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明治維新編12 成功の報酬
成功の報酬(2)
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次の日、馨は千収社に向かい、益田に会いに行った。
「色々すまんな。清算は進んどるか」
「はい、純資産がかなり残りました。井上さんやアーウィンの出資分を返金しても、末端の丁稚まで金を渡せそうです」
「それは良かった」
「で、やってもらいたいことがあるんじゃ」
「いつぞやの話ですか」
「昨日、三野村利左衛門が来た」
「三井の大番頭でしたね」
「海外と貿易をする会社を作りたいそうだ。それで千収会社の益田孝を推薦した。あさっての夜うちに来てほしいんじゃ」
「益田、三井と手を組んでやらんか」
「いいお話とは思いますが、三野村さんとお話してからと、させていただきたい」
「それは当然のことじゃ。あさっては来られるかの」
「なんとか参ります」
「それじゃな」
馨を見送った益田は今の提案を反復していた。
三井で商売をするのか。三井の商売を請け負うのか。
手を組むとはどのようにするのがいいか。
「あっ。そうだ。これだ。これなら行ける」
思わず声が漏れた。アーウィンとの方法を三井とも取ろう。それが駄目ならば個人でできる範囲でやっていくしか無いだろう。
家に帰ると運び出す荷物の仕分けの途中だった。家の中のものは空にし、生活に必要なものはイギリスに送ろうとしていた。武子や末子の衣装も誂えられるものはこちらで用意し、一緒に送るということにしていた。
「お前様、お帰りでしたか。お客様がお待ちです」
「誰じゃ。杉孫七郎様です」
「おぉそうじゃった」
馨はあわてて応接間に向かった。
「すまん、待たせたか」
「それほどではない」
「落ち着かん家ですまんの」
「洋行前の忙しい時だろう気にするな」
「まずは、お願いなのだが、これを預かって欲しいのだが」
馨はそう言って、いくつかの器と巻物が入った箱を差し出した。
「三年留守にすることになっての。家は空にすることにした。いくつかは日本の工芸を見せるのもよかろうと持っていくが、これらはそういうわけにもいかん。おぬしに保管をお願いしたいのじゃ」
「なんだそんなことなら大丈夫じゃ。安心しろ」
「頼もしいの。これは武さんにはおおっぴらにはしとうなくての」
「まぁどこの家も同じようじゃ。ところで」
「杉にもなにか」
「私ではない、木戸さんのことじゃ」
「参議を辞任して、内閣顧問となられたが、その待遇に疑問を持たれたようじゃ」
「その事は文をもらっとる。とりあえず受けるがしばらくしたら京に隠居したいと」
「そのようじゃ」
「一緒に欧州に行くと言っておる身で、言うものはおかしいかもしれんが。木戸さんに隠居されるのも困ると思わんか」
「大久保さんとの力関係じゃな」
「あぁ。俊輔にも考えてもらおうか。近々山口に行くことになっとる。その前に木戸さんには会いに行く。なんとかなる」
「そうしてくれ」
しばらく考えていた馨が思いついたように言った。
「そうじゃ。おぬしの宮内省じゃ。杉もおれば心強かろう」
「たしかに、大久保さんだと何だと心を悩ますことも少なかろうな」
「杉も良いと言っておったとして良いな」
「あぁかまわんよ。それではこれはしっかりお預かりする」
そう言って杉は預かったものを大事に抱えて出ていった。杉との話は気楽でいいと後ろ姿を見送りながら、馨は思った。
杉との話で袋小路に入っていたような、木戸とのことが先が見えるようになってきた気がしていた。そう思うと家を空ける面倒もなんでも無い気がしていた。
「武さん、ちょっとこっち来てくれんか」
大声を出して、武子を呼んだ。
「何事でございます」
「武さんとお末の洋装のことじゃ。横浜にミス・ブラウンというお人がおってな。洋装を見立てたり、仕立てたりしておるそうじゃ。二人で行って指南してもらおうと思っての。そちらの都合の良い時に行ってくれんか」
「はい、わかりました」
「詳しいことは、この案内状があるので、従ってくれ」
「わかりました。私も洋装をするのでございますか」
「当然じゃろ。あちらに住むのじゃ。郷に入っては郷に従えという。詳しくは知らんが、決まり事や揃えるものが色々あるらしい。お末もおるし大丈夫じゃ」
「はいわかりました。このきものとは随分違うものなのでしょうね」
「そうじゃよ。男子のフロックコートなどよりももっと色々あるんじゃ。かなり美しいものじゃよ」
「それは楽しみでございます」
武子は目をキラキラさせていた。馨は面倒でもあるがと付け加えるべきか迷ったが、それも面倒なのでやめた。
翌日の夜、まず三野村がやってきて、共に益田の到着を待っていた。
来客を告げる声がして、益田がようやく入ってきた。
「お待たせしまして、申し訳ございません」
「気にすることはない。さぁ座れ」
馨は益田を席につかせた。
「三野村、今やって来たのが益田孝じゃ」
馨は三野村の方を見てみて、益田を紹介した。
「益田、ここに座っとるんが三井の三野村利左衛門じゃ」
益田の顔を見ながら馨は話を進めていった。
「三野村、大隈からの話説明してくれんか」
「はいわかりました。大隈様からのお話というのは、日本の物資を海外に売る商事会社が、日本にも欲しいということでした。今あるような小さな商いでなく、規模も大きな事ができる、しっかり外貨を稼げる会社が欲しいと。我が三井にはそのような部門はまだ無く。お受けするにも心もとないので、井上様にご相談させていただき、このような場を設けていただきました」
「益田、どう思う」
「確かに、壮大なお話興味はございます。実際井上さんやアーウィンの元、まだそれほどの規模ではありませんでしたが、イギリスやアメリカなどと貿易をしておりました。共に働いた仲間は只今暇となってございます」
「ならば、この三井においてやっていただけると」
「それは、三井が会社を作り、私が雇われ番頭のように仕切れと、申されるのですか」
益田は毅然とした声と態度をもって、鋭く目を光らせて三野村に言った。
「三井が会社を作るのだから、当然のことと考えますが」
三野村は不思議そうに言った。
「私は三井家の形だけの社主を仰ぐことはお断りしたい」
「そうなると三井としては、会社の資本をお出しするわけにはいきませぬな」
「資本はお出しいただかなくとも結構です。ただお作りになるバンクに口座と5万円ほどの借越を認めていただきたい」
「それで、商売ができるというのですか」
「はい。千収会社を引き継いだということ、三井のバンクに口座を持っているということ、これにより信用が得られます。信用こそ得難いもので財産です。私はこれを元に海外とのダイレクト貿易を目指してやっていきます」
馨は益田がこれほどのことを考えているとは思わなかった。自信に満ちた態度といい、この男に賭けてみたくなった。
「三野村、どうじゃ。これくらいのことならば三井には負担になるまい。益田の言う通り事を進めてくれんか」
「某の頭の中には無いことでございまして…」
少しの間考えて三野村が言った。
「わかりました。益田さんのおっしゃるとおりお受けいたします」
「会社名はそうじゃ。『三井物産』でどうじゃ。益田もそれくらいの義理はあろう」
「井上さんのおっしゃるとおりで」
「よし、これで決まりじゃ。乾杯でもするかの」
馨は襖を開けて酒とつまみを持ってくるように言った。
すぐに用意がされると、三人でささやかな酒宴をして、三野村は帰っていった。
「益田。5万円の借越でたりるんか」
「正直なところ足りるかどうかわかりません。しばらくは自分の蓄えをつぎ込むことになるかもしれません。でも古いところに埋め込まれるのもどうかと思いまして」
「そうじゃの。わしもおぬしらのこと、見守ることにするかの」
「ありがとうございます」
「そうと決まれば、祝いの品も考えておる。待っといてくれ」
「わかりました。それでは失礼します」
馨は久々にワクワクしてきた。
若いものには負けないという気持ちでいっぱいになった。
「色々すまんな。清算は進んどるか」
「はい、純資産がかなり残りました。井上さんやアーウィンの出資分を返金しても、末端の丁稚まで金を渡せそうです」
「それは良かった」
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「いつぞやの話ですか」
「昨日、三野村利左衛門が来た」
「三井の大番頭でしたね」
「海外と貿易をする会社を作りたいそうだ。それで千収会社の益田孝を推薦した。あさっての夜うちに来てほしいんじゃ」
「益田、三井と手を組んでやらんか」
「いいお話とは思いますが、三野村さんとお話してからと、させていただきたい」
「それは当然のことじゃ。あさっては来られるかの」
「なんとか参ります」
「それじゃな」
馨を見送った益田は今の提案を反復していた。
三井で商売をするのか。三井の商売を請け負うのか。
手を組むとはどのようにするのがいいか。
「あっ。そうだ。これだ。これなら行ける」
思わず声が漏れた。アーウィンとの方法を三井とも取ろう。それが駄目ならば個人でできる範囲でやっていくしか無いだろう。
家に帰ると運び出す荷物の仕分けの途中だった。家の中のものは空にし、生活に必要なものはイギリスに送ろうとしていた。武子や末子の衣装も誂えられるものはこちらで用意し、一緒に送るということにしていた。
「お前様、お帰りでしたか。お客様がお待ちです」
「誰じゃ。杉孫七郎様です」
「おぉそうじゃった」
馨はあわてて応接間に向かった。
「すまん、待たせたか」
「それほどではない」
「落ち着かん家ですまんの」
「洋行前の忙しい時だろう気にするな」
「まずは、お願いなのだが、これを預かって欲しいのだが」
馨はそう言って、いくつかの器と巻物が入った箱を差し出した。
「三年留守にすることになっての。家は空にすることにした。いくつかは日本の工芸を見せるのもよかろうと持っていくが、これらはそういうわけにもいかん。おぬしに保管をお願いしたいのじゃ」
「なんだそんなことなら大丈夫じゃ。安心しろ」
「頼もしいの。これは武さんにはおおっぴらにはしとうなくての」
「まぁどこの家も同じようじゃ。ところで」
「杉にもなにか」
「私ではない、木戸さんのことじゃ」
「参議を辞任して、内閣顧問となられたが、その待遇に疑問を持たれたようじゃ」
「その事は文をもらっとる。とりあえず受けるがしばらくしたら京に隠居したいと」
「そのようじゃ」
「一緒に欧州に行くと言っておる身で、言うものはおかしいかもしれんが。木戸さんに隠居されるのも困ると思わんか」
「大久保さんとの力関係じゃな」
「あぁ。俊輔にも考えてもらおうか。近々山口に行くことになっとる。その前に木戸さんには会いに行く。なんとかなる」
「そうしてくれ」
しばらく考えていた馨が思いついたように言った。
「そうじゃ。おぬしの宮内省じゃ。杉もおれば心強かろう」
「たしかに、大久保さんだと何だと心を悩ますことも少なかろうな」
「杉も良いと言っておったとして良いな」
「あぁかまわんよ。それではこれはしっかりお預かりする」
そう言って杉は預かったものを大事に抱えて出ていった。杉との話は気楽でいいと後ろ姿を見送りながら、馨は思った。
杉との話で袋小路に入っていたような、木戸とのことが先が見えるようになってきた気がしていた。そう思うと家を空ける面倒もなんでも無い気がしていた。
「武さん、ちょっとこっち来てくれんか」
大声を出して、武子を呼んだ。
「何事でございます」
「武さんとお末の洋装のことじゃ。横浜にミス・ブラウンというお人がおってな。洋装を見立てたり、仕立てたりしておるそうじゃ。二人で行って指南してもらおうと思っての。そちらの都合の良い時に行ってくれんか」
「はい、わかりました」
「詳しいことは、この案内状があるので、従ってくれ」
「わかりました。私も洋装をするのでございますか」
「当然じゃろ。あちらに住むのじゃ。郷に入っては郷に従えという。詳しくは知らんが、決まり事や揃えるものが色々あるらしい。お末もおるし大丈夫じゃ」
「はいわかりました。このきものとは随分違うものなのでしょうね」
「そうじゃよ。男子のフロックコートなどよりももっと色々あるんじゃ。かなり美しいものじゃよ」
「それは楽しみでございます」
武子は目をキラキラさせていた。馨は面倒でもあるがと付け加えるべきか迷ったが、それも面倒なのでやめた。
翌日の夜、まず三野村がやってきて、共に益田の到着を待っていた。
来客を告げる声がして、益田がようやく入ってきた。
「お待たせしまして、申し訳ございません」
「気にすることはない。さぁ座れ」
馨は益田を席につかせた。
「三野村、今やって来たのが益田孝じゃ」
馨は三野村の方を見てみて、益田を紹介した。
「益田、ここに座っとるんが三井の三野村利左衛門じゃ」
益田の顔を見ながら馨は話を進めていった。
「三野村、大隈からの話説明してくれんか」
「はいわかりました。大隈様からのお話というのは、日本の物資を海外に売る商事会社が、日本にも欲しいということでした。今あるような小さな商いでなく、規模も大きな事ができる、しっかり外貨を稼げる会社が欲しいと。我が三井にはそのような部門はまだ無く。お受けするにも心もとないので、井上様にご相談させていただき、このような場を設けていただきました」
「益田、どう思う」
「確かに、壮大なお話興味はございます。実際井上さんやアーウィンの元、まだそれほどの規模ではありませんでしたが、イギリスやアメリカなどと貿易をしておりました。共に働いた仲間は只今暇となってございます」
「ならば、この三井においてやっていただけると」
「それは、三井が会社を作り、私が雇われ番頭のように仕切れと、申されるのですか」
益田は毅然とした声と態度をもって、鋭く目を光らせて三野村に言った。
「三井が会社を作るのだから、当然のことと考えますが」
三野村は不思議そうに言った。
「私は三井家の形だけの社主を仰ぐことはお断りしたい」
「そうなると三井としては、会社の資本をお出しするわけにはいきませぬな」
「資本はお出しいただかなくとも結構です。ただお作りになるバンクに口座と5万円ほどの借越を認めていただきたい」
「それで、商売ができるというのですか」
「はい。千収会社を引き継いだということ、三井のバンクに口座を持っているということ、これにより信用が得られます。信用こそ得難いもので財産です。私はこれを元に海外とのダイレクト貿易を目指してやっていきます」
馨は益田がこれほどのことを考えているとは思わなかった。自信に満ちた態度といい、この男に賭けてみたくなった。
「三野村、どうじゃ。これくらいのことならば三井には負担になるまい。益田の言う通り事を進めてくれんか」
「某の頭の中には無いことでございまして…」
少しの間考えて三野村が言った。
「わかりました。益田さんのおっしゃるとおりお受けいたします」
「会社名はそうじゃ。『三井物産』でどうじゃ。益田もそれくらいの義理はあろう」
「井上さんのおっしゃるとおりで」
「よし、これで決まりじゃ。乾杯でもするかの」
馨は襖を開けて酒とつまみを持ってくるように言った。
すぐに用意がされると、三人でささやかな酒宴をして、三野村は帰っていった。
「益田。5万円の借越でたりるんか」
「正直なところ足りるかどうかわかりません。しばらくは自分の蓄えをつぎ込むことになるかもしれません。でも古いところに埋め込まれるのもどうかと思いまして」
「そうじゃの。わしもおぬしらのこと、見守ることにするかの」
「ありがとうございます」
「そうと決まれば、祝いの品も考えておる。待っといてくれ」
「わかりました。それでは失礼します」
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