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第5章 生きるためにかえす

55話 有限会社と始まりの序曲(前)

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「はい。価格帯は多少上がります。しかしながら、商品も決して傷づけない、大事な物を迅速・安全・どこまでも、それが当社の魅力となっております。ありがとうございます。それではこちらにサインを…」

人生とはあまりにもチョロい。タンゴの万引き事件から早3か月。バイトなんてゴミのような賃金で働いていたのが嘘のようだ。今や私はピース王国一人気の引っ越し業者、黒ハクビシンタンゴ(有)の営業部長だ。社員は4人と少ないが、業績は好調だ。

営業部長カザハヤ・ショウは自身の持つ人脈により貴族を中心とした運送コミュニティを作り上げる。貴族に引っ越しはない。しかし彼らには別荘がある。旅行の度にあれやこれやと荷物を運ぶ。

ショウはそこに目をつけた。

これまではどんな大事な物でも馬車での運送となっていた。何日間も時間をかけて運ぶ上に、大事な大事な持ち物に傷がつく。しかし、タンゴ運送(略称)ではその心配がない。いつでも、どんな量でも、お気に入りの持ち物を旅先へと持ち運べる。

国内ならばタンゴ自慢の走力で馬より早く、国外ならリュウの飛行能力で国境の手続きに手間もとられない。通常ではありえない金額での運送も、一度使うとその差がわかる。

貴族の噂は早い。最早運送にタンゴを使わないのは粋ではないし、高価な物を持っていない証拠になるなどと囁かれるようになった。もちろん。囁いたのはショウ本人である。

あっという間に予約は埋まる。複数の依頼から最も高い依頼を承るという逆営業をする始末であった。

給料は既に200万イエンを超えている。借金の元手を減らしつつの事である。ショウは語る。

「自分にチートが無い?ならば周りのチートを使えばいい。僕にはココがある」

そういってショウは自分の頭をコンコンッと叩く。

そう。彼は調子に乗っていた。圧倒的に調子に乗っていた。



事務兼社内福祉管理・及び労働組合長カザハヤ・ヨーコは常に社内環境を整える敏腕だ。

事務方作業全般をそつなくこなすのは、彼女がかつて一人で食堂をきりもみしていたからに他ならない。

社員の体調管理にも力を入れる。体調の悪化は家庭回復魔法で一瞬で治し、精神疲労も自社生産のオレンジの薬剤一気に回復。後は馬車馬のように働かせる。寝言・泣き言は一切言わせない。

「借金を返すまでは誰にも文句は言わせません。そもそも私に許可なく色々決めた夫が悪い。福祉は全て私が管理しています。つまり、ほぼなし、ですかね♪」

彼女の笑顔にその敏腕さがうかがえる。

労働組合長として会社内の社内留保は許さず、その多くを自身の給料と借金の返済に当てる。

「時々あなたは悪魔だ!とか、週7で働いて夜の営みなんて!とか、なんでワテまで働かなあかんねん!とか言われますが、拳で黙らせます。労働組合長として、不平不満にはきっちり向き合わないといけませんから」

そう言って、彼女は今日も自身の拳に着いた血を洗い流します。その行動に一切の躊躇いなどありません。

しかし、これだけ厳しいお仕事をしていてご家庭の方は大丈夫なのでしょうか。心配はいりません。今日も彼女は定時で帰宅し、深夜遅く帰宅する旦那さんを待ちます。帰ってきたら後は、夫婦の時間。これは基本的に日が昇るまで続くとセキララに語ってくださいました。

「家庭も完璧ではじめて仕事も上手くいくんです。それが私の理想です」

後ろで干からびている旦那さんに回復魔法をかけながら、今日も彼女は笑顔で仕事へ出かけます。借金を返すその日まで。

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