで、一言を言葉を発しない。
 漁に出た村人達を一人も欠かす事なく戻って来る事は出来たが、漁として釣果が少なく失敗。
 それだけではなく軽率な行動で村人達を危険に晒し、ビッグマウス・シャークを沖合から、陸近くの浅瀬まで引き寄せてしまった。
 そして疎ましく思っていたカズに、護衛として来たのなら何とかしろと、身勝手な事を言っておきながら、命を助けられるという恥ずべき失態。
 漁に出る前以上に危険な状況になってしまい、このまま村に戻ると女房である村長のアマから説教されるのは確実。
 なんとか吉報を持ち帰りたいと、ノットは考えを巡らせていた。
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