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おまけ 海に捧げる 〜雷鳴は邪魔を喜ぶ〜 final

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 ソコロがそうそうにベッドに入って寝息をたてている部屋で、同じくベッドに入ったアンバーだったが、右に左に寝返りをうつが寝れない。

 馬車の中ではあれほど眠かったというのに、今は眠くないし眠れそうにない。頭が冴えてしまったのだきっと。

 アンバーはガウンを羽織るとそっとベッドをでる。

 普段ならミミルに飲み物を頼んだりするが、今日はミミルは仕事兼休暇、アンバーはそう思っている。だからこんな時間にミミルを呼び出すのは忍びなく、部屋のテラスが見える位置にある椅子に座り、テラスへと続くガラス製のドアから見える月を眺めていた。

 濃い二日間が終わろうとしている。こっ濃かった……。初日の驚きから始まって、今日の馬車でのスチュアートの告白。
 恋愛経験値なしで、男心などこれっぽっちも分からないアンバーには、スチュアートの話に浮気男め!と立腹したけど、同時に純粋なソコロへの想いに涙がでそうにもなった。

 しんしんとふり注ぐ月明かりに誘われてアンバーはテラスへ足を運ぶ。
 昨日は満天の星空だったが、今日は残念ながら黒い雲が浮かんでいる。だけど今はまだ灯りはなくとも月明かりで充分に明るい。明日は帰路につくけど、雨が降らないといいな。

 テラスに置いてあった長椅子に座りアンバーが月を見上げていると聴き慣れた声が聞こえてきた。

「アンバー?」

 アンバーが声をする方を見ると、隣の部屋のテラスにいるデイブが目に入った。

「デイブ」

 デイブもまた眠れずにワイングラスを手にして、月明かりの下で寝酒を飲んでいたのだ。偶然にもアンバーに会えた喜びにデイブは笑みを溢す。

「アンバー、馬車の中ではあんなに眠そうだったのに、眠れないのか?」
「色々あり過ぎて、目が冴えちゃったみたい」
「そうか。そうだな色々あったな。ストゥーもソコロもな」

 デイブが嬉しそうに笑う。ほら予定通りにいったろと言いたげに。

「そうだね、あの二人の雰囲気は昨日とは全然違ね。――うん。今日のが全然いいよね」

 素直にアンバーは頷いた。そして頭にスチュアートとソコロの姿を浮かべて、顔を曇らせる。

「アンバーどうした?顔が暗いぞ」
「あ……ちょっと切ないなって」
「切ない?……そうかちょっと待ってろ」

デイブは器用にワインボトルとグラスを片手にもちテラスの手すりにのり、ひょいっと飛ぶとアンバーのいるテラスへ着地した。

「デっデイブ、危ないわ。お酒も飲んでるのに、落ちたら怪我するのよ。打ちどころが悪かったら死んでも……」

 すっとデイブはアンバーの口に指をあてた。

「アンバーの為に怪我をするなら本望だよ」

 デイブの瞳の優しさにアンバーはふっと微笑すると、それ以上その話を続けなかった。

 アンバーの隣に座ったデイブはグラスにワインを注ぎ、おもむろにアンバーを見てワインボトルを振る。

「寝酒に少しだけ飲むか?」

 アンバーは少しだけ考え、頷くと部屋へグラスを取りに行き、戻ってくるとデイブは上を向いて月を眺めていた。

「スチューの告白はやはりショックだったか?」

 デイブはアンバーのもつグラスにワインを注ぎ、アンバーにそう質問した。

「ショックでないとは……言えないかな。正直」

 常に笑顔をたやさず、貴族や平民への分け隔てのない態度、ソコロへ向ける愛情、品行方正な振る舞い。スチュアートは何ひとつ欠けることない完全無欠の王太子だったのだ。

あくまでアンバーにとってはだけど。

 それが、ソコロという婚約者がいたのに、何人もの女性と浮気をしていただなんて……もうスチュアートの印象が、がらがらとアンバーの胸の中で音を立てて、崩れ落ちた瞬間だった。それも木っ端微塵に。

「はははっ。あいつは国民なら誰もが理想的だと、歓迎する王太子を演じていたからな」
「演じていたのなら、私は騙されていた……ということですね」

 じとっとアンバーはデイブを睨んだ。

「そうは言ってない。言ってないが結果としたらそうなるのか。うん。だが、あいつの女の噂はそれまで一つも聞いたことないだろ」
「――確かに。王太子の女性関係の悪い噂は、ジョイより前は聞いたことありません」
「それだけソコロ一筋だったってことだよ。なによりソコロを傷つけるのが嫌だったんだから、あいつは」
「そこは理解できます」
「心と体が別な時期がある――んだよ。男には」

 デイブは困った顔でアンバーを見た。

「それは、デイブ様もそう……と受けとってよろしいのでしょうか?」

 じろっと睨むアンバーにデイブはさらに困った。だがここで愛しのアンバーの誤解をうけるわけにはいかない。デイブ気を引き締める。

「そこも人それぞれだろうか。少なくとも私は違う。身も心もアンバー一筋だ。うん」

 アンバーはデイブの言葉に、きゅっと両手でもっているグラスを握りしめた。そしてぽぽっと顔を赤くした。

 そういえば、デイブと隣同士に座る経験はいくらでもあるが、常に人の目があった。学園では、ソコロだったりジエネッタだったり。伯爵邸だったらミミルだったり。
 こんな風に、二人っきりになったことあったかしら。
 そうアンバーは気付いたら、いきなり心臓がどきどきとしてきた。

 ――いやない。一度もこんなに距離が近くて二人きり……

 表情に態度にはださないが、アンバーは余裕を失い混乱していた。

 どっどうしよう……いやこれはレモンの味を知るチャンスでは。がっ頑張らねば。

 アンバー、ごくりと喉を鳴らし、よく分からないが頑張る気持ちを定めた。

「あっ!せっかくいい月明かりだったのに」

 デイブの言葉にアンバーが夜空を見上げれば、さっき見た黒い雲が風に流され月へとかかろうとしていた。

 少しずつ辺りが暗くなっていく。

「他に灯りがないから、月が隠れると暗くなるな」

 そう言ってデイブはアンバーの方を向くと目が合った。
 アンバーの目が潤んでいる。それが妙に扇情的にデイブには感じた。普段色気のいの字もないせいか。

 今度はデイブがごくんと喉を鳴らす。

 無言になる二人。見つめ合う二人……まるで時が止まりこの世の中には二人しか居ない、そんな気持ちにさせられる。

 月は完璧に黒い雲に隠されたようで、暗闇となった。もちろん目が慣れれば辺りを伺えるくらいの暗闇だが、今はまだ目が慣れていない。

 デイブとアンバー、お互いしか見えない
。瞳が揺れて潤むアンバー、熱を帯びた瞳のデイブ。

 そして……ゆっくりと二人が近づいたとき、ぴかっと黒い雲が光った。

 するとデイブは自分達の部屋ではない隣のテラスが目に入る。

 そこには一人の髪の長い女が立っていた。……無表情に。

 その間わずか数十秒……デイブは怯んだ。その女の無表情が非常に怖かったのだ。

 辺りはまた暗闇に戻り、その女の姿も消える。

 はっとデイブがアンバーを見ると、不思議そうな表情を浮かべている。
 気をとり直すようにデイブはニ~三回頭を振るとアンバーを見た。

 そして……再度二人は近づいていくそのとき、ぴかっと黒い雲が光る。

 するとデイブは自分達の部屋ではない隣のテラスが目に入る。

 そこには一人の男が背筋を伸ばし立っていた。……無表情に。

その間、わずか数十秒……デイブは怯んだ。その男の無表情が非常に怖かったのだ。

 辺りはまた暗闇に戻り、その男の姿も消える。

 デイブの顔色は先ほどとは違い、今は青白く目は見開き、表情は固くなった。
 アンバーはまさか背後のテラスの異変に、デイブがこんな態度になってるとは思わず、しきりにどうしたのかと小首を傾げた。

 瞬きがおかしくなって、体の動きもおかしくなったデイブは、それでも再度アンバーを見てその体を近づけた。

そのとき、黒い雲はぴかっと光り、遅れて雷鳴を轟かせる。

 するとデイブは自分達の部屋ではない隣のテラスが目に入る。

 そこには、髪の長い女と背筋の伸びた男が無表情に立っていたが、デイブの姿を認めたのか、にたぁ~……と笑った。

 その間わずか数十秒……デイブはぷるぷると恐ろしさに震え、振り返ったアンバーは隣のテラスを見て、デイブに抱きつき悲鳴を上げた。

 「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 アンバーの悲鳴が闇夜のしじまを破る。

 黒い雲は流れ月明かりが戻るが、隣のテラスには誰もいなかった。

 しばし顔色を青くし抱き合った二人は、すっかり興を削がれ、夜が更けたのを確認し別れたのだった。


♦︎♢♦︎♢♦︎♢

 ミミルはデキル侍女。シャロームはデキル執事なのです。

 レモンの味はお預けですよ……

 ……これ書いてたら本当に雷鳴が鳴って、ぽとすびっくり。お笑い担当デイブとアンバーの復讐かしら?(笑)


 
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