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明治維新編5 廃藩置県
廃藩置県(5)
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今度は渋沢が大久保と対立した。
馨が不在の時に、大久保が軍予算について渋沢に注文をつけてきたのだった。渋沢は真っ向から反対し、注文をつけてきた大久保に不信感を持ち、隠すことがなかった。
その渋沢が馨の家に訪問してきたのだった。書斎に通されるなり、渋沢はまくし立てるように言い出した。
「はぁもう、大久保さんのもとでは仕事ができません。無理です」
「なんと、そねーに気短なことでは。じっくり話してみぃ」
「私が気短ですと。井上さんにそうおっしゃられるとは不甲斐ない」
渋沢の言葉に馨は苦笑いを隠せないでいた。渋沢は自分の態度を笑っている馨に違和感を持っていた。もう、感情のまままくし立てていた。
「大久保さんが、陸海軍省の言う通り支出するようおっしゃられたのです。私は、大蔵の立場では支出制限させていただき、歳入を確定できるまで、お控えいただきたいと申しました。すると歳入額が明らかになるまで、陸海軍に経費を支出をしないということか、と申されました。そんなことはないです、陸海軍が必要なのは重々承知の事、ただ歳入を図ることも重要なことなのです。その上で日常業務以外の支出額の確定がございます。それは大蔵卿なればご理解いただけることと申しました。しかし大久保さんはお怒りが止まらず。このような理不尽には」
「そうだったらしいの」
「だいたい井上さんのことも、大久保さんは信用されていないから、谷とか安場とかという大して財務に明るくない人を置いて、牽制しているのではないですか。そんな中で井上さん一人頑張ったところで、なにがおできになりましょう。大蔵省はふらふらして、定まった方針を示すことすら無理だと思います。何しろ量入為出という原則すら、建てられずになっているではないですか。大蔵省が腰が定まらないから、他の省も拡大のため言いたい放題言ってくる。そんな中で私は自分の思うような仕事をできるとは思いません。はっきり申せばもうやっていられないのです」
ここまで一気に言った渋沢は、一息ついて続けて言った。
「はぁ、辞職願を出すしかないです。お聞き届けください」
「まぁ、座ってゆっくりするのじゃな。なんなら飯でも食うか」
馨の落ち着ききった顔を見て、渋沢はつっかえ棒を外されたような気になった。今までの意気込みは少し後退して、椅子に座りゆっくり呼吸をするようになった。
「いえ、結構です」
少し落ち着いた渋沢は、改めて馨に向き直った。
「井上さんのやりようには信頼もし、お支えしたいとは思います。でも自分の望む成果などあらわれることはないでしょう。なればずっと考えていた商業の道を進み、官一辺倒の世の中を変え、国の新しき世を、支えていこうと考えております」
「なるほどな。たしかにおぬしの言い様には一理ある。だが、今商いを興すとして何ができるのじゃ」
馨は努めて冷静に渋沢に自分の考えを伝えようとしていた。まるで、渋沢に言い聞かすことができなければ誰が賛成してくれるのかと、勝負をしているようだった。
「合本によるカンパニーを」
「その意気込みは買おう。されど、バンクもまだなく、ものを運ぶ手段に至っては道すら整っておらん。売り買いする物はどうじゃ。農作物にしても足りておるか。その他の産業はまだまだ形すら成しておらんじゃないか」
「たしかにそうですが」
欲しかった言葉が来て、馨はニヤリと笑っていたが、あくまで心のなかでのことだった。
「わしは大蔵省の省務を通じ法則をたて、国を富ませる手段をこうじていくつもりじゃ。地租を基盤にまずは税制を確立し、物納を金納とする。そして農業を手始めに振興を行い工業も興す。工芸品などは輸出品として有望なものじゃから、生産量を増やす手段を助ける。だいたい物の運搬もできなぁならん。だから道や鉄道の整備を行う。そうして産業が興れば税収の道も拡がり、地租を下げることもできよう。農民にばかり税を負担させるわけにはいかんからの。第一に農業、第二に工業、つまり富国、その後強兵じゃ。こういうことを貫徹させる」
渋沢はなにか言いたげだだったが、馨は続けた。
「それこそが我らのなすべきことではないのか。官にいてこそできることだろう。確かに理解の悪いものから、申されれば腹も立とう。だが、自分事と同じく国のことを思うならば、ここで辞めることなどできぬはずじゃ。おぬしが商業を志すのはわかる。少なくとも2.3年状況を整理して行こうではないか。わしも興味があることじゃ。おぬしが駿府でやっとったことは知っとるし、長崎でわしも製鉄所に関わっておったしの」
馨は持論をゆっくり噛み砕いて、渋沢に説明をした。ここで一息ついた。そして言った。
「もし、どうにもいかんことになったら、二人で辞めるんはどうじゃ」
「…」
馨は表情を緩め、渋沢の目を見て、にこっと笑って言った。
「わしにはおぬしが必要なんじゃ」
「えっ」
渋沢は顔が火照ったのを感じていた。
「まぁええ。頭を冷やす必要もあろう。馬渡も苦労しておるし、暫く大阪にいってくれ。その後はわしにも考えがあるしの」
こうなると渋沢は、わかりましたと言うしか無かった。馨の話を聞いて胸が高鳴った。
しかも翌日、昨夜の長話大変失礼したという馨からの文が、渋沢のもとに届けられていた。
馨が不在の時に、大久保が軍予算について渋沢に注文をつけてきたのだった。渋沢は真っ向から反対し、注文をつけてきた大久保に不信感を持ち、隠すことがなかった。
その渋沢が馨の家に訪問してきたのだった。書斎に通されるなり、渋沢はまくし立てるように言い出した。
「はぁもう、大久保さんのもとでは仕事ができません。無理です」
「なんと、そねーに気短なことでは。じっくり話してみぃ」
「私が気短ですと。井上さんにそうおっしゃられるとは不甲斐ない」
渋沢の言葉に馨は苦笑いを隠せないでいた。渋沢は自分の態度を笑っている馨に違和感を持っていた。もう、感情のまままくし立てていた。
「大久保さんが、陸海軍省の言う通り支出するようおっしゃられたのです。私は、大蔵の立場では支出制限させていただき、歳入を確定できるまで、お控えいただきたいと申しました。すると歳入額が明らかになるまで、陸海軍に経費を支出をしないということか、と申されました。そんなことはないです、陸海軍が必要なのは重々承知の事、ただ歳入を図ることも重要なことなのです。その上で日常業務以外の支出額の確定がございます。それは大蔵卿なればご理解いただけることと申しました。しかし大久保さんはお怒りが止まらず。このような理不尽には」
「そうだったらしいの」
「だいたい井上さんのことも、大久保さんは信用されていないから、谷とか安場とかという大して財務に明るくない人を置いて、牽制しているのではないですか。そんな中で井上さん一人頑張ったところで、なにがおできになりましょう。大蔵省はふらふらして、定まった方針を示すことすら無理だと思います。何しろ量入為出という原則すら、建てられずになっているではないですか。大蔵省が腰が定まらないから、他の省も拡大のため言いたい放題言ってくる。そんな中で私は自分の思うような仕事をできるとは思いません。はっきり申せばもうやっていられないのです」
ここまで一気に言った渋沢は、一息ついて続けて言った。
「はぁ、辞職願を出すしかないです。お聞き届けください」
「まぁ、座ってゆっくりするのじゃな。なんなら飯でも食うか」
馨の落ち着ききった顔を見て、渋沢はつっかえ棒を外されたような気になった。今までの意気込みは少し後退して、椅子に座りゆっくり呼吸をするようになった。
「いえ、結構です」
少し落ち着いた渋沢は、改めて馨に向き直った。
「井上さんのやりようには信頼もし、お支えしたいとは思います。でも自分の望む成果などあらわれることはないでしょう。なればずっと考えていた商業の道を進み、官一辺倒の世の中を変え、国の新しき世を、支えていこうと考えております」
「なるほどな。たしかにおぬしの言い様には一理ある。だが、今商いを興すとして何ができるのじゃ」
馨は努めて冷静に渋沢に自分の考えを伝えようとしていた。まるで、渋沢に言い聞かすことができなければ誰が賛成してくれるのかと、勝負をしているようだった。
「合本によるカンパニーを」
「その意気込みは買おう。されど、バンクもまだなく、ものを運ぶ手段に至っては道すら整っておらん。売り買いする物はどうじゃ。農作物にしても足りておるか。その他の産業はまだまだ形すら成しておらんじゃないか」
「たしかにそうですが」
欲しかった言葉が来て、馨はニヤリと笑っていたが、あくまで心のなかでのことだった。
「わしは大蔵省の省務を通じ法則をたて、国を富ませる手段をこうじていくつもりじゃ。地租を基盤にまずは税制を確立し、物納を金納とする。そして農業を手始めに振興を行い工業も興す。工芸品などは輸出品として有望なものじゃから、生産量を増やす手段を助ける。だいたい物の運搬もできなぁならん。だから道や鉄道の整備を行う。そうして産業が興れば税収の道も拡がり、地租を下げることもできよう。農民にばかり税を負担させるわけにはいかんからの。第一に農業、第二に工業、つまり富国、その後強兵じゃ。こういうことを貫徹させる」
渋沢はなにか言いたげだだったが、馨は続けた。
「それこそが我らのなすべきことではないのか。官にいてこそできることだろう。確かに理解の悪いものから、申されれば腹も立とう。だが、自分事と同じく国のことを思うならば、ここで辞めることなどできぬはずじゃ。おぬしが商業を志すのはわかる。少なくとも2.3年状況を整理して行こうではないか。わしも興味があることじゃ。おぬしが駿府でやっとったことは知っとるし、長崎でわしも製鉄所に関わっておったしの」
馨は持論をゆっくり噛み砕いて、渋沢に説明をした。ここで一息ついた。そして言った。
「もし、どうにもいかんことになったら、二人で辞めるんはどうじゃ」
「…」
馨は表情を緩め、渋沢の目を見て、にこっと笑って言った。
「わしにはおぬしが必要なんじゃ」
「えっ」
渋沢は顔が火照ったのを感じていた。
「まぁええ。頭を冷やす必要もあろう。馬渡も苦労しておるし、暫く大阪にいってくれ。その後はわしにも考えがあるしの」
こうなると渋沢は、わかりましたと言うしか無かった。馨の話を聞いて胸が高鳴った。
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