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97. 落ち合う

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 久しぶりに会った兄は、予想を裏切ってすごく生き生きとしていた。

 騒動の渦中にいる宏樹が大分くたびれていたから、てっきり兄もそうだと思っていたのに、三十代後半の黒髪は艶めいていて、白髪なんて一本も見当たらない。適度に灼かれた肌も、隈のない凜々しい目元も、目の前の美丈夫を最大限魅力的に見せるパーツになっている。


「ご無沙汰しています。真都まいとさんは、お変わりないようで何よりです」
「三男も息災だな」


 駅ナカで俺が買った焼き菓子を、泰樹たいきくんが紙袋から出して兄に手渡した。その包みを見て、俺が選んだものだとあっさり見破られてしまう。何でわかったのと聞けば、お前が好きなものくらい知ってる、と言われた。どうせお持たせで食べるのなら、と自分の好きなものを選んだことがバレている……!

 泰樹くんが挨拶を済ませると、脇から尚樹さんと宏樹が交代でまた兄に挨拶をする。兄は相変わらず三人のことを「長男」「次男」「三男」と続柄で呼んでいて、三人はそれをまったく気にしていないのが俺には面白い。


 宏樹との和解が済んで、ニュースでも騒動が報じられなくなってから、俺はようやく兄との面会が叶った。

 それまで何度も会いたいと連絡していたけれど、兄はまだやることがあると言って、ずっと先延ばしにされていた。一番兄の身近にいる宏樹からは「会社の役員人事が再編されるとかで、すごく忙しくされている」と聞いていたから、弟の俺がわがままを言うわけにはいかない。


 俺が初めてのヒートで宏樹に乱暴された時も、宏樹の浮気で心が疲れかけていた時も、両親が俺の話をまったく取り合ってくれなかった時も、いつも俺に寄り添ってくれていたのは兄だった。

 十一歳も離れたオメガの俺を、優しい兄は見捨てずにいてくれている。だから、そんな兄に俺がわがままを言うわけにはいかない。


「久しぶりだな、真緒」


 ひとしきり挨拶をし終えた兄は、三人の後ろにいる俺を見遣ると、あっという間に距離を詰め、俺を抱きしめた。

 数日前、兄から会えると連絡はもらったものの、場所は日下家ではなかった。絶対に来るな、迎えを寄越すと言われてしまえば俺からは何も言えない。ただ待つだけだったから、無事にこうして会うことができて、すごく、すごくホッとした。


「それにしても、ホテルで会うのなら言ってくれれば自分たちで来たのに。わざわざ迎えを寄越してくれなくても良かったんだよ」
「でも、どきどきしただろう?」
「したよ、したけど、……って、どきどきさせるために?」
「だけ、ではないけどな。詳しくは座って話そうか」


 頭一つ分高い上から頭を撫でられる。

 落ち合ったのは都心のシティホテルの一室――高層階のメゾネットルームだった。迎えに来てくれた人は俺たち四人が兄に引き渡されるまでしっかり見届けてから去っている。

 メゾネット一階部分の応接セットに、座ろうと言われて案内された。長方形のローテーブルを囲むように、一人がけのソファーが二脚、三人掛けのソファーが二脚置かれている。

 俺と兄が窓側の三人掛けに、宏樹と尚樹さんがその向かいの三人掛け、そして泰樹くんが一人がけに腰かけた。

 兄に手を引かれて何となくこの配置で座ったけれど、何となく俺は一人がけの方が良かったんじゃないかと思う。上位アルファが三人並んで座っている向かいのソファーは、見るからに狭そうだ。


「飲み物は後で運ばせよう。まずは、ゆっくりしてくれ。あと、ここは俺の持ち物だから安心していい。支配人も従業員もみんな俺を裏切らない」


 長い脚を組み、ソファーの背もたれに悠然ともたれた兄が、前半は向かいの三人に、後半は隣に座る俺の顔を見ながら、そう言った。


「えっ……俺の持ち物ってどういうこと? 真都兄がこのホテルを経営してるのか?」
「ああ、そうだ」
「……父さんたちも知ってるの?」
「教えてないし、これからも教えるつもりもないな。まぁ気づいてるかもしれないが、あの人たちはわざわざ俺に確認なんてしないだろう」
「ふうん」

 言い切った兄に同意して、他の三人はうなずいた。
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