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5章 凍てつく壁の向こう側
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街中も道の角という角に警備兵が配置されていた。聖都の民は出歩きこそしてはいるが、おどおどと落ち着かない雰囲気である。
「異様ですね……。こんな聖都、見た事ないです」
サフィが思わず呟く。建物の裏道を選んで歩くシリカは頷いた。
「何日か前、……ごく最近の話です。皇族が住む宮殿に暗殺者が忍び込んであわやという事態になったらしいです。しかも、その暗殺者はまだ捕まっていない。だから、聖都に『入れさせない』、聖都から『出させない』という事でこうなったとか」
犬に見破られていますけどね、とシリカはイタズラっぽく笑う。
「それってつまり、まだこの聖都内に犯人がいるかもしれないってこと?! こっわ~……」
アンバーはわざとらしくそう反応して見せるが、本人は若干面白がっているようにも見える。
「……クロラは、無事なのか?」
コーネルの口から出た名前に、シリカは振り返る。
「第三皇子クロラ様ですか? あの方は今臥せっておられて、もう数年単位で人前に出てきていないとかって……。旅の方でクロラ様をご存じな方って珍しいですね?」
「……まあちょっとした縁でな」
余計な縁だが、とも付け加えられる。
「ともあれ、ラリマーさんは酒場で待ってます。もう少しで着きますよ。ほら、あのお店」
まだ日は高いが営業しているようだ。兵士の目を掻い潜り無事に店に着いた一行は、シリカに案内されて店内へ入る。
「やぁん! 久しぶりじゃないのぉ、メノウ!!」
跳ねるように立ち上がり駆け寄ってきたのは、長い緑髪で澄んだブルーの瞳を持つ妖艶な若い女性だった。
再会早々過度なスキンシップを求めてくるその女性。棒立ちのメノウに猫のように擦りついて離れない。過激な光景に眩暈を起こしたコーネルは傍で柱に寄りかかって背を向けているし、サフィは直視できないのか赤面してジストの後ろに隠れてしまう。
「なぁ、リマ。今日は連れがおるねん。ちぃと控えてくれんか」
「何よぉ、ケチ。それにしても珍しいわねぇ。一匹狼のあんたがこんな大勢と一緒なんて」
まぁ座りなさいよ、と彼女は席へ促す。
「ラリマーさん。やっぱり、昨日より警備が強くなってます。手短に済ませないと、今度はここから出られなくなっちゃうかも……」
シリカが警告する。その足元で、酒場のマスターに魚を貰ったサードが尻尾をわさわさと振りながらかぶりついている。しかしラリマーは、さもどうでもよさげにふぅんと生返事をすると、グラスを傾けた。
「あんたが私を頼ってくるのが里帰りの時だけって、なーんかフクザツね~。今回もそうなんでしょ?」
「いや。今回は黒の国へ行く」
噴き出しそうになった酒を堪えてラリマーは大きな目を更に大きくした。
「あんな物騒なトコに何しに行くのよお! あんた生き急ぎすぎ!!」
「仕事やねん。コイツを連れていかなあかんくて」
メノウが親指で差したのはジストだ。
「へぇ。この子が例の……」
彼女はジストを品定めするように見つめ、そしてニヤニヤと笑う。
「まぁ、いいわ。あんたの危なっかしい仕事っぷりは今に始まったことじゃないしね。さぁ、それじゃあ選んでちょうだい。どいつの名前が欲しい?」
ラリマーは紙束を差し出す。ジストがそれを覗き込むと、ビッシリと人名が書き込まれていたのだった。
「これは……全部男の名前か」
ジストの独り言にラリマーはにこやかに頷く。
「そいつら全員私と寝た奴らよ。あぁ、こいつなんかオススメ。テクも器も十二分だったわ。あー、こいつはダメね。まるで小枝みたいな……」
「別にそんなんどうでもえぇねん」
冷静に切り返しているが、この二人のやり取りについていけない者達は泡を吹きそうな顔をしている。
「……ん? あんさん、こいつ知っとる?」
急に話を振られ、引きつった顔をしていたコーネルが仕方なく紙束を覗き込む。そしてメノウが指差す名前を認識した途端、顔を覆って俯いてしまった。
「……叔父上だ……」
あら、とラリマーは面白そうに笑った。
適当に選んだ名前が書きこまれた書類を受け取り、メノウは金を払った。
「ホントに用件だけなのね。たまには語り明かさない? 久しぶりじゃない」
「も、もう! ラリマーさん! 駄目ですってば!」
「シリカは真面目すぎるの~。大丈夫よ一晩くらい」
ラリマーの腕を揺すって止めようとするシリカ。眺めていたジストはおもむろにメノウに目をやった。
「付き合ってやったらどうだ? メノウ」
「あかんて。時間なくなる」
「たまには息抜きも必要だぞ! せっかく麗しい女性の誘いがあるのだから、受けるのが紳士というものだ」
「あのなぁ……」
「ジストがいいって言ってるんだから、ちょっと遊んで来たら? 俺達、適当にその辺で宿とるからさ。どうせすぐ日も暮れちゃうし」
周りにここまで言われてしまっては引っ込めない。渋々頷いたメノウを見て、ラリマーは祭りのように盛り上がった。見た目は女性らしい女性である彼女だが、どこか無邪気さを忘れていないらしい。もしかしたらこの魅力に抗えずに多くの男が轟沈していったのかもしれない。
ともあれ、一行は聖都で一晩過ごす事となった。
「異様ですね……。こんな聖都、見た事ないです」
サフィが思わず呟く。建物の裏道を選んで歩くシリカは頷いた。
「何日か前、……ごく最近の話です。皇族が住む宮殿に暗殺者が忍び込んであわやという事態になったらしいです。しかも、その暗殺者はまだ捕まっていない。だから、聖都に『入れさせない』、聖都から『出させない』という事でこうなったとか」
犬に見破られていますけどね、とシリカはイタズラっぽく笑う。
「それってつまり、まだこの聖都内に犯人がいるかもしれないってこと?! こっわ~……」
アンバーはわざとらしくそう反応して見せるが、本人は若干面白がっているようにも見える。
「……クロラは、無事なのか?」
コーネルの口から出た名前に、シリカは振り返る。
「第三皇子クロラ様ですか? あの方は今臥せっておられて、もう数年単位で人前に出てきていないとかって……。旅の方でクロラ様をご存じな方って珍しいですね?」
「……まあちょっとした縁でな」
余計な縁だが、とも付け加えられる。
「ともあれ、ラリマーさんは酒場で待ってます。もう少しで着きますよ。ほら、あのお店」
まだ日は高いが営業しているようだ。兵士の目を掻い潜り無事に店に着いた一行は、シリカに案内されて店内へ入る。
「やぁん! 久しぶりじゃないのぉ、メノウ!!」
跳ねるように立ち上がり駆け寄ってきたのは、長い緑髪で澄んだブルーの瞳を持つ妖艶な若い女性だった。
再会早々過度なスキンシップを求めてくるその女性。棒立ちのメノウに猫のように擦りついて離れない。過激な光景に眩暈を起こしたコーネルは傍で柱に寄りかかって背を向けているし、サフィは直視できないのか赤面してジストの後ろに隠れてしまう。
「なぁ、リマ。今日は連れがおるねん。ちぃと控えてくれんか」
「何よぉ、ケチ。それにしても珍しいわねぇ。一匹狼のあんたがこんな大勢と一緒なんて」
まぁ座りなさいよ、と彼女は席へ促す。
「ラリマーさん。やっぱり、昨日より警備が強くなってます。手短に済ませないと、今度はここから出られなくなっちゃうかも……」
シリカが警告する。その足元で、酒場のマスターに魚を貰ったサードが尻尾をわさわさと振りながらかぶりついている。しかしラリマーは、さもどうでもよさげにふぅんと生返事をすると、グラスを傾けた。
「あんたが私を頼ってくるのが里帰りの時だけって、なーんかフクザツね~。今回もそうなんでしょ?」
「いや。今回は黒の国へ行く」
噴き出しそうになった酒を堪えてラリマーは大きな目を更に大きくした。
「あんな物騒なトコに何しに行くのよお! あんた生き急ぎすぎ!!」
「仕事やねん。コイツを連れていかなあかんくて」
メノウが親指で差したのはジストだ。
「へぇ。この子が例の……」
彼女はジストを品定めするように見つめ、そしてニヤニヤと笑う。
「まぁ、いいわ。あんたの危なっかしい仕事っぷりは今に始まったことじゃないしね。さぁ、それじゃあ選んでちょうだい。どいつの名前が欲しい?」
ラリマーは紙束を差し出す。ジストがそれを覗き込むと、ビッシリと人名が書き込まれていたのだった。
「これは……全部男の名前か」
ジストの独り言にラリマーはにこやかに頷く。
「そいつら全員私と寝た奴らよ。あぁ、こいつなんかオススメ。テクも器も十二分だったわ。あー、こいつはダメね。まるで小枝みたいな……」
「別にそんなんどうでもえぇねん」
冷静に切り返しているが、この二人のやり取りについていけない者達は泡を吹きそうな顔をしている。
「……ん? あんさん、こいつ知っとる?」
急に話を振られ、引きつった顔をしていたコーネルが仕方なく紙束を覗き込む。そしてメノウが指差す名前を認識した途端、顔を覆って俯いてしまった。
「……叔父上だ……」
あら、とラリマーは面白そうに笑った。
適当に選んだ名前が書きこまれた書類を受け取り、メノウは金を払った。
「ホントに用件だけなのね。たまには語り明かさない? 久しぶりじゃない」
「も、もう! ラリマーさん! 駄目ですってば!」
「シリカは真面目すぎるの~。大丈夫よ一晩くらい」
ラリマーの腕を揺すって止めようとするシリカ。眺めていたジストはおもむろにメノウに目をやった。
「付き合ってやったらどうだ? メノウ」
「あかんて。時間なくなる」
「たまには息抜きも必要だぞ! せっかく麗しい女性の誘いがあるのだから、受けるのが紳士というものだ」
「あのなぁ……」
「ジストがいいって言ってるんだから、ちょっと遊んで来たら? 俺達、適当にその辺で宿とるからさ。どうせすぐ日も暮れちゃうし」
周りにここまで言われてしまっては引っ込めない。渋々頷いたメノウを見て、ラリマーは祭りのように盛り上がった。見た目は女性らしい女性である彼女だが、どこか無邪気さを忘れていないらしい。もしかしたらこの魅力に抗えずに多くの男が轟沈していったのかもしれない。
ともあれ、一行は聖都で一晩過ごす事となった。
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