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五章 テクサイス帝国編 3 帝都テクサイス

646 種族を超えた恋物語 第四部フェアリー編 四節

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 【種族を超えた恋物語 第四部フェアリー編 種族を捨てた果てに 四節 戻れない決断】


 フェアリーが一緒になりたいと告白した日から二ヶ月が過ぎた。
 この間青年は一度も山を訪れてない。
 小さな町に戻る際に怪我をして来れなくなったのか?
 働いている商店が盗賊にでも襲われてしまったのか?
 それとも病気にでもなって動けないのか? 
 考えを巡らせると、悪いことしか浮かばない。
 あと一ヶ月もすれば、風は強まり雪が降り出す季節になる。
 そうすると会える日も、時間も減ってしまう。

 そして更に半月が経ち、気温が下がり風が強くなりだす季節が近付いたある日、青年が約三ヶ月振りに山へとやって来た。
 何時もの様に挨拶をするが、気のせいか元気がないように思えた。
 冷えた体を温めるために、焚き火をして近くに枯れ葉を厚く盛り、持参した敷物を被せてその上に座る。
 これで地面から伝わる冷たさを、多少は防ぐことができる。

 久し振りだというのに、その表情は挨拶してから変わらず、何処となく暗く見えた。
 フェアリーが三ヶ月近くも来てくれなかった事について尋ねる。
 青年は働いている支店を任されるようになり、忙しくて会いに来れなくなったと話す。
 決して嘘は言ってないのだが、やはり青年の表情は変わらない。
 嫌われたんじゃないと、フェアリーは理由を聞いて安心した。

 フェアリーはこの会えなかった期間、どんな気持ちでいたかを青年に話す。
 何かあったのではと悪い方へと考え、心配で胸が苦しくなっていた事を。
 そして一緒になる為に、自身が生まれ育った村に伝わる秘宝を無断で持ち出して来た、と。
 それを聞いた青年の表情は険しくなり、終始穏やかだった態度が豹変する。
 人とフェアリーでは種族が違い一緒にはなれない、もう二度と山に来る事も会う事もないと一方的に言い、持参した敷物も持たずに立ち去って行ってしまう。

 急な青年の態度に動揺するフェアリーは、実物を見せて話せば信じてもらえると、隠してあった秘宝を手に青年の後を急いで追い掛ける。
 この秘宝を使えば人族になれると、追い掛けながら大声で説明する。
 話は聞こえている筈なのに、青年は振り返る事なく走って山を下りて行ってしまう。

 地面から飛び出す木の根に足を引っ掛けてつまずき、湿った土で滑り転んでもすぐに起き上がる。
 決して振り返ろうとはせず、追って来るフェアリーを振り切ろうとする。
 接触した枝や草で皮膚を切り、血が出ようと止まらない。
 フェアリーからは見えないが、青年は苦悶の表情をしていた。
 それは怪我をした痛みなのか、一方的に別れを告げた事でなのかは言うまでもない。
 山の木々が途切れて草原となる堺までフェアリーは追い掛けたが、結局青年は一度も振り返る事なく去って行ってしまう。
 フェアリーは草原手前で止まり、秘宝を強く握り締めたまま涙を流し、見えなくなるまで青年の背中に視線を向けていた。

 山と草原の堺に何時までも居ては、他の人族に見付かってしまう。
 青年と過ごした小川近くの樹洞じゅどうに戻り、フェアリーは夜遅くまで泣き続け、そのまま疲れ果て寝てしまう。
 翌朝フェアリーは狙われる危険を承知で山奥から出て、青年の住む小さな町に行く事を決意した。
 今のままではなく、秘宝を使いフェアリーから人族になって会いに行こうと。
 そうすれば本当だったと分かってもらえて、きっと思い直してもらえると考えた。
 どちらにしても秘宝を無断で持ち出した自分は、もう村に戻る事は出来ない。
 親族は居らず一人で暮らしていたフェアリーは、もとより村に戻るつもりはなかった。

 このまま秘宝を使っては、裸で人族の町に行く事になる。
 フェアリーは秘宝を使用する前に、人族の女性物の服を調達する事にした。
 干してある服を盗んでは、青年に会う前に町を守る衛兵に捕まってしまう。
 そうでなくても、見付かったら青年に迷惑が掛かってしまうと、フェアリーは冷静に考えた。
 そしてある場所で、女性物の服を手に入れる当てを思い出した。
 以前偶然見付けた盗賊の隠れ家で、何処かの豪商か貴族から奪った物の中に、女性物の服があったのを思い出し取りに行く。
 どうせ盗んできた物なら、持って行っても問題ないだろう考え。

 山を二つ越えて盗賊が隠れ家にしている洞窟に入る。
 運良く見張りの盗賊が一人居るだけで、しかも酒を煽り寝てしまっていた。
 フェアリーは奪った財宝置き場に行き、女性物の服を見付けて、その中から人族の女性がよく着ている型の服を選んだ。
 飛ぶのにふらふらとするも何とか持ち出して、元の山に一日掛けて戻った。
 すぐにでも青年が住む小さな町に向かいたいが、持ち出した秘宝を使うには、多くの魔力を使う必要がある。
 消費した魔力を回復させるために、一日樹洞じゅどうの中で休む。

 翌日の疲れは少し残っていたが、秘宝を使うには問題ないと考えた。
 口伝えだけで一族に伝えられてきた秘宝のを持ち、魔力を注ぎながら願い発動させる。
 秘宝のリングはフェアリーから魔力をどんどん奪っていく。
 今まで経験した事のない勢いで魔力が減り、気持ちが悪くなり目眩めまいがしてふらつく。
 秘宝のリングを手放せば魔力を持っていかれる事はなくなり、少し休めば気分は良くなるかも知れないが、それでは効果が無効になってしまうので意味がない。
 考えてる間も魔力はどんどん減っていき、魔力の急激な減少でフェアリーの意識は遠くなる。

 意識を失ってから時間にして十分程度だろう。
 目が覚め気が付くと、地面に横たわっていた。
 立ち上がろうと体を動かすが、魔力が減少したせいか、感覚も鈍り思うように動かない。
 何とか四つん這いのまま移動して、小川の流れが緩かな水面に自分の姿を映す。
 見た目は然程変わってないが、着ていた服が無くなり裸になっていた。
 それに背中にあったフェアリー特有の、半透明の羽も無くなっていた。
 周囲を見渡し、何時も座っていた川縁かわべりの石が、とても小さくなっているのに気付き、小川も軽く飛び越せる幅になっている事に驚く。
 気付くと両手で持っていた秘宝のリングが、左手の薬指第四指に収まっていた。

 ふらつく足で立ち上がり、盗賊の隠れ住む洞窟から持って来た女性物の服を手に取る。
 一枚で上下が揃う、服とスカートが一緒なっているワンピースを選んで持って来ていた。
 着てみると少し大きいが、そんな事は大して問題ではない。
 フェアリーだった頃を考えれば、人族の服を着れてる時点で、遥かに大きくなっている。
 これで会えると急ぎフェアリーだった存在は、慣れない体を動かして山を一歩一歩下りて行く。

 山から小さな町まで村は建物はなく、人とすれ違うのも数人だけ。
 裸足で薄汚れた格好をしているフェアリーだった存在に、すれ違う人々は視線を向けるが、それは貧しい哀れな女性だという目。
 慣れない体に疲れた表情を見せるも、日暮れ頃には小さな町が見える所まで来た。
 青年から聞いていた話で、検問を通らず小さな町に入る方法を知っていた。
 小さな町を囲む木製の壁の一部に、大人一人がやっと通れるくらいの穴が空いている所がある。
 岩と草木で死角になっているために、そのまま修理されていなければ、そこから出入りできる。
 幸い聞いていた場所の壁にまだ穴があり、フェアリーだった存在は、その秘密の抜け穴から小さな町へと入った。
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