【完結】奔波の先に~井上聞多と伊藤俊輔~幕末から維新の物語

瑞野明青

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幕末動乱篇7 黒船と砲台

黒船と砲台(5)

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世子定広は、船木で講和の指揮を取ることになった。講和交渉組に杉も合流して下関に入った。

 当日俊輔が白旗を用意して、相手艦船に近づく。交渉の段取りを整えて、旗を振り交渉団を呼び寄せる。そこからが交渉の始まりだった。

 段取り通り俊輔が相手の戦艦に乗り込んだ。アーネスト・サトウが待ち構えていて、「流石に戦には飽きましたか」と声をかけた。

「確かに飽きましたね」と俊輔は答えた。
 甲板に上がって、俊輔合図の旗を振ると、一隻の小舟が動き出した。戦艦に横付けすると、羽織袴姿の聞多が先導し、烏帽子に直垂姿の高杉が続いた。その後に裃姿の杉と渡邊が上がってきた。

 一行は提督に挨拶をした。正使の宍戸刑馬の身分にはイギリス側の交渉団が問題視した。そもそもなぜ国王たる藩主が出てこないのかについては、そこは取り敢えず病と答えた。ただ手続き上書類に不備が多く、話し合いとしては、進展しなかった。ただ48時間の休戦を取り決めただけで終わった。
 砲台の接収も決められたので、聞多は接収を行うべく、そのまま残ることになった。高杉と俊輔は、そのまま船木の宿舎に帰った。そこで世子様を操り開国をそそのかす、イギリスの手先になっている高杉、井上、伊藤の三人を討つべしという話が広まっていることを知った。命の危険を感じた高杉と俊輔は、船木から大休に潜伏した。

 聞多はイギリス軍の砲台接収に立ち会うことになった。いざ出ようとする時に、高杉から身を隠したので、迎えに来いとの文が来た。終わってからでないと無理だ。それまでは待ってもらうしかないなと割り切った。

 聞多のすべきことは、イギリス軍を先導し、諸隊の反対を鎮めて、大砲をイギリス軍にわたす。何かあれば身を挺す事も考えていた。イギリス軍人が傷つく事だけは避けなくてはならない。

 萩本藩の設置した大砲の接収が終わるころ、英国の士官があそこの大砲も接収する必要があると告げた。長府の城山の大砲は長府藩が設置したものだった。

「あれは、私の権限だけでは無理なので、責任者と話をつける。段取りも必要なので、しばらく時間が欲しい」
 聞多は文を書き、長府の家老三吉に大砲の引き渡しに同意するように願い出た。しかし、三吉からは時間の引き伸ばしと心情をわかってくれとの回答しか得られなかった。文だけでなく使いからも状況を説明させたが芳しい回答は得られなかった。
 夕暮れも近づき、英国の士官も待ちきれなくなったのか「残念だが時間切れだ」と聞多に告げ、兵を動かし始めた。慌ててついていくと、城山を上がろうとした時、聞多は長府の兵が待ち構えていることに気がついた。

 これはまずい、一触即発になった時にすぐに動けるようにせんと。

 中程を歩いていたのを、急ぎ足で追い抜くと先導に立った。周りの兵は何事かと驚いていたが、聞多は平然と歩きだしていた。大砲の近くまで来ると、長府側は臨戦態勢になっていた。銃を構える音を聞いた時、聞多の身体はとっさに飛び出していた。

「ここの兵に向けて撃ってはならんぞ。大砲の引き渡しをどうしても拒むなら、わしを撃て」
 出せる限りの大声で叫んでいた。
「これがきっかけで、またエゲレスと戦になれば、先日のことでは済まんぞ。長府が焼かれ、エゲレスに攻め込まれ、長府は無うなってしまうからな。それでもええなら、わしを撃つんじゃ」
 必死の形相と訴えかけは、どうにか家老の三吉にも通じたらしく、大砲の接収に応じた。イギリスの士官も、聞多の命がけの対応に誠意を感じ、丁寧に長府側に対応してくれた。

 どうにか砲台の接収が終わりそうになったとき、ある諸隊の兵が高杉と俊輔の命を狙っているものがいると囁いた。聞多は何も無かったかのように、振る舞いその場を立ち去った。しかし、いら立ちは溜まっていった。

 交渉の2回目は、翌日に迫っていた。

 次の日仕方なく聞多は、毛利登人と講和交渉に出た。まずは、外交文書の体裁を整えた、藩主敬親からの和睦を願う文書を提出した。
 その上で実務者レベルでの妥協点を話し合った。聞多は物資の購入ができる事の保証を伝え、状況によっては上陸できることも認めた。関門海峡の通行の自由を保証すること、海峡の再軍備をしないということも明言した。
 四カ国側からは、賠償金の話も出たが、長州と取り決めをしたいのは停戦・和平に関することだと言ってきた。
 その上で3回目については期限を伸ばしてもらうことにした。ただ、相手は正使の宍戸刑馬すら、今度は病で出席できないという理由に、こちらの真意すら疑いそうに見えた。それでも、3回目の日程を決して、終了した。

 会議の結果を持って、船木に居る世子定広と側近たちとの会議を申し入れた。一通りの報告のあと、聞多が切り出した。

「高杉と伊藤が身を隠したのは、命の危険があるという情報を得たからでございます。この様になにか動くたびに、殺される危険が伴うなら、講和の交渉などできるものでは無いではありませんか。だから引き受けたく無いと言い続けたのです。世子様が守ると仰せになったのに、このざまとは何事でございますか」
 反応を見ながら、苛立ちもくわえて聞多は言い続けた。
「ここに居られる方々に申し上げる、このまま講和の交渉を続けよと申されるのなら、せめて世子様にご出席いただかねば、あちらの疑念を晴らすことは出来ぬと考える。どうなさる」
「世子様をそのような場に、お出しすることはできぬ」
 毛利登人が言った。
「ならば、高杉たちを講和交渉に戻さねばならない。彼らが安全に表に出てくる為には、ここにいるすべての方々に、我らの身を保証して頂きたい。簡単な事じゃ。皆様方にも出席していただく。よろしいですな」
「それは仕方ないが、高杉達に知らせて、出てきてもらわねばならぬ。どうするのか。そなたは知っているのではないか」
 流石に気づかれていたらしい。聞多は正直に言った。
「これから連絡を取ります。2日位で出てくるようにいたします」
 そう言い終わるとそそくさと退出した。

 日が暮れるとこっそり出掛けて、高杉達の隠れ家に行った。
「かたをつけてきた。取り敢えず身の安全は保証された。明日朝から船木の勘定場に一緒に行ってくれ。政庁員総員で最後は臨む事になったんじゃ」
 聞多が笑いながら言った。

 それにしてもと聞多は思った。この藩はいつもこの繰り返しだ。勝手に動いたわけではないのに、はしごを外され、情報は漏れて、反対する過激派に命を狙われる。藩心の一致を見なければ何事も始められぬ。どうしたらいいのか。浮かない顔で考えているらしく、俊輔が心配そうに覗き込んできた。なんでもないと言うと、俊輔も安心したかのように寝転んだ。

 次の朝船木の勘定場に三人揃って出ていった。そこで、聞多は小郡の人心の鎮静のため尽くすように、命令が出ていることを知った。

「すまんのう。わしは小郡の代官でもあった。晋作が引き受けろって申したからの。交渉決着の晴れ姿見れんのは残念じゃ」
「大丈夫じゃ。聞多がしっかりやっといてくれたから。俊輔も居るし。それに政府要人総ざらいを引き連れるなど、なかなかないことだからな。聞多は自分の仕事をしっかりやってこい」
「相わかった」
 聞多は皆と別れて、小郡へ向かった。

 晋作は、これで明日の交渉に出ることが出来ると気合充分だった。
 「皆様方準備はよろしいか。船へ向かいますぞ」

 これまでと同じ様に、軍艦に向かい席につく。今回が違うのは出席者が多いことだ。これだけ出て藩の意見と、講和内容が違うなんて言わせないと、言えるくらい連れてきた。文書も要求通り直した。これが国家間の交渉のやり方だと教わるしかなかった。

 まず藩主の出席については、公儀からは追討の対象となって、朝廷からも朝敵とされており、謹慎中の身なので公式の場には出られないと説明した。
 この件についてはこれ以上の事はできないと断言した。四カ国の代表は納得できていなかったようだが、なんとか押し切った形になった。
 関門海峡の航行については自由である事、物資の補給も手配が可能であること。これは前回からの確認事項だった。砲台を新しく作らない、修理もしないこと。その後賠償金に関しては、考えざるを得なかった。

 晋作がひねり出したのが、勅令に基づいて攘夷を行ったのだから、公儀が支払うべきで長州が支払う理由はない、ということだった。
 四カ国側からもこれは当然のことだと、同意を得ることができた。われわれは外交権を持っているわけではないのだし、国権を持っている組織が、負担するべきなのも行政の考え的に整合性もある。おもしろい論だと報告を受けた聞多は思った。

 これで一通り交渉の議題について結論ができた。アーネスト・サトウとは沢山の事を話をできたのも収穫だった。

 聞多と俊輔と他にも杉たちが、外国応接掛かりのお役目を仰せつかった。聞多は小郡奉行と政務座参与にも任じられることになった。小郡と下関、山口と忙しく動き回ることになった。聞多は小郡から物資を運び、外国艦船に売る。そんな小さいながらも海外貿易を取り仕切っていた。これは事実上の開港となっていた。
 俊輔もイギリスの使節団を接待した後、横浜に返礼に行った。

 その頃政庁内部では、新しい動きが台頭していた。即時攘夷派から保守派が実権を握るようになっていた。
 禁門の変や関門海峡閉鎖によって朝敵になり、公儀から追討を受けることになった責任を、政権を握っていた即時攘夷派に責任を取らせようというのだ。彼ら保守派は公儀に対して、恭順を唱えることを是としていた。
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