上 下
432 / 781
五章 テクサイス帝国編 1 大陸最大の国

415 安価なストーブ

しおりを挟む
 岩の間の細い道を抜けると、多くの人が作業する鉱山に出た。
 ふぅ、と一息つくヤトコに声を掛ける人物。

「おい、ヤトコ無事だったか」

「なんとかだ。今回は危なかった。この冒険者カズに助けられて、生きて戻って来れた。ケルにも心配かけたみたいだな。どうだ、これからの火酒屋に行くが、来るか? 詫びに奢るぞ」

「今日は頼まれた鉱石いしを掘らんとならんから、また今度にする」

「そうか。ならワシのつけで飲んでくれや」

「せっかくの好意だ。そうさせてもらおうかのぉ」

 安心した表情をしたケルと分かれ、三人は鉱山を下り、火酒屋へと向かった。
 時刻は昼を過ぎたあたり、どの店も昼食のピークを過ぎたので、それほど混んではいない。
 もちろんそれは火酒屋も同じだった。
 流石に汚れたまま店に入るわけにはと、カズが〈クリーン〉で体と衣服の汚れを取り除いてから店内に入る。

「おや、ヤトコを見つけたのかい」

「ええ」

「迷惑かけた」

「あんたのことだから、どっかに穴ぐらで石も掘って寝泊まりしてたんだろ」

「そんなもんだ。とりあえず飯をくれ。煮込みは大盛りでだ。あとは三人分の酒を」

「あちしは麦シュワね」

「俺もそれで」

「あいよ」

「なんだ酒は苦手か?」

「嫌いではないですが、ほどほどで」

「そうか。まあ、支払いは気にせず好きに飲み食いしてくれ」

「ありがとうございます。けど、それこそほどほどにしときます」

「遠慮深いやつだ」

 注文した料理とお酒を一ヶ月ぶりに噛みしめながらしょくすヤトコに、カズはバイアステッチのパフの所に、いつ頃行けるか、もしくは必要な道具を持って行けるかを訪ねる。

「誰でも使えるハサミや針などの道具はこの街でも売ってはいるが、個々に使う道具ならば、その使い手に合わせて作らねばならん。だから本人に会ってから作る必要がある」

「なるほど(一流が使う道具は高く良い物でも、量産品じゃ駄目ってことか)」

「大事に手入れをして使えば長く持つが、それでも本人にも気付いてない癖がついたりすると、使いにくくなるってもんだ。それを直して使いやすくするのが、作った鍛冶屋だ」

 ヤトコは職人が使う道具の大切さを、酒に伸ばす手を止めて話す。
 カズはありがたく話を聞くが、レラはそんな話に興味はなく、一人もつ煮込みを食べ、追加注文した麦シュワをグビグビと飲む。

「変り者と言われていても鍛冶屋の端くれなんだね。仕事の話になると夢中になって、酒が進まなくなる」

 女将のナプルに言われ、手に持ったままのジョッキに入ってる飲みかけのヤトコは酒を、ぐいっと一気に飲み干す。

鍛冶仕事の話をすれば、鍛冶屋は誰でもそうなる。わかってるだろナプル」

「それはまったくだね」

「ほら空になったぞ。新しいの持ってきてくれ」

「久しぶりの酒だろ。程々にしなよ」

「今日はもう一杯で終わりにする」

「そうしな」

 ナプルがジョッキに、なみなみと注いだ酒を持って来る。

「今日はゆっくり休むんだね」

「言われなくてもそうする。勘定出してくれ」

 ナプルは食事代を伝えると、ヤトコは倍の料金を払った。

「うちはぼったくりしてないよ」

「ケルが来たらそこから払ってくれ…ひっく。誘ったが、今日は急ぎの仕事で断られた。残ったら他の客に何か出し…ひっく」

「そういうことなら貰っとくよ」

 追加した酒を飲みながら、残りの料理をつまみ気持ち良く酔うヤトコと、既に満腹になって椅子の背もたれ身体を預けるレラ。
 なみなみ注がれ追加した酒をヤトコが飲み終えると、カズは寝てしまったレラを抱えて共に火酒屋を出る。
 定期の馬車があれば明日出発すると言い残し、ヤトコは知り合いの鍛冶屋に泊まると行ってしまった。
 ヤトコとは翌日の昼前に、鍛冶屋組合で待ち合わせる約束をしてはある。

 カズは寝てしまったレラを抱えてたまま市場で翌朝の食材を買い、仕事を終えた人達で賑わう通りから外れ宿屋を探して入る。
 寝るには早く、外はまだ日が暮れつつある時間帯。
 レラを一人を宿屋に置いて出掛けるわけにもいかず、お酢を買ったのでマヨネーズ作りに取り掛かり、出来たものを小分けにして【アイテムボックス】にしまい就寝する。
 ベッドで寝れるのは良いが、もう長いこと風呂に入れてなく、流石にそろそろ入りたいと思う、今日この頃だった。


 ◇◆◇◆◇


 あれから一度も起きることなくぐっすりと寝たレラは、朝早くに大きなあくびをして目を覚ます。

「……あれ、あちし夜まで寝ちゃった?」

 ベッドからもぞもぞと動きだし、カズの元に移動するレラ。

「カズ起きて。あちしのど乾いた。ねぇ」

「……ん? 起きたのかレラ」

「うん」

 カズもレラと同様に、大きなあくびをして起き上がる。

「今日は早起きだな」

「早起き? まだ暗いよ」

「もうすぐ夜が明けるだろ。レラは昨日の夕方前からずっと寝てたんだぞ。覚えてないか?」

「ああ~……どうりで頭がぼぉ~っとすると思った。こんなに長く寝たの久しぶりだから」

「のど乾いたんだったな。すぐ飲めるのは水しかないけどいいか?」

「いいよ」

 【アイテムボックス】から水の入った容器と、自分とレラ用のコップを出し水を注ぐ。

「はいよ」

「カズも?」

「俺も」

 二人はゆっくりとコップに入った水を飲み、のどを潤す。
 カズはもう少し寝たいと思っていたが、レラがまったく眠たくなさそうだったので、起きて朝食の支度をすることにした。
 部屋に置かれている鉱石ストーブに、燃料に使う魔力が溜まっている魔力蓄積型人工鉱石バッテリーを入れ、本体のレバーを上げて発熱させる。
 鉱石に蓄積された魔力を使用し、鉱石が熱を発すると、次第に部屋が暖かくなる。
 鉱石ストーブこれも帝国で作られた物で、値段も安く一般家庭に多く普及している魔道具アイテム

「このストーブっての便利だね。うちらも買おうよ。これならあちしでも簡単に使えるから」

「良いかも。考えておこう(これなら馬車の中でも使えそうだし、火事の心配もなさそうだ)」

 全員で相談してから鉱石ストーブを買うか決めることにした。

「んで、今日の朝ごはんは?」

「パン」

「またあ。たまには朝からシチューとか食べたいな」

「俺は米が食いたいよ」

「こめ?」

「あと味噌汁と漬物が……」

「みそじゅる? づけぼけ?」

「わざと言ってるのか?」

「言ってないよ。もうなんでもいいからごはん。お腹空いた」

「はいはい。ではここでちょこっと作業を」

 カズは【アイテムボックス】から、スプーンとボウルとゆで卵と、とろりとした液体が入った小ビンを出した。

「今から作るの? 時間が掛かるなら、黒パンとスープだけでいいよ。もうッ」

「コーンスープはもうないぞ。クラフトに来るまでの馬車で、レラががぶ飲みして無くなっただろ」

「ええぇ、じゃあ黒パンだけなのッ!」

 バイアステッチを出発してから、朝食は歯応えのある黒パンか、柔らかいがレラの好みではない塩パンのどちらか。
 レラはずっと黒パンをコーンスープで柔らかくして食べていたが、流石に十日も食べていれば飽きもしていた。
 クラフトに着いてからは、パスタなどを食べていたため、また黒パンだと聞かされ嫌になり、機嫌を損ねる。

「黒パンはあきたんだろ。だったら塩パンにしとけ」

「それもいや」

「これを見てもか?」

 カズは取り出したボウルにゆで卵三個を細かくしたのを入れ、そこに小ビンのマヨネーズ液体を入れてかき混ぜる。
 ボウルの中で混ぜられるものを見たレラは、ハッと思い出す。

「それってタマゴサラダ?」

「正解。ゆで卵は売ってた鶏卵だけど、マヨネーズには皆で取りに行ったコロコロ鳥の卵を使ってるぞ」

 足をバタバタさせ、テーブルをバンバンと叩いて早くしろとレラは催促する。
 好みじゃないと言いながら、半分に割った塩パンにたっぷりとタマゴサラダを自分で入れ、がぶりと食いつく。

「ふむうむほむ。ほれひはしふひのは…」

「お決まりだな。喋るなら口の中のを飲み込んでから」

 大量に口に入れ過ぎて、何時もよりも長くモグモグとし、コップに注いだ水に口をつけてゴクリと飲み込む。

「前に食べたのより濃くて美味しい! 塩パンとも合って、これならいつでも食べれる」

「そりゃ良かった。さて、俺も食べるか」
しおりを挟む
感想 19

あなたにおすすめの小説

チート狩り

京谷 榊
ファンタジー
 世界、宇宙そのほとんどが解明されていないこの世の中で。魔術、魔法、特殊能力、人外種族、異世界その全てが詰まった広大な宇宙に、ある信念を持った謎だらけの主人公が仲間を連れて行き着く先とは…。  それは、この宇宙にある全ての謎が解き明かされるアドベンチャー物語。

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

【完結】妖精を十年間放置していた為SSSランクになっていて、何でもあり状態で助かります

すみ 小桜(sumitan)
ファンタジー
 《ファンタジー小説大賞エントリー作品》五歳の時に両親を失い施設に預けられたスラゼは、十五歳の時に王国騎士団の魔導士によって、見えていた妖精の声が聞こえる様になった。  なんと十年間放置していたせいでSSSランクになった名をラスと言う妖精だった!  冒険者になったスラゼは、施設で一緒だった仲間レンカとサツナと共に冒険者協会で借りたミニリアカーを引いて旅立つ。  ラスは、リアカーやスラゼのナイフにも加護を与え、軽くしたりのこぎりとして使えるようにしてくれた。そこでスラゼは、得意なDIYでリアカーの改造、テーブルやイス、入れ物などを作って冒険を快適に変えていく。  そして何故か三人は、可愛いモモンガ風モンスターの加護まで貰うのだった。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

異世界召喚失敗から始まるぶらり旅〜自由気ままにしてたら大変なことになった〜

ei_sainome
ファンタジー
クラスメイト全員が異世界に召喚されてしまった! 謁見の間に通され、王様たちから我が国を救って欲しい云々言われるお約束が…始まらない。 教室内が光ったと思えば、気づけば地下に閉じ込められていて、そこには誰もいなかった。 勝手に召喚されたあげく、誰も事情を知らない。未知の世界で、自分たちの力だけでどうやって生きていけというのか。 元の世界に帰るための方法を探し求めて各地を放浪する旅に出るが、似たように見えて全く異なる生態や人の価値観と文化の差に苦悩する。 力を持っていても順応できるかは話が別だった。 クラスメイトたちにはそれぞれ抱える内面や事情もあり…新たな世界で心身共に表面化していく。 ※ご注意※ 初投稿、試作、マイペース進行となります。 作品名は今後改題する可能性があります。 世界観だけプロットがあり、話の方向性はその場で決まります。 旅に出るまで(序章)がすごく長いです。 他サイトでも同作を投稿しています。 更新頻度は1〜3日程度を目標にしています。

誰も要らないなら僕が貰いますが、よろしいでしょうか?

伊東 丘多
ファンタジー
ジャストキルでしか、手に入らないレアな石を取るために冒険します 小さな少年が、独自の方法でスキルアップをして強くなっていく。 そして、田舎の町から王都へ向かいます 登場人物の名前と色 グラン デディーリエ(義母の名字) 8才 若草色の髪 ブルーグリーンの目 アルフ 実父 アダマス 母 エンジュ ミライト 13才 グランの義理姉 桃色の髪 ブルーの瞳 ユーディア ミライト 17才 グランの義理姉 濃い赤紫の髪 ブルーの瞳 コンティ ミライト 7才 グランの義理の弟 フォンシル コンドーラル ベージュ 11才皇太子 ピーター サイマルト 近衛兵 皇太子付き アダマゼイン 魔王 目が透明 ガーゼル 魔王の側近 女の子 ジャスパー フロー  食堂宿の人 宝石の名前関係をもじってます。 色とかもあわせて。

30代社畜の私が1ヶ月後に異世界転生するらしい。

ひさまま
ファンタジー
 前世で搾取されまくりだった私。  魂の休養のため、地球に転生したが、地球でも今世も搾取されまくりのため魂の消滅の危機らしい。  とある理由から元の世界に戻るように言われ、マジックバックを自称神様から頂いたよ。  これで地球で買ったものを持ち込めるとのこと。やっぱり夢ではないらしい。  取り敢えず、明日は退職届けを出そう。  目指せ、快適異世界生活。  ぽちぽち更新します。  作者、うっかりなのでこれも買わないと!というのがあれば教えて下さい。  脳内の空想を、つらつら書いているのでお目汚しな際はごめんなさい。

処理中です...