30cmの人造人形

アサキ

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【潜入】

「いい天気だなぁ……」
 良いも悪いも、今日は雨の日じゃないのだから当然だけど、窓の外を見ながら呟いた。
 全ての人形使いを負かし、自身のものを除く全ての人形も火葬し終えて──力が抜けた僕は、ぼうっと数日何もせずにいた。
「あ、そうだ」
 せっかく暖かい日差しだから……机の上に、カプセルと灰を包んだ布を並べた。
「何してんの」
「え? 二人も日向ぼっこ出来るかなって」
 勝手に入ってきて、顔を合わせるなり早々溜め息をつくカンナ。扉の所で腕を組み、仁王立ちしていた。
「また引きこもり?」
「ち、違うよ……」
 未だに心配されているのか見下されているのか分からなくなる時があるが……慣れてきた。苦笑いで返して、自分は床に座り込んだ。
 ぽろん、と──鍵盤を叩くと響く落ち着いた音。
「どうしたの、今更」
 久しく触っていなかった小さなピアノを取り出していた。
「ん……なんか懐かしくって」
 薄く被っていた埃を払い、白い鍵盤を撫でる。音の調子は変わらない。オトナシと奏でていたあの頃と何も変わっていなかった。
 小言が飛んで来るかと思いきや、カンナは扉を後ろ手に閉めて、傍らで膝をたてて座った。
「弾けるの?」
「弾けるよ」
 オトナシが好んでいた曲を叩く。彼女はじっと僕の指を見つめていた。
「……お姉ちゃんが弾いてるみたい」
「実際そうだよ」
「そういうつもりじゃないけど……なんかごめん」
「……ごめん、僕も意地悪だったかも。気にしないで。この手も足も、僕の大切な一つだから」
 そう言えば、カンナの家──正確に言えばオトナシの部屋に大きなピアノがあったことを思い出す。
「カンナは何か弾ける?」
「ひ、弾けるけど……」
「聞かせてよ」
 嫌がるのを頼み込んで、渋々彼女が鍵盤を押す。人差し指で一つずつ、簡単な旋律。予想外な可愛らしさからつい吹き出して笑ってしまった。
「だから嫌だって言ったのに!」
「ご、ごめんて! 可愛いから凄く良いと思う!」
「可愛いって……バカにしてんでしょ!」
「違うって!」
 確実に怒っているカンナにあたふた。何か挽回できる術はないかと頭を捻らして──。
「あ! あれやろうよ!」
 ぷんすかしている彼女をなだめて……半ば頼み込む形で巻き込む。
 片方は数種類の簡単な音を。もう片方は滑らかな旋律を──。
 重なれば話すような音楽……共に奏でる曲は率動的だが華やかで、楽しい。
──良かった。
 ちらりと隣を見ると、口元が微かに弧を描いていて……笑って、呟いた。
「……懐かしいね」
「懐かしい?」
 はっとして、カンナの手が止まる。つられるように部屋に溢れていた音楽は止まった。
──そうか、昔やったのか。
 自分は覚えていない。彼女達とやったのかもしれない過去を懐古する。
「ごめんね……覚えてなくて」
 彼女は沈黙したまま、指でぽーんと鍵盤を優しく叩いた。
「……あのさ」
「ん?」
「リクエスト、していい?」
 そう言って、恥ずかしそうに口ずさむメロディー。オトナシから教わったことがあったので、すぐに分かった。
 彼女は僕に教わることなく、二ヶ所のリズムを刻んでいた。
「よく覚えてるね」
「……そうだね」
 今度は怒るでも喚くでもなく、彼女は穏やかな表情で鍵盤を見つめていた。
 こんな穏やかな日が続くのなら悪くない──柄にもなく、そう思ってしまった。

──街中を巡る。
 静かだった。日中によくたむろしていた人形使いの集団も、最近は影を潜めていた。またすぐ壊されることを危惧しているのか、次の製作依頼も来ていないそうだ。様子を見ているのかもしれない。
『皆は何をしてるの?』
『人々は政府の宝であり、健やかに育むことが第一である。労働は成人した望む者に──それが教えだ』
『若い連中に学業の責はない。自ら学ぶしかないが、学ぶ術も少ない。それが今の慘状に繋ごうとる』
 何も知らせず、最低限に生きていける環境……マリオネットの材料さえ揃えばいいとのかさえ今は思える。
──政府は何かを隠している気がする。
 楽しそうに駆けっこではしゃいでいる子供達を尻目に、身を翻してその場から離れた。 
 それからも、あちこちを徘徊したが……目的は達せられなかった。うなだれて家に戻ると、迎えてくれたのは兄だった。
「おかえり」
「ただいまーあ……」
「なんだ、どうした」
「んー……あれ、兄さんだけ? ノゾミは?」
「ミキと上の空いている部屋で昼寝してる」
 あからさまに嫌な顔をすると、兄さん笑った。
 カンナも最近は姿を見せない時間帯が増えていた。今は僕も落ち着いているからだろう。ずっと張り付いてくれていたから、寂しい気持ちもあったけど仕方ない。何をしているのか分からないけど……お母さんのこともあるのだろう。
 机に打っ伏して溜め息をついた。
「それで、どうした」
「人をね……探しているんだけど、見つからなくて」
「誰を?」
「名前知らない……」
「そりゃ難しいな」
 手元の本をぺらっとめくる。盗み見ると医学書のようだった。僕には読めない言語が並ぶ。本当に熱心だと感服。
 右手も大分動くようになっていて……安心した。
「見たらすぐ分かるんだけどなぁ」
「どうして探してるんだ?」
「──仲間になってくれないかなって」
 兄さんが顔を上げる。目があった。
「仲間?」
「うん……優しい人だと思うから」
「名前も知らないのに?」
「うん」
「……そうか。見つかるといいな」
 また字面に視線を落とすカズエ兄さん。紙をめくる音だけが響いた。
 上半身を起こして、背筋をピンと伸ばす。人が少なくて寂しい反面、二人きりでいい機会だと思い直した。
「兄さん、教えて欲しいことがあるんだ」
「何だ?」
 頬杖をつきながら、兄は言葉だけで返す。
──きっと怒られる。
 そんな僕の緊張など露知らず、カズエ兄さんは変わらず文字を目で追っていた。心臓はドキドキと耳元で大きく波打つ。
 聞くのをためらっていたけど、思いきって音にした。
「──場所。海が見える場所」
 ぴくりと眉が動く。徐々に険しい表情へと変貌していった。
「……なんだと?」
「教えて欲しい……兄さんとオトナシが行った洞窟の場所を」
 本を閉じる。確実に目から怒りが伝わったきたが、譲りたくない。唾を飲むとごくんと大きな音がした。
「聞いてどうする」
「……行きたい」
「嫌だ。ダメだ。絶対に教えない」
「どうしてさ!」
「当たり前だ! なぜあえて危険を犯す!」
「今までも危険は承知でやってきたじゃないか!」
「レベルが違う! 身の程をわきまえろ!」
「知らないと何も始まらない! 今出来ることって言ったら、あとはそこなんだ……分かってよ!」
「ダメだ! 絶対に許さない!」
 こんな言い争いをするのはオトナシのことが判明した時以来だろうか……何だかんだで兄はあれ以来、背中を押してくれていた。否定はしても反対はしなかった。
 だけどやはりこの件に関すると目の色が変わる。態度は激変し、現役人形師だった頃の様子に戻っていた。頭ごなしの反対と拒絶……少し辛い。
「なんで……」
「当たり前だ! お前こそ分かれ! 俺があそこを軽々しく教えさえしなければ、悪夢は俺で終わっていた! あそこは知るべきでも、ましてや二度と近寄るべき場所でもない!」
「……でも……もう手掛かりが、そこしかない」
「大人しく待て! これ以上の危険に身を置くな!」
 いがみ合いが続く。むしろ余りの気迫に押し負かされそうになっていた。視線を逸らしたら負けだと、意地になってにらみ続けていた。
 そこで──階段から続く扉が開く。
「やかましいのぅ……ノゾミちゃんが起きてまうやろ」
 寝起きなのか、後ろの髪が部分的に跳ねているが今は笑えない。
 けれどアイツの目は……真剣そのものだった。
「と、言うても大体聞こえとったわ──あすこに行きたいんか」
「……うん」
 大きなあくびをしてから、ミキは兄さんと同じ側に立つ。話す内容も大抵同側。言い負かされてなるものかと構えたのだが──出てきた台詞は反対のものだった。
「……あかんのか、カズエ」
「なっ……! お前までそんなこと言うのか!」
 唖然。きょとんとしてミキを見つめた。ミキ自身は視線を僕からカズエ兄さんへと移す。
「お前も聞いていたのだろう! あそこは近付くべき場所じゃない! もう二度と、余計な犠牲は出さない!」
「そうやのぉ……そんために、今わし等は動いとんのやろう。見たいもん知りたいもんの知識欲すら許されん、こん抑制された世界に」
 ミキは前髪を掻き上げてから、手櫛で後ろ髪も直す。見た目はだらしないが寝呆けている様子は一切なく、切れ長の目は僕達を捉えていた。
「坊はあすこへ行って、どないすんのや。海見に命知らずの冒険か」
 次に話を振られたのは僕の方。緊張で乾いて噛みそうになるのをゆっくり紡いだ。
「そんなことは……しない。兄さん達の苦しみは繰り返さない。でも、近くまで行きたいんだ、手掛かりがあるかもしれない。行って自分の目で確かめたい」
 扉にもたれ掛かるミキ。兄さんは変わらず苦い顔をしていた。
「──つうことらしいで、カズエ」
「だが……嫌だ」
「お前もあったま硬いのぉ」
 ミキは半笑い。そのままうつ向いて……視線を下げたまま、続けた。
「お前とオトナシちゃんが大事に守ってきたんはよう分かっとる。けんど……いつまでも手の届くとこには置いとけん」
 言いながら、ミキの口元が緩む。何故か優しい口調。アイツにも出来るかと驚くほど、見たことない穏やかな表情だった。
──何を思っているのだろう。
 ふと、そんなことを思った。勿論兄さんは納得しない様子。
「だとしても……手が届くうちは直前で止める。それが俺達の役目だ」
「ガキ共も大きくなってく。わし等が抑えつけんのは本末転倒じゃ」
「……お前がそんなこと言うのか」
「わしもちゃーんと気付いたのは、ついこの前じゃけん。ほんまは偉そうなこと言えんのやが」
 ミキは顔をあげる。
「坊はカズエの心配分かっとるな」
「……うん」
「過度に近付かん約束守れるな」
「うん」
「最後はおなごを守れるな」
「う……うん?」
 最後の質問の意図が分からないが……あげた視線の先は僕達ではなく、更に奥を捉えていた。
「カズエ、若い連中に繋ぐで。望むところやろう──のお、カンナちゃん」
 全く扉の開く音に気付いていなかった。咄嗟に玄関先へと視線を送ると……案の定、そこに立っているカンナ。
「はい」
 迷うことなく、彼女は大きく頷いた。
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