さくらさくら

猫足ルート

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冬休みに入ってすぐのこと。
夕方とは言え冬だから日の入りが早く、薄暗い時間帯。
遥からメールが届いた。
大事な話があるからあの桜並木の所まで来てくれない、と。
自転車に乗った私を見つけると、遥は寒々とした桜並木の一番端から手を振った。 

「何、大事な話って?」
「早瀬先生のこと覚えてる?」

早瀬先生は、私達の高校の先生だった。
担任ではなかったけれど、先生達の中では比較的若く愛嬌があり皆に慕われていた。
また、私と遥と同じこの市に住んでいた。地元トークで盛り上がったこともある。

「覚えてるよ」
唐突な話題で戸惑ったが私は素直に答えた。 

早瀬先生は私達が一年生だった冬、居なくなった。
転勤じゃなくて行方不明。
ついでに言うと生死も不明。
持ち物や身の回りは綺麗に整理されていたらしい。
それ故、警察もあまり捜査を追究しなかったそうだ。
早瀬先生が唐突に居なくなったことを、私含め高校の人々は大分悲しんだ。
同時に、自殺、駆け落ち……、様々な憶測が飛び交ったけれど、一年もたつと流石にそれも下火になっていた。

「私、知ってるんだ」
「何を?」
遥は一体何を話し始めるのだろうか。

「先生が行方不明になった前の日、私、ノートが切れたのに気がついてそこのコンビニに買いにいったの。ついでにお菓子とかも買おうと思って」

遥が指差す方向、ここからそう離れていない場所にコンビニが見えた。

「今よりも、もう少し遅い時間、晩ご飯を食べた後位だったと思う」
私は黙って聞いていた。

「帰る時、早瀬先生に会ったんだ。そこに立ってた」
そこ、と指差すのは私達の真横。咲かない桜の隣の木。

「私が気づいて手を振ったら先生も気がついて、少し立ち話をしてさ。私が家に帰ろうとした時もまだここに残るみたいだったから、誰かと待ち合わせでもしてるのかなと思って聞いたの」
「それで?」
「うん、呼ばれてるの、って嬉しそうに笑ってた」

誰と待ち合わせをしていたか。
それが早瀬先生の行方に繋がるかもしれない。
遥はその人を見たのだろうか。
私は固唾を飲んで次の言葉を待つ。 

「さては彼氏だなと思って、邪魔するのも悪いし私はそのまま帰ったの」
先生が消えたのは、きっとその待ち合わせ相手が関係しているに違いない。

「じゃあ、誰と会ってたのかは見てないの?」
「うん」
「それ、誰かに言った?」
「ううん」
「今からでも、警察に言った方がいいんじゃ……」
「違うの」
「え?」
「先生に会った夜、寝る前にその事をふと思い出してね。とある考えが頭をよぎったの」
「どんな?」

寝る前によぎる考え。
私の場合、その時ほど不確かな思考回路はない。

「先生を呼んだのはこの桜じゃないかって」
「は?」
思わず聞き返してしまう。
「私も初めは有り得ない考えだと思ったし、馬鹿馬鹿しいとも思った」
正直な感想を述べると、わけがわからない。
「でも、今年の春に確信して。信じられないと思うけど、やっぱりそうなんだよ」
いつもと違うような理解し難い思考回路の遥に戸惑いを覚える。

「春に何かあったの?」
「私とここの桜見たの覚えてる?」
「もちろん」
それがどう関係するのだろう。
「この桜の木、すっごく綺麗に咲いてたよね」
先生がいたと言う方向と同じところを指差す遥。
「そうだね」
対照的な様子の隣の木に足を止めたんだっけ。

「咲いてなかったんだよ」
「え?」
「去年の春は、この木も花をつけてなかったの。どう見ても桜の木なのに、二本だけ寂しい感じだったからよく覚えてる」 

何を、言いたいのだろう。

「毎朝この道を通ってるから、香織と見る前に、今年は蕾をつけてるのに気がついた。それを見て、いろいろと、すごく納得しちゃって」
私には納得できないことだらけだ。

「桜は、冬の間に養分を蓄えて春に花を咲かせる準備をするじゃない?」
「うん」
「つまり、そういうこと」
どういうことだ。全くもって分からない。

「何?この桜の木の下には先生の死体が埋まってて、そのおかげで今年は花が咲いたとでも言うわけ?」 

馬鹿にしたような言い方になってしまった。
でも仕方がない。

「うん」
遥は素直に肯定する。
それに少し気持ち悪さを感じた。
「遥、大丈夫?」
「でも、それはとても光栄なことなんだよ?」
遥は私の問いには答えず、楽しそうに言った。
状況が喉に引っかっかってうまく飲み込めない。

「誰でもいいわけじゃない。桜が選ぶんだから」
一番端の桜の木、咲かなかった桜の木の幹に腕を回す。

「香織と桜を見てる時に、この木に私が選ばれたのを感じたの」
桜の木に抱きつき、うっとりと笑みをこぼす遥。

何だろう、この光景。 

誰だろう、この人。

「……わけわかんない。そんなの全部、遥のこじつけ、妄想でしょ?こんな話をするためにわざわざ呼び出したわけ?」
「香織にも分かるようになるよ。」

友人が私の知らない目をしている。
カルト宗教の熱烈な信者、そんな類のものを連想させられた。

「付き合いきれない。帰るね」
違和感と恐怖を振り払うように私は踵を返す。

「春になったら、見てね」
そんな声が後ろから聞こえたが私はただ振り返らずに自転車を漕いだ。



家に帰ってベッドに入って。
寝る前に悶々と考えることなんて、大抵は朝になると馬鹿げているものに変わるものだ。

例えば、

遥は桜に取り憑かれているのかもしれない

とか

「私がお気に入りの木」と言うのは、「遥のことを気に入った桜の木」という意味だったのかもしれない

だとか。

ただ一つはっきりと言えるのは、遥がどこかおかしくなってしまったということだけだ。
いつからだろう。
学校や部活で一緒に過ごしていたのに全く気がつかなかった。
元気そうに見えてどこか病んでいたのだろうか。

そんなことがぐるぐると頭を巡り、その日はなかなか寝付けなかった。
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