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24. 移り香
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そっと頭を撫でられる感触がして目を開けた。
「真緒くん。きみ、すごい匂いがする」
「え……?」
目の前には少しの垂れ目と優しそうな笑み。
宏樹をさらに精悍にした美形に俺は笑い返した。
「おかえりなさい尚樹さん。今何時ですか……」
「七時過ぎかな。帰ってきたらみんな寝てるからびっくりしたよ」
「え? みんな? 宏樹と泰樹くんも寝てるんですか?」
「うん。寝てるっていうか、……多分、きみの匂いに酔って、昏倒してるみたいな感じかな」
「えっ!?」
穏やかでない話に慌てて起き上がると、寝る前に目にした状態のまま、宏樹と泰樹くんがぐったりと脱力している。
「だ、大丈夫なんですか?」
「ヒート中のアルファとオメガにはよくあることだよ」
オメガの心理士としてバース科に勤務するものの、俺には一般的なアルファとオメガとしての経験は無きに等しい。よくあることと言われて、そういうものかと納得した。
差し伸べられた手を取ると、尚樹さんに助けられて俺は立ち上がる。立つ瞬間に膝の力がすっと抜けてしまい、よろけそうになった俺を尚樹さんが片腕で支えた。
ほのかに尚樹さんの服から、つんと嗅ぎ慣れた病院の香りがする。俺が柔軟剤の香りなら、尚樹さんは消毒薬の香りなのか。
「今日みたいなことは今まで宏樹とはなかった?」
「…………その、宏樹とヒートを過ごす時のことはあまり覚えてないんです」
「そうなの?」
「はい。あ、でも全部覚えてないわけじゃなくて……何て言ったらいいんだろう。途中から、宏樹がいい匂いだなって感じ始めたらもうダメで」
「……へぇ」
宏樹からいい匂いがすると感じ始めたら、お腹の奥がズクズクと痛み熱くなって何も考えられなくなる。
そうなったら、後はあっという間に意識が飛んで、気がついた時には目もあてられない状態のベッドに転がっているわけだ。
「それは余程宏樹のフェロモンが馴染んでるってことだろうね。相性がいいんだよ」
「そうなんですか。でも、それはちょっと……そう言われても困るというか」
「ふふ、宏樹と婚約解消したいから?」
首を縦に振る。当然だ。
俺は宏樹がいなくても生きていけるようになりたい。
「今日この状況を見れば、真緒くんは多分泰樹ともかなり相性がいいんだと思う。相性が合わないと、例えアルファとオメガの組合せでもどうにも匂いを受け入れられないんだよ。吐いてしまったり、相手に対して強い嫌悪感を抱いたりね。……そうなると悲惨だよ」
そう語る尚樹さんの目は昏い。
もしかしたらそういう症例の患者を受け持っているのかもしれない。俺も、もしそういった患者を受け持ったらどうフォローしていけばいいだろうか。
「それにしても一応聞いておくけど、今日、二人とセックスしたわけじゃないんだよね?」
「はい!? いや、してないですよ!!」
俺が胡乱な視線を向けたせいか、尚樹さんは困ったように眉尻を下げる。
「まぁ部屋の状態を見ればわかるよ。ごめん。だから一応、ね。でもそうか、セックスしてない状態でこんなに泰樹の匂いが真緒くんに伝染るのか……」
尚樹さんが外を見る。もう既に日は沈んで夜になっていた。
「……そろそろ二人を起こした方がいいかもね。中途半端な時間に寝たら今夜寝れなくなるし。夕食はどうしようか」
「あー……俺、もう二人にはしばらく寝てて欲しいかも……」
「ええ、何で?」
「この二人、仲が悪いみたいで朝からケンカばかりだったんです。起きててもまたケンカしそうだから、俺としては夕飯できるまで寝てて欲しいです」
「この二人は昔から仲が悪いんだよ」
「やっぱり!」
心底嫌だと思っていることが顔に出ていたのか、尚樹さんは腰を曲げて笑いそうになるのを堪えているようだった。
「……じゃあ夕食ができてから起こそう。それでいいかな?」
「もちろんです」
「それにね、真緒くん」
夕飯は何を作ろうかとキッチンへ向かおうと踵を返した俺の両肩を、尚樹さんがそっと掴んで呼び止めた。
え、と振り返る。起き抜けに見たきれいな顔が目の前に迫る。
「俺ね、真緒くんに匂いつけまくった二人にちょっとだけやきもち焼いてたんだよ。だから、夕食できるまできみを独り占めできるのは嬉しいな」
「――――は」
止める間もなく、俺の頬に柔らかい唇の感触がしたのはすぐだった。
*次回R18です*
(宏樹じゃないです)
「真緒くん。きみ、すごい匂いがする」
「え……?」
目の前には少しの垂れ目と優しそうな笑み。
宏樹をさらに精悍にした美形に俺は笑い返した。
「おかえりなさい尚樹さん。今何時ですか……」
「七時過ぎかな。帰ってきたらみんな寝てるからびっくりしたよ」
「え? みんな? 宏樹と泰樹くんも寝てるんですか?」
「うん。寝てるっていうか、……多分、きみの匂いに酔って、昏倒してるみたいな感じかな」
「えっ!?」
穏やかでない話に慌てて起き上がると、寝る前に目にした状態のまま、宏樹と泰樹くんがぐったりと脱力している。
「だ、大丈夫なんですか?」
「ヒート中のアルファとオメガにはよくあることだよ」
オメガの心理士としてバース科に勤務するものの、俺には一般的なアルファとオメガとしての経験は無きに等しい。よくあることと言われて、そういうものかと納得した。
差し伸べられた手を取ると、尚樹さんに助けられて俺は立ち上がる。立つ瞬間に膝の力がすっと抜けてしまい、よろけそうになった俺を尚樹さんが片腕で支えた。
ほのかに尚樹さんの服から、つんと嗅ぎ慣れた病院の香りがする。俺が柔軟剤の香りなら、尚樹さんは消毒薬の香りなのか。
「今日みたいなことは今まで宏樹とはなかった?」
「…………その、宏樹とヒートを過ごす時のことはあまり覚えてないんです」
「そうなの?」
「はい。あ、でも全部覚えてないわけじゃなくて……何て言ったらいいんだろう。途中から、宏樹がいい匂いだなって感じ始めたらもうダメで」
「……へぇ」
宏樹からいい匂いがすると感じ始めたら、お腹の奥がズクズクと痛み熱くなって何も考えられなくなる。
そうなったら、後はあっという間に意識が飛んで、気がついた時には目もあてられない状態のベッドに転がっているわけだ。
「それは余程宏樹のフェロモンが馴染んでるってことだろうね。相性がいいんだよ」
「そうなんですか。でも、それはちょっと……そう言われても困るというか」
「ふふ、宏樹と婚約解消したいから?」
首を縦に振る。当然だ。
俺は宏樹がいなくても生きていけるようになりたい。
「今日この状況を見れば、真緒くんは多分泰樹ともかなり相性がいいんだと思う。相性が合わないと、例えアルファとオメガの組合せでもどうにも匂いを受け入れられないんだよ。吐いてしまったり、相手に対して強い嫌悪感を抱いたりね。……そうなると悲惨だよ」
そう語る尚樹さんの目は昏い。
もしかしたらそういう症例の患者を受け持っているのかもしれない。俺も、もしそういった患者を受け持ったらどうフォローしていけばいいだろうか。
「それにしても一応聞いておくけど、今日、二人とセックスしたわけじゃないんだよね?」
「はい!? いや、してないですよ!!」
俺が胡乱な視線を向けたせいか、尚樹さんは困ったように眉尻を下げる。
「まぁ部屋の状態を見ればわかるよ。ごめん。だから一応、ね。でもそうか、セックスしてない状態でこんなに泰樹の匂いが真緒くんに伝染るのか……」
尚樹さんが外を見る。もう既に日は沈んで夜になっていた。
「……そろそろ二人を起こした方がいいかもね。中途半端な時間に寝たら今夜寝れなくなるし。夕食はどうしようか」
「あー……俺、もう二人にはしばらく寝てて欲しいかも……」
「ええ、何で?」
「この二人、仲が悪いみたいで朝からケンカばかりだったんです。起きててもまたケンカしそうだから、俺としては夕飯できるまで寝てて欲しいです」
「この二人は昔から仲が悪いんだよ」
「やっぱり!」
心底嫌だと思っていることが顔に出ていたのか、尚樹さんは腰を曲げて笑いそうになるのを堪えているようだった。
「……じゃあ夕食ができてから起こそう。それでいいかな?」
「もちろんです」
「それにね、真緒くん」
夕飯は何を作ろうかとキッチンへ向かおうと踵を返した俺の両肩を、尚樹さんがそっと掴んで呼び止めた。
え、と振り返る。起き抜けに見たきれいな顔が目の前に迫る。
「俺ね、真緒くんに匂いつけまくった二人にちょっとだけやきもち焼いてたんだよ。だから、夕食できるまできみを独り占めできるのは嬉しいな」
「――――は」
止める間もなく、俺の頬に柔らかい唇の感触がしたのはすぐだった。
*次回R18です*
(宏樹じゃないです)
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