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◆episode3
~呪いの言葉~
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黄泉平坂を下り切り、柱が立ち並ぶ明るい小ホールに出ると、アオは複数の札が貼られた扉を開いてその向こうにあった鍾乳洞へ迷うことなく足を踏み入れると、鍾乳洞内の岩たちがざわめき出す。
――龍だ。
――龍だ。
――また龍が来た。
静寂を破る侵入者に驚いた様なざわめきにエルが戸惑いの表情を浮かべる。
「前にも思ったんだけど、何なんだ⁈」
「魂を宿した石——意思じゃ。ちとうるさいが危害を加えてくる訳ではないので問題はない」
エルの質問にアオがそう答えるとピリカは「石の精霊さんみたいなもの?」と尋ねる。
「精霊とはちょっと違うが、心は持っておるぞ」とアオはそう言うと、エルやピリカにこの石についての説明を始めた。
――無機物に宿る魂というものは、物質界ではその囁きは非常に小さいので音としては認識できないのであるが、物質界ではない場所なのでその声は思念として聞こえるのだという。
「そういや、あの小龍——ワッカが伝えたい事も音では聞いた訳じゃなかったよな」
「言葉を持たぬとも想いは伝わるのでな――巨人族はそれをテレパシーと呼んでおるようじゃが」
「巨人さん達も言葉じゃない声が聞こえるの?」
驚いた様子のピリカにアオは「同じような周波数を持つ者同士でなら、言葉にせずともなんとなく、そんな気がしたといった感じで使っている者はおるようじゃな」と答えた。
「へぇ…そうなんだ」
そんな話をしながら先に進んでいる間にも岩たちのざわめきは続く。
――小さきもの
――大きなもの
――まぜこぜ
――火
――水
――まぜこぜ
――天
――地
――まぜこぜ
――日
――月
――まぜこぜ
「何の事だ?」
ざわめきの言葉の意味が解らずエルが訊ねるが、その返事は返って来ない。
「気に留めるような事でもなかろう――では壁を抜けるぞ」
アオはエルとピリカにそう告げると、鍾乳洞の最深部にあった傷ひとつ無い壁に向かって踏み出した。
壁の中は濃密なねっとりとしたもので満たされており、どこか懐かしく安心感を覚える空間であった。その命の源である母なる海の様な空間を進んで抜けた後、闇の中で輝く星々で満たされた洞窟を通り抜け、一行は地の磐戸がある大空間へ辿りついた。
「あれ? 何かやってる…」
前回訪れた時は大空間には何も無く誰もいなかったのだが、地の磐戸の前には大きな火櫓が組まれ、それを多くの人影が取り囲み、踊っているのかゆっくりと揺らめいている。
「すごい数がいるな…何だろう?」
祭りや儀式といった概念を持たないエルは不思議そうにアオに尋ねる。
「磐戸開きの為に集まった者達じゃよ――我は奴らの事を「オニ」と呼んでおるが」
「オニ?」
その問い返しにアオは頷く。
「オニは元々人知を超えた強き力を持つ者の事であり、時に「オニ=カミ」と認識される事もあった。(民の為に)仁を尽くす王——すなわち王仁は巨人族よりも高度な知識と能力を持っていた為、それらと同一視されておった。それが「あやま知」の世となり、黄昏の国では禍をもたらす者、暴虐や略奪を行う者として忌み嫌われ、祓いの対象となった者を意味するようになった」
「真逆の存在に思えるんだけど、どういう事なんだ?」
「――そもそも王仁は銀河連合がこの星にかかわっていた頃、銀河の生命体と巨人族を掛け合わせて巨人達の指導者として作り出した存在。禍をもたらすオニは北欧など他の国の巨人族が嵐などで遭難して黄昏の国に漂着した者達の事で、全く違う存在であったのがいつの間にやら一緒くたにされ、味噌も糞も一緒と思われるようになった」
困った話じゃ…と、アオは肩を竦める。
「巨人さん同士なのに、黄昏の国の人たちはどうして他の国の巨人さんをオニだと思っちゃったの?」
不思議で仕方がないといった感じでピリカが訊ねた。
「他の国の巨人族を「オニ」として恐れるようになったのは、黄昏の国の巨人族に比べて他の国の巨人族の体は大きく力も強い。頭には角が付いた兜を被り、肌の色も黄昏の国の巨人族と違って、青っぽい白や赤褐色、黒といった色であり、使う言葉も違っておったので同族とは思えなかったのであろう――女をさらって子を腹ます事も多かったのじゃから、同族と気が付いても良さそうであったのじゃが…」
「巨人さん達の事はよく分からないけど、そうだったんだ…」
「ここ数十年前…ピリカの祖父が旅していた頃までは、黄昏の国は島国であったので伝統的に穢れるのを嫌う文化が受け継がれていたので肉食ではなかったが、他の国の巨人族は数百年前には既に生き残るために他の動物の肉を食らう習慣があったので、昔の黄昏の国の巨人達にとっては同族だとは思えなかった原因であろうな」
そんなアオの説明を聞いていたエルは、火櫓を取り囲んでいるオニたちを指し示しながら。あいつらはどっちなんだと尋ねる。
「あれは王仁の子孫たちじゃ――奴らも「あやま知」に汚染されてすっかり力を失ってしまった存在となってしもうたが…」
「力を失っている?」
「あやつらは先祖代々、王仁の知恵を伝承として受け継いでおるのじゃが、長い年月の間に大切な事は随分抜け落ちてしもうておるし、勝手に付け足された内容もある――そんな欠陥だらけの伝承を教科書としてそれが正しいと思い込んでおるので、正しい答えが導き出せなくなっておる」
「…ダメじゃん」
「そうじゃな」
エルの言葉にアオは苦笑いを浮かべる。
そうしているうちにオニたちの儀式はクライマックスを迎えたのか、火櫓を取り囲んでいた者たちの間に星と円盤、上向きの月の大きな飾りのついた棒を持ったオニを先頭に行列が静々と割って入り、地の磐戸に向かって呪文のような言葉の詠唱を始めた。
かなり長い呪文の詠唱が終わった頃には火櫓で燃え盛っていた炎も消え、たくさんのオニたちが集まっているにも関わらず、大空間はシンと静まり返る。
まるで何かを待っている様であったが何の変化も起きる事はなく、集まっていたオニたちから慟哭の声が大空間に響き渡った。
「…泣いてる」
「悲しそうだね…」
オニたちの様子にエルとピリカは呟きを漏らす。
オニたちはしばらく泣いていたが、肩を落として大広間からとぼとぼと立ち去っていった。
「諦めたのかな?」
「今日の所は…な――毎年の様に集まって来ては同じことを繰り返しておる」
ため息に似た呟きをアオは漏らすと、気分を切り替える様にピリカ達に「オニたちもいなくなった事であるし、そろそろスサ様の所に参るか」と言うとピリカは大きく頷いた。
アオはオニたちがいなくなった大空間を横切り、地の磐戸の横の壁を策った。
――パターン・アオ・カクニンカンリョウ
思考の中にそんな言葉が響き渡ると同時にアオが通り抜けるほどの空間が口を開く。アオはそれを潜り抜けると同時に、ピリカが「ピリカだよ!」と声を張り上げた。
「…ピリ…カ…」
ゆっくりと思考を巡らせるように地の磐戸の中に当たる大空間の中から反応が帰って来る。その反応に応えるようにピリカはアオから飛び降りると、大空間の真ん中に向かって走り寄った。
大空間の真ん中の巨大な台座で瞑想をしていた巨大な人型——スサはゆっくりと目を開き、台座の傍までやって来た小さなコロボックルを見下ろす。
「本当に戻って来るとは…」
ピリカが戻ってきたのが意外だったのか、スサは少し驚いたようであった。
「ピリカは約束守るもん」
そう言ってピリカは屈託のない笑顔を浮かべる。
「…アオ」
「ここにございます」
スサの呼びかけにアオは瞬時に反応して首を垂れる。
「悪魔を説得しに行ったのであったな――如何様であった?」
「ピリカにカミカカリ、カムハタラキ致し、悪魔カワリ、サルとなり候」
「そうか…」
アオの報告を聞いたスサは感慨深そうにそう呟くと目を閉じる。
「…ご苦労であった」
ねぎらいの言葉を口にすると、スサはピリカを見詰める。
「約束を守ると言っておったが、どうするつもりであるのだ?」
「…んとね、判らない事がいっぱいだから、お話しいろいろ聞かせて」
「話?」
スサの問いかけにピリカは大きく頷く。
「お外で、スサが出てくるのを待っている子達いっぱいいたよ? どうして出て行ってあげないの?」
磐戸が開かない事を悲しんで泣いていたオニたちの事が気になったのか、ピリカはスサに疑問をぶつける。
「出ていってやりたいのは山々であるが、やりかたが間違っておるので磐戸を開く事が出来ぬ」
「スサが開ける事は出来ないの?」
「出来ぬのだ」
「どうして?」
「…」
真っ直ぐな目で見つめるピリカにどう答えていいものかと考えあぐねる様子でスサはアオに視線を走らせる。
「——この者達に私が説明させていただいてよろしいでしょうか?」というアオの問いにスサ静かに頷いた。
宇宙には古き者と呼ばれる種族が存在するという。
古き者達は宇宙が生まれてからさまざまな生命体が生れ繁栄し滅びていった星や文明を見てきた。宇宙は生き物であるので、その本質は増殖であり繁栄であるが、さまざまな波動を持つ文明が干渉しあい、宇宙全体で不協和音の響きが鳴り響く事態になって、古き者達は非常に強い危機感を覚えたのだという。
「それまで滅びていった星や文明は皆、不調和が原因で混沌状態となって自滅の道を歩んでいったのでな――不調和な波動で満たされた宇宙がこのままでは滅んでしまう可能性が非常に高いので、早急に手を打つ事となった」
全宇宙の調和となると広大過ぎるので、まずは雛型を作り、そこで不調和の響きを調和して、その調和の響きを宇宙に反映させるという手法が考えられ、宇宙でも辺境にあるピリカや巨人族が住む星を宇宙の雛型として、宇宙の様々な種たちが助け合い共存する世界を構築し、それを宇宙に反映させる事となった。
古き者のひとりであるスサはその統治の責任者として仲間達と共に辺境の星へ降り立、手始めに雛型となる星に全ての宇宙の種たちを集め、それらを辺境の星に適応させる為に、その星に生息していた生き物と宇宙の種たちを掛け合わせ、独自の生態系の構築から始めたという。
「宇宙の種…壮大過ぎて、俺にはわからないや」
そう言って肩を竦めるエルにアオは笑う。
「何を言っておる、お前の先祖も宇宙の種の一つぞ」
「…は?」
思いもよらない話にエルの目が点になる。
「言ったであろう。全ての宇宙の種を集めたと――これだけ多種多様な動植物が住む星は宇宙にはない」
「…そうなの?」
自分の知る世界が全てでそれが当然だと思っていたピリカも意外だったらしく驚いた様子であった。
「集められた宇宙の種たちは辺境の星に無事根付き、それぞれの種が持つ波動のバランス調整も良好となっておったのであるが、スサ様と他の古き者達の間で考え方の相違が起き始めたのじゃ」
「上手くいっていたのに?」
不思議そうなピリカの問いかけにアオは苦々しい表情を浮かべる。
「スサ様とは違う古き者を支持していたグループがその成果が気に入らなかったらしく妨害工作を始めおった」
妨害工作派は星の環境に密かに手を加え、一部の生き物たちの数を増やしたり減らしたり、計画外の宇宙由来の因子を持ち込む事によって、微妙なバランスで構成されていた波動の調和を乱すことに成功をしたという。
「その妨害工作の結果が現れたのは、雛型の調和の波動を大宇宙に反映させている最中だった為、その不調和の響きでいくつかの星に壊滅的な被害を出す事となり、スサ様はその被害の責任を問われ辺境の星——この地の磐戸に幽閉される事となったのじゃ」
「…ひどい」
事情を聞いたピリカは言葉を失う。
「古き者って神様だと思ってたけど、巨人族みたいな事やるんだな」
呆れたといった様子のエルの言葉にスサが口を開いた。
「巨人族は我ら古き者の遺伝子を受け継いでおるのでな――良い所も悪い所もよく似ておる」
それを聞いたピリカとエルは驚いた様子で顔を見合わせる。
「…ま、待って…巨人さん達ってスサたちと一緒って事⁈」
混乱した様子でピリカが疑問を口にする。
「巨人達は、この星に元々発生していた生き物に古き者の遺伝子を組み込んだので全く同じという訳ではないが、創造する能力を持っているのはその影響が大きいと考えられておる」
「創造する力…ユキちゃんが生まれたのはその力のせいって言ってたよね?」
巨人族が想いを形にするという創造の力を持っているという話は、黄昏の国で出会ったアオの友人でもある白狐のユキからも聞かされていたが、その理由が古き者の遺伝子を受け継いでいたからだとは予想外の事であった。
「——なるほど、だから人型の動物は神を真似て作ったって言われていたのは姿かたちだけじゃなく創造の力も持っていたのか」
エルの方は謎がようやく解けたといった表情でスサの姿を見上げ「大きさは全然違うけど、ここまで同じだとただの偶然ってのはありえないもんな」と言って笑った。
そんなエルを横目で見ながらピリカが不満そうに口を開く。
「スサは全然悪くないのに、ここにずっとひとりぼっちでいなきゃいけないなんておかしいよ」
そんな小さな妖精の言葉にスサの表情が和らぐ。
「小さき者よ、ありがとう――私が至らなかった故、多くの犠牲を出す事となったのでな、ここでこうして調和の祈りを捧げ続けるのもまた、私の使命」
そんな穏やかなスサの言葉を聞いたアオの表情が強張る。
「スサ様はお優しすぎます――陥れられ壊滅的な被害が出る事になった事から荒ぶる神のレッテルを貼られ、このような辺境の星の奥深くに封じられ、「煎り豆に花が咲くまで出て来るな」などという言葉を投げつけられたというのに」
憤懣やるせないといった様子のアオの言葉を聞いて、ピリカは信じられないといった表情を浮かべ抗議の声をあげる。
「そんなの咲く訳ないじゃない――花どころか芽だってでないよ!」
「煎り豆に花が咲くまで出て来るな」――それは自分たちの悪事の発覚を恐れた者達がスサにかけた「永遠に出て来るな」という意味を持つ呪いの言葉であった。
――龍だ。
――龍だ。
――また龍が来た。
静寂を破る侵入者に驚いた様なざわめきにエルが戸惑いの表情を浮かべる。
「前にも思ったんだけど、何なんだ⁈」
「魂を宿した石——意思じゃ。ちとうるさいが危害を加えてくる訳ではないので問題はない」
エルの質問にアオがそう答えるとピリカは「石の精霊さんみたいなもの?」と尋ねる。
「精霊とはちょっと違うが、心は持っておるぞ」とアオはそう言うと、エルやピリカにこの石についての説明を始めた。
――無機物に宿る魂というものは、物質界ではその囁きは非常に小さいので音としては認識できないのであるが、物質界ではない場所なのでその声は思念として聞こえるのだという。
「そういや、あの小龍——ワッカが伝えたい事も音では聞いた訳じゃなかったよな」
「言葉を持たぬとも想いは伝わるのでな――巨人族はそれをテレパシーと呼んでおるようじゃが」
「巨人さん達も言葉じゃない声が聞こえるの?」
驚いた様子のピリカにアオは「同じような周波数を持つ者同士でなら、言葉にせずともなんとなく、そんな気がしたといった感じで使っている者はおるようじゃな」と答えた。
「へぇ…そうなんだ」
そんな話をしながら先に進んでいる間にも岩たちのざわめきは続く。
――小さきもの
――大きなもの
――まぜこぜ
――火
――水
――まぜこぜ
――天
――地
――まぜこぜ
――日
――月
――まぜこぜ
「何の事だ?」
ざわめきの言葉の意味が解らずエルが訊ねるが、その返事は返って来ない。
「気に留めるような事でもなかろう――では壁を抜けるぞ」
アオはエルとピリカにそう告げると、鍾乳洞の最深部にあった傷ひとつ無い壁に向かって踏み出した。
壁の中は濃密なねっとりとしたもので満たされており、どこか懐かしく安心感を覚える空間であった。その命の源である母なる海の様な空間を進んで抜けた後、闇の中で輝く星々で満たされた洞窟を通り抜け、一行は地の磐戸がある大空間へ辿りついた。
「あれ? 何かやってる…」
前回訪れた時は大空間には何も無く誰もいなかったのだが、地の磐戸の前には大きな火櫓が組まれ、それを多くの人影が取り囲み、踊っているのかゆっくりと揺らめいている。
「すごい数がいるな…何だろう?」
祭りや儀式といった概念を持たないエルは不思議そうにアオに尋ねる。
「磐戸開きの為に集まった者達じゃよ――我は奴らの事を「オニ」と呼んでおるが」
「オニ?」
その問い返しにアオは頷く。
「オニは元々人知を超えた強き力を持つ者の事であり、時に「オニ=カミ」と認識される事もあった。(民の為に)仁を尽くす王——すなわち王仁は巨人族よりも高度な知識と能力を持っていた為、それらと同一視されておった。それが「あやま知」の世となり、黄昏の国では禍をもたらす者、暴虐や略奪を行う者として忌み嫌われ、祓いの対象となった者を意味するようになった」
「真逆の存在に思えるんだけど、どういう事なんだ?」
「――そもそも王仁は銀河連合がこの星にかかわっていた頃、銀河の生命体と巨人族を掛け合わせて巨人達の指導者として作り出した存在。禍をもたらすオニは北欧など他の国の巨人族が嵐などで遭難して黄昏の国に漂着した者達の事で、全く違う存在であったのがいつの間にやら一緒くたにされ、味噌も糞も一緒と思われるようになった」
困った話じゃ…と、アオは肩を竦める。
「巨人さん同士なのに、黄昏の国の人たちはどうして他の国の巨人さんをオニだと思っちゃったの?」
不思議で仕方がないといった感じでピリカが訊ねた。
「他の国の巨人族を「オニ」として恐れるようになったのは、黄昏の国の巨人族に比べて他の国の巨人族の体は大きく力も強い。頭には角が付いた兜を被り、肌の色も黄昏の国の巨人族と違って、青っぽい白や赤褐色、黒といった色であり、使う言葉も違っておったので同族とは思えなかったのであろう――女をさらって子を腹ます事も多かったのじゃから、同族と気が付いても良さそうであったのじゃが…」
「巨人さん達の事はよく分からないけど、そうだったんだ…」
「ここ数十年前…ピリカの祖父が旅していた頃までは、黄昏の国は島国であったので伝統的に穢れるのを嫌う文化が受け継がれていたので肉食ではなかったが、他の国の巨人族は数百年前には既に生き残るために他の動物の肉を食らう習慣があったので、昔の黄昏の国の巨人達にとっては同族だとは思えなかった原因であろうな」
そんなアオの説明を聞いていたエルは、火櫓を取り囲んでいるオニたちを指し示しながら。あいつらはどっちなんだと尋ねる。
「あれは王仁の子孫たちじゃ――奴らも「あやま知」に汚染されてすっかり力を失ってしまった存在となってしもうたが…」
「力を失っている?」
「あやつらは先祖代々、王仁の知恵を伝承として受け継いでおるのじゃが、長い年月の間に大切な事は随分抜け落ちてしもうておるし、勝手に付け足された内容もある――そんな欠陥だらけの伝承を教科書としてそれが正しいと思い込んでおるので、正しい答えが導き出せなくなっておる」
「…ダメじゃん」
「そうじゃな」
エルの言葉にアオは苦笑いを浮かべる。
そうしているうちにオニたちの儀式はクライマックスを迎えたのか、火櫓を取り囲んでいた者たちの間に星と円盤、上向きの月の大きな飾りのついた棒を持ったオニを先頭に行列が静々と割って入り、地の磐戸に向かって呪文のような言葉の詠唱を始めた。
かなり長い呪文の詠唱が終わった頃には火櫓で燃え盛っていた炎も消え、たくさんのオニたちが集まっているにも関わらず、大空間はシンと静まり返る。
まるで何かを待っている様であったが何の変化も起きる事はなく、集まっていたオニたちから慟哭の声が大空間に響き渡った。
「…泣いてる」
「悲しそうだね…」
オニたちの様子にエルとピリカは呟きを漏らす。
オニたちはしばらく泣いていたが、肩を落として大広間からとぼとぼと立ち去っていった。
「諦めたのかな?」
「今日の所は…な――毎年の様に集まって来ては同じことを繰り返しておる」
ため息に似た呟きをアオは漏らすと、気分を切り替える様にピリカ達に「オニたちもいなくなった事であるし、そろそろスサ様の所に参るか」と言うとピリカは大きく頷いた。
アオはオニたちがいなくなった大空間を横切り、地の磐戸の横の壁を策った。
――パターン・アオ・カクニンカンリョウ
思考の中にそんな言葉が響き渡ると同時にアオが通り抜けるほどの空間が口を開く。アオはそれを潜り抜けると同時に、ピリカが「ピリカだよ!」と声を張り上げた。
「…ピリ…カ…」
ゆっくりと思考を巡らせるように地の磐戸の中に当たる大空間の中から反応が帰って来る。その反応に応えるようにピリカはアオから飛び降りると、大空間の真ん中に向かって走り寄った。
大空間の真ん中の巨大な台座で瞑想をしていた巨大な人型——スサはゆっくりと目を開き、台座の傍までやって来た小さなコロボックルを見下ろす。
「本当に戻って来るとは…」
ピリカが戻ってきたのが意外だったのか、スサは少し驚いたようであった。
「ピリカは約束守るもん」
そう言ってピリカは屈託のない笑顔を浮かべる。
「…アオ」
「ここにございます」
スサの呼びかけにアオは瞬時に反応して首を垂れる。
「悪魔を説得しに行ったのであったな――如何様であった?」
「ピリカにカミカカリ、カムハタラキ致し、悪魔カワリ、サルとなり候」
「そうか…」
アオの報告を聞いたスサは感慨深そうにそう呟くと目を閉じる。
「…ご苦労であった」
ねぎらいの言葉を口にすると、スサはピリカを見詰める。
「約束を守ると言っておったが、どうするつもりであるのだ?」
「…んとね、判らない事がいっぱいだから、お話しいろいろ聞かせて」
「話?」
スサの問いかけにピリカは大きく頷く。
「お外で、スサが出てくるのを待っている子達いっぱいいたよ? どうして出て行ってあげないの?」
磐戸が開かない事を悲しんで泣いていたオニたちの事が気になったのか、ピリカはスサに疑問をぶつける。
「出ていってやりたいのは山々であるが、やりかたが間違っておるので磐戸を開く事が出来ぬ」
「スサが開ける事は出来ないの?」
「出来ぬのだ」
「どうして?」
「…」
真っ直ぐな目で見つめるピリカにどう答えていいものかと考えあぐねる様子でスサはアオに視線を走らせる。
「——この者達に私が説明させていただいてよろしいでしょうか?」というアオの問いにスサ静かに頷いた。
宇宙には古き者と呼ばれる種族が存在するという。
古き者達は宇宙が生まれてからさまざまな生命体が生れ繁栄し滅びていった星や文明を見てきた。宇宙は生き物であるので、その本質は増殖であり繁栄であるが、さまざまな波動を持つ文明が干渉しあい、宇宙全体で不協和音の響きが鳴り響く事態になって、古き者達は非常に強い危機感を覚えたのだという。
「それまで滅びていった星や文明は皆、不調和が原因で混沌状態となって自滅の道を歩んでいったのでな――不調和な波動で満たされた宇宙がこのままでは滅んでしまう可能性が非常に高いので、早急に手を打つ事となった」
全宇宙の調和となると広大過ぎるので、まずは雛型を作り、そこで不調和の響きを調和して、その調和の響きを宇宙に反映させるという手法が考えられ、宇宙でも辺境にあるピリカや巨人族が住む星を宇宙の雛型として、宇宙の様々な種たちが助け合い共存する世界を構築し、それを宇宙に反映させる事となった。
古き者のひとりであるスサはその統治の責任者として仲間達と共に辺境の星へ降り立、手始めに雛型となる星に全ての宇宙の種たちを集め、それらを辺境の星に適応させる為に、その星に生息していた生き物と宇宙の種たちを掛け合わせ、独自の生態系の構築から始めたという。
「宇宙の種…壮大過ぎて、俺にはわからないや」
そう言って肩を竦めるエルにアオは笑う。
「何を言っておる、お前の先祖も宇宙の種の一つぞ」
「…は?」
思いもよらない話にエルの目が点になる。
「言ったであろう。全ての宇宙の種を集めたと――これだけ多種多様な動植物が住む星は宇宙にはない」
「…そうなの?」
自分の知る世界が全てでそれが当然だと思っていたピリカも意外だったらしく驚いた様子であった。
「集められた宇宙の種たちは辺境の星に無事根付き、それぞれの種が持つ波動のバランス調整も良好となっておったのであるが、スサ様と他の古き者達の間で考え方の相違が起き始めたのじゃ」
「上手くいっていたのに?」
不思議そうなピリカの問いかけにアオは苦々しい表情を浮かべる。
「スサ様とは違う古き者を支持していたグループがその成果が気に入らなかったらしく妨害工作を始めおった」
妨害工作派は星の環境に密かに手を加え、一部の生き物たちの数を増やしたり減らしたり、計画外の宇宙由来の因子を持ち込む事によって、微妙なバランスで構成されていた波動の調和を乱すことに成功をしたという。
「その妨害工作の結果が現れたのは、雛型の調和の波動を大宇宙に反映させている最中だった為、その不調和の響きでいくつかの星に壊滅的な被害を出す事となり、スサ様はその被害の責任を問われ辺境の星——この地の磐戸に幽閉される事となったのじゃ」
「…ひどい」
事情を聞いたピリカは言葉を失う。
「古き者って神様だと思ってたけど、巨人族みたいな事やるんだな」
呆れたといった様子のエルの言葉にスサが口を開いた。
「巨人族は我ら古き者の遺伝子を受け継いでおるのでな――良い所も悪い所もよく似ておる」
それを聞いたピリカとエルは驚いた様子で顔を見合わせる。
「…ま、待って…巨人さん達ってスサたちと一緒って事⁈」
混乱した様子でピリカが疑問を口にする。
「巨人達は、この星に元々発生していた生き物に古き者の遺伝子を組み込んだので全く同じという訳ではないが、創造する能力を持っているのはその影響が大きいと考えられておる」
「創造する力…ユキちゃんが生まれたのはその力のせいって言ってたよね?」
巨人族が想いを形にするという創造の力を持っているという話は、黄昏の国で出会ったアオの友人でもある白狐のユキからも聞かされていたが、その理由が古き者の遺伝子を受け継いでいたからだとは予想外の事であった。
「——なるほど、だから人型の動物は神を真似て作ったって言われていたのは姿かたちだけじゃなく創造の力も持っていたのか」
エルの方は謎がようやく解けたといった表情でスサの姿を見上げ「大きさは全然違うけど、ここまで同じだとただの偶然ってのはありえないもんな」と言って笑った。
そんなエルを横目で見ながらピリカが不満そうに口を開く。
「スサは全然悪くないのに、ここにずっとひとりぼっちでいなきゃいけないなんておかしいよ」
そんな小さな妖精の言葉にスサの表情が和らぐ。
「小さき者よ、ありがとう――私が至らなかった故、多くの犠牲を出す事となったのでな、ここでこうして調和の祈りを捧げ続けるのもまた、私の使命」
そんな穏やかなスサの言葉を聞いたアオの表情が強張る。
「スサ様はお優しすぎます――陥れられ壊滅的な被害が出る事になった事から荒ぶる神のレッテルを貼られ、このような辺境の星の奥深くに封じられ、「煎り豆に花が咲くまで出て来るな」などという言葉を投げつけられたというのに」
憤懣やるせないといった様子のアオの言葉を聞いて、ピリカは信じられないといった表情を浮かべ抗議の声をあげる。
「そんなの咲く訳ないじゃない――花どころか芽だってでないよ!」
「煎り豆に花が咲くまで出て来るな」――それは自分たちの悪事の発覚を恐れた者達がスサにかけた「永遠に出て来るな」という意味を持つ呪いの言葉であった。
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彼ら彼女らにとって、ミナス俳優養成学校魔法俳優科は、最高の教育機関として憧れの的だった。才能や血縁に恵まれた子であっても狭き門。ヨルナはそこの理事だという。仕事の当てもなく、誘われるまま、ラキは「魔法俳優」の道に足を踏み入れる。幾多の戦場を駆け抜けた百戦錬磨の彼にとっても、言語を絶する修羅の世界と知らずに。
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