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花火
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神社の前の石段に腰を降ろす。
尻の下に、固く、ひんやりとした感触。
見上げると、夜空に次々と花が咲いてゆくところだった。
だが、一つ一つが咲き誇るのはほんの一瞬だ。
すぐに砕け散ってしまう。
でも、光が溶けていった後の闇をまた次の光が切り裂くから、夜空はずっと明るい。
「きれい」
「ああ」
全くもって同感だな。
「ねぇ、」
「ん?」
カリカリシャクシャクと隣でリンゴ飴をかじる奴が俺に尋ねる
「楽しかった?お祭り」
少しばかり眉根を寄せて。
「もちろん。なんだかんだで楽しめた」
「そう。なら良かった」
そいつは笑った。
俺が出目金をあげた時の満面の笑みとは違う、寂しそうな顔で。
なんでそんな風に笑うんだ。
「お前は楽しくなかったのか?」
「ううん、すっごく楽しかった。……一人じゃなかったし」
「そうか」
満面の笑顔。
俺に、こいつを連れて回って良かったと思わせるには充分だ。
空には、まだ色とりどりの光が舞っている。
……来よう、来年も。
だってお祭りは楽しいから。
だって花火が綺麗だから。
俺と連れは、しばらく無言で花火を眺めていた。
「ねぇ、知ってる?」
「知らん」
唐突にそいつが何か言い出した。
「お祭りの夜ってね、ヒト以外のモノもいるんだって」
ぞわり、と背筋がほんのり冷たくなるような気がした。
「ヒト、以外?」
「そう。人間じゃないの。お祭りの夜って楽しいから、誘われて来るんだって」
「そんな事、誰が言ってたんだ?」
「お父さん」
「お前の父さんって、そんな妖怪みたいなのに会ったことあるのかよ」
そいつは事もなげに言い放つ。
「うん。妖怪って言ったって、見た目ではあんまり分からないけど。祭の夕闇の中、ちょっと気をつけて周りを観察してると……ね」
意味ありげな目線で俺を見つめてくる。
怖い話のつもりなのか?
「お前の父さんの作り話だろ」
「違うよ」
何も、そんなに即座にきっぱり否定しなくても。
「私も会ったことあるから。案外近くにいるものだよ」
なんだか、まだ辺りは熱気に満ちているのに急に気温が下がったような気がする。
「お前、人間じゃなかったりする?」
足元から首筋に這い上がる寒気を振り払うように、茶化しておどけて言ってみる。
「うん、って言ったとしたら?」
笑顔で俺を真っ直ぐ見つめるそいつ。
その目を見た瞬間、背骨を氷で満たされたような感覚に陥った。
「ぇ……」
言葉を返せない俺を宥めるようにソイツは言う。
「例えば、だからね?」
同じ笑顔なのに。
一緒に祭りを回ったのに。
それが楽しかったのに。
なんだか、薄気味悪い。
狐のお面を初めて見た時のように。
……ああ、なんだか、眩暈が、する……。
「大丈夫?」
手が、指が、肩に伸ばされる。
それが触れた途端、体がビクリと反射した。
「お前、……ナニ?」
やっと喉から絞り出した声は、自分でも驚くくらい、掠れていて。震えていて。
俺は、コイツが怖いのか。
……そして、ソイツは。
「お兄ちゃんこそ」
ただ、不思議そうに、無邪気そうに、純粋に、言った。
「は……?」
眩暈が激しくなる。
怖い。怖い。コワイ。頭がガンガンして、全身が総毛立つ。
逃げないと。逃げないと。ニゲナイト……。
やみくもに走ってたどり着いたのは、橋の上。確か、神社と駅の間にある橋だ。
欄干にもたれて荒い息を整える。
空を見上げても、闇がただ広がっているだけ。
……花火、終わったのか。
正に文字通り、祭の後の切なさ。倦怠感。喪失感。
すごく、寂しいような気分になる。
楽しい祭だって、必ず終わりがある。 そんなの当たり前だ。
いいじゃないか。また来年来れば。
少し冷静になると、後悔の念が俺を襲ってきた。
……アイツ、置いて来ちまった。
あんなガキに何を怯えてたんだ俺は。
楽しかった。それでいいだろう。
たとえ連れがヒトじゃなくても。
だって祭の夜だから。
自分がアイツをヒトじゃないと決め付けている事に気付き、苦笑する。
例えばって言ってたじゃねぇか。まるで、俺があの話を怖がっているみたいだ。
そうならばアイツの思惑通り。ビビったお兄ちゃんが逃げ出したって事になるのか。
格好悪いな。
石段まで戻ろうか。
いや、もうアイツはいないだろう。
マツリは終わったんだし。
そういえば、結局名前も聞かなかったな。
まあいい。
俺ももう帰るか。
え?
……ドコに?
さっきと同じ。眩暈。悪寒。恐怖。
おい、自分がどこから来たのか忘れたって言うのか。
さっきのショックのせいかよ。
震える体を押し止めて冷静になろうとする。
思い出せ、俺。
俺はどこに帰ればいいんだ。
……ナニをイッテイルンダ。
声が聞こえたような気がした。
後ろを振り返ったが、橋の上は祭から帰る人の流れだけで、俺の背後には誰もいない。
俺は、うっすらとその声の正体に気が付いた。
オマエがイタノハ、クラヤミジャナイカ。
これは、俺の声
俺の脳内から聞こえる声。
耳を塞いでもどうにもならない。
俺はその声に呑まれないように、必死に思考を回転させる。
じゃあまずは名前からだ。
落ち着け落ち着け。俺の名前は何だ。
……ナマエ?
名前って、俺の……?
思考が止まる。回らない。回れない。
だって思い出せないから。
……オマエは、ナンダ?
……俺は、誰だ?
脳内の声と、俺の声が、重なる。
「は、はは……ハハハハハハ……」
もう、脳内の声が嘲り笑っているのか、自分が笑っているのかさえ分からない。
ただ、純粋な恐怖のみに突き動かされる。
水面を見下ろす。
橋の上から見下ろしていたはずなのに、次の瞬間それは目の前にあった。
案外浅い川底だ。
ゴツン、と頭に鈍い衝撃を感じ、意識が遠のく。
「お兄ちゃんこそ」
あの顔が。あの声が。
ふっと蘇って、消えた。
尻の下に、固く、ひんやりとした感触。
見上げると、夜空に次々と花が咲いてゆくところだった。
だが、一つ一つが咲き誇るのはほんの一瞬だ。
すぐに砕け散ってしまう。
でも、光が溶けていった後の闇をまた次の光が切り裂くから、夜空はずっと明るい。
「きれい」
「ああ」
全くもって同感だな。
「ねぇ、」
「ん?」
カリカリシャクシャクと隣でリンゴ飴をかじる奴が俺に尋ねる
「楽しかった?お祭り」
少しばかり眉根を寄せて。
「もちろん。なんだかんだで楽しめた」
「そう。なら良かった」
そいつは笑った。
俺が出目金をあげた時の満面の笑みとは違う、寂しそうな顔で。
なんでそんな風に笑うんだ。
「お前は楽しくなかったのか?」
「ううん、すっごく楽しかった。……一人じゃなかったし」
「そうか」
満面の笑顔。
俺に、こいつを連れて回って良かったと思わせるには充分だ。
空には、まだ色とりどりの光が舞っている。
……来よう、来年も。
だってお祭りは楽しいから。
だって花火が綺麗だから。
俺と連れは、しばらく無言で花火を眺めていた。
「ねぇ、知ってる?」
「知らん」
唐突にそいつが何か言い出した。
「お祭りの夜ってね、ヒト以外のモノもいるんだって」
ぞわり、と背筋がほんのり冷たくなるような気がした。
「ヒト、以外?」
「そう。人間じゃないの。お祭りの夜って楽しいから、誘われて来るんだって」
「そんな事、誰が言ってたんだ?」
「お父さん」
「お前の父さんって、そんな妖怪みたいなのに会ったことあるのかよ」
そいつは事もなげに言い放つ。
「うん。妖怪って言ったって、見た目ではあんまり分からないけど。祭の夕闇の中、ちょっと気をつけて周りを観察してると……ね」
意味ありげな目線で俺を見つめてくる。
怖い話のつもりなのか?
「お前の父さんの作り話だろ」
「違うよ」
何も、そんなに即座にきっぱり否定しなくても。
「私も会ったことあるから。案外近くにいるものだよ」
なんだか、まだ辺りは熱気に満ちているのに急に気温が下がったような気がする。
「お前、人間じゃなかったりする?」
足元から首筋に這い上がる寒気を振り払うように、茶化しておどけて言ってみる。
「うん、って言ったとしたら?」
笑顔で俺を真っ直ぐ見つめるそいつ。
その目を見た瞬間、背骨を氷で満たされたような感覚に陥った。
「ぇ……」
言葉を返せない俺を宥めるようにソイツは言う。
「例えば、だからね?」
同じ笑顔なのに。
一緒に祭りを回ったのに。
それが楽しかったのに。
なんだか、薄気味悪い。
狐のお面を初めて見た時のように。
……ああ、なんだか、眩暈が、する……。
「大丈夫?」
手が、指が、肩に伸ばされる。
それが触れた途端、体がビクリと反射した。
「お前、……ナニ?」
やっと喉から絞り出した声は、自分でも驚くくらい、掠れていて。震えていて。
俺は、コイツが怖いのか。
……そして、ソイツは。
「お兄ちゃんこそ」
ただ、不思議そうに、無邪気そうに、純粋に、言った。
「は……?」
眩暈が激しくなる。
怖い。怖い。コワイ。頭がガンガンして、全身が総毛立つ。
逃げないと。逃げないと。ニゲナイト……。
やみくもに走ってたどり着いたのは、橋の上。確か、神社と駅の間にある橋だ。
欄干にもたれて荒い息を整える。
空を見上げても、闇がただ広がっているだけ。
……花火、終わったのか。
正に文字通り、祭の後の切なさ。倦怠感。喪失感。
すごく、寂しいような気分になる。
楽しい祭だって、必ず終わりがある。 そんなの当たり前だ。
いいじゃないか。また来年来れば。
少し冷静になると、後悔の念が俺を襲ってきた。
……アイツ、置いて来ちまった。
あんなガキに何を怯えてたんだ俺は。
楽しかった。それでいいだろう。
たとえ連れがヒトじゃなくても。
だって祭の夜だから。
自分がアイツをヒトじゃないと決め付けている事に気付き、苦笑する。
例えばって言ってたじゃねぇか。まるで、俺があの話を怖がっているみたいだ。
そうならばアイツの思惑通り。ビビったお兄ちゃんが逃げ出したって事になるのか。
格好悪いな。
石段まで戻ろうか。
いや、もうアイツはいないだろう。
マツリは終わったんだし。
そういえば、結局名前も聞かなかったな。
まあいい。
俺ももう帰るか。
え?
……ドコに?
さっきと同じ。眩暈。悪寒。恐怖。
おい、自分がどこから来たのか忘れたって言うのか。
さっきのショックのせいかよ。
震える体を押し止めて冷静になろうとする。
思い出せ、俺。
俺はどこに帰ればいいんだ。
……ナニをイッテイルンダ。
声が聞こえたような気がした。
後ろを振り返ったが、橋の上は祭から帰る人の流れだけで、俺の背後には誰もいない。
俺は、うっすらとその声の正体に気が付いた。
オマエがイタノハ、クラヤミジャナイカ。
これは、俺の声
俺の脳内から聞こえる声。
耳を塞いでもどうにもならない。
俺はその声に呑まれないように、必死に思考を回転させる。
じゃあまずは名前からだ。
落ち着け落ち着け。俺の名前は何だ。
……ナマエ?
名前って、俺の……?
思考が止まる。回らない。回れない。
だって思い出せないから。
……オマエは、ナンダ?
……俺は、誰だ?
脳内の声と、俺の声が、重なる。
「は、はは……ハハハハハハ……」
もう、脳内の声が嘲り笑っているのか、自分が笑っているのかさえ分からない。
ただ、純粋な恐怖のみに突き動かされる。
水面を見下ろす。
橋の上から見下ろしていたはずなのに、次の瞬間それは目の前にあった。
案外浅い川底だ。
ゴツン、と頭に鈍い衝撃を感じ、意識が遠のく。
「お兄ちゃんこそ」
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ふっと蘇って、消えた。
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