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微睡みの窓辺
しおりを挟む曇天の空の下。
ご主人様はいつものように仕事に行っていた。
僕はヨルが好んで着ている着物の白地に薄い花が描かれたものを羽織って窓辺のソファに座って朝の愛の営みを思い出しながら微睡んでいた。
現実との狭間でまた不思議な夢を見る。
ご主人様の声、僕の身体を撫でる指先、絡められる熱い舌と…。
思い出す絶頂の後の浮遊感…。
ふわふわ、ゆらゆら。
それはまるで柔らかい春の木漏れ日の光の中にいるような感覚だった。
ふと僕が目を開けると燦々と光り輝く中にポツンと小さな黒い塊が見えた。
よく見るとそれは小さな窓で、鉄格子が嵌められており、覗いてみると中には小さな子供がいた。
とても不気味で薄暗い部屋。
ゴツゴツとした岩の壁に鉄の扉が一つ。
床には薄汚れた大きなマットが敷かれていて、その子はそのマットの上で白くて薄いシーツのような布を頭の上から被り、日差しの届かない暗闇の中でぼぅっとどこかを眺めながら膝を抱えて座っている。
こんな所でひとりぼっちで……。
一体どうして?
誰かに捕まっているのかな?
ーー…どうしたの?
鉄格子越しにその子に話しかけてみる。
その子が僕の声にハッとして僕の方を向いたけど、暫く見つめた後に顔をしかめてそっぽを向いてしまった。
あれ……?
僕はその顔を見たことがあるような…?
よく思い出せない…。
僕に気付いてないのかな?
でも確かに呼びかけに反応したように見えたけど……?
ーー聞こえてる?
もう一度、声を掛けてみるとその子は突然怪訝な表情を浮かべて僕から逃げるように壁際に身を縮めた。
ーー…大丈夫?…僕、怖くないよ。
「お前、違う。俺に話しかけるな。」
震える声でその子が僕に言い放つ。
今『俺』って。男の子…、なのかな。
やっぱり聞こえてた。
でも返ってきた言葉は明らかな拒否反応。
何故…?
ーー『違う』って…?あ、もしかして誰かを待ってるの?
少年は僕の言葉を無視して暗闇の一点を見つめ続けている。
暫くすると太陽が傾いて夕陽の赤みを帯びて部屋の端を赤く染め上げた。
すると部屋の影が大きくなり、ムクムクと人型に姿を変えていく。
少年はハッとしてその光景を見ながら膝立ちになる。
暗闇に映える金色の髪。金色の瞳。透き通る白い肌。そしてあの艶めかしい美しい笑顔。
あれは……、ヨル…?
ヨルの姿がはっきりしてくるのと同じように、少年のヨルを見つめる瞳や表情がキラキラと輝き出した。
「…また来てくれた…!嬉しい…!」
少年の頬が赤く染まって、真っ直ぐヨルを見つめる瞳は心なしか潤んでいるようにも見える。
まるで…ヨルに恋をしているような顔…。
ヨルは僕に全く気付いていないみたい。
少年と2人の雰囲気で何となく声がかけられず、僕はただじっと窓の外からその様子を眺めていた。
『…ふふっ。約束したからね。…この前の傷は?大丈夫なの?』
「うん!貴方の治癒魔法のおかげで」
『そう、良かった。』
ヨルがニッコリと微笑む。
「……会いたかった…。ずっと…。」
縋るように少年はヨルを見つめ、ヨルは跪いてる少年の頬に手を添えた。
『俺も……、会いたかった…。』
「ねぇ、前に名前なんてないって言ってたよね?……俺、良いの思いついたんだ!『夜』ってどうかな?『闇の精霊』ってなんだか長くて…。ほら、俺、夜が大好きだし!君の雰囲気と似てる気がして…。…あ、その、…嫌だったら……、また……、考えるし…。名前を付けられるのが嫌だったら……」
少年はヨルにソワソワしながらも一生懸命頑張って言葉を紡いでいく。
『"夜"か…。良いね』
ヨルがふふっと笑うと少年の顔から弾けんばかりの満面の笑みが溢れた。
ヨルが少年の額に優しく唇を寄せる。
少年は目を閉じてそれを受け入れていた。その2人の姿はまるで神に祈りを捧げ、神が祝福を与えているような…とても神聖な儀式のように見えて僕はあまりの美しさに息を呑んだ。
ヨルの唇が離れて2人が再び見つめ合う。
「ヨル様…。俺は…貴方を……」
少年が言い切る前にヨルが少年の唇に人差し指を当ててその先の言葉を制した。
『言ってはならない。』
「……っ、でも……、…っっ!!?」
少年の言葉を遮るようにヨルがその唇を自分の唇で塞いだ。
少年は驚きつつも、耳まで赤く染めながらゆっくりと目を閉じてそれを受け入れた。
『不思議だね…。触れられないはずなのに…ちゃんと感じる…。』
唇を離してヨルが微笑む。
「俺も…俺もヨル様を感じる…。温かくて…とても柔らかくて…。冷たくて…優しい……。ヨル様…、ヨル…っ」
少年が感極まったのかヨルを抱き締めようとすると少年はヨルの身体をするりとすり抜けて前に倒れ込んでしまった。
『……!?…大丈夫…っ!?』
少年は倒れたまま仰向けに体勢を変えて目の上に手を置いた。
「……ごめんなさい…。俺…」
少年の唇が、肩が、手が震えている。
……泣いているの…?
震える少年にヨルが覆い被さるように跨って上に乗った。そして目の上に乗せられた手にそっとキスを落とした。
『泣かないで…。顔を見せて…。』
少年がそっと手を退けるとヨルの肩越しにふと目が合って僕はハッとした。
薄暗くてよく見えなかった顔が僕の覗く小窓からの夕陽に照らされてハッキリとわかる。
思い出した…。この顔、この声、は。
……悠太…っ!!!??
夕陽の色…?いや、違う。
もっと、もっと深い赤。
悠太の髪も、瞳も、燃え盛る炎のように赤い。とても澄んだ深い紅色。
目が合った瞬間、驚きのあまり心臓が一瞬止まったかと思った。
悠太…?悠太、じゃない……?
でも…、凄く似てる。似すぎている。
背筋が凍りついてしまう程に。
髪や、瞳の色以外…、気付かなかったけど声も…。
あれは…、リュカ?
リュカ…と言ってもリュカとも髪や瞳の色が違う。
あれは、……誰?
……でも、悠太そのものの声。
あまりにも似すぎてて…怖くなる。
こんなに似ているのに…、どうして僕はすぐに気付かなかったんだろう?
それより、ヨル…。
ヨルは悠太を、リュカを知っていたの?
やっぱり違う…誰かなの?
彼はまるで僕なんか居なかったみたいにすぐにヨルへと視線を変えて、少年はヨルの身体をすり抜けてまるでもつれるようにヨルと少年の上下の位置が入れ替わる。
「………好き…。」
ヨルの身体に少年がそっとキスを落としていく。
触れられない、はずなのに……。
きっと見える位置に唇を添えてるだけにすぎないはず、……なのに。
『…だめ、……あっ』
ヨルはその優しい愛撫に愛らしい声を微かに漏らしながら表情が歪んでいく。
ヨルは僕に全く気付いていない。
多分、それどころじゃないんだ。
だってあんな顔して…。とろとろに蕩けて快楽に酔いしれるような……。
……そうだ…。あの顔…。あの表情。
僕が快楽に溺れている時の。
それに気付いた瞬間、散々教え込まれた僕の身体の奥がジワリと熱くなる。
ヨル…?その子は誰……?
悠太…?リュカ…?それとも…?
ずっと前から?
いつから2人は知り合っていたの?
これは過去?それともただの夢?
心の中で沢山のモヤモヤを抱えながらも今朝の身体の奥の熱を思い出して僕まで蕩けてしまいそうになる。
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