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政変
宿敵
しおりを挟む一筋縄ではやはり行かず、進めば所々で人員が振り分けられており、その度に衝突が起こる。
ただ最初ほどの人数ではないので退けるのはそこまで大変では無いのだが……なにぶん繰り返されると、しつこい。神がいると予想される最奥部までまだ距離があるのに、進めているのか不安になる。
一つの集団をまた払い除けて走る最中……ざざっと、電子的雑音。
──迫る時間の通告。
“もうこれ以上はもちません!”
僕もカンナも反射的に音の出元を見る。ミキは前を向いて走ったまま、通信機に応答した。
「ようやった、助かった! 無事な奴は散ってけ!」
“そっちは!”
「まだじゃ! けど心配すんな、お前等の犠牲はわしが無駄にさせん!」
「ランさん! お陰で奥に進めています! 自分を守ることを優先させてください!」
“センチくん──分かりました。こちらは撤退させます”
破裂音が向こうからも数発聞こえた。甲高い音と共に、彼からの繋がりは途絶えた……自分はいつも祈ることしか出来ない。
──かわりに、必ず。
城の奥の最上層へと向かう……やっと上の階へ進めたと思ったが、やはり正面で勢力を抑えていたのが大きかったのだろう。
「今度は後ろからか──!」
今まで片付けてきたはずの後方から、多数の足音が追い掛けてくる。
すぐに音は大きくなり、追い付いて……真後ろに。
丁度広い空間へ出た──先には階段が見える。見覚えがあった、ミキのおじいさんの部屋が近い場所。大分奥まで来たのだ……多分この先が更に奥へと繋がっている。
「とにかく突破するしか」
「駆け抜けましょう」
不意に……ミキの足が遅くなる。
「いや……上で待ち構えとろうに。特にあのクソ女が」
「ミキ!?」
つられて僕達も足が止まる……ここまで一緒に来たのだから、歩が進む時は同じだ。
「挟まれたら圧倒的に不利じゃ」
「じゃあここで」
「いんや」
ミキは向きを変えて──今まで来た道を正面に迎える。
「わしの仕事やな」
「なっ──」
──何を言っているのか。
口に出すより早く、ミキが言い放った。
「ランもコウも……他の連中が踏ん張ったのに、わしがせんでどうする。言い出しっぺの法則知っとるか? ──上がやらな、下はついてこん」
「じゃあ私も」
カンナも後ろに向かって構えるが、ミキの怒声。
「アホウ! ここで油売ってどうする! 二人で進め!」
大声に驚いたカンナの肩がびくりと震える。
「けれど、ミキ一人で大丈夫なの!」
言わんとすることは分かる。城の正面玄関と同じだ……出来るのは囮と時間稼ぎ。ただ違うのは、ここではミキたった一人で軍服共を相手にするということ。
はっ、といつものように鼻で笑う。小馬鹿にしたような、吹っ切れたような潔い笑い方。
「安心せい、残念ながらわしじゃそう長くはもたん! そん時はさっさと退場させてもらうわ」
自慢気に話す内容ではないが……ミキらしく思った。
指示する内容は理解できる。いつでもアイツのいうことは正しい……残酷なまでに。
だけど──心が追い付かない。
そうこうしているうちに、前衛集団の姿が現れた。ミキが地面を踏みしめ、乾いた音がする。
「はよ行け!」
最善だとしても、気持ちは別。
──今まで一緒にやってきた。
だからこれからも──そう決めて、僕も隣に立つ。
ミキから……舌打ちが聞こえた。
「ちっ……カンナちゃん!」
迷っているのか、立ちすくむカンナ。迫る敵の姿をただ見つめていた。
「お前がセンチ引っ張らんでどうする! 分かっとるやろ!」
「あ──」
「そんなのもう嫌だ! 僕もここにいる!」
後ろポケットから素早く銃を取り出してミキは構える。引き金を引けば、眉間へ的確に命中──頭に命中すれば瞬間的に命を奪えるが、それは自身も同じこと。
もう一度、大きな声で促される。
「いいから、はよしろ! 大人の言うことは聞くもんじゃ!」
パァンと……カンナの頬に赤い筋ができる。頬を伝って落ちる血が小さな花柄を床に描いた。
「俺の言うこと聞け! 早く!!」
はっとしたかのように、カンナは突然僕の腕を掴む。
「──行くよ!」
引き寄せる力は強く、体が引かれる方へとつんのめく。口からは、いやだと拒否の言葉しか出てこない。でも彼女はそれに……何も応えなかった。
──ミキの口元がニヤリと笑うのが見えた。
「カンナちゃん、地下のご老体方のことは心配すんな。優先的に避難させるよう頼んである」
「あ……ありがとうございます!」
「──行け! センチのケツ、死ぬきり叩いたれ!」
「はい!」
「ミキ!」
カンナが走り──連れられた僕の視界は、素早く景色を移していく。
「センチ、お前の甘ったれた夢を見せてみろ──信じたる」
ミキの声が……聞こえなくなる。
階段を上へ上へと引きずられて……白い壁が世界を占めた。下の空間はすぐに見えなくなった。
──行ったか。
生温くて甘ったれで、後ろ髪引かれているセンチを、聞き分けの良く現状把握に長けたカンナちゃんが引っ張っていく。あの世間知らずは、どれだけ酷いことをしても結局は情を捨てきれず、自分に対しても生半可な優しさを持ったままでいた。一番厄介で面倒でどん臭い。
それにしても……あの二人の関係が見ている間ずっと変わらなく、この期に及んでも同じことが微笑ましかった。無情に移ろいつつ世界でも、不変で尊いものはあるのだと知った。
後ろ姿を一瞬だけ見送る──短い期間を共に過ごしただけの、所詮浅い関係だと思っていた。でも共にここまでやってきた。心配でありつつも……彼等の成長を嬉しく思う。
「わしも年とったかねえ」
誰かの成長を好ましく思うなんて久方ぶりだった──随分と昔を懐かしく思う。懐古する己も少し変わったのかもしれない。そう思うとおかしくて笑えたきた。
「おん? もしやこりゃ、カズエんちの本で読んだ死亡ふらぐ言うやつか。まあええか──さあてね」
あの二人はきっとやり遂げるだろう。何が起こるか分からないが、大丈夫だと信じている。自分が信じなければ誰が信じてやれる。一番信じてあげなければいけないのは自分だと言い聞かせる……たとえその行く末を見届けることが叶わなくとも。
──あれを使わなくて済むといいが。
違うことに頭を使っていると、下肢に鋭い痛みな走る。ふざけるなと応戦するが、銃弾が切れて空しい音しかしなくなる。
銃器を持っている輩は少ない。奪い取りたくても目ぼしい相手がいないし、刃物のせいで近付くには危険を伴う。残念ながらこちらの手持ちはナイフはともかく、ドライバーやらの専ら修理器具なのだ。格好つけて送り出したものの、この場は自分の専門ではない。
「こら、あかん」
せめてもう少し時間を与えたい。あと出来ることは──薬品を混ぜることだろうか。もろとも吹き飛ばせば、多少の時間稼ぎにはなるはずだ。
じりじりと迫る距離。視線を動かさないまま、鞄の中を手で探ると……コツンと、手にガラス瓶が触れた。二つを混ぜれば一撃くらいにはなるはずだ。そういう調合にしてきた。
「……すまんな」
腹を決める。手に取る。
共に夢を見られないのは申し訳なく思った──だけどもう充分腐った現実を生きてきた、地獄に落ちる覚悟もとうの昔にした。ただ最近は……ほんの少しだけ、死ぬのも惜しく思えた。でもそれだけ。
「サク……お前に会いに行く」
だけど、そこで──トランシーバーから漏れるノイズ音が大きくなっていることに気付いた。
──集団の後ろに見えた人影に、身を屈める。
刹那、頭の上を通過して液体が壁へと張り付いた。バリンとガラスが割れる音。当たらなかった物は壁へ。当たった者は……膝を曲げる。
びっくりして──少し腰を抜かす。
「何で避けるんですか」
「アホウ! わしに当たりよる!」
「死にはしませんよ、弱い酸なんですから。ご存知でしょう」
焼け焦げる匂いが空間を漂うが些細なもの。それでも一時の目潰しにはなったようで──気付くと傍らにはもう一人、立っていた。
平然と隣に立つ姿を……一瞥。
「なして来た。撤退するんじゃなかったとね」
「ええ、撤退です。あれ以上の足止めは困難でした。被害が増すだけなので散らせました」
「お前も散るべきじゃろう」
「貴方方だけでは戦力不足と判断しました。案の定、なに一人で突っ込んでるんですか。大して動けない癖に」
自分と対等か、それ以上の憎まれ口。ここ最近で悪化したと思う。
「はんっ……相変わらず、生意気な口じゃのお」
「そっちの訛りに比べれば可愛いものです」
ランとミキ──懐かしい響きだ。昔はよくペアで呼ばれた。そう呼んでくれる人がいた。
死角が減るように、ランの義眼が入っている側に立つ……奥へと進む道を共に塞いだ。
──誰かが隣にいるだけで、こんなにも心強いのかと思う。
「差し入れです。途中で拾いました」
「ほう、気が利くの」
手だけで銃器を受け渡す。勿論それだけで形勢が逆転するとも思えないが、無いよりはマシか。
パンと──銃声。それに応えてこちらも発砲する。
無腰のランが心配だったが……思った以上に軽やかに動く。飛び道具がなくても、ある程度攻め込む体術を持っているようだ。そう言えば先程まで一緒にいた彼女もそんなことを口走っていた。
「おお、なんじゃそら」
「マリオネットだけで人を束ねてきた訳ではないんです。こうだから現場に出ていない人は、生温い」
「嫌味か」
「嫌味です」
身のかわし方に惚れ惚れするが、こちらも援護射撃……それでもまだまだ湧いてくる人の群れに嫌気を越えて呆れが出る。
「その執念、他のことに使えばええのにのぉ」
──もつか。
最悪のケースも勿論想定していた。だから自爆用に薬品容器を持参していたのに、こうなっては使えない。
再度隣を盗み見る。彼は我関せずと、ひたすら敵の群れをさばいている。また一人、蹴飛ばされていた。
やや怯んだのか、軍服の勢いが収まる。一呼吸を置いてから──ランが呟いた。
「貴方はまだ……姉さんの弔いをしていませんから」
眉がぴくりと反応してしまう。
「ほぅ……また随分と懐かしい響きやのぉ。地獄はどうした」
「それが済んだら地獄へどうぞ」
「ほんに……可愛ない育ち方したな、ラン」
「僕は貴方が昔から嫌いですから。だけどそれが済むまでは──」
死なせません。
聞き取れなかったが、口の動きは確かにそう言っていた。
「はんっ……しゃあないのお」
自然と笑ってしまう口元を隠せなかった。
二人で──構えた。
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