128 / 136
明治維新編12 成功の報酬
成功の報酬(4)
しおりを挟む
馨たちはいよいよ出立の日を間近に控え、荷物を送り出そうとしていた。
「イギリスに送る荷物は出来上がったかの」
「武さんやお末のものも大丈夫か」
同行する書生が改めて確認をした。
「大丈夫でございます」
「ところで、最低限の身の回りのものはあるよな」
「皆、持っております。ご心配にはおよびません」
「それでは、送り出すぞ」
こうして、馨の横浜の家はほぼ空になった。
最後の確認を込めて、馨は木戸のもとに行った。
「木戸さん、準備はどうですか」
「聞多、それが、帝の行幸の随行を命じられた」
「それはいつからいつまでですか」
「6月2日から7月20日までだ」
日程を聞いて、馨はあきれ果てていた。これはどうにも木戸を出さないための嫌がらせだと思った。
「それじゃ。いくらなんでも。お断りはできんのですか」
「断ってみたが駄目だった。岩倉公が御上は御心を御痛めになると申されると私にはできん」
博文は本気ではなかったのか、それとも一番名前の出てこなかった岩倉公が了承しなかったのか。馨は多分両方だろうと思った。
どれだけ考えても、一緒に行くことは無理だと言う答えしか浮かばなかった。
頭が真っ白になるというのはこういうことだ。
木戸の立場をもっと真剣に考えるべきだったと思っても、すでに遅い。それでも、なるべく変わらないよう言うべきだと、気を取り直した。
「それじゃぁ、わしら先にアメリカに行って待っとることにする。行幸がお済みになったら出国すりゃええ」
「そうだな」
「準備に関しては、わしらのやったことを文に書いて送ります。ムダもなくてええと思います」
「たしかにそうだ。いい考えだ。それならばフランス語の通訳ができるものも見つけてくれないか。パリで万国博覧会が開かれる。ぜひとも行ってみたいのだ」
「それならば、益田に聞いてみます」
「松に遣欧使節団から帰ってきた頃、今度は二人で行こうと約束したのだ。松が本当に楽しみにしておる」
「なれば、なおさら行きましょう」
「私も努力しよう」
そう約束してその日は別れた。
木戸は東北に帝の行幸の随行員として出発していった。
馨は荷物を送った後も、待てるだけまとうとしていた。
そうなると、出仕していないのに席がある人間として、人の噂に立つようになってしまった。
そんな時杉孫七郎がひょっとやってきた。
「聞多大変だ」
「何が大変なんじゃ」
「三条公や黒田におぬしの洋行を許すべからずと言ってきた輩がおるそうじゃ。この国難の折、大蔵大輔を務め、先日は朝鮮派遣大臣をやった人物が、国を出て遊学など許されるものではない。とな」
「なんじゃそりゃ。それが真ならばグズグズしておったら、計画が全て水の泡となろう。分かったありがとう。なるべく早く出国することにする」
「決まったら必ず連絡をくれ。見送りぐらいさせろ」
「わかった。そこまで粗忽じゃない」
そして、出発の日を6月25日朝と決定した。
その旨と約束した準備の方法などを書いて、行幸中の木戸に送った。木戸も行幸中とはいえ、大久保などと顔を合わすことがあり、洋行について尋ねようとしたが、希望を受け入れる行為をしてくれる人はいなかった。博文にも重ねて木戸の洋行に努力してほしいこと、関係を親しく持って欲しいと文を書いた。
出発の朝、見送りの博文や弥二郎、杉、益田たちと話をした。
「本当に木戸さんのこと頼む。絶対に洋行に送り出してくれ」
「俊輔、おぬしが一番頼りなんじゃから」
「そういえば、益田。渋沢と福地も来ると言っとらんかったか」
「そういえば、見てませんね。そうでした。アメリカにいる妹繁子にお会い頂く機会があれば、元気にやっていると伝えてください」
「あぁ、おぬしの妹は遣欧使節団と一緒に渡った女子留学生だったの。ぜひとも会いたいものだ。お末にも良い刺激になるしの」
「聞多、渋沢と福地には怒っとったと言っておく」
「まぁええ。益田もよろしく伝えておいてくれ」
「それじゃ行くとするかの」
去年ここで言ったのとは違い、気楽な別れの挨拶を告げて、武子と末子の待つ船に乗り込んでいった。
そして三人で甲板に出ると見送りの人が見えなくなるまで手を振った。この船には文部省の留学生として、杉浦重剛や穂積陳重らが監督の正木退蔵と共に10名ほど乗り込んでいた。
渋沢と福地は、馨の見送りに遅れてしまった。
今から行っても間に合わないので、宿泊していた宿で花札博打をやっていたら、たまたま警察がやってきて博打がバレてしまった。福地は瞬間的に逃げ出したが、逃げ遅れた渋沢は警察に連行されてしまった。
警察で身元を明らかにしようと名乗っても、信用されず、持ち物の中でわかるものが出てきてやっと信用されたらしい。地位も名誉もある人がと説教をされてどうにか開放されたという。
この話は、博文から木戸に文で伝えられて、仲間に広まっていった。馨も木戸からの文で知り、詳しいことは博文にという事になっていたのだった。
「イギリスに送る荷物は出来上がったかの」
「武さんやお末のものも大丈夫か」
同行する書生が改めて確認をした。
「大丈夫でございます」
「ところで、最低限の身の回りのものはあるよな」
「皆、持っております。ご心配にはおよびません」
「それでは、送り出すぞ」
こうして、馨の横浜の家はほぼ空になった。
最後の確認を込めて、馨は木戸のもとに行った。
「木戸さん、準備はどうですか」
「聞多、それが、帝の行幸の随行を命じられた」
「それはいつからいつまでですか」
「6月2日から7月20日までだ」
日程を聞いて、馨はあきれ果てていた。これはどうにも木戸を出さないための嫌がらせだと思った。
「それじゃ。いくらなんでも。お断りはできんのですか」
「断ってみたが駄目だった。岩倉公が御上は御心を御痛めになると申されると私にはできん」
博文は本気ではなかったのか、それとも一番名前の出てこなかった岩倉公が了承しなかったのか。馨は多分両方だろうと思った。
どれだけ考えても、一緒に行くことは無理だと言う答えしか浮かばなかった。
頭が真っ白になるというのはこういうことだ。
木戸の立場をもっと真剣に考えるべきだったと思っても、すでに遅い。それでも、なるべく変わらないよう言うべきだと、気を取り直した。
「それじゃぁ、わしら先にアメリカに行って待っとることにする。行幸がお済みになったら出国すりゃええ」
「そうだな」
「準備に関しては、わしらのやったことを文に書いて送ります。ムダもなくてええと思います」
「たしかにそうだ。いい考えだ。それならばフランス語の通訳ができるものも見つけてくれないか。パリで万国博覧会が開かれる。ぜひとも行ってみたいのだ」
「それならば、益田に聞いてみます」
「松に遣欧使節団から帰ってきた頃、今度は二人で行こうと約束したのだ。松が本当に楽しみにしておる」
「なれば、なおさら行きましょう」
「私も努力しよう」
そう約束してその日は別れた。
木戸は東北に帝の行幸の随行員として出発していった。
馨は荷物を送った後も、待てるだけまとうとしていた。
そうなると、出仕していないのに席がある人間として、人の噂に立つようになってしまった。
そんな時杉孫七郎がひょっとやってきた。
「聞多大変だ」
「何が大変なんじゃ」
「三条公や黒田におぬしの洋行を許すべからずと言ってきた輩がおるそうじゃ。この国難の折、大蔵大輔を務め、先日は朝鮮派遣大臣をやった人物が、国を出て遊学など許されるものではない。とな」
「なんじゃそりゃ。それが真ならばグズグズしておったら、計画が全て水の泡となろう。分かったありがとう。なるべく早く出国することにする」
「決まったら必ず連絡をくれ。見送りぐらいさせろ」
「わかった。そこまで粗忽じゃない」
そして、出発の日を6月25日朝と決定した。
その旨と約束した準備の方法などを書いて、行幸中の木戸に送った。木戸も行幸中とはいえ、大久保などと顔を合わすことがあり、洋行について尋ねようとしたが、希望を受け入れる行為をしてくれる人はいなかった。博文にも重ねて木戸の洋行に努力してほしいこと、関係を親しく持って欲しいと文を書いた。
出発の朝、見送りの博文や弥二郎、杉、益田たちと話をした。
「本当に木戸さんのこと頼む。絶対に洋行に送り出してくれ」
「俊輔、おぬしが一番頼りなんじゃから」
「そういえば、益田。渋沢と福地も来ると言っとらんかったか」
「そういえば、見てませんね。そうでした。アメリカにいる妹繁子にお会い頂く機会があれば、元気にやっていると伝えてください」
「あぁ、おぬしの妹は遣欧使節団と一緒に渡った女子留学生だったの。ぜひとも会いたいものだ。お末にも良い刺激になるしの」
「聞多、渋沢と福地には怒っとったと言っておく」
「まぁええ。益田もよろしく伝えておいてくれ」
「それじゃ行くとするかの」
去年ここで言ったのとは違い、気楽な別れの挨拶を告げて、武子と末子の待つ船に乗り込んでいった。
そして三人で甲板に出ると見送りの人が見えなくなるまで手を振った。この船には文部省の留学生として、杉浦重剛や穂積陳重らが監督の正木退蔵と共に10名ほど乗り込んでいた。
渋沢と福地は、馨の見送りに遅れてしまった。
今から行っても間に合わないので、宿泊していた宿で花札博打をやっていたら、たまたま警察がやってきて博打がバレてしまった。福地は瞬間的に逃げ出したが、逃げ遅れた渋沢は警察に連行されてしまった。
警察で身元を明らかにしようと名乗っても、信用されず、持ち物の中でわかるものが出てきてやっと信用されたらしい。地位も名誉もある人がと説教をされてどうにか開放されたという。
この話は、博文から木戸に文で伝えられて、仲間に広まっていった。馨も木戸からの文で知り、詳しいことは博文にという事になっていたのだった。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する
エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】
最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。
戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。
目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。
ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!
彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!!
※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中
大航海時代 日本語版
藤瀬 慶久
歴史・時代
日本にも大航海時代があった―――
関ケ原合戦に勝利した徳川家康は、香木『伽羅』を求めて朱印船と呼ばれる交易船を東南アジア各地に派遣した
それはあたかも、香辛料を求めてアジア航路を開拓したヨーロッパ諸国の後を追うが如くであった
―――鎖国前夜の1631年
坂本龍馬に先駆けること200年以上前
東の果てから世界の海へと漕ぎ出した、角屋七郎兵衛栄吉の人生を描く海洋冒険ロマン
『小説家になろう』で掲載中の拙稿「近江の轍」のサイドストーリーシリーズです
※この小説は『小説家になろう』『カクヨム』『アルファポリス』で掲載します
半妖の陰陽師~鬼哭の声を聞け
斑鳩陽菜
歴史・時代
貴族たちがこの世の春を謳歌する平安時代の王都。
妖の血を半分引く青年陰陽師・安倍晴明は、半妖であることに悩みつつ、陰陽師としての務めに励む。
そんな中、内裏では謎の幽鬼(幽霊)騒動が勃発。
その一方では、人が謎の妖に喰われ骨にされて見つかるという怪異が起きる。そしてその側には、青い彼岸花が。
晴明は解決に乗り出すのだが……。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
富羅鳥城の陰謀
薔薇美
歴史・時代
時は江戸中期。若き富羅鳥藩主が何者かに暗殺され富羅鳥城から盗み出された秘宝『金鳥』『銀鳥』。
『銀鳥』は年寄りの銀煙、そして、対の『金鳥』は若返りの金煙が吹き上がる玉手箱であった。
そう、かの浦島太郎が竜宮城から持ち帰った玉手箱と同じ類いのものである。
誰しもが乞い願う若返りの秘宝『金鳥』を巡る人々の悲喜こもごも。忍びの『金鳥』争奪戦。
『くノ一』サギと忍びの猫にゃん影がお江戸日本橋を飛び廻る!
京の刃
篠崎流
歴史・時代
徳川三代政権頃の日本、天谷京という無名浪人者の放浪旅から始まり遭遇する様々な事件。 昔よくあった、いわゆる一話完結テレビドラマの娯楽チャンバラ時代劇物みたいなものです、単話+長編、全11話
湖水のかなた
優木悠
歴史・時代
6/7完結しました。
新選組を脱走した川井信十郎。傷ついた彼は、心を失った少女おゆいに助けられる。そして始まる彼と彼女の逃避行。
信十郎を追う藤堂平助。襲い来る刺客たち。
ふたりの道ゆきの果てに、安息は訪れるのか。
琵琶湖岸を舞台に繰り広げられる、男と幼女の逃亡劇。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる