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大団円 アンバーはデイブに愛してると言ってほしい い

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 現在ソコロの部屋にアンバーはいる。初めて訪れた聳え立つ公爵邸に、口をあんぐり開けたままの間抜け顔でしばし絶句していたアンバーだが、その件は是非内緒にして欲しい。

 公爵邸はきっと広いだろうな立派だろうなと想像をしてアンバーはやって来たが、そのアンバーの予想を軽く裏切るほど公爵邸は豪邸だった。

 庭園も王宮なのでは……と目を見張るもので、公爵邸とホラーハウスドゥリー伯爵邸の違いに目を白黒させるアンバーであった。

 常々思ってはいたが、やはりソコロは雲の上の人で、しがない伯爵令嬢のアンバーとは生きてる世界が違う人なのだと。
 そんなソコロはアンバーに良くしてくれる。その間にデイブという存在がいたとしても、アンバーにはソコロの友情に感謝しかない。

 ソコロの部屋は広く豪華で、場違い過ぎてアンバーは身が縮こまったが、豪華な部屋には不似合いなぬいぐるみや可愛い小物類が、こんな豪邸で育った公爵令嬢ソコロが同い歳の女の子だと教えてくれて、少しだけ縮こまった体が元に戻った。

「それでアンバーはデイブに『愛してる』と言って欲しいと」

 ソコロがお茶をアンバーの目前で淹れているが、その所作の美しさにアンバーは見惚れる。ソコロ様のサロンで見慣れているというのに、場所が違うと新鮮に写るのだろうか。

「えっ……それは無理じゃないアレだから」

 ジエネッタも一緒だ。公爵邸へ集合したのはジエネッタに、激しくホラーハウスドゥリー伯爵邸を拒否されたから。

「そうねぇ、アレだから無理ですわね。わたくしもそう思いますわ」

 ソコロはさもお気の毒に、とでも言いたげにアンバーを見た。
 アンバーはそんな二人に、アレとか言わなくてもとか、無理とか言わなくてもとか、ぶつぶつと独り言のように呟いた。

「でも一応は恋愛婚約ですよ。政略結婚ではなくて」

 二人に色々言われても納得いかないアンバー。ちょっと食い下がってみる。

「でもアレだよ。人と感性が違い過ぎるから、彼の中では『愛してる』は愛を囁く言葉じゃないのよ。多分」
「そうですわ。『ほくそ笑む笑顔が素敵だ』とか『にやりと悪巧みする君は、この世の者とは思えない程に綺麗だ』が彼にとっては褒め言葉兼愛の囁きなのですわ」
「……二人ともそれときめきますか?」

「まったく」
「ときめけたら、デイブと最高の相性の人認定できますわね。」

 ですよねー、アンバーはいつも糸目ですと、アンバー声を大にして言いたかった。

 人が遭難しそうな猛吹雪の中(見えないだけで)あやうく遭難しかかっていたアンバーが意識を取り戻すと、婚約の書類には何故かアンバーのサインが……あれ、覚えがないと首を傾げたが、すでに外堀は埋まっていた。『アンバー、でかした!父は安心した』と泣きながら父に祝福されるに至っては、反論する道も逃げ道も断たれているのに思い至ったアンバーには、用意周到なデイブとの婚約を受け入れざるを得なかった。

「まぁ、いいじゃない。愛の言葉はなくとも愛はあるのだから」
「そうでしてよ。そこは疑いようがないですわね。幼馴染ですけど、デイブがあんな人とは思いもしませんでしたわ」

ジエネッタもソコロも呆れ顔。

 そうデイブは愛を隠さない男だった。常にアンバーを観察し、アンバーを優先する。これだけ真っ直ぐに愛を隠されないと、やはり絆される。今ではしっかりアンバーもデイブを好きになっていた。

「そこは疑ってません。でも言葉も欲しいじゃありませんか?」
「アンバーは乙女思考だからねぇ。でも相手がアレじゃぁ……」
「気持ちは分かりますわ。ですがデイブがアレですものね」

 重苦しい雰囲気となる。ソコロもジエネッタも遠い目をし、アンバーとは視線を合わせないようにしている。

そもそも本来は『愛』とか『恋』とか『好き』とかは、恋愛していれば付録みたいについてくるものだと、アンバーは思っていた――だが違うらしい。いつまで経っても見当たらない。これは……実は『愛』とか『恋』とか『好き』は態度で語られるよりも、言葉で語られる方が難しいものだったのかと、間違った方向にアンバーの思考は猪突猛進に進んでいた。

「じゃぁここはソコロ様にご出陣してもらい、幼馴染として注進してもらうのは?」
「えっわたくしが!」

 ソコロ、心底嫌そうな顔をする。

「ジエネッタ!素晴らしい。ソコロ様何卒よろしくお願いします」

 もう机に頭を擦り付ける勢いで、アンバーはソコロに頭を下げた。

「しっししかたがないですわね。――そういえばもうすぐ王宮での夜会ですわね。そのときにデイブには話しましょう」

 幾分動揺しながらソコロはそう答えたが、内心ではどう説得してもアレは無理でしょうとすでに匙を投げていた。

 こうしてアンバーは、とてもない期待を胸に夜会を待つこととなる。

 

 アンバーはデイブから贈られたドレスを身に纏い、迎えにくるデイブを待っていた。そういやオブリンと婚約していた頃は、夜会の迎えはあったが贈りもの(菓子類除く)は貰ったことがなかったな……といらないことを思い出し、ちょびっと悲しくなる。『エルノーラ砂化現象』後、主人のいなくなった部屋を整理したら、プレゼントされたと散見される数々のものは、ほぼ父から贈られたと判断できたが、中にはあきらかに市井で買われたと、思しきものもあった。

 状況を考えればオブリンからの贈りものと考えるのが筋だろう。
 アンバーは別にものが欲しかったわけではない。だけどオブリンが贈ったと思しきものを見て、なんともやり切れない気持ちになったのは事実で、胸がちくりと痛んだのを忘れられなかった。

 そんな経験をしたからか、デイブはアンバーがいるのに他の女へ贈りものなど絶対にしないと、信頼できる点もアンバーがデイブを好きな理由の一つだ。

 デイブのエスコートで王宮の舞踏会の会場へ到着すると、ソコロもジエネッタも家族と一緒にいる。目で合図を送り合い、先ずはデイブと一緒に挨拶回りをする。アンバーのドレスの色はもちろんデイブの色だ……全身が。流石にここまで(全部デイブの贈りもの)だとアンバーも恥ずかしくなる。だがデイブは会場中にアンバーはデイブのものとアピールできてご満悦。

 ほどほどでソコロとジエネッタと会場の壁際で合流し、それぞれがドリンクを手に談笑する。そしてアンバーもジエネッタもこの場をどう離れるか、笑顔の裏で策していた。ジエネッタは優雅に微笑み、アンバーは小細工してますと、さも書かれてそうな顔で様子を伺う。アンバーの顔を見てソコロが若干引き気味なのには、アンバー気付かない。デイブは目を細め、歪んだ口元の口角をかすかに上げているアンバーがあまりにも愛しくて、今にも抱きつきたかったし、真剣に絵師をここに呼べるか考えていた。

 なんとか隙を見つけて、料理が並ぶ一角にジエネッタと向かう。デイブには絶対にジエネッタと離れないことをアンバーは約束させられる。

 この場を離れていくアンバーに期待してますと、強く目で訴えかけられたソコロは困っていた。えっそんなに期待されても困りますわと、その困惑を顔にはださないけど、ソコロの動揺は手に持つ扇に表れていた。先ずは話をしないと……切っ掛けをつくらなくてはと、ソコロは焦る。

「ソコロはもてるな。今日は若い令息がソコロをちらちらと見てるぞ」
「公爵家がもてているのですわ……それはそうと、デイブの婚姻ももう一年もないですわね。プロポーズは済みましたの?」

 自然な会話になってますかしら?と、ソコロ、どきどき。

「うむ。プロポーズか……」
「あらその様子ではまだですのね。いけませんわ。きちんとしないと……そのときはデイブ分かってますわね」

 キロっとデイブをソコロは睨む。ソコロは囁くのは愛ですわよ、という気持ちをのせたつもりで。

「あぁ、ソコロ心配しないでくれ、プロポーズの言葉はとっておきの言葉をとってある」
「まぁ、とっておきの言葉ですの?……それはアンバーが喜ぶ言葉ですわよね?」

 やれば……できる?とソコロ、ちょっと訝しみながらも、自分で自分を褒めたくなった。

「もちろんだとも!アンバーが感動のあまり失神してしまうかもしれない言葉だ。だから安心したまえ」
「まぁデイブ、素晴らしいわ。のち程アンバーから話を聞くのを楽しみにしてますわ」

 もしかしてわたくし成し遂げられたのかしら?ソコロ、心の中で祝杯をあげる。

 この会話が実はまったく噛み合っていなかった事実を、のちに知ったソコロは衝撃を受け、自分のデイブへの認識の甘さに唇を噛みしめることになるとは、この時点では些かも想像だにしていなかった。

 ……『のち』もすぐではあるのだが。この時点ではソコロは知らない。

「ソコロ任せてくれ!」

 デイブは自信ありげにソコロへ微笑んでみせる。その笑顔に重過ぎる使命を課せられたソコロも、安堵したかのように微笑み返した。……数時間後には裏切れるとも知らずに。

 気を良くしたソコロは、手にしていたワインをぐびぐびと喉を鳴らして飲むのだった。
 
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