【完結】奔波の先に~井上聞多と伊藤俊輔~幕末から維新の物語

瑞野明青

文字の大きさ
上 下
72 / 136
明治維新編3 脱隊騒動

脱隊騒動(5)

しおりを挟む
 やっと湯田の井上の屋敷に入ると、母上が待っていた。
「只今戻りました」
「母上、起きていて大丈夫なのですか」
「この家を取り仕切るものがいなくては、と戻ってきたのですから。やるべきことがあるというのはありがたいこと」
「母上がそうおっしゃるのなら、僕は何も申しませぬ。その赤子は」
「光遠の忘れ形見じゃ。勇吉と名付けた」
「兄上のお子ですと。それにしても勇吉とは僕の幼名ではありませぬか。そろそろけじめもつけませぬと」
「そう、この家のこと、いい加減取り決めにゃあいけん」
「たしかにそうじゃ、兄上の後は幾太郎が家督を相続するのが普通だが。母上が病がちゆえ心配なのです」
「私がここで子らの後見をするのは無理があるとな」
「幸い児玉の家から幾太郎を養子に欲しいと申し出を受けております」
「そうか、それを認めるのも仕方がないの」
「厚子が祐三郎を養子にしたいとも申しておる。勝之助は分家しておる、僕の跡取りとしてもよろしいかと。勇吉についても考えねばなりませんな。兄上のこの本家は絶家として、僕がこの家を継ぐのが現実的じゃないかと思うんじゃが」
「そなたがそう申すのなら仕方のないこと。任せます」
「母上には勝之助と勇吉の面倒はお任せせねば。落ち着いたらまた大阪で暮らすことも考えていただきたい」
 聞多はそう言うと、自分の部屋に入っていった。

 しっかりとした藩政府の改革案を作らねば、けじめをつけることができない。そうやって作られた文章には聞多なりの決心も含まれていた。
 兵たちの減員と士族の収入確保のため産業を起こすこと、財政民政の合一、会計事務を整理して歳出入の公表及び藩庁官吏の削減、人民の自由の権を束縛せざること等をしたためた。まだ色々考慮することをがあると説明の文書も作成しようとしていた。

 そんなとき、事態の収束を知った政府から帰任命令が届いた。まず己のやるべきことをやってからだ。そうでないと戻ることはできないと考えていた聞多は、改革案とその解説を作成して木戸に送った。思うことは色々あったが、聞多は大阪に帰った。

 大阪では造幣寮の建設が色々と困難な事態が起きていた。建築中の建物が火災にあった後、再建のための資材も運搬船の沈没にあい、また中断された。香港にちょうどよい資材があることをグラバーから聞き、無事手配が済んでほっとしたということもあった。混乱が続くようであったら、長崎の製鉄所に発注するのも手ではないかと考えていた。
 東京では、大蔵民部省を巡って大隈の処遇を含めて、木戸の周辺で混乱が生じていた。そのような中、鉄道敷設の資金のことや偽札のことで伊藤博文が大阪に来ていた。

「聞多、久しぶりじゃ」
「なんか大きくなったの」
「僕のことはええんじゃ。木戸さんから聞いた。山口のこと済んでよかった」
「済んでよかったか。わしにはそう思えん。たくさんの兵は処罰を受けたが、首謀者と見られる連中は生き延びてどこかに潜んでおる。しかもなかなか捕まえることもできんでおる」
「木戸さんも広沢さんもそのことは気にして、九州の各藩に追捕を命じている。捕まえられるさ」
「そうじゃろうか」
「聞多には話しておかなくていけんことが他にもあるんじゃ」
「俊輔も冴えんの」
「大隈の参議就任もうまく進んどらん。急速な変革や大蔵のやり方に反対する人も多くいて、広沢さんも反対しているとか。その上大蔵省と民部省のあり方に反感が生まれているんだ。一体でやっているから歯止めが効かんと。それで、大蔵省と民部省は分離することになりそうだと、木戸さんから文が来た」
 博文の話を聞いて聞多は怒りを顕にした。
「どうしてそうなる。金がなくては何もできんから知恵を絞っておる。無駄に使うことが無いよう一致して当たるため、財政と民政の合一が必要だというのに。大隈は財政のわかる貴重な人材じゃないか。財務のわからん副島だの大木だのはどうでもええんじゃ。そもそも木戸さんだって、支えることができんとは」
「僕たちの心情をうまく伝えておかなくては後悔しそうだ」
「そうじゃ、俊輔。用事はいつ終わるんか」
「あぁ、明日にでも終わる」
「ならば、明後日にもわしらもともに東京に押しかけるかの」
「わしらって」
「大阪に居る連中じゃ。井上勝や鳥尾小弥太とかじゃ」
「それは面白いかもしれないね」
「どうせあちらも辞表ちらつかせたのじゃろ。こちらも押せるところ押して見るんじゃ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

返歌 ~酒井抱一(さかいほういつ)、その光芒~

四谷軒
歴史・時代
【あらすじ】 江戸後期。姫路藩藩主の叔父、酒井抱一(さかいほういつ)は画に熱中していた。 憧れの尾形光琳(おがたこうりん)の風神雷神図屏風を目指し、それを越える画を描くために。 そこへ訪れた姫路藩重役・河合寸翁(かわいすんおう)は、抱一に、風神雷神図屏風が一橋家にあると告げた。 その屏風は、無感動な一橋家当主、徳川斉礼(とくがわなりのり)により、厄除け、魔除けとしてぞんざいに置かれている――と。 そして寸翁は、ある目論見のために、斉礼を感動させる画を描いて欲しいと抱一に依頼する。 抱一は、名画をぞんざいに扱う無感動な男を、感動させられるのか。 のちに江戸琳派の祖として名をはせる絵師――酒井抱一、その筆が走る! 【表紙画像】 「ぐったりにゃんこのホームページ」様より

織田信長IF… 天下統一再び!!

華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。 この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。 主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。 ※この物語はフィクションです。

腐れ外道の城

詠野ごりら
歴史・時代
戦国時代初期、険しい山脈に囲まれた国。樋野(ひの)でも狭い土地をめぐって争いがはじまっていた。 黒田三郎兵衛は反乱者、井藤十兵衛の鎮圧に向かっていた。

軟弱絵師と堅物同心〜大江戸怪奇譚~

水葉
歴史・時代
 江戸の町外れの長屋に暮らす生真面目すぎる同心・十兵衛はひょんな事に出会った謎の自称天才絵師である青年・与平を住まわせる事になった。そんな与平は人には見えないものが見えるがそれを絵にして売るのを生業にしており、何か秘密を持っているようで……町の人と交流をしながら少し不思議な日常を送る二人。懐かれてしまった不思議な黒猫の黒太郎と共に様々な事件?に向き合っていく  三十路を過ぎた堅物な同心と謎で軟弱な絵師の青年による日常と事件と珍道中 「ほんま相変わらず真面目やなぁ」 「そういう与平、お前は怠けすぎだ」 (やれやれ、また始まったよ……)  また二人と一匹の日常が始まる

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

処理中です...