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そして・・・再び
二風谷へ急げ!
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里沙が何かに閃いてベッドから起き上がった。
「里沙ぁ? どうかした? こんな時間に……」
ベッドのデジタル時計は午前三時を表示している。一花が目をこすりながら片肘をついて半身を起こした。
「またなの。何かが閃いて目が覚めたの!」
里沙がベッドから出てテレビのスイッチを入れた。テレビ画面には、朝早くから放送しているニュース番組のキャスターが、神妙な面持ちで原稿を読んでいる。
「こんな時間なら、朝のニュースくらいしかやってないわよ」
一花はベッドから降りてスリッパをはいた。
「前と同じなのよ、寝てるときに寒気を感じて目が覚めたら……そしたら突然閃いて兄さんの声が聞こえた気がしたの」
二人は、その日の午後便で福岡に帰る予定だった。ホテルも苫小牧から新千歳空港に近い場所に変えている。
「どうしても気になるのよ。もう一度二風谷に行きたい――」
「ええっ! だって、今日の午後便で帰るって……」と言いながら一花は頬を膨らませて抗議の目で里沙を見た。
「お願い! もう一日、今日までつき合って!」
拝み込む里沙に「やれやれ」と、言いながら、このまま帰っても何も収穫がなかったことになるか、と考えて一日滞在を延長することにした。
「じゃ、今日の福岡便キャンセルしなきゃ」と言いながら、私服に着替えようとベッド脇に立ったとき、突然一花の視界が赤で染まった。
「あっ!」と言ってベッドに座り込む。里沙の顔が赤い膜の中に見えた。
――このタイミングで、私に何を見せようとするの?
一花は身構えた。
沙流川と思われる川が見える。
まだ夜明け前で周囲は漆黒の闇に覆われていた。
パトカーや救急車の赤い点滅と共にサイレンの音が聞こえる。
川べりから、夜間照明と思われる明るい光で川の中央部が照らされた。
照明で照らされた川の中州に、男がうつぶせに倒れている。
「ハルキ」と呼ぶ女の声。
一花は身じろぎもせず、じっと正面を見据えた。徐々に赤い膜の色が褪せてくると、里沙の声が遠くに聞こえる。
「一花! 一花! また何か見えたのね!」
里沙の声の方向を見た。
「里沙! 二風谷よ! 春樹が見つかったかもしれない」
二人は大急ぎでホテルを出て車に乗り込んだ。
一花がハンドルを握って「行くわよ!」と、助手席の里沙に声をかける。
車は国道を南下した。まだあたりは真っ暗だが、満月の青白い明かりが車の中に差し込んでいる。月はすでに西の空にあった。対向車はほとんどいない。
「月の明かりが気持ち悪くない? なんか青い色」
ハンドルを操作しながら、一花がフロントガラスから空を見上げた。
里沙の反応がない。
「どうした? 里沙?」と里沙の顔を見た一花は表情を変えた。
ハンドルを切って路肩に車を停める。
「里沙! 里沙! どうしたの?」
助手席で、里沙が大粒の涙を流して嗚咽していた。
「里沙!」
里沙は震えながら涙を流している。
「ウッウッ……い……一花……涙が……涙が出てきて……止まらないの」
大粒の涙をハンカチで受けながら里沙は顔を伏せた。
一花は静かに里沙の肩に手を乗せた。
「里沙……」
里沙は、自分でもなぜ涙が流れるのかわからなかった。目が充血している。
しばらくして、落ち着いた里沙が静かに話し始めた。
「突然泣けてきた……。大切な人が遠くに行ってしまうような、そんな悲しみが込み上げてきて――」
「春樹のこと? じゃないわよね?」
「うん。兄さんのことじゃないみたい。今まで経験したことのない悲しみだわ……」
「大丈夫? 一旦ホテルに戻ろうか?」
「いや。一花、このまま行こう」
「そう?」里沙の顔を見ると少し笑っていた。
「わかった。じゃ、車出すね」
一花はサイドブレーキを下ろしてアクセルを踏み込んだ。
掛川は二風谷に向かうパトカーの助手席で携帯を手にしていた。ハンドルを握る白石は生あくびをしている。
門別警察管内では急を要する事件が起こることは少ない。ましてや、夜中に呼び出しを受けることなどめったにない。この日は、午前三時過ぎに緊急の通報が入った。沙流川で人が倒れているというのだ。
「いや、しかし、当直の夜中に呼び出されるなんて……。ああ眠い……でも、こんな夜中にジョギングなんて、変だと思いません?」
「何言ってんだ。いつ何が起こるかわからないのが世の常だ。どんなときでも冷静に対応できなきゃだめじゃないか。少しは緊張感を持て」
掛川は携帯電話のアドレス帳から選択して通話ボタンを押した。
「何してんですか? こんな時間に、失礼ですよ」
白石の間の抜けた声に苦笑しながら掛川は携帯電話を耳に当てた。
「うん、ひょっとするともう起きてるかもしれん」
一花は、二風谷ダムの駐車場に車を停めた。
「静かね」
フロントガラスを下から覗き込むと青い月が見えた。
里沙がスマートフォンを見ながら考え事をしていると、突然呼び出し音が響いた。
「!」
「びっくりしたぁ。誰?こんな時間に」
横で胸を抑える一花に笑顔を向けながら、里沙が電話マークをタップする。
「警察の掛川さんよ」
「えっ!」一花が目を見開く「――こんな時間に?」
「もしもし──」
「ああ、良かった起きてらしたんですね」
「ええ、また虫の知らせっていうか、寒気がして目が覚めたんです」
「ふむ、というと今は? どこにいらっしゃいますか?」
「二風谷ダムの駐車場です」
里沙はスマートフォンの画面のスピーカーフォンのマークをタップした。
「やっぱりね。実は先ほど、ジョギング中の年配の方から若い男が川で倒れていると通報を受けましてね。私たちも現場へ向かっているところです。あなたのお兄さんと関係があるんじゃないかと思いまして、失礼は承知の上でご連絡差し上げました」
掛川の声が車内に響く。一花が里沙を見た。
「場所は、そのダム湖からさらに上流です。来られますか?」
一花がエンジンをかけてサイドブレーキを外した。
「わかりました。今から向かいます」
里沙が電話を終えると同時に一花がアクセルを踏む。
車は駐車場から川べりの道に入った。
沙流川の上流へと車を走らせていると、二台のパトカーの赤いライトが見えた。すぐ後ろには救急車も走っている。
「あれね」
一花がアクセルに力を入れた。里沙は下を向いたまま目を閉じ、スマートフォンを握りしめている。
「その男は春樹だね……間違いないわ!」
助手席の里沙はすでにうっすら涙を目にためてしきりに首を縦に振っている。
──兄さん……生きていて。お願い。
一花は救急車に追いついた「スピード出し過ぎたかな」と、わざとおどけてみせるが、
里沙は無表情だ。
前の車が止まった。大きな照明の明かりが灯され、川面がはっきりと視認できる。
沙流川の上流は川幅も狭まり水量も少なかった。中州に照明があたると一つの白い人影が浮かび上がる。
「里沙! 人が倒れてる!」
里沙は下を向いたまま震えていた。目は閉じたままだ。
前に停まったパトカーから何人かの警官が走り出た。救急隊も担架を持って川を渡ろうとしている。
「行くよ! 里沙!」
里沙は動こうとしない。極限の緊張状態が体の動きを遮っていた。
「里沙ぁ? どうかした? こんな時間に……」
ベッドのデジタル時計は午前三時を表示している。一花が目をこすりながら片肘をついて半身を起こした。
「またなの。何かが閃いて目が覚めたの!」
里沙がベッドから出てテレビのスイッチを入れた。テレビ画面には、朝早くから放送しているニュース番組のキャスターが、神妙な面持ちで原稿を読んでいる。
「こんな時間なら、朝のニュースくらいしかやってないわよ」
一花はベッドから降りてスリッパをはいた。
「前と同じなのよ、寝てるときに寒気を感じて目が覚めたら……そしたら突然閃いて兄さんの声が聞こえた気がしたの」
二人は、その日の午後便で福岡に帰る予定だった。ホテルも苫小牧から新千歳空港に近い場所に変えている。
「どうしても気になるのよ。もう一度二風谷に行きたい――」
「ええっ! だって、今日の午後便で帰るって……」と言いながら一花は頬を膨らませて抗議の目で里沙を見た。
「お願い! もう一日、今日までつき合って!」
拝み込む里沙に「やれやれ」と、言いながら、このまま帰っても何も収穫がなかったことになるか、と考えて一日滞在を延長することにした。
「じゃ、今日の福岡便キャンセルしなきゃ」と言いながら、私服に着替えようとベッド脇に立ったとき、突然一花の視界が赤で染まった。
「あっ!」と言ってベッドに座り込む。里沙の顔が赤い膜の中に見えた。
――このタイミングで、私に何を見せようとするの?
一花は身構えた。
沙流川と思われる川が見える。
まだ夜明け前で周囲は漆黒の闇に覆われていた。
パトカーや救急車の赤い点滅と共にサイレンの音が聞こえる。
川べりから、夜間照明と思われる明るい光で川の中央部が照らされた。
照明で照らされた川の中州に、男がうつぶせに倒れている。
「ハルキ」と呼ぶ女の声。
一花は身じろぎもせず、じっと正面を見据えた。徐々に赤い膜の色が褪せてくると、里沙の声が遠くに聞こえる。
「一花! 一花! また何か見えたのね!」
里沙の声の方向を見た。
「里沙! 二風谷よ! 春樹が見つかったかもしれない」
二人は大急ぎでホテルを出て車に乗り込んだ。
一花がハンドルを握って「行くわよ!」と、助手席の里沙に声をかける。
車は国道を南下した。まだあたりは真っ暗だが、満月の青白い明かりが車の中に差し込んでいる。月はすでに西の空にあった。対向車はほとんどいない。
「月の明かりが気持ち悪くない? なんか青い色」
ハンドルを操作しながら、一花がフロントガラスから空を見上げた。
里沙の反応がない。
「どうした? 里沙?」と里沙の顔を見た一花は表情を変えた。
ハンドルを切って路肩に車を停める。
「里沙! 里沙! どうしたの?」
助手席で、里沙が大粒の涙を流して嗚咽していた。
「里沙!」
里沙は震えながら涙を流している。
「ウッウッ……い……一花……涙が……涙が出てきて……止まらないの」
大粒の涙をハンカチで受けながら里沙は顔を伏せた。
一花は静かに里沙の肩に手を乗せた。
「里沙……」
里沙は、自分でもなぜ涙が流れるのかわからなかった。目が充血している。
しばらくして、落ち着いた里沙が静かに話し始めた。
「突然泣けてきた……。大切な人が遠くに行ってしまうような、そんな悲しみが込み上げてきて――」
「春樹のこと? じゃないわよね?」
「うん。兄さんのことじゃないみたい。今まで経験したことのない悲しみだわ……」
「大丈夫? 一旦ホテルに戻ろうか?」
「いや。一花、このまま行こう」
「そう?」里沙の顔を見ると少し笑っていた。
「わかった。じゃ、車出すね」
一花はサイドブレーキを下ろしてアクセルを踏み込んだ。
掛川は二風谷に向かうパトカーの助手席で携帯を手にしていた。ハンドルを握る白石は生あくびをしている。
門別警察管内では急を要する事件が起こることは少ない。ましてや、夜中に呼び出しを受けることなどめったにない。この日は、午前三時過ぎに緊急の通報が入った。沙流川で人が倒れているというのだ。
「いや、しかし、当直の夜中に呼び出されるなんて……。ああ眠い……でも、こんな夜中にジョギングなんて、変だと思いません?」
「何言ってんだ。いつ何が起こるかわからないのが世の常だ。どんなときでも冷静に対応できなきゃだめじゃないか。少しは緊張感を持て」
掛川は携帯電話のアドレス帳から選択して通話ボタンを押した。
「何してんですか? こんな時間に、失礼ですよ」
白石の間の抜けた声に苦笑しながら掛川は携帯電話を耳に当てた。
「うん、ひょっとするともう起きてるかもしれん」
一花は、二風谷ダムの駐車場に車を停めた。
「静かね」
フロントガラスを下から覗き込むと青い月が見えた。
里沙がスマートフォンを見ながら考え事をしていると、突然呼び出し音が響いた。
「!」
「びっくりしたぁ。誰?こんな時間に」
横で胸を抑える一花に笑顔を向けながら、里沙が電話マークをタップする。
「警察の掛川さんよ」
「えっ!」一花が目を見開く「――こんな時間に?」
「もしもし──」
「ああ、良かった起きてらしたんですね」
「ええ、また虫の知らせっていうか、寒気がして目が覚めたんです」
「ふむ、というと今は? どこにいらっしゃいますか?」
「二風谷ダムの駐車場です」
里沙はスマートフォンの画面のスピーカーフォンのマークをタップした。
「やっぱりね。実は先ほど、ジョギング中の年配の方から若い男が川で倒れていると通報を受けましてね。私たちも現場へ向かっているところです。あなたのお兄さんと関係があるんじゃないかと思いまして、失礼は承知の上でご連絡差し上げました」
掛川の声が車内に響く。一花が里沙を見た。
「場所は、そのダム湖からさらに上流です。来られますか?」
一花がエンジンをかけてサイドブレーキを外した。
「わかりました。今から向かいます」
里沙が電話を終えると同時に一花がアクセルを踏む。
車は駐車場から川べりの道に入った。
沙流川の上流へと車を走らせていると、二台のパトカーの赤いライトが見えた。すぐ後ろには救急車も走っている。
「あれね」
一花がアクセルに力を入れた。里沙は下を向いたまま目を閉じ、スマートフォンを握りしめている。
「その男は春樹だね……間違いないわ!」
助手席の里沙はすでにうっすら涙を目にためてしきりに首を縦に振っている。
──兄さん……生きていて。お願い。
一花は救急車に追いついた「スピード出し過ぎたかな」と、わざとおどけてみせるが、
里沙は無表情だ。
前の車が止まった。大きな照明の明かりが灯され、川面がはっきりと視認できる。
沙流川の上流は川幅も狭まり水量も少なかった。中州に照明があたると一つの白い人影が浮かび上がる。
「里沙! 人が倒れてる!」
里沙は下を向いたまま震えていた。目は閉じたままだ。
前に停まったパトカーから何人かの警官が走り出た。救急隊も担架を持って川を渡ろうとしている。
「行くよ! 里沙!」
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