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22. 嫉妬

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 フェロモンお試し期間の二日目。

 昨夜は三人とリビングで思い出話をしているうちに俺は気がついたら眠ってしまっていたらしい。夜中にふと目が覚めてギョッとした。

 ソファーで仰向けになっている俺の周りで、三人はそれぞれ背をソファーにもたれさせて器用に寝ていた。

 うわぁこれ絶対明日筋肉痛になるやつじゃん、と俺が起きようとしたら、右手が何かに引っかかった。ソファーから落ちた俺の右手を、泰樹くんが握ったまま寝息を立てている。


(泰樹くん、小さい頃から甘えたがりなところは変わらないなぁ)


 手を解こうとするけれど、それはもうガッチリと握られている。利き手を封じられた形で、俺は起きるのを諦めた。

 声をかければいいのかもしれないが、尚樹さんや宏樹を起こすのは躊躇う。


 視界の隅で、泰樹くんの赤茶色の髪がエアコンの風に揺れるのが見える。アルファの匂いで満ちたこのリビングで、俺は右手の温もりと赤茶色の揺らめきを感じながら訪れた眠りは、久しぶりに深い深いものだった。


 翌朝、尚樹さんは仕事が休めないと言って、渋面で俺のマンションから出勤していった。

 仕方ない、この人は普段飄々とした雰囲気だけれど、俺も働いている病院の後継だ。玄関先で「行ってらっしゃい」と送り出すと、何とも幸せそうに相好を崩した。


 婚約者のヒートということで休暇をとっている宏樹と、学生で今は充電期間らしい泰樹くんはマンションに残っている。

 正直ヒート対策という意味では泰樹くんもいるのだし、俺としては宏樹はいなくて構わないんだけど、それを本人に言うと言い争いに発展してしまう。


「真緒、何でそんなこと言うんだ。真緒のヒート期間なんだから、婚約者の俺が残るのは当然だろ」
「婚約は解消だって言ってる」
「俺は解消しないって言ってる」
「泰樹くんもいるんだし大丈夫だってば」
「っ!! 何でそこで泰樹の名前が出るんだ!?」


 堂々巡りになってしまうので、俺は宏樹を説得することを諦めて早々に話を切り上げた。


 昔から宏樹はこうだった。

 ここに転がり込んで来た時も何度俺が出て行けと言ったところで聞く耳を持たず、「俺は真緒の婚約者なんだから一緒に暮らすのが自然だよ」と言い張っては拒否された。

 そのうち俺が面倒臭くなって諦めるのを狙っているのは一目瞭然なんだけど、意味のない会話を続けるのはストレスになってやめてしまった。


 自分でも宏樹に甘いなとは思う。

 多分あの頃も追い出そうと思えば追い出せた。でも追い出せなかったのは、まだ、宏樹の浮気相手がベータに限定されていたからだ。ベータとは番えない。


 俺たちが言い争っていると、ベランダに通じる掃き出し窓が開いて泰樹くんの顔がひょっこり現れた。


「真緒ちゃん、シーツ乾いてるよ」


 昨夜シーツは洗濯機が止まった後、泰樹くんがベランダの物干し竿に干してくれていた。水分を含んだシーツは意外と重量があって、俺には干せなかったからだ。いつもはフロントにクリーニングをお願いしていたから、その重さにびっくりした。

 室内に戻った泰樹くんは立ったまま大きな両手を広げて、自分よりもっと大きなシーツを畳む。


「このシーツ、真緒ちゃんの匂いがする」
「え、俺の匂い?」
「うん。真緒ちゃんの匂いっていうか柔軟剤の香りかも。昨日から思ってたけど、真緒ちゃんすっごくいい匂いするんだよね」


 そう言って泰樹くんは屈んで俺の胸元に顔を寄せたかと思ったら、くん、と嗅ぐ仕草を見せた。


「うん。この香りいいなぁ……俺も買っちゃおうかな。同じ柔軟剤使ったら、真緒ちゃんといつも一緒にいるような気分になれていいよね」


 ね、と臆面もなくそんなことをさらっと言われて、嫌な気持ちにはなれない。俺も「そうだな」と笑い返していると、放置していた宏樹が俺と泰樹くんの間に割って入った。


「何だよ、今せっかく泰樹くんと喋ってるのに」
「何だよって……だから、何で昨日から泰樹とばかり話してるの真緒」
「は?」
「真緒は俺と話せばいいだろ?」
「いや、別に今更宏樹と話すことなんてないよ」
「……何で」
「何でって……」


 割り込まれた泰樹くんを宏樹の肩越しに一瞥すると、彼は涼しい顔を宏樹の背中に向けている。
 
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