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王宮のキューレター誕生

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 アマーリアとレイドルフが伯爵邸内の内覧を終える頃には、青かった空が夕日に変わり廊下を歩く2人をだいだい色に染めあげている。

 ひと通り屋敷内を見て周り、ローリー伯爵が待つ応接室へ向かって廊下を歩いていた。

「本当に幽霊屋敷……でしたのね」

 ついうっかりアマーリアがこぼした言葉を、レイドルフの耳は拾ってしまい苦笑いを浮かべる。

(これでも数日かけて大掃除したんだけどな)

 雇われた早々の大掃除には参った。貧乏とはいえ一応貴族のレイドルフは掃除をした経験はなく、雇用人がてきぱき動く中で無様にも立ち尽くした初日。最終日には誰よりも要領よく掃除をこなしていたとレイドルフは自負している。

 隅々まで綺麗にはした。薄汚れた壁紙だとか剥がれだとか、擦り切れた絨毯とかはどうにもできなかった。

 窓を開けて換気も十分にしたのに空気が澱んでいるような重苦しさがある。

 幽霊など信じていないが――幽霊がでるんだ――と言われても信じられる趣きがこの屋敷にはある。

「手入れをしたら素敵なお屋敷になりますのに」

 辺りを見回しながらアマーリアは思い出してふふふっと忍び笑いを漏らしす。と、その笑い声につられて横を歩くレイドルフがアマーリアの方へ視線を向ければタイミングよくアマーリアと目が合った。

「ふふっ実はだいぶ脅されましたの。女性の霊がでるとか、子供の泣き声が木霊するとか。入ったら最後、行方不明になる……とか言われてこの屋敷に足を踏み入れるのを猛反対されました」

 この屋敷に来るまでがそれはもう大変だった。ロナルドとクーパーにもの凄い勢いで反対された。アマーリアが反論する暇なく捲し立てられひたすらに責められた。

 しかし二人が祖父に逆らえないのをアマーリアは知っている。最終的には『お祖父さまのお願いだから』で押し通し、この屋敷の内覧にこぎつけた。

……多くの制約――もとい約束をしてこの屋敷にやって来たのだ。――ちなみに、馬車の御者はロナルドの側近が扮している。忙しいはずなのに。

「それはまた……大袈裟というか」

「ふふっそうよね?確かに幽霊屋敷みたいだけど、女性の霊も子供の泣き声もないわね」
 
 消息不明になるのは困るが、幽霊などお目にかかったことがないのでちょっと見てみたかったアマーリアであった。
 
「それに……色々と約束させられて。ふふっ、ローリー伯爵と二人っきりになるな……なんてのもありましたの。あなたがいて助かりましたわ」

 ――なんだそういう理由で内覧の案内役に選ばれたのか。

 レイドルフは内心のもやもやした気持ちが晴れてホッとし、肩の力が抜けた。

「それにしても先代ローリー伯爵のコレクションらしき美術品はほとんど見当たりませんわね」

 幽霊がでそうな雰囲気を演出している理由はそれもある。屋敷が立派なのに装飾品が少なく閑散としている。

 長いことそこに絵画が飾られていたのは黄ばんだ壁紙に残る長方形の白い跡から察せられ、そんな部分が屋敷のあちこちに見受けられた。

「先代ローリー伯爵は美術品の愛好家として有名でしたから、それらが失われているのは残念です」

 レイドルフが紹介された短期の仕事の中でローリー伯爵邸の家令の仕事を選んだのは、先代ローリー伯爵のコレクションが拝めると期待したからだ。それだけに落胆は大きい。

「困ったわね……」

 レイドルフと会話をしながらも考えごとでもしているのか、アマーリアの無意識の呟きがレイドルフの耳に届いた。

「困りごとですか?」

 訝しげな顔でレイドルフはアマーリアに問いかけた。丁寧に対応したつもりだし失礼な態度もしていない。アマーリアが困るようなことはなかったはずだ。

「あら。声にでてしまったのね。ごめんなさい」

 アマーリアはここで話を終わらせようといったん言葉をきったが、ふと彼にならお祖父さまの『謎かけ』の話をしてもいいかもしれない。そんな気持ちになった。

「わたくしのお祖父さまと先代ローリー伯爵はとても懇意にしてましたの」

 どちらも美術品の蒐集家として有名でアマーリアの祖父と先代ローリー伯爵は親子ほど歳が離れていたが、感性が似ていたのかとても仲が良かった。

「祖父は先代ローリー伯爵に数点の美術品を譲ったらしくて、それがこの屋敷にあるか確認してきて欲しいと頼まれましたの」

 価値のある美術品はほとんど運びだされていてここにはない。つまりアマーリアの祖父が譲った美術品もここにはない。

「お祖父さまが譲った美術品の中に『美術品というには造型が役不足。しかしある一面から見ると大変価値がある』ものがあるそうで、特にそれがあるかを確認してきて欲しいと言われましたの」

「『造型が役不足』ですか。それはいったいどんな物なのですか?」

「それが、それしか教えてくれなかったのですの。だからそれが『何』なのかは分からないのです。絵画なのか彫刻なのか……またはもっと別なものなのか」

 いじわるな祖父はアマーリアにそれしか情報を与えなかった。が、アマーリアなら『見たら分かる』とも言っていた。

「それだけではどれか判断つきませんね」

 造型が役不足……か。ある意味残された美術品も似たようなものだが、それらを目利きのフルール老公爵が選ぶはずはない。となるとこの屋敷にはないかもしくは見つかりずらい場所にあるのか。

 レイドルフは内覧前にこの屋敷を隅々まで見てまわったが、老公爵の興味をひきそうな美術品はなかった。

「お祖父さまの謎かけですから、解答を持ち帰りたかったけどこの状況では難しいわね。癪ですが」

 勝ち気なお嬢さんだな――とレイドルフは誰にも分からない程度に口角を上げた。

「しかし、目利きのフルール公爵からして価値はあるけど役不足と評するものをこの屋敷から運びだしますかね?」

 きょとんとした顔をしたアマーリアだったが、確かにレイドルフの言う通りで、祖父に『造型が役不足』とまで言わせるものに価値を見いだす人がいるのか。それだけの目利きが存在するのかは疑問である。

「確かにあなたの言う通りね。ではこの屋敷にあるのかしら?それらしき物はなかった気がするけれど……」

 内覧した屋敷の部屋を回想して見るも、これとらいって目についたものはなかった。

「そうですね。私もこれといって目についたものはなかった」

 ではいったい何処にあるのだろうか?そんな疑問がアマーリアもレイドルフも頭の中を支配したが、考えてもわからないし答えもでないと瞬時に払拭した。

「ふふっ考えても答えはでないわね。……それとお祖父さまからはもう一つ頼まれごとをしてますの」

 そんな話をしながら歩いていれば、進行方向で扉の開く音がした。

 アマーリアとレイドルフが同時に音の方を向けば、扉からローリー伯爵が顔をだした。

「よかった。遅いので心配しましたよ」

 笑顔のローリー伯爵が現れアマーリアを連れて応接室に入っていった。

 こうしてレイドルフはアマーリアの祖父のお願いを聞きそびれ、後に後悔するハメになるのだった。
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