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21. 夢のような日は来ない
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夜みんながくつろいでいる時を狙って、日中汚してしまったシーツとシャツを洗濯しようとした俺だったのだけど、見事に三人に見つかってしまった。
「真緒くん。これ――どうしたの?」
「え、えーと」
「これ、俺たちが朝渡したシャツだよな?」
「そ、そうだけど」
「………………もう夜だけど、今から洗濯するの?」
「あ、えと、その、汚しちゃったから」
三人は俺が抱えている汚れ物に目ざとく気づいて、慌てて隠そうとした俺の腕から取り上げる。俺を壁際に押しやって、三方を三人に囲まれた。
失敗した。ボーっとしてないで、三人が帰ってくる前に洗濯機に突っ込んでおけば良かった。後悔先に立たず。自分の吐き出した精で汚れたものを見られるなんて顔から火が出そうだ。
「俺たちのフェロモンで発情してくれたって思っていいのかな?」
嬉しそうに汚れたシャツを眺めている尚樹さんを、宏樹は白けた表情で舌打ちして、泰樹くんは俺と肩が触れ合う近さに立ったまま二人に呆れた視線を飛ばした。
「どの匂いが一番好みだった?」
「……好みとかは、よくわかんなかったです。すみません。その、匂い自体はどれも似てて、選べなくてごめんなさい」
「そっかぁ。好みの匂いとかがあれば、真緒くんに選んでもらいやすいかなと思っただけなんだ。気にさせちゃったなら俺の方こそごめん」
「いえ、俺こそ、その」
本音は、二度目に手にしたシャツが一番好きだ。
俺を一瞬で幸せな気持ちにしてくれたあの匂い。
でも、それを口にすると、もしそれが自分のものじゃないと知った三兄弟を悲しませてしまうんだろうなと思ったらとても言う気にはなれなかった。
どのみち三人とはフェロモンが適合してるんだ、別に無理に誰か一人を選ばないでもいい気がする。俺は別に番わなくても、ヒートがあるうちだけ、三人の匂いを嗅がせてもらえれば……
もし、いつか三人みんなに番が現れたら、その時は俺も身の振り方を考えないといけないけれど、今はまだ気にしなくてもいいだろう。
「真緒ちゃん。何か今、変なこと考えてない?」
「え?」
「夜に考えごとしちゃダメだよ。おひさまの出てる明るいうちに、明るい部屋で考えないと」
「………………うん」
いつの間にか俺の手の中にあったはずのシーツを、泰樹くんが洗濯機に入れていた。棚に置いた洗濯用洗剤を手にして「えーと、量はどれくらい入れたらいいんだ?」と洗剤の裏面をにらんでいる。
「泰樹くんは洗濯もできるんだな」
「そりゃ中学から親元離れてますしね。寮だと洗濯も掃除も自分でしないといけなかったんですよ。何なら軽い飯も作れる」
「えっすごいじゃん。宏樹なんて洗濯も掃除も料理もできなかったよ」
つい宏樹と比較してしまって、泰樹くんの洗濯機を操作する手が止まった。俺の発言が聞こえたのか、尚樹さんと宏樹も黙ってしまっている。
「あ、ごめん。別に宏樹と比べたわけじゃなくて」
「わかってますよ。大丈夫です」
俺の陳腐な謝罪に泰樹くんは微笑んだ。
そこへすかさず尚樹さんが宏樹を煽る。
「それにしても宏樹、お前ここに何年も住んどいて家事は真緒くんに任せっきりだったとか最悪だな」
「うるさい! 尚樹だって瀬尾で何もしてないって知ってるんだからな」
「ナオもヒロもうるさい。もう夜なんだから静かにしなよ」
「はははっ一番下に諌められてたら二人とも形無しですね」
思い返せば、俺たちは幼なじみだけど、こうして四人で過ごすことなんてなかった。
俺と宏樹が小学生の頃は尚樹さんは留学していたし、留学先から帰国したと思えばその頃は俺と宏樹はもう喋らなくなっていた。俺が大学に入って一人暮らしのマンションに宏樹がそこに転がり込んできた時には泰樹くんが留学で。
きっと俺たちの家が上位アルファの家系じゃなければ。俺たちがみんなベータだったら、きっとずっと仲良しでいられたんだろうな。いつかみんなお嫁さんをもらって、子供ができて、そのうちみんなで旅行に行ったりしてさ。
でも俺たちはベータと違う。
三人はアルファで、俺はオメガ。
孕ませる性と孕む性だから、一生そんな夢のような日は来ない。
夜が更ける。
この日、俺は三人の匂いに酔いながら、眠りに落ちた。
「真緒くん。これ――どうしたの?」
「え、えーと」
「これ、俺たちが朝渡したシャツだよな?」
「そ、そうだけど」
「………………もう夜だけど、今から洗濯するの?」
「あ、えと、その、汚しちゃったから」
三人は俺が抱えている汚れ物に目ざとく気づいて、慌てて隠そうとした俺の腕から取り上げる。俺を壁際に押しやって、三方を三人に囲まれた。
失敗した。ボーっとしてないで、三人が帰ってくる前に洗濯機に突っ込んでおけば良かった。後悔先に立たず。自分の吐き出した精で汚れたものを見られるなんて顔から火が出そうだ。
「俺たちのフェロモンで発情してくれたって思っていいのかな?」
嬉しそうに汚れたシャツを眺めている尚樹さんを、宏樹は白けた表情で舌打ちして、泰樹くんは俺と肩が触れ合う近さに立ったまま二人に呆れた視線を飛ばした。
「どの匂いが一番好みだった?」
「……好みとかは、よくわかんなかったです。すみません。その、匂い自体はどれも似てて、選べなくてごめんなさい」
「そっかぁ。好みの匂いとかがあれば、真緒くんに選んでもらいやすいかなと思っただけなんだ。気にさせちゃったなら俺の方こそごめん」
「いえ、俺こそ、その」
本音は、二度目に手にしたシャツが一番好きだ。
俺を一瞬で幸せな気持ちにしてくれたあの匂い。
でも、それを口にすると、もしそれが自分のものじゃないと知った三兄弟を悲しませてしまうんだろうなと思ったらとても言う気にはなれなかった。
どのみち三人とはフェロモンが適合してるんだ、別に無理に誰か一人を選ばないでもいい気がする。俺は別に番わなくても、ヒートがあるうちだけ、三人の匂いを嗅がせてもらえれば……
もし、いつか三人みんなに番が現れたら、その時は俺も身の振り方を考えないといけないけれど、今はまだ気にしなくてもいいだろう。
「真緒ちゃん。何か今、変なこと考えてない?」
「え?」
「夜に考えごとしちゃダメだよ。おひさまの出てる明るいうちに、明るい部屋で考えないと」
「………………うん」
いつの間にか俺の手の中にあったはずのシーツを、泰樹くんが洗濯機に入れていた。棚に置いた洗濯用洗剤を手にして「えーと、量はどれくらい入れたらいいんだ?」と洗剤の裏面をにらんでいる。
「泰樹くんは洗濯もできるんだな」
「そりゃ中学から親元離れてますしね。寮だと洗濯も掃除も自分でしないといけなかったんですよ。何なら軽い飯も作れる」
「えっすごいじゃん。宏樹なんて洗濯も掃除も料理もできなかったよ」
つい宏樹と比較してしまって、泰樹くんの洗濯機を操作する手が止まった。俺の発言が聞こえたのか、尚樹さんと宏樹も黙ってしまっている。
「あ、ごめん。別に宏樹と比べたわけじゃなくて」
「わかってますよ。大丈夫です」
俺の陳腐な謝罪に泰樹くんは微笑んだ。
そこへすかさず尚樹さんが宏樹を煽る。
「それにしても宏樹、お前ここに何年も住んどいて家事は真緒くんに任せっきりだったとか最悪だな」
「うるさい! 尚樹だって瀬尾で何もしてないって知ってるんだからな」
「ナオもヒロもうるさい。もう夜なんだから静かにしなよ」
「はははっ一番下に諌められてたら二人とも形無しですね」
思い返せば、俺たちは幼なじみだけど、こうして四人で過ごすことなんてなかった。
俺と宏樹が小学生の頃は尚樹さんは留学していたし、留学先から帰国したと思えばその頃は俺と宏樹はもう喋らなくなっていた。俺が大学に入って一人暮らしのマンションに宏樹がそこに転がり込んできた時には泰樹くんが留学で。
きっと俺たちの家が上位アルファの家系じゃなければ。俺たちがみんなベータだったら、きっとずっと仲良しでいられたんだろうな。いつかみんなお嫁さんをもらって、子供ができて、そのうちみんなで旅行に行ったりしてさ。
でも俺たちはベータと違う。
三人はアルファで、俺はオメガ。
孕ませる性と孕む性だから、一生そんな夢のような日は来ない。
夜が更ける。
この日、俺は三人の匂いに酔いながら、眠りに落ちた。
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