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~名言? 迷言⁈ 出来ない事は恥じゃない!~
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ぴんぽんぱんぽ~ん
――生徒会からの生徒の皆さんへのお知らせです。
現在、絶賛本校舎建て替え工事中につき、校内を走行する工事車両にご注意下さい。交通事故が発生した場合は速やかに職員室への通報をお願いします。
待ちに待ったお昼休み。お腹を空かせた生徒たちが昼食を頬張る中、校内に設置されたスピーカーからそんな校内放送が流れた。
普通の学校では有り得ない放送内容に、ようやく高校生生活に慣れた新一年生たちが食事の手を止め顔を見合わせる。
「校内で交通事故注意って…」
「普通ありえないよな」
そう語り合う彼らの教室には「プレハブ校舎の為、飛び跳ね禁止」や「壁が薄い為、お静かに」のポスターが張られていた。
「学校案内のパンフレットにはプレハブ校舎なんて一言も書いてなかったもんなぁ」
受験の際、試験会場がプレハブ校舎だったので、そこで初めて志望校が工事中である事を知った者も多い。
「まあ、プレハブ校舎で勉強する機会なんて滅多とない経験だけどな」
奇妙な学校環境を前向きに考える者もいれば、工事の音うるさいから授業に集中できないので、テストの成績が悪いのだと、自分の成績の悪さの言い訳にする者もいた。
不都合な事が多いプレハブ校舎であったが、一つだけ、生徒たちがプレハブ校舎で良かったと思う事がある――それは、断熱性が全くない建物なので各部屋に大型のエアコンが設置されている事だった。
「生き返る~」
体育の授業を終え教室に戻った生徒たちが教室の涼しさに思わず声を上げた。
日差しが強くなり気温が上昇しはじめ教室に熱が籠り始めた頃から教室のエアコンが稼働している。
最初は右も左もわからなかった新入生たちも、ゴールデンウィークを終えた頃には特殊な学校環境にも慣れ、体育の授業の前にエアコンを全開にして教室を出るという事を始めていた。
体育の授業を終え戻った頃には、教室は冷蔵庫並みの温度にまでキンキンに冷えている。熱を持ち汗ばんだ体からあっという間に汗が引いてゆくのは生徒たちにとって快適極まりない。
だがそれも問題が無い訳ではなかった。
体育の授業から戻って来た時は良いのだが、次の授業が始まりしばらく経つと、急速に冷えた汗が体の熱を奪い、今度は寒さで震える事となるのである。
体育の次の授業を受け持っている教師が、寒さに震える生徒たちを見て、毎度の事なのに同じ事を繰り返す彼らに呆れて「あんたら、アホやろ」と言うのも恒例であった。
「へっくシュン」
午後の授業を終え、いつもの様に生物室にやって来た渉が大きなくしゃみをする。
「渉くん、風邪?」
生物準備室のコンロでお湯を沸かしていた香奈子が心配そうに訊いた。
「ちょっと教室寒かったんで…」
「ああ、エアコンね。男子、暑がりの人多いから、冷房温度低くしちゃうのよね」
自分の教室もそうなので、寒さが苦手な人間はカーデガンやひざ掛けを持って来ていると香奈子は言う。
「生姜湯でも入れようか? 身体温まるよ」
「ありがとうございます…って、そんなものまでここあるんですか?」
冬場ならともかく、初夏の学校に何故そんなものがあるのか疑問に思う渉である。そんな渉の疑問に答えるべく香奈子が指折り数え出す。
「コーヒー、紅茶、緑茶にウーロン茶、ココアに生姜湯、柚子茶、カルピス、コーラ…ご希望とあればお抹茶も点てるわよ」
「飲み物の種類多くないですか?」
「喫茶香奈子と呼んで」
「…はあ」
この人もどこかおかしいよなと思いながら、渉は香奈子が入れてくれた生姜湯を受け取った。
「熱っ」
生姜湯の熱さに渉が悲鳴を上げていると、準備室に藤木と岡部が揃って入ってきて、渉の傍に歩み寄る。
「お、渉、美味しそうなの飲んでるな…何飲んでるの?」
「生姜湯です」
「この暑いのに?」
「…ええ、ちょっと」
岡部の質問に渉が言葉を濁していると、藤木が「内臓は冷やしちゃいかんから、少年、いい心掛けだ」と納得した様に一人うんうんと頷き始める。
「先輩たちも何か飲みます?」
香奈子が食器棚代わりの薬品棚に向かって先輩たちに尋ねる。
「僕、コーラ」
「あ、俺も――氷ギチギチでな」
岡部のオーダーに藤木も同じコーラを…しかも氷の増量リクエストをする。
「先輩…内臓は冷やしちゃいかんって言った所じゃないですか…」
思わず渉がツッコミを入れると、藤木は澄ました顔で「内臓の耐寒訓練」と訳のわからない事を言い出す。
相変わらず、変な先輩と思っていると、今度は本を抱えた優子と静香が入って来た。
「どいて、どいて」
優子は本が重いのか進路を塞ぐようにいた藤木や渉を押しのけ、作業台の上にドンと本を置く。
「あ~重かった」
「地図にハイキングガイド、それに図鑑?」
置かれた本の表紙を見て岡部が首を傾げる。
「梅雨に入る前に生体採取を兼ねたハイキングはどうかな? って思ったから、図書室から借りてきた」
「お、真面目に生物部活動だな。感心、感心」
優子のアイディアに藤木が腕組みをして頷いていると、静香が「あんたはどうしてそういつも上からなのよ」と言いながら冷たい視線を送る。
「上からって…俺はただ偉いなって思っただけで…」
視線を泳がせながら藤木がボソボソと言い訳を始める。
「…先輩っていつもああなんですか?」
静香に指摘されて視線を泳がせ挙動不審になった藤木を見ながら渉が小さく香奈子に尋ねる。
「基本小心者なのに、自分を大きくみせようとしていつも裏目に出てるの」
「なるほど…」
最初は高圧的な物言いに驚いたが、観察しているとそうでもないようだと感じていたので、香奈子の説明を聞いて妙に納得する。
「まあ、単純で根はいい人だから、みんなのおもちゃになってるけどね」
そう言って香奈子は笑った。
「ハイキングってどの辺に行くつもりなんだい?」
岡部が興味深そうにガイドブックに手を伸ばしながら尋ねる。
「ん~、プラナリアが欲しいの。彼らが生息しているのは川の上流にいるんだって」
プラナリアは川底の石や落ち葉の裏などにいるらしい。
「プラナリアは基本は雑食だけど、魚や肉、昆虫なんかが好物で、特にカゲロウの幼虫なんかが大好物らしいの」
カゲロウという単語を聞いて藤木が「ウスバカゲロウの幼虫は蟻地獄だから軒下なんかにいるじゃないか」と言い出す。
「私もそう思って調べたら、普通のカゲロウの幼虫は完全な水生生物で、ウスバカゲロウは陸生のアミメカゲロウ目で遠い親戚なんだって」
「へぇ…知らなかった」
優子の説明を聞いて藤木が感心した表情を浮かべた。
「プラナリアなんて何でまた集める気に?」
今度は図鑑をパラパラとめくりながら岡部が訊く。
「教科書とか資料集によくプラナリアの再生能力の高さの写真とか載ってるじゃない。それを私も観察研究してみたくって」
「あ~。頭を半分に切断しても、再生して二股の頭になるみたいだもんな」
授業で見た写真を思い出して岡部が頷く。
「腹部の上を分割すれば頭が再生されて、腹部から下を分割すると尾っぽが再生されるんだって」
「じゃあ、頭100個とかもあり?」
「昔、ある学者が滅多切りにしてみたら、本当に100個以上の頭が再生されたらしいよ」
「げ…」
どうやら考える事は皆同じらしい。
「そんな再生能力が高いプラナリアだけど、切断実験前の1週間は絶食させないと、自分の消化液で自分を溶かしちゃうらしいんだって」
「無敵って訳でもないのかぁ」
「無限増殖されても困るし」
確かにその通りではある。いくら原生生物とはいえそれでは生態系が無茶苦茶になるだろうし、水中にプラナリアしかいない状態はビジュアル的にもあまり想像したくない。
「プラナリアが居そうな川のある場所かぁ」
高校生が日帰りハイキングで行ける川がある場所となると限られてくる。
「あ、俺、プラナリアが居そうな場所知ってる」
話を聞いていた藤木が急にそんな事を言い出す。
「ほんとに? 遠くないでしょうね?」
静香が藤木に疑いの視線を向ける。
「鮎が住んでいる川があって、そこで俺、毎年稚鮎を採ってるんだ」
「鮎が住んでるんなら、確かに清流ね」
静香がそう言うと藤木は「ここからでも電車で一時間かからないし、行くなら俺の庭みたいな場所だから案内するぞ」と言う。
「…どうする優子?」
「いいんじゃない? 先輩、自信があるみたいだし」
優子の意見を聞いて静香は藤木に向き直ると「ちゃんと女子のペースを考えて案内しなさいよ」と釘をさす。
「おう。まかせとけ」
藤木が自信満々といった様子で胸を張った。そんな藤木に静香がにこやかにもう一言付け足す。
「もし無茶なプランだったらヤキ入れるから、そのつもりで」
その一言を聞いた瞬間藤木の自信に満ちた笑顔が凍り付く。
――静香先輩。目が笑っていないっす。
渉は思わず心の中でツッコミを入れずにはいられなかった。
生体採取当日。五月晴れのハイキング日和の空模様となった。
集合場所は学校沿線にある山の麓のローカル駅の改札口。休日の朝という事もあり駅前の人通りは少ない。
渉が集合場所に着くと既に優子と静香、香奈子の三人がおしゃべりをしていた。
「おはようございます」
今日の生体採取はハイキングを兼ねているので、彼女たちの服装もいつもと違って動きやすいTシャツにGパン、帽子にリックサックといったラフな服装だった。
「なんか、雰囲気がいつもと違いますね」
普段制服姿しか見た事が無かったので、私服姿に新鮮に感じて渉がそう感想をもらす。
「似合ってない?」
香奈子が不安そうな表情を浮かべ渉に訊く。
「そんな事ないです。私服姿が新鮮だなぁって思って」
渉の言葉を聞いて香奈子がホッとしたのかはにかんだ笑顔をみせた。
「あ、来た来た」
改札口を見ていた静香が声を上げる。その声につられて改札口を見ると、古谷と華が出てくる所だった。
「おはようさん」
古谷がクラブのメンバー達を見つけてそう言いながら手を上げる。その後ろから小柄な女の子が改札を走り出てくると、わき目も降らず優子に走り寄る。
「はかせ先輩おはようございますぅ」
元気な声であいさつしながら優子の腕にまとわりついたのはあおいであった。
「はいはい、今日もあおいは元気そうね」
「もちろんですぅ」
優子にそう言われたあおいはいつもと変わらず元気があり余っているようだった。
「あとは藤木と岡部くんだよね。ようちゃんは今日は習い事の発表会で来られないって言ってたし」
メンバーを見回した華が言う。
「まさか藤木来ないとか言わないわよね?」
静香の言葉に華が「さすがにそんな事はしないでしょ」と笑う。
「来なかったら、敵前逃亡とみなして銃殺よ」
と静香が物そうな物騒な事を言っていると、噂の藤木と岡部が連れ立って姿を現した。
「おう、みんな揃ってるな」
そう言う藤木を見た静香が彼の服装を見て「何その格好」と呆れ声を出す。
それもそのはずで藤木が身に付けていたのは彼のトレードマークでもある迷彩服に編み上げブーツ、木の枝などで偽装されたオリーブ色のヘルメットを被り、ご丁寧に顔には迷彩のフェイスペイントを施している。
「先輩、今からサバイバルゲームですか?」
優子が苦笑いを浮かべる。
「森に入る時の俺の正装だ」という藤木の言葉に、他のメンバー達はまた始まったとばかりに「はいはい」といった表情になった。
「では、諸君。行軍開始だ」
突き刺さる冷たい視線を気にすることなく、藤木が声を上げ歩き出す。
「行軍ねぇ…」
一同顔を見合わせあきらめに似た呟きを漏らすと、藤木の後をぞろぞろと歩き始めた。
藤木が案内をする山は県境の標高はさほど高くない山で、複数のハイキングコースが設定されている場所だった。
五月晴れの休日という事もあってハイキングを楽しみにやって来たグループの姿もちらほら見える。そんな中でも野戦スタイルの藤木のせいで生物部一行は、すれ違う人たちから奇異の目で見られていた。
「良くも悪くも印象には残るから、遭難しても目撃情報がすぐに集まりそうやな」
古谷が自虐的な言葉に、他のメンバー達が苦笑いを浮かべる。
「やらかしてくれそうですもんね…先輩」
「一年生にまでそう言われるって、藤木ってほんと信用がないのよね」
あおいの感想に華がため息混じりに笑った。
「日頃の言動を見てりゃ、仕方がないわよ」
静香がそんな事を言っていると、藤木が足を止め振り返る。
今の会話を聞かれて何か言われるかと思っていると、藤木が口を開く。
「ここからコースを外れてターゲット捕獲の為、森に入る。足元が悪いから気をつけろ」
そう宣言した藤木は部員たちの返事を待つことなく下草が生い茂る木々の中へ分け入っていく。
「…行くしかなさそうね」
優子はそう言うと、藤木の後に続いた。他のメンバーも遅れないように彼らの後を追い、殿を岡部が務める。どうやら岡部は後ろにいる者のフォローをする為にその位置にいるようだった。
「山の中で迷った時は山頂を目指すのが鉄則だからな」
先頭を歩く藤木が大声でそんな事を言いながら森の奥を突き進んでゆく。
「どうして山頂を目指すんですかぁ?」
優子の後を歩くあおいが疑問の声を上げる。
「それはだな、上に行けば行くほど狭くなるので見つけてもらいやすくなるし、正規のルートや案内標識に辿り着く可能性が高くなるからだ」
「下に行けば行くほど末広がりになるから捜索面積が広がるから、発見してもらいにくいってのと、下り坂の方が足に負担がかかるから疲れやすいし、転倒なんかの怪我をしやすくなるからよ」と藤木の説明に優子が補足を加えた。
「ひとつ賢くなりました」
納得したのかあおいが元気よく答える。
「あおいちゃんはいつも元気やよな」
グループの後方を歩いていた古谷がそんな感想を漏らしていると、静香が「まだまだお子様よね…あたしには無理」と息を切らしながら苦笑いを浮かべる。
「先輩聞こえてますよ。私がお子様ならこの程度で息を切らしてる先輩はババアですね」
あおいは意外に勝気な性格らしく、静香に遠慮なしに言い返した。
「誰がババアよ!」
静香はすぐにあおいの言葉に反応して叫び返す。
「二人ともおなかが空いたのかしら? 美味しいお弁当をいただいたらカリカリする事も無くなるわよぉ」
険悪なムードが流れ始めたの二人の間に香奈子が間延びした声で割って入る。
「お弁当楽しみですぅ」
香奈子の言葉にあおいはそう言って笑顔を見せる。そんなあおいに「やっぱり子供ね」と言おうとした静香だったが、華に睨まれてその言葉を飲み込むのだった。
「目的地到着!」
道なき森の中に入って小一時間ほど経った頃、川幅2m程の小川のほとりに辿り着くと、藤木が足を止めそう宣言した。
「疲れた~」
河原にそう言いながら静香がへたり込んだ。
「思ったよりいい場所じゃない」
周囲を観察した華が感心した様に言うと、藤木は得意そうな表情を浮かべる。
「ここは俺の秘密の場所だから、絶対内緒な」
そう言って藤木は不器用なウインクをする。
「川の水綺麗…確かにここならプラナリア見つかるかも」
そう言いながら優子はリックからプラスチックの小さな水槽を取り出す。
「では1330(イチサンサンマル)まで自由行動。危険なので単独行動禁止だから、ここから離れる時は申告する事」
腕時計の時間を確認して藤木が指示を出す。
「1330って何の事ですか?」
藤木の言っている意味が解らす渉が傍にいた古谷に尋ねる。
「時間の事や。13時30分って意味。自衛隊での時間の読み方なんやて」
「へぇ」
「普通の言い方でええと僕は思うけど、藤木先輩らしいわ」
そう言って古谷は笑った。
そんな会話をしている間に、優子とあおいは川に入ってプラナリアの捜索を開始し、香奈子はレジャーシートを川辺に敷いてお湯を沸かしたいのか携帯コンロ等の店開きをしていた。静香と華はその香奈子の傍でおしゃべりを始めている。
「…ええと」
渉は何をすれば良いのかわからずその場に立ち尽くしていると、岡部がそれに気が付いて渉を手招きした。
「したい事が無いなら、焚き火一緒にする?」
「あ、はい」
岡部は背負ってきたリックサックから焚き火シートを取り出すとそれを平坦な地面に敷き、その後折り畳み式の焚き火台を手際よく組み立て始める。
「大きなリックだと思っていたら、これが入ってたんですね」
完成した焚き火サイトを見て渉が目を丸くしていると、岡部はハイキングやキャンプには必ず持ってくるのだという。
「なんか、みんな好きな事しているみたいですね?」
渉が周囲の仲間たちを見回して岡部にそう言うと岡部は「生体採収って名目の部員たちのレクリエーションを兼ねたハイキングだから」と笑う。
「生体採収って言ってたから、てっきりみんなで川で大捜索して集めるのかと思ってたんですけど…」
「渉君がしたいなら、それでもいいよ――ほら、古谷君も優子ちゃんたちとは違う場所で何か探してるみたいだし」
「あ、ほんとだ」
川の方で古谷も川辺の岩場を覗いて回っていた。
「あれ? 藤木先輩は?」
藤木の姿がなくなっている事に気が付いて渉が周囲を見回す。
「奴なら、焚き材を集めに行ったよ」
「単独行動禁止って言ってた本人が単独行動って…説得力無いなぁ。しかもあの格好じゃ、はぐれたら森に紛れて見つけられないじゃないですか」
渉が呆れていると、噂の迷彩服が大量の落ち葉や枯れ枝を包んだシートを手に戻って来た。
「おう、少年、楽しんでるか?」
「…ええ、まあ」
藤木に渉はそう返事した後、藤木が集めて着た炊き材を見る。
「薪みたいな木少ないみたいですけど…」
「夜通し焚き火をする訳でも、飯を炊く訳でもないから、これで十分」
そう言うと藤木は焚き火台に下に太く大き目の木の枝を三角の山が出来るように組み合わせ、組み合わせた木の枝の下の隙間に細い枝や枯れ葉を詰めていく。その様子を見ながら岡部が渉に解説を始めた。
「太い木の枝に火をつけようとしても燃えにくいから、こうやって組んでおいてからその下の細い枝や枯れ葉を入れて、それに火をつければ太い枝に火が移るんだ…やってみる?」
「…あ、はい」
渉は岡部からマッチを受け取ったのだが、その場で固まる。
「…どうした?」
「あの…これマッチなのは知ってますが、俺、使い方解りません…」
「え?」
「マジか⁈」
岡部と藤木はマッチの使い方を知らない人間がいるとは思わなかったらしく、顔を見合わせる。
「…じゃあ、これ」
仕方がないといった様子で岡部が今度はライターを渉に手渡したが、渉は更に困り顔になった。
「…まさか、ライターの使い方も知らないとか?」
「…はい」
情けなさそう返事をする渉に「嘘だろう⁈」藤木が叫ぶ。
「どうしたの?」
藤木の叫びに仲間たちがわらわらと集まってきた。
「鏡君、マッチもライターも使い方を知らないんだと!」
藤木の説明を聞いた仲間たちの反応は様々で、驚く者、使う機会がなかったのなら仕方がないという者がいる中、華が恥ずかしそうに「実は私も…」と手を上げた。
「ええ⁈」
頭脳明晰で文武両道の華に出来ない事があるのかと、一同驚きの声を上げる。
「今は何でもスイッチを押せば火が付くんだもん、コンロもお風呂も」
「…いや、まあ、そうだけど」
普段毒のある言葉を口にする事が多い静香だったが、まさか華が…と強い衝撃を受けたのか言葉を失っていた。
「特訓しかないな!」
そう言いながら藤木が嬉々としてマッチを華に手渡す。
「出来ない事が恥じゃない! 挑戦してみようとしないのが恥なんだぞ! やる気があるなら教官は俺に任せておけ!」
普段華にコテンパンにされている藤木が、今なら華よりも優位に立てるチャンスとばかりにそう言う。さすがの華の今回ばかりは渋々であったが藤木に頭を下げる。
「…お願いします」
「よぉし、任せとけ!」
張り切る藤木の様子を見ながら、世の中何があるかわからないと思っていた渉であったが、その自分もマッチやライターの使い方を知らないままでいるのはマズそうだと、慌てて一緒に頭を下げるのだった。
――生徒会からの生徒の皆さんへのお知らせです。
現在、絶賛本校舎建て替え工事中につき、校内を走行する工事車両にご注意下さい。交通事故が発生した場合は速やかに職員室への通報をお願いします。
待ちに待ったお昼休み。お腹を空かせた生徒たちが昼食を頬張る中、校内に設置されたスピーカーからそんな校内放送が流れた。
普通の学校では有り得ない放送内容に、ようやく高校生生活に慣れた新一年生たちが食事の手を止め顔を見合わせる。
「校内で交通事故注意って…」
「普通ありえないよな」
そう語り合う彼らの教室には「プレハブ校舎の為、飛び跳ね禁止」や「壁が薄い為、お静かに」のポスターが張られていた。
「学校案内のパンフレットにはプレハブ校舎なんて一言も書いてなかったもんなぁ」
受験の際、試験会場がプレハブ校舎だったので、そこで初めて志望校が工事中である事を知った者も多い。
「まあ、プレハブ校舎で勉強する機会なんて滅多とない経験だけどな」
奇妙な学校環境を前向きに考える者もいれば、工事の音うるさいから授業に集中できないので、テストの成績が悪いのだと、自分の成績の悪さの言い訳にする者もいた。
不都合な事が多いプレハブ校舎であったが、一つだけ、生徒たちがプレハブ校舎で良かったと思う事がある――それは、断熱性が全くない建物なので各部屋に大型のエアコンが設置されている事だった。
「生き返る~」
体育の授業を終え教室に戻った生徒たちが教室の涼しさに思わず声を上げた。
日差しが強くなり気温が上昇しはじめ教室に熱が籠り始めた頃から教室のエアコンが稼働している。
最初は右も左もわからなかった新入生たちも、ゴールデンウィークを終えた頃には特殊な学校環境にも慣れ、体育の授業の前にエアコンを全開にして教室を出るという事を始めていた。
体育の授業を終え戻った頃には、教室は冷蔵庫並みの温度にまでキンキンに冷えている。熱を持ち汗ばんだ体からあっという間に汗が引いてゆくのは生徒たちにとって快適極まりない。
だがそれも問題が無い訳ではなかった。
体育の授業から戻って来た時は良いのだが、次の授業が始まりしばらく経つと、急速に冷えた汗が体の熱を奪い、今度は寒さで震える事となるのである。
体育の次の授業を受け持っている教師が、寒さに震える生徒たちを見て、毎度の事なのに同じ事を繰り返す彼らに呆れて「あんたら、アホやろ」と言うのも恒例であった。
「へっくシュン」
午後の授業を終え、いつもの様に生物室にやって来た渉が大きなくしゃみをする。
「渉くん、風邪?」
生物準備室のコンロでお湯を沸かしていた香奈子が心配そうに訊いた。
「ちょっと教室寒かったんで…」
「ああ、エアコンね。男子、暑がりの人多いから、冷房温度低くしちゃうのよね」
自分の教室もそうなので、寒さが苦手な人間はカーデガンやひざ掛けを持って来ていると香奈子は言う。
「生姜湯でも入れようか? 身体温まるよ」
「ありがとうございます…って、そんなものまでここあるんですか?」
冬場ならともかく、初夏の学校に何故そんなものがあるのか疑問に思う渉である。そんな渉の疑問に答えるべく香奈子が指折り数え出す。
「コーヒー、紅茶、緑茶にウーロン茶、ココアに生姜湯、柚子茶、カルピス、コーラ…ご希望とあればお抹茶も点てるわよ」
「飲み物の種類多くないですか?」
「喫茶香奈子と呼んで」
「…はあ」
この人もどこかおかしいよなと思いながら、渉は香奈子が入れてくれた生姜湯を受け取った。
「熱っ」
生姜湯の熱さに渉が悲鳴を上げていると、準備室に藤木と岡部が揃って入ってきて、渉の傍に歩み寄る。
「お、渉、美味しそうなの飲んでるな…何飲んでるの?」
「生姜湯です」
「この暑いのに?」
「…ええ、ちょっと」
岡部の質問に渉が言葉を濁していると、藤木が「内臓は冷やしちゃいかんから、少年、いい心掛けだ」と納得した様に一人うんうんと頷き始める。
「先輩たちも何か飲みます?」
香奈子が食器棚代わりの薬品棚に向かって先輩たちに尋ねる。
「僕、コーラ」
「あ、俺も――氷ギチギチでな」
岡部のオーダーに藤木も同じコーラを…しかも氷の増量リクエストをする。
「先輩…内臓は冷やしちゃいかんって言った所じゃないですか…」
思わず渉がツッコミを入れると、藤木は澄ました顔で「内臓の耐寒訓練」と訳のわからない事を言い出す。
相変わらず、変な先輩と思っていると、今度は本を抱えた優子と静香が入って来た。
「どいて、どいて」
優子は本が重いのか進路を塞ぐようにいた藤木や渉を押しのけ、作業台の上にドンと本を置く。
「あ~重かった」
「地図にハイキングガイド、それに図鑑?」
置かれた本の表紙を見て岡部が首を傾げる。
「梅雨に入る前に生体採取を兼ねたハイキングはどうかな? って思ったから、図書室から借りてきた」
「お、真面目に生物部活動だな。感心、感心」
優子のアイディアに藤木が腕組みをして頷いていると、静香が「あんたはどうしてそういつも上からなのよ」と言いながら冷たい視線を送る。
「上からって…俺はただ偉いなって思っただけで…」
視線を泳がせながら藤木がボソボソと言い訳を始める。
「…先輩っていつもああなんですか?」
静香に指摘されて視線を泳がせ挙動不審になった藤木を見ながら渉が小さく香奈子に尋ねる。
「基本小心者なのに、自分を大きくみせようとしていつも裏目に出てるの」
「なるほど…」
最初は高圧的な物言いに驚いたが、観察しているとそうでもないようだと感じていたので、香奈子の説明を聞いて妙に納得する。
「まあ、単純で根はいい人だから、みんなのおもちゃになってるけどね」
そう言って香奈子は笑った。
「ハイキングってどの辺に行くつもりなんだい?」
岡部が興味深そうにガイドブックに手を伸ばしながら尋ねる。
「ん~、プラナリアが欲しいの。彼らが生息しているのは川の上流にいるんだって」
プラナリアは川底の石や落ち葉の裏などにいるらしい。
「プラナリアは基本は雑食だけど、魚や肉、昆虫なんかが好物で、特にカゲロウの幼虫なんかが大好物らしいの」
カゲロウという単語を聞いて藤木が「ウスバカゲロウの幼虫は蟻地獄だから軒下なんかにいるじゃないか」と言い出す。
「私もそう思って調べたら、普通のカゲロウの幼虫は完全な水生生物で、ウスバカゲロウは陸生のアミメカゲロウ目で遠い親戚なんだって」
「へぇ…知らなかった」
優子の説明を聞いて藤木が感心した表情を浮かべた。
「プラナリアなんて何でまた集める気に?」
今度は図鑑をパラパラとめくりながら岡部が訊く。
「教科書とか資料集によくプラナリアの再生能力の高さの写真とか載ってるじゃない。それを私も観察研究してみたくって」
「あ~。頭を半分に切断しても、再生して二股の頭になるみたいだもんな」
授業で見た写真を思い出して岡部が頷く。
「腹部の上を分割すれば頭が再生されて、腹部から下を分割すると尾っぽが再生されるんだって」
「じゃあ、頭100個とかもあり?」
「昔、ある学者が滅多切りにしてみたら、本当に100個以上の頭が再生されたらしいよ」
「げ…」
どうやら考える事は皆同じらしい。
「そんな再生能力が高いプラナリアだけど、切断実験前の1週間は絶食させないと、自分の消化液で自分を溶かしちゃうらしいんだって」
「無敵って訳でもないのかぁ」
「無限増殖されても困るし」
確かにその通りではある。いくら原生生物とはいえそれでは生態系が無茶苦茶になるだろうし、水中にプラナリアしかいない状態はビジュアル的にもあまり想像したくない。
「プラナリアが居そうな川のある場所かぁ」
高校生が日帰りハイキングで行ける川がある場所となると限られてくる。
「あ、俺、プラナリアが居そうな場所知ってる」
話を聞いていた藤木が急にそんな事を言い出す。
「ほんとに? 遠くないでしょうね?」
静香が藤木に疑いの視線を向ける。
「鮎が住んでいる川があって、そこで俺、毎年稚鮎を採ってるんだ」
「鮎が住んでるんなら、確かに清流ね」
静香がそう言うと藤木は「ここからでも電車で一時間かからないし、行くなら俺の庭みたいな場所だから案内するぞ」と言う。
「…どうする優子?」
「いいんじゃない? 先輩、自信があるみたいだし」
優子の意見を聞いて静香は藤木に向き直ると「ちゃんと女子のペースを考えて案内しなさいよ」と釘をさす。
「おう。まかせとけ」
藤木が自信満々といった様子で胸を張った。そんな藤木に静香がにこやかにもう一言付け足す。
「もし無茶なプランだったらヤキ入れるから、そのつもりで」
その一言を聞いた瞬間藤木の自信に満ちた笑顔が凍り付く。
――静香先輩。目が笑っていないっす。
渉は思わず心の中でツッコミを入れずにはいられなかった。
生体採取当日。五月晴れのハイキング日和の空模様となった。
集合場所は学校沿線にある山の麓のローカル駅の改札口。休日の朝という事もあり駅前の人通りは少ない。
渉が集合場所に着くと既に優子と静香、香奈子の三人がおしゃべりをしていた。
「おはようございます」
今日の生体採取はハイキングを兼ねているので、彼女たちの服装もいつもと違って動きやすいTシャツにGパン、帽子にリックサックといったラフな服装だった。
「なんか、雰囲気がいつもと違いますね」
普段制服姿しか見た事が無かったので、私服姿に新鮮に感じて渉がそう感想をもらす。
「似合ってない?」
香奈子が不安そうな表情を浮かべ渉に訊く。
「そんな事ないです。私服姿が新鮮だなぁって思って」
渉の言葉を聞いて香奈子がホッとしたのかはにかんだ笑顔をみせた。
「あ、来た来た」
改札口を見ていた静香が声を上げる。その声につられて改札口を見ると、古谷と華が出てくる所だった。
「おはようさん」
古谷がクラブのメンバー達を見つけてそう言いながら手を上げる。その後ろから小柄な女の子が改札を走り出てくると、わき目も降らず優子に走り寄る。
「はかせ先輩おはようございますぅ」
元気な声であいさつしながら優子の腕にまとわりついたのはあおいであった。
「はいはい、今日もあおいは元気そうね」
「もちろんですぅ」
優子にそう言われたあおいはいつもと変わらず元気があり余っているようだった。
「あとは藤木と岡部くんだよね。ようちゃんは今日は習い事の発表会で来られないって言ってたし」
メンバーを見回した華が言う。
「まさか藤木来ないとか言わないわよね?」
静香の言葉に華が「さすがにそんな事はしないでしょ」と笑う。
「来なかったら、敵前逃亡とみなして銃殺よ」
と静香が物そうな物騒な事を言っていると、噂の藤木と岡部が連れ立って姿を現した。
「おう、みんな揃ってるな」
そう言う藤木を見た静香が彼の服装を見て「何その格好」と呆れ声を出す。
それもそのはずで藤木が身に付けていたのは彼のトレードマークでもある迷彩服に編み上げブーツ、木の枝などで偽装されたオリーブ色のヘルメットを被り、ご丁寧に顔には迷彩のフェイスペイントを施している。
「先輩、今からサバイバルゲームですか?」
優子が苦笑いを浮かべる。
「森に入る時の俺の正装だ」という藤木の言葉に、他のメンバー達はまた始まったとばかりに「はいはい」といった表情になった。
「では、諸君。行軍開始だ」
突き刺さる冷たい視線を気にすることなく、藤木が声を上げ歩き出す。
「行軍ねぇ…」
一同顔を見合わせあきらめに似た呟きを漏らすと、藤木の後をぞろぞろと歩き始めた。
藤木が案内をする山は県境の標高はさほど高くない山で、複数のハイキングコースが設定されている場所だった。
五月晴れの休日という事もあってハイキングを楽しみにやって来たグループの姿もちらほら見える。そんな中でも野戦スタイルの藤木のせいで生物部一行は、すれ違う人たちから奇異の目で見られていた。
「良くも悪くも印象には残るから、遭難しても目撃情報がすぐに集まりそうやな」
古谷が自虐的な言葉に、他のメンバー達が苦笑いを浮かべる。
「やらかしてくれそうですもんね…先輩」
「一年生にまでそう言われるって、藤木ってほんと信用がないのよね」
あおいの感想に華がため息混じりに笑った。
「日頃の言動を見てりゃ、仕方がないわよ」
静香がそんな事を言っていると、藤木が足を止め振り返る。
今の会話を聞かれて何か言われるかと思っていると、藤木が口を開く。
「ここからコースを外れてターゲット捕獲の為、森に入る。足元が悪いから気をつけろ」
そう宣言した藤木は部員たちの返事を待つことなく下草が生い茂る木々の中へ分け入っていく。
「…行くしかなさそうね」
優子はそう言うと、藤木の後に続いた。他のメンバーも遅れないように彼らの後を追い、殿を岡部が務める。どうやら岡部は後ろにいる者のフォローをする為にその位置にいるようだった。
「山の中で迷った時は山頂を目指すのが鉄則だからな」
先頭を歩く藤木が大声でそんな事を言いながら森の奥を突き進んでゆく。
「どうして山頂を目指すんですかぁ?」
優子の後を歩くあおいが疑問の声を上げる。
「それはだな、上に行けば行くほど狭くなるので見つけてもらいやすくなるし、正規のルートや案内標識に辿り着く可能性が高くなるからだ」
「下に行けば行くほど末広がりになるから捜索面積が広がるから、発見してもらいにくいってのと、下り坂の方が足に負担がかかるから疲れやすいし、転倒なんかの怪我をしやすくなるからよ」と藤木の説明に優子が補足を加えた。
「ひとつ賢くなりました」
納得したのかあおいが元気よく答える。
「あおいちゃんはいつも元気やよな」
グループの後方を歩いていた古谷がそんな感想を漏らしていると、静香が「まだまだお子様よね…あたしには無理」と息を切らしながら苦笑いを浮かべる。
「先輩聞こえてますよ。私がお子様ならこの程度で息を切らしてる先輩はババアですね」
あおいは意外に勝気な性格らしく、静香に遠慮なしに言い返した。
「誰がババアよ!」
静香はすぐにあおいの言葉に反応して叫び返す。
「二人ともおなかが空いたのかしら? 美味しいお弁当をいただいたらカリカリする事も無くなるわよぉ」
険悪なムードが流れ始めたの二人の間に香奈子が間延びした声で割って入る。
「お弁当楽しみですぅ」
香奈子の言葉にあおいはそう言って笑顔を見せる。そんなあおいに「やっぱり子供ね」と言おうとした静香だったが、華に睨まれてその言葉を飲み込むのだった。
「目的地到着!」
道なき森の中に入って小一時間ほど経った頃、川幅2m程の小川のほとりに辿り着くと、藤木が足を止めそう宣言した。
「疲れた~」
河原にそう言いながら静香がへたり込んだ。
「思ったよりいい場所じゃない」
周囲を観察した華が感心した様に言うと、藤木は得意そうな表情を浮かべる。
「ここは俺の秘密の場所だから、絶対内緒な」
そう言って藤木は不器用なウインクをする。
「川の水綺麗…確かにここならプラナリア見つかるかも」
そう言いながら優子はリックからプラスチックの小さな水槽を取り出す。
「では1330(イチサンサンマル)まで自由行動。危険なので単独行動禁止だから、ここから離れる時は申告する事」
腕時計の時間を確認して藤木が指示を出す。
「1330って何の事ですか?」
藤木の言っている意味が解らす渉が傍にいた古谷に尋ねる。
「時間の事や。13時30分って意味。自衛隊での時間の読み方なんやて」
「へぇ」
「普通の言い方でええと僕は思うけど、藤木先輩らしいわ」
そう言って古谷は笑った。
そんな会話をしている間に、優子とあおいは川に入ってプラナリアの捜索を開始し、香奈子はレジャーシートを川辺に敷いてお湯を沸かしたいのか携帯コンロ等の店開きをしていた。静香と華はその香奈子の傍でおしゃべりを始めている。
「…ええと」
渉は何をすれば良いのかわからずその場に立ち尽くしていると、岡部がそれに気が付いて渉を手招きした。
「したい事が無いなら、焚き火一緒にする?」
「あ、はい」
岡部は背負ってきたリックサックから焚き火シートを取り出すとそれを平坦な地面に敷き、その後折り畳み式の焚き火台を手際よく組み立て始める。
「大きなリックだと思っていたら、これが入ってたんですね」
完成した焚き火サイトを見て渉が目を丸くしていると、岡部はハイキングやキャンプには必ず持ってくるのだという。
「なんか、みんな好きな事しているみたいですね?」
渉が周囲の仲間たちを見回して岡部にそう言うと岡部は「生体採収って名目の部員たちのレクリエーションを兼ねたハイキングだから」と笑う。
「生体採収って言ってたから、てっきりみんなで川で大捜索して集めるのかと思ってたんですけど…」
「渉君がしたいなら、それでもいいよ――ほら、古谷君も優子ちゃんたちとは違う場所で何か探してるみたいだし」
「あ、ほんとだ」
川の方で古谷も川辺の岩場を覗いて回っていた。
「あれ? 藤木先輩は?」
藤木の姿がなくなっている事に気が付いて渉が周囲を見回す。
「奴なら、焚き材を集めに行ったよ」
「単独行動禁止って言ってた本人が単独行動って…説得力無いなぁ。しかもあの格好じゃ、はぐれたら森に紛れて見つけられないじゃないですか」
渉が呆れていると、噂の迷彩服が大量の落ち葉や枯れ枝を包んだシートを手に戻って来た。
「おう、少年、楽しんでるか?」
「…ええ、まあ」
藤木に渉はそう返事した後、藤木が集めて着た炊き材を見る。
「薪みたいな木少ないみたいですけど…」
「夜通し焚き火をする訳でも、飯を炊く訳でもないから、これで十分」
そう言うと藤木は焚き火台に下に太く大き目の木の枝を三角の山が出来るように組み合わせ、組み合わせた木の枝の下の隙間に細い枝や枯れ葉を詰めていく。その様子を見ながら岡部が渉に解説を始めた。
「太い木の枝に火をつけようとしても燃えにくいから、こうやって組んでおいてからその下の細い枝や枯れ葉を入れて、それに火をつければ太い枝に火が移るんだ…やってみる?」
「…あ、はい」
渉は岡部からマッチを受け取ったのだが、その場で固まる。
「…どうした?」
「あの…これマッチなのは知ってますが、俺、使い方解りません…」
「え?」
「マジか⁈」
岡部と藤木はマッチの使い方を知らない人間がいるとは思わなかったらしく、顔を見合わせる。
「…じゃあ、これ」
仕方がないといった様子で岡部が今度はライターを渉に手渡したが、渉は更に困り顔になった。
「…まさか、ライターの使い方も知らないとか?」
「…はい」
情けなさそう返事をする渉に「嘘だろう⁈」藤木が叫ぶ。
「どうしたの?」
藤木の叫びに仲間たちがわらわらと集まってきた。
「鏡君、マッチもライターも使い方を知らないんだと!」
藤木の説明を聞いた仲間たちの反応は様々で、驚く者、使う機会がなかったのなら仕方がないという者がいる中、華が恥ずかしそうに「実は私も…」と手を上げた。
「ええ⁈」
頭脳明晰で文武両道の華に出来ない事があるのかと、一同驚きの声を上げる。
「今は何でもスイッチを押せば火が付くんだもん、コンロもお風呂も」
「…いや、まあ、そうだけど」
普段毒のある言葉を口にする事が多い静香だったが、まさか華が…と強い衝撃を受けたのか言葉を失っていた。
「特訓しかないな!」
そう言いながら藤木が嬉々としてマッチを華に手渡す。
「出来ない事が恥じゃない! 挑戦してみようとしないのが恥なんだぞ! やる気があるなら教官は俺に任せておけ!」
普段華にコテンパンにされている藤木が、今なら華よりも優位に立てるチャンスとばかりにそう言う。さすがの華の今回ばかりは渋々であったが藤木に頭を下げる。
「…お願いします」
「よぉし、任せとけ!」
張り切る藤木の様子を見ながら、世の中何があるかわからないと思っていた渉であったが、その自分もマッチやライターの使い方を知らないままでいるのはマズそうだと、慌てて一緒に頭を下げるのだった。
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