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6章 光に背いた聖者達

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 中央塔の中は不気味なほど静まり返っていた。というのも、上へと至る螺旋階段の端に、塔を警備していたと思われる兵達の亡骸が無造作に転がっているせいだ。

「……すべて、アンバーがやったのだろうか」

 否定の返事を縋るように求めるが、前を行くメノウは黙したままだ。



 階段を上りきり、鉄の扉を開く。するとそこには奇妙な仮面の貴族然とした男が机に腰かけていた。

「あぁ、来やがりましたねぇ。ニセモノが」

 足を組んで頬杖をついていたその男――リビアンは立ち上がり、躊躇いなく細剣を引き抜いた。ニセモノ、という言葉に目を丸くするジストを背に追いやり、メノウは大剣を手にする。

「何故だ? 私が男ではない事を知って……?」
「男? いやいや、そんなどうでもいい話は知らないですよ。私がどういう意味で貴女にそう言ったか、はてさて姫君はご存じないようだ」

 この男から妙な空気を感じる。恐らくは意識を狂わせる魔力を漂わせているせいだ。それに気が付いたメノウは、あっさりと思考の迷路に陥りそうなジストを小突いて耳打ちする。

「姫さん、やめとき。惑わされたら面倒やぞ」

 ジストはブンブンと頭を振り、男に人差し指を突きつける。

「ええい、今は何でもいいっ!! サフィはどこだ!! 返してもらうぞっ!!」

 その答えとばかりに、リビアンは横に踏み出す。彼の背後に、展望の窓を見つめるサフィの後ろ姿があった。

「サフィ!!」

 ジストは再会を果たすように彼女の名を呼ぶ。しかし、ゆっくりとした仕草で振り返ったサフィは、光を失くしたような暗い瞳に涙を浮かべていた。

「さ、ふぃ……? 私、は、サファイア……」

 アンバーに贈られた名を理解できていないようだ。控えめな彼女が唯一、「その名の方が好きだから」と皆にそう呼ぶよう願った名なのに。
 今にも消え入りそうな彼女の姿だが、祈るように握りしめる自身の手は食い込んだ爪のせいで血に濡れていた。

「実に興味深い。もはや最強だ。ついに見つけたのだよ、『聖女』を! 死体を意のままに操り不死の軍団を作り上げる、まさに禁忌の存在! 彼女さえ我が物にすれば、『クライン様』も私を見直し……」



「クライン……。今、クラインっつったか?」

 メノウが呟く。珍しい反応を見せた彼を、ジストは見上げた。

「どうした? 知り合いの名か?」

 少しの沈黙。そして開く重苦しい口元。

「……どーやったかなぁ……?」

 ギロリ、とメノウはリビアンを睨む。明らかに様子がおかしい。

「おい。手前はクラインの回し者か? あ?」
「まあ、冥土の土産にでもお教えしましょうか。私はクライン様の忠実な駒。ずっと『聖女』を探していましてねぇ……。いえホラ、遣いに出していたはずの三下共が全く役に立たないものだから、ならば私が、とね?」
「どうでもいい。虫ケラに用はない」

 一歩、二歩、とメノウが歩み出る。ぽかんと彼の後ろ姿を見つめるジストは、やがて異様な気配を感じ取った。



 リビアンが出していた類の惑わす力ではない。これは――『憎悪』?


 その気配は目に見えるほど濃く、赤い霧のようなものがメノウを包んでいる。思わずジストはフラリとよろめいた。こんな力、感じた事がない。理性のない、魔物のような――。

「……くっ?! その溢れる魔力は、まさか、の――……!!」
「なぁ、姫さん。サフィ抱えて逃げとき。……悪いが、姫さん気にして戦える気がせぇへんわ……。久しぶりにブチ切れそうでな」

 彼の口元が吊り上がる。悍ましい表情を垣間見たジストは、圧倒的なオーラに腰を抜かしているリビアンを余所にサフィのもとへ走る。

「サフィ!! 来るんだ!! よくわからないが、巻き込まれる!!」
「嫌、放し……」

 有無を言わさず、ジストはサフィの腕を掴んで走り出す。



 ジスト達が部屋を飛び出したのを封切に、メノウは大剣を振りかざす。

「ひっ、ヒィッ?! わ、私に何の恨みがあるというのだ?!」
「すまんなぁ。私怨ってやつか……。あんたらのアタマにゃあ、ちいと昔世話になったんでなぁ……死ねや」
「き、聞いてな……、『半悪魔』がここにいるなど、聞いていないぞ!! や、やめろ、こ、この狂犬があああ―――――ッ!!!」

 断末魔のような悲鳴が赤い光の中に溶け、消えた。

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