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五章 テクサイス帝国編 3 帝都テクサイス

492 ハンディキャップ

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 レオラが守護騎士三人を下がらせ、グラトニィ・ターマイト・ポーンに近付き観察する。

「通常のターマイトの数倍はあると聞いていたが、実際に見ると、もうこれは別物だな。全部でどれくらいだった?」

「報告は受けてないんですか?」

「レオラ様が聞いているんだ。答えろ、軟…カズ」

 カズの返答が気に食わず、ガザニアが即座に注意した。
 レオラ主人と同僚の守護騎士の居る手前、カズをと軽蔑した呼び方をする事はしなかった。

「群を成して来たので大雑把ですが、ポーンだけで二百体くらいはいました。あ、出したままだと腐敗が進むので、もうしまいます」

「なッ……」

「二百……」

 二百体のグラトニィ・ターマイト・ポーンが、雪崩をうって向かって来るのを想像したアスターとグラジオラスの二人は、絶句して息を呑んだ。

「何を引いている。このポーン程度なら、お前達三人でも討伐は出来たろう」

「どのような特徴があるか、不明なモンスターを二百体は……」

「長剣を使うグラジオラスはガザニアとアスター二人より間合いが広いんだ。弱気になってどうする」

「も、申し訳ございません」

「討伐したカズ本人から見てどうだ。この三人で討伐は可能か?」

 グラトニィ・ターマイト・ポーンを【アイテムボックス】へと片付けたカズに、レオラは言い辛い質問を投げ掛ける。
 カズはアスターとグラジオラスの二人が、ガザニアと同程度の実力と考えて答えた。

「反応からして、そちらのお二人はモンスターと戦った事が少ない、もしくは無いかと。それを踏まえて言わせてもらいますと、現状で五十体程が限度かと思われます」

「なんだと? レオラ様の守護騎士であるワタシ達が、あんなただ大きいだけのシロアリに遅れを取ると言うのか!」

 カズの言葉を聞き、ガザニアは感情を剥き出しにして反論する。

「落ち着けガザニア。ポーンはそこまで強いのか? 三人なら可能だとアタシは感じたが」

「実力としては可能だと思います。ただ、モンスターとの戦闘経験がないと考えますと……」

「確かにそれは否めない。アスターとグラジオラスは、修練と模擬戦のみで実戦の経験はほぼ無い。モンスターとなると尚更か」

 レオラは名前を上げた二人の方を見る。

「その通りです」

「自分もです」

「……よし、中庭の行く。三十分で終わるようにする。ばあは人数分の飲み物と、受け菓子を用意しておいてくれ」

「畏まりました」

 レオラの急な決定で、カーディナリスを除く全員が、中庭を見渡せる一階の部屋に移動した。
 また無茶なことを言い出すのではと、カズとアレナリアは考えていた。
 そしてそれは予想通り的中する。

「では模擬戦をする。アスターとグラジオラス対カズだ」

「……ん?」

「……え?」

「……は?」

 レオラを除く全員が唖然とし、特に名前を呼ばれた三人は思わずレオラに顔を向けた。
 発言者のレオラ本人は、早々に準備しろと言わんばかりに、白い歯を見せてにこりと笑う。

「レオラ様、急に模擬戦などと」

「一度戦ってみた方が、カズの実力がわかるだろ。訓練を受けた騎士と、実戦で身に付けた冒険者の戦い方の違いを知れて、二人には良い経験になる」

「しかしカズ殿も急なことで」

「構わないだろ。どうだカズ」

「え、あ、はい(皇女の屋敷で皇女が言った事を、ただの冒険者が否定出来るわけないだろ。ましてガザニアがすぐそこに居るのに)」

 状況的に断れず、二人との手合わせを仕方なしにカズは承諾した。

「カズは問題ないそうだ」

「しかし初見の方を相手に、二人がかりではレオラ様の騎士としての立場が」

「相手は皇族でも貴族でもない単なる冒険者だ。気にする必要はない」

 アスターとグラジオラスは互いに顔を見合せて、こちらも仕方がないという表情をする。

「あまりやる気が起きないようだな。であれば、勝った方にはアタシから褒賞をやろう」

 レオラからの褒賞と聞き、ガザニアが目の色を変え、二人の代わりに自分がと名乗り出た。

「却下だ。今回はアスターとグラジオラスの二人に経験を積ませる為の模擬戦だ。モンスターと戦闘経験のあるガザニアは他の者と見学だ」

 レオラからの褒賞が貰える機会が無くなり、しょぼんとするガザニアは、一瞬カズを睨み付けると、一人部屋の隅に移動して中庭を眺めた。
 レオラ自身が審判をすると中庭に向かい、カズとアスターとグラジオラスの三人も、続いて部屋を出て中庭に向かった。
 アスターとグラジオラスが中庭に常備してある剣を手に取る。

「待て、二人は自分の剣を使え。カズはこれだ」

 刃の潰した模擬戦用の剣ではなく、各々が携える真剣を使用するように言い、カズには木剣をレオラが投げ渡した。

「勝敗はどちらかが降参するか、アタシが続行不可と判断したらだ。今回攻撃系のスキルと魔法、それに該当する各自所有するアイテムの使用を禁止とする。建物が壊れては、直すのが面倒だ」

「レオラ様これはあまりにも、カズ殿は装備すらしていません」

「そうです。しかも木剣相手に真剣というのは」

「危険だと感じたらアタシが止めに入る。制限時間は二十分とする。構えろ」

 アスターとグラジオラスの二人と、カズとの距離は約5メートル。
 渋々腰に携える真剣を鞘から抜き、アスターとグラジオラスは正面に構え、カズも同様に木剣を正面に構えたところで、レオラが開始の合図をする。
 
「始めッ!」

 真剣二人に対して、木剣一人という条件での模擬戦に、レオラめいとはいえ二人は躊躇してしまう。

「何をしている! 忘れたのか、さっき見たグラトニィ・ターマイト・ポーンモンスター全てを一人で討伐したのは、目の前にいるカズなんだぞ。カズ相手を凶悪なモンスターだと思って、本気で攻撃しろ(この条件で、二人がどれだけカズを相手に出来るかだ)」

「ちょッ! ただの手合わせじゃ…」

 レオラの言葉で二人は覚悟を決め、アスターが一足飛びでカズに間合いを詰め、先に攻撃を仕掛ける。
 その間にグラジオラスが《筋力強化》のスキルを使い、アスターに続き自身の次の攻撃で終わらせる気でいた。
 カズはアスターの初擊をかわすと、真剣と打ち合えるよう木剣に魔力を纏わせ《武器強化》のスキルを使用した。

「避けた!」

「そりゃ避けますよ(レオラに言われたからって、二人は真剣なんですけど!)」

「アスター!」

 すぐ後ろまで来ていたグラジオラスの声で、アスターが左横へと飛び退き、長剣をカズ目掛けて振り下ろす。
 グラジオラスとアスターがカズを捉えたと確信し、レオラが止めに入って来るだろうと思った。
 しかしアスターの視界の隅に見えるレオラは微動だにせず、思わすアスターはレオラの方を向いてしまった。

「戦いの最中に相手から目を背けるな!」

 レオラの注意を受けると同時に、金属同士が強くぶつかるような音が聞こえ、アスターは即座に視線をカズに戻した。

「何ッ!」

「バカなッ!」

 振り下ろした長剣が単なる木剣に止められたグラジオラスと、それを目撃したアスターは驚きを隠しきれずにいた。
 驚き一瞬動きを止めたグラジオラスだったが、アスターに向けたレオラの声で我に返り、長剣に力を込めてそのまま押しきろうとする。
 その瞬間カズが木剣を引くと力の均衡が崩れ、グラジオラスが前のめりになり隙が生まれる。
 カズはグラジオラスの右横っ腹に左足で蹴り入れて、アスターの方へ吹っ飛ばした。
 グラジオラスはアスターに覆い被さるように倒れ込んだ。
 二人共に軽装鎧を装備しているので、骨が折れるような大きなダメージは負ってはいない。

「いつまでも倒れているつもりだ。すぐに立て」

「レオラ様、審判は公平を期するものでは?」

 守護騎士二人に助言するレオラを見て、部屋の窓から顔を出したアレナリアから突っ込みが入る。

「まあ、あれだ。実力差があるんだ、少しくらい大目に見てくれ。アレナリアもわかってたから止めなかったんだろ」

「それは、まあ……」

 立ち上がった二人の目つきは、模擬戦が始める前とは打って変わる。
 一旦カズ相手から距離を取り、息を合わせて左右から同時に攻撃する。
 いかに真剣と打ち合えるようにした木剣だろうと、金属製の剣二本を受けるのは無理だと二人は考えた。
 騎士として卑怯だと思っていたが、レオラが力量差を考えて組んだ模擬戦、これ以上無様な醜態をさらす訳にはいかないと、アスターとグラジオラスは全力で戦う事を決意した。
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