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第1章 生きるために食べる

第1話 冷静でいられる訳がない

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「なんだろう、風がすごく気持ちいい」

森の中の大きな切り株に腰を掛けながら、ショウは現実逃避をしていた。

秋津ショウの18年間という人生は至って普通の人生だったといえるだろう。

普通に勉強して、アルバイトに全力を注ぎ、まあまあの進学校に通い、人よりは少し努力して、中の上くらいの大学に合格した。

多分、これからは多少なり大学生活を謳歌し、いつか彼女でも作り、多少は名の知れた企業でサラリーマンにでもなり、人並みの人生を送るのだろうと考えていた。


「そうだ、卒業式の日だ」

ショウは呟く。あの時の記憶が、ゆっくりと甦っていく。

高校の卒業式の日だった。

死んだ父の分まで俺を一人で育ててくれた母親に、年甲斐もなく頭をなでられた。立派になったと泣く母の姿に、恥ずかしいやら誇らしいやらで、俺は必死に照れを隠しながら、小走りに学校へと出かけた。両親に恥じない人生を送ろうと決意した折に、それは起こった。

それはまるでドラマのようだった。

誰かの悲鳴に振り返ると、通学路を暴走するトラックが一台。

すぐに壁際へと身を避ける俺、しかし視線の先には音楽に聞き入り、それに気づかないクラスメートの女の子。

迫るトラックに俺の体は勝手に動いた。思わず前へと駆け出し、彼女を突き飛ばした瞬間・・・

「我ながらベッタベタだな!もうベタ中のベタじゃん!」

しかも恥ずかしいのはあの瞬間、女の子も一緒に轢かれた事だ。あのスピードのトラックだ、間違いなく彼女も…

「えっじゃあ何の意味も無かったって事?犬死に?いや死んでは無いのか?今喋ってるし…んーでもな…」

トラックとの追突事故の後、次に気づいた時には森の中で気を失っていた。

だとしたらここは天国なのだろうか。

多少は森の中を歩いて見たものの、人影はない。というより何もない。

どこまでも森が広がり、樹齢何百年かという木々の間から日の光が差し込んでいる。地面は裸足でも痛みは無いほどフカフカだ。さすがにこの幻想的な世界が地獄という事はないだろう。

「こんな時小説やらマンガなら天使や神様や死んだお婆ちゃんの一人でも出てきてくれそうなものなんだが…」

独り言が森の中に響く。うん。寂しい。あとお腹が減った。

仕方がないから方向を決めて歩く事にした。いずれ死んだお婆ちゃんか、お爺ちゃんか父親か神か仏か天使辺りがやってきてくれるだろう。

切り株から腰を上げ、道なき道を歩き始めた。

辺りはシンとしている。何か不安になってきた。

ガサッ!!


「っっっお婆ちゃんっ!?」

やばいくらいビビってしまった。茂みが軽く揺れただけでビビった。

お婆ちゃんっ!とか言ってしまった。お婆ちゃんだとしたら何で茂みの中にいるんだよ!いたとしたらお婆ちゃん小さすぎるだろ!お婆ちゃんなのかな?いや無いよ!落ち着こうよ俺!

分からないことだらけの世界でショウは明らかにテンパっている。

少し気を落ち着かせ、改めて茂みに目をやる。

ガサッ!!ガサッ!!ガササッ!!

茂みから何か出てきた。それは何というかオレンジ色でゼリー状的な・・・まるでスライムのような・・・

『キシャ?』

スライムだった。

『キシャ―』

「はっ!?いやいや、えっいやいやそのっなんか…」

良くファンタジーな世界へ行く小説とか漫画では、急にスライムと戦闘になることがある。

突然の助っ人美少女、不思議な魔法、その世界ではありえない圧倒的腕力etc...なんだかんだで勝利するのを見たことは多々ある。

だが現実に自分がそれに遭遇すれば、それはもうあれだ。

「うあぁあばばばあぁぁああぁぁぁ!!!」

恐怖しかない。気づいた時には駆け出していた。涙目だった。

だって化け物だもの!!スライムといっても化け物なんだもの!!なんかキシャーって言ってたし。あんなん無理だよ。軽く内臓も見えてたし、なんか匂いもあれだ、獣臭がした。くっさい。うん。もう臭いから生理的に無理。

それに、そうだよ、万に一でも死んだらさあ、教会でセーブしてない分けだし、死んじゃうよ?復活の呪文覚えてないし、死んじゃうよ?いやここが天国なのかもしれないけど、でも死にたくはないし、

一体誰に言い訳をしているのだろうか。

頭の中がパニックになりながら、それでも必死に森を走り続ける。気が動転しているのか体がうまく動かない。何度も転びそうになる。

気づくと森が切り開かれた場所に出る。木が人為的に切られている。

という事は、人がいるかもしれない。

「ずっずいばせん!どなたかいませんか!?」

恥じらう事も無く鳴き声で叫んだ。後ろを振り返るがどうやらスライムは追ってきていないようで、ようやく胸をなでおろす。

すると前の方に人影が見えた。こちらへ近づいてくるのが分かり僕は安堵する。

「助かった…あっあの!ほんと助けてください!なんか気づいたらここにいて、なんていうか気持ち悪くて臭いのが…」


『グルガ?』


はい。ゴブリンでした。緑色でした。俺は…

「うあぁあばばばあぁぁああぁぁぁ!!!!」

来た道を全速力で引き返した。だって無理だよ。打製石器持ってたもん。筋肉質だし、グルガ?とか言ってたし、なんかあれだ。

『人?あぁ主食だよ?』

って目をしてたもん。それにあれだ。獣臭がした。臭い。もう生理的に無理。何ここ地獄?地獄なの?俺そんな悪いことしたの?

パニックになりながら、さっきとは別の方向へ。とにかく力の限り走る。途中何度も転びながら、それでもショウは走り続けた。

疲れて気力も体力も限界に達したころ、また森が開けた。いや目の前は、

「川?海?行き止まりどうする!?隠っ」

僕は倒れこむように水辺の茂みに身を隠す。必死に息を殺し、耳に全神経を集中させる。

時間だけが経過する。どうやらゴブリンは追っては来ていないらしい。

「もう、なんなんだよ~。無理。なにここ。無理。」

文句を言う余裕も出てきた。となると目の前の川が気にかかる。いや流れがないから湖かもしれない。

目の前の水辺に近づき水を掬い取る。すごい透明度だ。

…少しだけ口を付けてみる。

「美味いっ!えっすごい美味い。なにこれっ」

喉が渇いているのもあるかもしれないが、いくらでも飲める。コンビニの水の騒ぎじゃない。円やかで、微かな甘味を感じる。

渇きを癒した所で、ありえない違和感に気が付く。



「手が、小さい?」



水を掬った自分の手を改めて見てみる。元々体が大きいわけではないが、それにしてもこれは小さすぎる。小学生でもおかしくはない・・・・。

俺は恐る恐る水面を覗き込んだ。

そこに映っていたのは、自分の見知った、秋津ショウの姿ではなかった。

「誰なんだよ…これ」

そこに映るのはどう考えても、小学生くらいの少年の姿だった。

「何なんだよ、何が起こってるんだよ!」

俺は思い切り叫ぶ。そしてその瞬間、モヤの先にあるものが視界に入った。

城だ。中世のお城が眼前に広がっている。

「天国でも、地獄でもないのか…」

俺はふらふらと水辺の土手に腰を掛けた。別人の体。見たこともない怪物。目の前に広がる湖と、巨大な中世の城。

「ふぅっ」

俺は…

「なんだろう風がすごく気持ちいい」

考えるのをやめる事にした。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――
名前      :秋津ショウ
年齢      :18→???
所属      :H高校
状態      :混乱
好きな物    :本全般・お笑い
嫌いな物    :スライム・ゴブリン・ブロッコリー
今欲しいもの  :説明
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